死霊術師の弟子から師へ
パーティを率いる人間ともなれば経験豊富な中年であることが多いのだが、彼はかなり若い。二十代後半から三十歳といったところか。
今日がオフだから剛健な剣も鎧も持たないのではない。
彼は剣を主体に身のこなしと手数で攻めるタイプだ。若さとセンスが光るからこその戦闘スタイルなのは傍目から見てもわかる。
しかし、見た目に反して彼の実力は確かだ。
自分も彼に手合わせを願ったが、軽くいなされてしまった。
数いたルーキーから駆け上がり、現在は若手のエースとして活躍を期待されている。
第四層攻略中の最前線チームに続き、第四層に踏み入ったこともすでにあると聞いた。数年後には、最前線にいるだろうというのがギルドでの評価である。
「イーニアスさんっ、私の査定について聞いてもらえましたか?」
「おう、聞いたぜ。やっぱり家柄からして物が違うんだな。おっと、悪口じゃねえよ?」
彼には自分が五大祖の一つ、剣の大家の本家に当たることを伝えてある。
本家から幻想種の馬と共にこの境界域に挑んだのが最高到達者の英雄で、それを追ってこの街に移住したのが分家だ。
血縁でも互いに反目しているため、この身も分家の遺物を元に作った混成冒険者ではない。自分自身の才能で戦っている純系だ。
その辺りは正しく評価をしてくれているらしく、おどけてきた。
「現時点で第二層でも戦っていけるくらいなら、魔素を慣らせばすぐに上達する。荷物持ちとしてついてくる分にも問題ないだろし、後輩の育成とでも思うさ。まあ、嬢ちゃんくらいに美人なら単にいてくれるだけでも――」
「ありがとうございます。ではスコットさんにお願いがあります……!」
「おいおい、こういう時は俺が頼られるのが相場じゃねえのか……?」
イーニアスは口説き文句の一つを吐こうとしたのだが、トリシアは手短な礼を向けると、机を挟んで彼の反対側に座る男性を見た。
取り付く島もないところに彼は「なんだかねぇ」と顎肘を突いて苦笑する。
言われた方も意外だったようだ。
運動神経が抜群そうなイーニアスとは真逆。如何にも日陰の住人であろう白い肌の男性は自分への話なのかと聞き直そうとしているくらいである。
「へあっ!? じ、自分ですか?」
「はい。あなたに伺いたいことがあります」
冒険経験が浅い者の行動だ。イーニアスとの手合わせみたく、実力がある者こそ頼られるものと思っていたのだろう。
彼はリーダーを差し置いてそんなのを受けていいのかと迷った様子だ。
けれど、見られたイーニアスは肩を竦めるのみである。若く、多少軽薄にも見える彼だが、振られた程度では固執しないらしい。
そんなところも、憎めない若手と人に贔屓にされる性格だった。
イーニアスはトリシアが持ちかける内容に興味があると、腕を組んで観戦の姿勢である。
「は、はあ。それでは伺います。しかし自分に戦闘技能は期待しないで欲しいのですが」
彼はハルアジスの家に代々伝わる遺物を元に混成体を作ることを許された数少ない弟子の一人だ。
なんでも、当主があの竜に恨みを抱いたからどうしても一枚噛もうとしたらしい。
剣、魔術、治癒術、錬金術、死霊術という五つの家のうち、錬金術と死霊術については境界域に潜って魔素を慣らした後は研究に没頭するという閉鎖的な家なのだ。
スコットはその中で最近、魔素を順応させるために第三層まで潜ったことがある弟子だったため、白羽の矢が立ったらしい。
「いえ、戦闘についてではありません。重傷人の治療について聞いてみたいのです」
「ほう、そりゃあ俺も聞いてなかったな。死霊術師ってあれだろ。怪我しか治せない治癒師とは違って、死者さえ蘇らせるんだろ?」
トリシアが問いかけると、面白がったイーニアスが便乗した。
これは死霊術師が閉鎖的なので、まことしやかに囁かれている話である。
それを聞いたスコットは首を横に振った。
「そんなまさか。死霊術師は、師の血族以外にはほぼ確認できていない職です。だから全ての可能性が明らかになったわけではないですが、恐らく無理でしょう。クラスⅣで最高位である師のハルアジス様ですら生命維持や魂魄の憑依、複数の死体の使役や合成などといったことが可能なだけと聞きます」
死霊術師とは、生態や死体、魂に働きかける魔法や呪詛が得意なだけで実際に生死を操る職とまでは言えないらしい。
その話を耳にしたトリシアは驚きを示した。
「えっ。複数の臓器が損傷した場合などはどうなのでしょうか?」
「他人や他の生物の臓器を繋ぐといった手法で数日保つだけならなんとか。失った臓器を補うというのは治癒師の長であっても無理ではないかと思います。何かあったんですか?」
