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少女の話と妖精養蜂 Ⅱ

 妖精の雰囲気に飲まれていた彼女はその言葉で現実を思い出したのだろうか。少しばかり表情に影が差す。


「……エイル。エイル、シュナーベルです」


 緊張で喉が渇いたのか、彼女はハニードリンクにまた口をつけた。


 けれど、彼女はすぐにけほっけほっとむせ込む。飲んだというよりは口を湿らせた程度だろうか。

 そしてより一層、沈鬱な表情になると尾を引き寄せ、それについているもう一つの口に残りを飲ませていた。


 尾のみが独自の意思を持っているという風ではない。自分の口ではなく、あちらから摂取させる必要でもあるのだろうか。

 カドは不思議に思いながらその様子を眺める。


「じゃあ、エイルさん。意識を失う前に交わした契約通りに〈剥片〉の情報をもらえませんか?」

「助けてくれて、ありがとう。治療も……。その、恩人だから、さん付けなんていらないよ。エイルって呼んで」


 カドの現在の容姿は童顔ということもあり、接し方は同年代に向けたそれだ。

 下手にへりくだったりされても話が遠回しになりそうなので、カドもその受け答えに倣う。


「了解です。僕のことも呼び捨てでどうぞ、エイル。とりあえず全部を聞いていると長くなりそうですね。状況が前後するでしょうが、まずはどうしてあんなところで倒れていたかについて教えてください」


 カドが促すと、彼女はこくりと頷いた。


「魔物に寄生した〈剥片〉と戦っていたの。何とか倒したは良かったけど、尾が物凄く痛くなって、意識も薄れて……。あっ――」


 何かを思い出した様子の彼女は尾を背後に隠そうとした。

 けれどももうとっくに目撃している上に、カドからは隠れてもエワズの位置からは丸見えである。


 それに気付いた様子の彼女はそろそろと尾を胸の前に戻すと抱き締めた。

 まるで枕を抱く子供だ。腕を抱えて縮こまる防御姿勢に近いだろうか。彼女は怖がった様子でカドの目を見つめてくる。


「カドは私のことを危険視しないの?」

「尻尾だけじゃ何とも。だってそこのドラゴンさんはもっと巨大な尻尾な上に、鉤爪も牙も凄いんですよ? 比較にならない危険物じゃないですか」

『カドよ。言葉の意味もわかるし、脅威の比較も正しいのだが腑に落ちんぞ、我は』

「あ、はい。すみません」


 尻尾で地面をべしべしと叩いて訴えてくるので、カドは素直に謝罪する。

 こんな発言をした場合、妖精は「あはは、危険物ぅ」と追撃をかましに飛び交うので失言の罪悪感も少々増した。


 こんな空気はいい塩梅だったらしい。

 下手に用意した言葉でもなかったからか、エイルは少しばかりの安堵を見せていた。

 その様子を見たエワズは自らも発言する。


『我らは仮に汝が忌み子であろうと問題ない力量は備えておる。加えて言えば、我らは見ての通りの特異な組み合わせでな、人間の枠組みからはみ出しているのだ。故に人の輪に馴染まぬ汝とは立場が近かろう。害する意味もないのだ。安心するが良い』


 エワズは孫に語り掛ける祖父のように穏やかな声を向けた。

 そんな言葉を受け止めたエイルはハッと何かに気付いた様子を見せる。


「あなた、もしかしてお父さんが言っていた冒険者の守護竜……?」


 強くなる冒険者をより増やすため、エワズは冒険者を手助けすることがしばしばあるという。その話については彼女も聞き覚えがあるようだ。


『ふむ。シュナーベルの姓に覚えはない。だが、そういった真似事はしておる』

「あっ、ああっ……。そう、そうなんだ……? よかった。よかったぁ……」


 その言葉でようやく完全に安心できたのだろうか。

 尾を深く抱きしめた彼女は深く俯くと、今まで気張って耐えていたものを決壊させるように涙を流し、震えはじめた。


「今まで忌み子に思われて、ほとんど人に頼れなくてっ……。こんなだからお父さんのところにも帰れなくて……。カイトの仇だから〈剥片〉だけは殺したかったけど、あれは境界から際限なくやってきた……。怪我をしても、お腹が減っても、頼れるのは自分だけ。耐えかねて誰かを頼ろうとしたら、騙されたり、襲われたり、殺されそうになったりし続けてっ……!」


