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トリシアへの小さなお仕置き

 倉庫に入り込むなり、カドは倒れ込んだ。

 埃っぽい倉庫の床ということもあり、倒れた拍子に浮かび上がった埃のせいでむせてしまう。


 するとトリシアが上半身を抱えて起こしてくれた。


「あの……、せめて膝枕だけでもさせてください」

「そうですね。もう顔を覗き込まれて困ることもないですし、お願いします」


 固く、かび臭い床とは大違いだ。

 トリシアの腿は引き締まっている一方で程よく柔らかい。また、桃を思わせる甘い香りがした。

 垂れている金の髪といい、潤んだ瞳といい、顔を撫でてくる華奢な指といい、全ての面で欠けたものがない美少女だ。


 夢物語として称されそうな存在だというのに、彼女は確かに実在している。

 そんな思いを抱いていたカドはふと視線を逸らす。そして息を吐いた。


「アルノルド君に掛けていた魔法が、今しがた解けました」


 サラマンダーと繋がっているパスのように、アルノルドとも魔力を送るためのパスが繋がったままだった。それが機能不全で停止し、途絶えたのである。

 ということは残った体の機能のみで生命を維持し、間もなく息を引き取ることだろう。

 トリシアも会話の内容から察したようだ。


「そう、ですか……」

「しばらく休憩させてください。それから、あなたには隠していましたが、伝えておこうと思うことがあります」

「わかりました。待っています」


 ずっと維持し続けていた魔法は体にとって割と負担だったらしい。それがなくなると頭痛は徐々に消えるとともに、魔力が体に溜まっていくのを感じた。

 十数分もして、隣の部屋でアルノルドの名を呼びかける強い声が連なった。

 恐らく、彼が旅立ったのだろう。


 ある程度回復したカドはそれと共に瞼を開く。

 トリシアがきゅっと唇を噛み締めている様が目に映った。


「私は、誰も助けられませんでした……。それどころか、カドさんに迷惑まで……」


 彼女は落ち込んで呟く。

 けれどカドとしては向けた期待を彼女に裏切られたのは二度目だ。このことだけで落ち込まれても、どことなくそれじゃない感を抱いてしまう。


「そうですね。トリシアさんには見えてないものがあったんだと思います。けど、誰だって失敗をしますし、その辺りはこれから注意して見分けていけたらいいと思います」

「……はい、ありがとうございます」


 生前の自分というものがあったからこそ、慰めくらいは空気を読むことができる。

 けれどそれもここまでだ。


 満身創痍の自分では、次に控えるものを満足にこなすこともできない。

 挑戦を可能にするためにも、彼女にはお仕置きを受けてもらう必要がある。

 無垢な少女相手では気が引けるものの、カドは彼女を言葉で拐かすつもりでいた。


「ただ、一つ言わせてください。これは僕の魔力の質にも関する話にもなるんですけど、トリシアさんが見過ごして失敗したのはこれで二度目です」

「えっ?」


 それは彼女としては思わぬ指摘だったのだろう。目を丸くして見つめられた。

 うん、懺悔すると自分はこれから彼女の罪の意識に働きかけて難しい要求をするわけなのだ。


 まあ、こちらとしても命の危険はあったし、どうしてもこれから必要であるし、彼女には命の危険もないことなので、ここは心を鬼にして行う。


「竜が襲撃してきたあの日、トリシアさんはハルアジスの屋敷に飛び込んで彼を助けようとしましたよね」

「はっ、はい。実家が訳有りなので、誤解なきようにと五大祖の家を回っている途中のことでした。しかしどうしてあなたがそれを知って……?」

「僕はあの時、ドラゴンさんが屋根をふっ飛ばしたあの部屋にいました」

「えっ? ちょっと待ってください。あの部屋にはハルアジスさんと私と竜しか――」

「部屋に特別そうな杖が立っていなかったですか?」

「はい。それは記憶に残っていますが……」

「あれが元の僕です」


 こんなファンタジー世界でも突拍子もないことを言っているのだろう。

 彼女はピンとこない顔だったり、呆けた顔になったりしている。


「えっ、その……冗談では……?」

「トリシアさんって騎士の格好をしていますけど、本気モードでは剣で戦うだけじゃなくて光る守護神みたいなのを呼び出して戦う感じですよね? ドラゴンさんに対する時も出していたのを見ましたよ」