今後に備えて能力に興味を示しただけではないことは明らかだ。イーニアスも含め、今度はそこに興味を持った様子で問い返される。
トリシアは自分の見たことや聞いたことに疑問を抱きながら返答した。
「クラスⅡと思われる魔法使いの少年が、重傷人の生命維持を魔法で行っていたんです。何でも、複数の臓器の損傷を魔法で補っていて、その効果が消えると亡くなってしまうのだとか……」
「いや、ありえませんよ。治癒術師でもクラスⅡでは体内の傷までは治せません。目視下でなら内臓の治癒も可能だそうですが、臓器の損傷ともなれば生命力の低下が著しく、魔素での補完も定着しないんです。最前線についていっているクラスⅣの治癒術師でも、四肢や臓器の欠損は一人を治すのがやっとと聞きます」
クラスⅡでは治癒を確実にこなすだけの魔力が足りないはずとのことらしい。
それを聞いたトリシアは、アルノルドにクラスⅤの魔法が掛けられていたことを思い出した。
「あ……。そういえば誰かに助けてもらったとは言っていました。クラスⅤの魔法が働いているのもこの目で確認しましたし、そのおかげで命を繋いでいるかもしれないです」
「なるほど。時間をかけて儀式を行い、魔力を変換して上位の魔法を行使すれば可能かもしれません。ただ、それができるのはクラスⅣの冒険者だけです。その中で治癒魔法が使える冒険者となると偶然に居合わせる機会は少ないと思うのですが……」
冒険者の動きについてはイーニアスが詳しいだろう。
スコットは彼に目をやった。
「治癒師にドルイド、その他の精霊使いなんかもいるっちゃいるが、第二層と第三層の間は魔物が多すぎる。第三、四層に留まっているのがほとんどだろうな。ましてや、居合わせたとしてもクラスⅡかそこそこの冒険者をわざわざ治療してやる理由はねえよ。お偉いさんか知り合いなら別だけどよ」
「いえ、うろの反対側にある貧民街の荷運び人のようでした。恐らくそういった事情はないと思いますが……」
トリシアは思い出したことを口に出す。
同時に、治療ができるか否かから遠ざかってしまっていることに気付いた彼女はスコットに視線を戻した。
彼女は早口で再度問いかける。
「可能性の是非については後にさせてください! とにかく、魔法によって生命維持をされている重傷人がいるんです。スコットさん。あなたの魔法でその子を助けてあげられないのですか?」
トリシアの問いかけに対し、スコットの反応は早い。
彼は悩む素振りもなく、首を横に振った。
「自分どころか、師でも無理でしょう。すでに生命維持されているのだとしたら、生命力が尽きて魔法が霧散していく頃合いかと思います」
「そ、そうですか……」
期待を込めた眼差しを向けていたトリシアは項垂れた。
スコットはそれに同情して目を伏せる仕草をしてから、続けて問いかけてくる。
「しかし興味深い話です。基本的に、そういった生命維持の術式は術者が近くで魔力を注ぎ続けなければいけません。クラスⅤの魔法をクラスⅡの魔法使いが維持するとなれば、労力は八倍以上……術式の効率によっては数十倍もの魔力が必要となります。その少年が維持しているのだとしたら、尋常でない魔力量を持っていることになります。もしくは、既存の理論とは根本から異なる可能性も……?」
スコットは急に研究者じみて、ふむと考え出す。
「トリシアさん。一度師に伺いを立ててから、その患者と魔法使いの少年に会わせてもらえませんか?」
「そ、それはできません……。死の間際なんです。そこに土足で踏み込むのは――」
「ええ。しかし、その死を超越させている理屈を紐解くことができればより多くの人のためになるかもしれません。最大限配慮はしますし、その人物らが納得できるだけの対価は支払いましょう。クラスⅤの魔法は天啓でも確認された数が僅かです。確認しないのはあまりにも惜しい!」
確かに、その魔法取得のための足掛かりが掴め、新たな使い手が生まれればまた別の誰かを救えることになるだろう。
トリシアはスコットの熱意と理屈に反論できなくなっていた。
「わ、わかりました。案内はしようと思います。けれど、彼らには最大限の注意を払うようにお願いします」
自分にはわからないことだが、実際にアルノルドを安定させているカドとスコットが話せばまた事情は変わるかもしれない。
そう結論付けた彼女は案内を決意するのだった。
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