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それではお仕置きの時間です

 倉庫の床に倒れたまま、必死に魔法を維持し続けていたカドにも限界が訪れていた。

 もう夢も現も定かでなかったが、ザリ、ザリと硬い舌で顔を舐め上げられる感覚のおかげでギリギリ意識を保つことができる。


「サラちゃん、ありがとうございます」


 サラマンダーは顔に滲んだ汗を舐め取ってくれていた。それに、顔に押し付けられる丸い指が微妙に気持ちいい。

 なんというか、猫の肉球にもう少しゴムっぽい張りを足した具合である。

 実のところ、無遠慮に踏みつけつつ塩分補給しているだけという線も否めないのだが、そういう真実は暴かない方がお互いに幸せだろう。


 さて、このままどれだけ保てるだろうか。

 一時間は保てまいと感じたその時、部屋の外が騒がしくなったと思ったら家に衝撃が走った。


 これは家の一部が大きく破壊されたのではないかと思わせる音である。

 状況を確かめるためにも向こうの部屋に聞き耳を立ててみると、覚えのある声が聞こえてきた。

 トリシアとアルノルド、その家族の声。そして、もう一つ。


『――やむを得ん。持ち帰る時間がなくても困る。ここで解体し、詳細まで分析するか』

「ハルアジスの、声……!」


 弱りかけていた感情に黒い火がくべられ、目が覚めた。

 体は魔力の消耗で酷く重いのだが、止まってなどいられない。

 何がどう繋がってハルアジスが来たのかはわからない。だが、察するにあの男はこの場で、何かを解剖する気らしい。

 自分の正体についてはまだ竜とリリエのみしか知らないのだから、考えられる答えは一つ。アルノルドについてだろう。


 忌み子から人に戻ったことか。

 それとも生命維持に使っている術式自体か。

 どれにせよ、あの男の研究意欲に火をつけたのだろう。


 さて、それでは自分はどう行動すべきだろうか。

 自分は過去の偉人並みのカタログスペックだというのに、まだひ弱だ。あの男を始め、誰かしらの研究材料として利用されかねないから素性を隠していたのである。


「……はあ。最悪の場合はもう……、僕が何かしらで特別だと、バレていますよね……」


 何せトリシアが目をつけてきていたのだ。

 そこ経由でこの状況に繋がったのだろうし、下手に逃げれば怪しさが増す。だというのに逃げる体力はないと来た。

 中々に難しい状況な上、情報が足りないことを感じたカドは直接に顔を突き合わせた会話から今後の方策を探ろうと決心した。


 あとは、最悪の状況となりかねないので事前に一つ連絡をしておく。


『もしもし、ドラゴンさん。今いいですか?』

『……そろそろあの少年が逝った頃合いであるか?』


 問いかけてみると、すぐに応答があった。竜もそのような知らせが来る頃合いだと思っていたのだろう。


『いえ、それはまだ。ただ、いろいろとまずい状況になったっぽいです。あの女の子に付きまとわれた後、アルノルド君の家で限界まで耐えようとしていたら、ハルアジスが家にやってきまして』

『つまり早急な救出を要するという話であるか』

『いいえ。ちょっと待ってください』


 竜の声色が引き締まった。すぐにでも行動を起こそうと逸った様子なのが感じ取れる。今までからしても竜はそれくらいに過保護だった。

 だが、カドはそれに待ったをかけた。


『まだ状況がよくわかりません。まずは僕が会話しつつ、状況の回避を図ります。対策はそれから考えましょう』

『ふむ、汝は存外に冷静だな。承知した。せめて有事に動きやすいよう、そちらに接近しておこう。だが、仇敵が相手だ。努めての冷静さがどこまで機能するかも知れぬ。汝こそ逸るでないぞ』