 彼女ははらはらと涙を流す。

 〈剥片〉自体は弱い部類でも、クラスⅡだ。クラスⅠの彼女では倒すのにかなり苦労したことだろう。

 それで傷つき、困窮して人を頼りにいっても今度はそこで忌み子として迫害される恐れもある。そんなものを味わい続けるとなると、人間不信にもなりそうなものだ。


 彼女を静かに見守っていたところ、カドの心に声が響いた。『頭を撫でてやるが良い』と、エワズの声である。

 彼は鉤爪のついた脚をにぎにぎとして、示してくる。確かにあれでは不可能なことだ。頭を撫でるというよりクレーンゲームのみかけになってしまう。


 カドは震える彼女に近づくと、頭にぽんと手を置く。

 すると、彼女は涙を流しながら顔を上げた。カドはそれに対して笑みを向ける。


「頑張ったんですね。もう大丈夫ですよ」


 きっと、こんな言葉が必要なのだろう。

 一人でずっと努力をしてきた人にはこうするべきだと思える。朧気ながら残った家族の記憶が、そうすべきだと訴えていたのだ。


 それは正解だったらしい。

 きゅっと唇を噛みしめた彼女は縋りついて涙を零した。

 そんな彼女を受け止め、背を優しく叩いてあやす。それが再び、感情の堰を切る契機になったらしい。彼女は今まで以上に強く感情を見せ、泣いたのだった。



 

 それからしばらくして彼女は落ち着いた。

 目の下を泣き腫らしたまま、醜態を見せたことを照れくさそうにしている。


「あ、あの……カド。それから守護竜様。ごめんね? それと、ありがとう」

「はい。それから声を出して喉を痛めたでしょうし、もう一杯どうぞ」


 カドはエイルのコップにもう一度ハニードリンクを注いで差し出す。

 それを受け取った彼女はちびりと口に含んだ後、ぎこちなく苦笑を浮かべた。


「ありがとう。でも、ごめんね。私、この体になってからあまり物を食べられなくて」


 そう言った彼女は再び尾にある口にドリンクを差し出していた。

 それを目にしたカドはふむと顎を揉み、彼女と尾の魔素を見るために注視する。

 尾と彼女の魔素の質は驚くほどよく似ていた。しかし多少の質の違いから、彼女の肉体のどこからどこまでが尾なのかはよくよく見つめれば判別できる。


 尾は彼女の背から根を張っていた。

 脊髄を繋ぎ、胴体も繋いでいる。おまけに腸の大部分と、肝門脈のような大きな血管も補っているようだ。


「へえ、驚きました。その尾はエイルの内臓をかなりカバーしているみたいですね」


 カドの言葉に、エイルは少しばかり驚きの表情を見せる。

 魔素が見える人間というのは多少珍しい。そんな人間がどこまで物を見通せるのか知らなかったのかも知れない。


 単純な話、魔素を見る目はサーモグラフィーのようなものだ。

 ガラスと違って陶器の中身は見通せないのと同じ。肉体という魔素以外の構成物質に阻まれれば見通せないのだが、幻想種など魔素を多量に含んだ物体ならある程度透過して見える。

 彼女の尾も魔素が多く混じった物体なので見て取れたのだ。


「あ、うん。そうみたい。これはね、お兄ちゃんのカイトが使っていたホムンクルス。境界を越えてきた〈剥片〉がガグに寄生してランクアップさせたの。……少しも太刀打ちできないくらい、強かった。私はそれに胴体を引き千切られたんだ。間違いなく死んだ……そう思っていたんだけど、目が覚めたら私の上半身と下半身は繋がっていた。それを繋げてくれたのはね、カイトのホムンクルスだったの」


 そう言って、彼女はボロをまくり上げ、背から腹部を見せる。

 尾は瘢痕のような見かけで彼女と癒合していた。背から腹にかけてぐるりと一周。まさに彼女の言う通り、完全に千切れた胴体を繋げたかのようだ。


 誇張でもなんでもなく、胴体が分離していたのだろう。そんな命を繋いでみせるというのは地球ではありえないし、この世界でも尋常あらざることだろう。


 亡き兄を想うように、彼女は自分の尾を撫でた。

 一方、カドは彼女が偲ぶ人の偉業を理解して目を見張る。


「ははあ、なるほどっ! そうか。ホムンクルスは術者の肉を培養して作ったフレッシュゴーレムですもんね。そういう使い方も確かに――あだっ!?」


 それは考えつかなかったと深く感銘を受けていたカドであったが、その額をエワズの尾が強く払った。

 体が揺れるどころか、後転してしまうほどの威力である。二度も三度も配慮がないので、流石にエワズも厳しく対応したらしい。

 カドは頭を擦って体を起こす。


「あいたた……ご、ごめんなさい……」


 反省を示して呟くと、エイルはそれを気にした素振りもなく受け取る。


「いいよ。うん、カイトはそれくらい凄いことをした。褒めてもらえるのは嬉しいかなって」


 彼女は素直な喜びに寂しさを潜ませて言う。

 彼女はそれに続いて、このような身になった経緯を説明してくれた。

 

 約一年前から第二層との境界付近では〈剥片〉が第一層に侵入してくることが増え、彼女はその時境界の魔物に寄生した〈剥片〉に殺されかけたのだという。

 そこまで語り終えた彼女に対して身分を明かすためにも、カドたちはひと月前の黄竜事変について話して聞かせた。


「――ということは、二人は第二層を目指すんだよね?」

 

 話を聞いたエイルは光明を見つけたかのような様子で問いかけてくる。


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