「――!」


 それは彼女にとっての奥の手に位置するものなのだろうか。伝えてみると息を呑み、体を緊張させていた。

 あの場にいた事の証明としては十分な情報だったと見える。


「信じてもらえました?」

「い、いえ。その、何がどうなればあなたになるのかがわからなくて、まだはっきりとは……」

「混成冒険者と同じですよ。僕はあの杖と、ハイ・ブラセルの塔の遺物とドラゴンさんの力でこの姿になりました」


 彼女の家系はその塔の故人の本家だ。カドの言葉には小さくない反応を見せる。


「何で杖だったかというと、ハルアジスの手によって生前の僕の魂があれに憑依させられていたからです。なんでも、知識を吐き出す魔道具にしたかったらしく、何ヶ月にも渡って酷い実験をされ続けていました」

「そ、そんなことがあり得るんですか!?」

「うーん。それならどういうことがあったのか記憶に残っていることを言ってみましょう」


 まだ半信半疑という様子にトリシアに対し、カドは覚えている実験の様子を語った。

 その実態や苦痛、記憶を弄くられたことなどをいくつか語ってみせる。

 それは聖女のような彼女からすると、聞くに耐えない内容だったのだろう。彼女はいつの間にか身を抱いていた。


 カドはそれを認めると、話を切り上げる。


「そういうわけです。この地獄から助けてくれたのはあなたではなく、ドラゴンさんでした」

「……言葉も浮かばないです。あなたはそんなに苦しんだというのにハルアジスさんと引き合わせてしまうなんて、私はなんてことを……」

「そうですね。僕としてはそういうことを恐れて素性を隠していたんですが、まさかどストライクでこんなことになるとは思ってもみませんでした」


 これは自分の失敗でもあるので苦笑がちに零す。

 そんな時、カドの手が握りしめられた。


 トリシアはその手を深く抱いて、唇を噛み締めている。言葉も浮かばないと言った通り、重く口を閉ざしたまま涙を浮かべていた。

 謝罪の言葉は免罪符にもなり得てしまう。そんな思いでもあるのだろうか。


 想定以上に重く受け止めている様子に、カドとしては心が痛んだ。

 場合によっては、彼女の家とドラゴンのことも絡めて言いくるめようと思っていたのだが、それは踏み留まろうと心を改める。


「だから僕はドラゴンさんに恩を返したいと思っています。そして今、ドラゴンさんはあなたと一緒にいたあの男性の攻撃によって不治の呪詛を負っているんですよ。僕は彼に掛け合って不治の呪詛を解いてもらうか、倒したいと思っています」

「イーリアスさんをですか……?」

「はい。しかし、管理局がドラゴンさんを目の敵にしていますし、荒事にならざるを得ないでしょうね」

「それは、否めません。私もそんな呪詛の話は初めて耳にしました。何事かの反攻作戦があるからと、内部事情については緘口令が強く敷かれているようです。それを破れば混成冒険者としての資格も剥奪されるとのことで、詳しいことは私にもわかりません」