『ええ、そうですね』


 確かに、生前の自分の敵と言えばそうだ。ハルアジスに関することでは割と冷静でないことが多いのは自覚している。

 自分が死んだところで未練はない。

 だが、ここまで世話を焼いてくれた竜やリリエに迷惑をかけることだけは避けたいところだと思う。


 そんなことを考えていると、足にべちりと湿っぽい尾が当たった。サラマンダーである。念話を聞き取り、自分への配慮を忘れていない? とでも聞いてきたのだろうか。

 大丈夫。忘れるのはたまにだけだ。そんな思いで頭を撫でようとしたら噛まれた。

 そのままぶらんと釣り上げ、サラマンダーを胸元にしまう。


 そして立ち上がり、倉庫とリビングを仕切る扉を開け放った。


 まず、右手側を見やる。

 屋外から伸びた恐竜の骨らしきものが、トリシアに向けられていた。だがそれは剣を持った男によって隔てられている。

 これはトリシアへの攻撃を彼が守ったということだろうか。キザなイケメンというより、気の良い兄ちゃんといった雰囲気の新顔だ。


 続いて左手側を見やる。

 屋外から伸びる骨の尾と、杖だった時に見た覚えがあるハルアジスの弟子がいた。

 あとは部屋の中央の食卓にアルノルドが座ったままで、ハルアジスは彼に手を伸ばしていた。アルノルドの家族は部屋の隅で小さくなっている。


 見ただけの所感で言えば、左手は悪。右手は正義で、中央では罪もない市民が危険にさらされているといったところか。

 何がどうしたのかはわからないが、こんな状況に繋げたであろうトリシアに鋭い視線を向ける。


「あっ、あのっ……」


 彼女としても不本意だったのだろうか。物言いたそうな表情を浮かべている。彼女を守って立つイケメンも同情顔で――。


 そちらをじっと見ていた時、カドは気付いた。

 竜が襲来したその日、不治の呪詛で竜を傷つけたのはこんな色合いの衣装の男だったはずだ。

 遠目だったので顔までは判別できなかったが、ハルアジスの屋敷から見ていた冒険者に比べて特異な衣装だったからこそ記憶に残っていたらしい。


『ドラゴンさん。この男です』

『何だと?』


 意識の共有で強く念じ、この男の特徴を伝えようとする。

 英霊と相対した際には視覚を任されたのだ。これだけ伝われば彼の方でどうとでもできるだろう。


 これで目標は達成したようなものだ。

 厄介者のついでに目標まで連れてきてくれたことで、トリシアへの敵意も和らぐ。

 後顧の憂いがなくなった気分だ。


「貴様がこ奴に掛けられた術式の維持をしていたという者だな?」


 ハルアジスの声が向けられる。

 見れば見るほど憎らしい敵だ。この男は生前の自分の人生を台無しにした挙げ句、この世界に来て最初の善行まで台無しにしてくれようとしていたのだろうか。

 怒りがある程度を超えると絶対許さないリストに罪状を連ねていくだけとなるらしいカドからすると、かえって心が凍てついてしまう。


 ハルアジスがこのように問うからには、トリシアが知り得たことは全て通じていると見ていいだろう。

 否定をするのは下策だ。


「はい、そうです。死霊術師の当主であるハルアジス様とお見受けします。こちらからも質問していいですか?」

「多少は弁えているらしい。許そう。何を問うというのだ?」

「僕は術式の維持だけでなく、彼に治療も施しました。僕としては、彼と家族の最期を見届けるために、一時の猶予を貰いたいです。彼に手をかけなくとも、僕が説明をすることで堪えてもらうことは可能ですか?」

「なに……?」

「崩れかけの術式より、生きた動物で最初から実践して見せるなどの方法を取った方がご理解しやすいかと」


 研究発表をする時と同じ調子で話し、説明してみるとどうだろう。

 異世界の知識を吐き出す杖で業界の度肝を抜こうとしていたハルアジスとしては、非常に聞き心地が良かったらしい。納得した様子で頷きを重ねていた。


 けれどそんな話の裏でカドは今後の指針を着実に定めようとしている。

 こうして猶予を得て、アルノルドの望みを叶えることがまず一つの自己満足。

 そしてお近づきとなったハルアジスに一矢報いてやるのがもう一つの自己満足。

 欲を言えば、竜に不治の呪詛を掛けた男も処分したい。


 表情の裏で、まさに虎視眈々という言葉に相応しく計画を組み立てていく。


「説明は明快だが、貴様が術士であるという証左はどこにある?」


 ハルアジスは最後の最後に疑念をぶつけてきた。

 カドはそれに対して外套を取り去ることで応じる。


「ご当主には僕の魔力はどのような色に映りますか?」

「なっ!?」


 ハルアジスは驚きの声を上げた。

 それと同じく、トリシアも絶句する。

 どうやらこの場で魔素の色を判別する目を持っているのはこの二人だけらしい。


「ばっ、馬鹿な!? この街における最高到達者がクラスⅤ。最前線に挑んでいる者共も、未だにクラスⅣで足踏みをしているのだぞ!? 何故そんなに弱々しい魔力量の貴様がその質を持つ!?」


