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対英霊 Ⅱ

『痛みが引かぬはずだ。これは呪詛を掛けられたか。相応に優秀な冒険者がいたようだ。であれば術者を仕留めねば危険であるが……』


 竜は背後を見やった。

 脅威はそちらから歩み出てくる。

 話にあった英霊とやらだろう。その存在は例の飛ぶ斬撃で廃墟を切り裂き、最短距離で近付こうとしていた。


 その得物は両刃の西洋剣だ。

 いかにも剣士という風貌の女だが、その輪郭はどこか白くボケ、目には一切生気が感じられなかった。件の亡霊なのだろう。


 竜は自分の傷と、敵の力量を鑑みているらしい。

 同じだ。自分も竜の傷とあの脅威を分析し、天秤にかけることしか頭にない。


 ――竜は経験から状況を鑑みる。

 あの剣の英霊はこのアツィルト境界域の深層の怪物と同等。まともにぶつかりあえば周辺を焦土にしながらも辛勝と言ったところか。


 しかしその戦闘で杖を守りきれる自信はない。

 加えて、足の傷に掛けられた不治の呪いが厄介だ。


 これは呪った部位の治癒を妨げる高位の呪術である。

 回復魔法を使って塞ごうにも、その部位の損傷だけは残って出血が続く。解かずに動いた結果、漏れ続けた血液のせいで筋肉の房が血液漬けと言っていい状態となって腫れ上がり、運動機能にも影響が出て衰弱死した幻想種を見た覚えがある。


 人間はそうやって毒を用いるように幻想種を打破する術を知っているのだ。

 冒険者が一丸となって守る術者を、英霊との戦闘で消耗した状態で討伐するのは難しい。

 立ち向かっても死。逃げても死だ。呪詛がこもった攻撃を避け損なった時点で仕損じた。


 ――人は知識から状況を鑑みる。

 出血量からするに、傷は犬猫と同じ大腿静脈の分枝の一つが傷ついただけらしい。呪詛を解かずにいても、竜の体躯であれば数日は出血死しないだろう。


 その部位に掛けられた呪詛を医療の意味で捉える。

 これは体に傷を傷と認識させないものと読み解けた。

 血管の収縮や、その他血液の凝固系も働いていない。そもそも傷がないと認識しているから止血機構が働かないし、治癒も進まないのだろう。


 逆に言えばそれだけしかできない呪詛と捉えれば、対策も取りようがある。

 例えば傷周辺の血管を綺麗に焼き潰したり、結紮したりすれば呪いの効果とは関係なく物理的に出血は不可能となり、止血可能のはずだ。

 処置だけ行い、解呪はその後にゆっくりと目指すのもいいだろう。


『……!』

≪……!≫


 どういうことだ、これは? 自分と竜は同時に疑問を抱いた。

 自分では知らないはずの答えが浮かび、現在直面している問題の解決法が導き出されたのである。


 この事態に困惑していると、先に竜が答えに辿り着いた。


『なるほど、面白い。これは汝の知識か。呪詛は我らの生態機能を強制的に捻じ曲げるだけの代物だと把握するか!』


 それならば危険を押して戦うまでもない。

 新たに見出された選択肢に竜は随分と乗り気のようだ。


《いや、そんなことよりこれって一体!?》

『伝えたであろう? これはテレパシーでも、念話でもあらん。意識の共有であると』


 この意思疎通の本質がそれなのだ。

 魔素という非物質が体を形作っている幻想種には肉体的な隔たりなど、取り払おうと思えば取り払える代物だ。

 思考の共有なんて、その身に魔法や技能を反映するのと似たことである。


 そんな理屈が思考に流れ込んでくる。

 改めて状態を認識してみると、頭の中にもう一つの人格が住んでいるようで奇妙なことこの上ない。


 だが、お互いに一人で考えるよりいい指針が立ったのは間違いがなかった。

 竜は口元を緩める。


『ヒトよ。尻尾を巻いて逃げるでな、逃げ方を提案してくるがいい』

《いやいや、こんなファンタジー世界に慣れてないのにそんなの無理ですって!》


 あの英霊に関しては先程のおかげでするりと知識が入った。


 けれどもまだまだわからないことだらけである。それら全てが先程と同じく解決するとは思えない。

 主張してみると、竜にとっても冗談だったのだろう。笑いが返ってきた。


『その威勢や良し。自滅願望は潰えているようで何よりだ。なに、我とて今は竜の身よ。英霊一人に討たれるほど拙い幻想でないと証明しよう。汝の力を借りるのはそれからだ。先程の叡智に期待する』


 単なる人間の言葉であれば頼りなかっただろう。

 だが、それを吠えるのは竜だ。四肢で地面を掴み、臨戦態勢となれば空気が変わる。


『時に人よ。汝の知覚はどのように働いている?』

《どうって、杖を中心に地縛霊みたくなっているというか》


 ちょうど口に咥えられているのと同じだ。身をよじるイメージで別方向を見ることはできる。


『理解した。では目を任せよう』

《はぁっ!?》


 その事実を確認した途端、竜は英霊に背を向けて走り出した。

 相手の意識が共有できるというのは最悪だ。長年の経験から信頼して任せるのではない。できると見たからポンと投げてくるのである。

 その判断に至る経緯を問わずとも、共有できてしまうから恐ろしい。


 こんな背を見せれば敵は当然、攻撃を仕掛けてくる。

 だが、タイミングと角度さえわかれば十分に迎撃できる自信があるようだ。


 任されたことはただの目。自分は単に見ておくだけでいいようだ。その感覚を拾った竜が後をどうにかするらしい。

 竜がそうと踏むからには、実現の公算が高い行動なのだろう。

 だが、一般人からすればとても行動には移そうとは思えない対応法だ。


《〜〜っ! わ、わかった。わかりましたよ。任せたし、任されます! それで良いんですね!?》

『汝が目で捉えれば造作もない。尾を盾にすれば致命傷は負わぬよ』


 竜は尾をしならせ、ムチのように地面を叩く。

 自信はあるのだろう。地面には魔法陣が生じ、尾に紫電が纏わりつき始めていた。


 自分は英霊を見やる。

 こちらを観察しているようだった英霊は剣を振りかぶった。


《……? あの英霊の顔、何か面影が……》


 何故か見覚えがある気がすると思ったのも束の間。

 振りかぶった剣に光がまとわりつき、振り下ろされた。例の斬撃なのだろう。ぼやけた何かが視界を凄まじい速度で過ぎる。


 察した竜は尾でそれを打ち払おうとした。

 けれども簡単には弾かれない。ぶつかりあった瞬間、力がせめぎ合ったのだ。逸れるでもなく競り合ったまま、行き場を失った衝撃が四散する。

 地面を踏みしめ、迎撃に徹していれば弾き飛ばせただろう。しかし逃げている途中ということもあって斬撃に競り負け、尾の一部が削り取られた。


 だが、それだけだ。

 走り出したその背を追って二、三の斬撃が追っかけてくる。

 けれどそれもまた自分が見ているので問題ない。打ち払い、あるいは壁を足場として三次元的に跳躍して躱す。


 英霊は走って追ってこようとしていたが、そこは人と獣だ。差は広がるばかりで、見事に逃げおおせるのだった。


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