 管理局としてもそれだけ本気で竜を仕留めたいのだろう。

 酒場で情報収集すれば軽く終わるだろうというカドの考えは酷く甘いものだったらしい。

 それだけの本気度なら、この機会を逃せば竜はさらに危うくなるのではなかろうか。カドの中ではそんな思いが強まる。


「だったら僕がその人に手を出せば十中八九お尋ね者になるでしょうし、ハルアジスに復讐する機会としても最後のように思えますね」

「まっ、待ってください!」


 だからこのチャンスは見逃せないと言おうとしたところ、強い言葉がかけられた。


「それなら、私とパーティを組んでもらえませんか!? あなたに掛けた迷惑は、そこで償わせてください。私はこの境界域の現状を正そうと思ってやってきました。私は強くなります! あの竜を助ける方向でも努力しますから、そんな危ない橋なんて渡らずにっ……!」


 彼女は責任を感じたのか、正規の努力で勝ち取ろうと誘いをかけてくる。

 確かに魅力的な話だ。ギルド職員から特別待遇を受けていたことといい、彼女は将来有望なのだろう。

 しかし、その論理は穴だらけである。


「無理ですよ。不治の呪詛がドラゴンさんに刻まれているって言ったじゃないですか。十日や二十日は何とかなるかも知れませんが、もっとずっと期間が開けば傷口が感染を起こしてもおかしくありません。あなたの言葉は不確かですし、環境が改善するにしてももっと先の話だと思います」


 ほんの少し違っていれば彼女の言葉に頷きを返せていたかもしれない。

 だが現実はこうだ。自分はほとほと彼女との縁がないらしい。


 こんな麗しい美女との冒険はさぞ楽しかろう。心躍っただろうし、いろいろな夢もあったことだろう。

 ほんの少し思い描くだけでも、想像できた。けれどもそれは叶わぬ夢である。


 カドは上半身を起こし、彼女の膝枕から離れた。


「正規の方法では無理なんです。しかも、これは僕のわがままです。ドラゴンさんを救いたいのも、ハルアジスに復讐をしたいのもね。最低限の仕事はしたので僕が失敗してもドラゴンさんは自分でどうにかするでしょうし、ハルアジスのことは僕自身以外には無関係なことです。誰にも付き合わせるわけにはいきません」


 だから反論はなしだというように、カドはトリシアの口を掴んだ。


「確かにトリシアさんはいろいろしてくれちゃったので、罰として魔素を全部頂きます。まあ、これも僕なんかに加担していないって証明にもなるので我慢してください」


 如何ともし難い魔力不足は、ここで補う心積もりだった。

 こんなところは死霊術士様々である。魔素吸収を発動させると、彼女の力が流れ込んできた。


「んんぅっ!?」

「抵抗しないでください。魔素が枯渇したって凄くだるくて眠くなるだけで、死にはしません。それに、ここでエネルギー補給ができないと大物二連戦で僕の勝率が大きく下がっちゃいます」


 罰でもあり、カドの命もかかっている。

 そんな言葉がよく効いているのだろう。彼女は抵抗するものの、振り払うための最後のひと押しをできずにいた。

 彼女は潤んだ瞳でこちらに訴えかけるばかりである。


「……そうですね、気負うのなら僕に同行していたリリエハイムさんに見聞きしたことを全部伝えてもらってもいいですか? この後、僕はどうなるかわからないので」


 語りかけてみると、彼女は小さく頷いた。

 ――それにしても。


(悶えるところが悩ましいと言うか、艶やかと言うか……)


 エネルギーを吸収されているだけあって苦しいはずだ。

 ある程度は合意っぽいとはいえ、最終的にはそれを押さえつけて無理矢理にしている。これは納得の犯罪臭である。


 しばらくして力の吸収は終わった。

 カドはぐったりとした彼女から離れ、手を開閉して自分の体調を確かめる。


「なんだろう。物凄く馴染むっていうか、具合が良いですね……?」


 思えば、それも当然だろうか。

 この体のいくらかはトリシアのご先祖様の力で構成されている。相性で言えばかなり良くて当然だ。


 しかし、こんな場でぼやくとさらに犯罪臭が増すだけである。

 カドは静かに自省し、別れが済んだであろうアルノルドのもとへ足を向けるのだった。


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