 とても良い食いつきだ。その関心は十分に取引材料となる。

 カドは表情を揺らすことなく返答する。


「その謎も含めての交換条件ということでどうでしょう? 僕としてはここでしっかりとコネを作って今後に活かしたいのです」


 消耗をできるだけ笑顔で塗り隠して問いかける。

 ハルアジスは随分揺れている様子だったが、多少の時間を与えれば全ての疑問が解消されるという餌によくよく食いついていたらしい。

 彼は頷きを示した。


「不遜だが、良かろう。小時計一つ分の猶予を与える。その後、全てを吐くのだ。良いな!?」

「はい、もちろん」

「言質は取ったぞ! 我と汝の間に取り交わした約定、忘らるることなかれ。<呪式契約ギアス>!」


 素直に応じた途端、ハルアジスは杖で床を打った。

 その途端、杖を囲うように文字が浮かび上がったかと思うと、それは飛翔してカドの首に巻き付く。

 皮膚内部にまで食い込む悪寒が生じた。


 これはあの詠唱の通り、契約を遵守させるための呪いというところだろうか。

 自分の魔素に力が働きかけられていることがわかる。なるほど、他人に働きかける呪詛とはこのようなものらしい。

 算段から外れずに事が進んだ上、思わぬ収穫だ。カドの表情には笑みが浮かぶ。


「では、約束通りの猶予をお願いします。そこの見知らぬ二人の男性も、彼らの時間のために席を外してください。……あとトリシアさんには話があるのでちょっと僕と一緒にいてもらえますか?」


 声を掛けられた途端、トリシアはびくりと身を震わせた。


「は、はい。私としてもあなたに言わなければいけないことが多くできてしまったので、お願いします……!」


 自分の過ちは素直に認めているようだ。後ろめたそうな顔をした彼女は約束が交わされるなり駆けてきて、片腕を支えてくれた。

 早々に割り切ったハルアジスは踵を返し、家の外に出る。すると、弟子も続いた。

 トリシアをかばっていた男に関しても、「こりゃ、俺の出番はもうねえか?」と肩を竦めて外に出ていく。


「あ、あの、なんとお礼を言ったら良いか……!」


 アルノルドの母親は、もう言葉にする術がないらしい。

 だが、カドとしてはアルノルドの治療にだってある意味人体実験的な旨味だけでなく、自分のように救われない人を助けるという自己満足でやっていることだ。


 加えて言えば、ハルアジスへの復讐や竜にかけられた不治の呪詛の解除にまで繋がろうとしている。

 運命の女神に微笑まれたことからしても、恩着せがましくする理由はなかった。


「そこまで言ってもらわなくとも大丈夫です。それより、残念なことですが、もうお別れの言葉を用意してください。僕はもう限界です。それから、お別れが終わったらそのお金を持ってこの家から離れてください。例の御仁は危険なので」


 これからハルアジスに一矢報いることにするため、荒事に発展するだろう――などと敢えて言わずとも、納得はしてくれるだろう。


 これが最期だ。

 アルノルドに歩み寄ったカドは彼の手を握る。


「未熟なせいで助けきれなくてすみません。……少しでも助けになりましたか?」

「助けにならなかったはずがない。討伐されて死ぬはずが、一目会えた。……ありがとう。ありがとう」


 彼は声を震わせ、涙を零してくる。

 カドとトリシアはそんな彼に別れを告げると最期の時には割って入らぬようにと倉庫に戻る。

 そのような流れで、この場は一度お開きとなる。

 

 さて、それではお仕置きの時間だ。

 まずはこんな展開にしてくれたトリシアに少しばかりのお仕置きを。

 次にハルアジスについては特大の復讐を。

 最後に不治の呪詛を使った男は、ボーナスステージである。

 鬱憤が溜まっていた分、発散をしてくれよう。


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