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余命通告

 こちらとしては接触なんてしたくないのだが、予想以上にあちらの気に留まっていたらしい。

 こんな手一杯の状況でさらに面倒ごとなんて酷い展開だ。


 ついでに言えば、転倒した拍子に顎下を強打した恨みがあるらしく、サラマンダーが陸に上がった魚のようにビチビチと跳ね、顔面に度々当たっている。

 腕で庇ったために押し潰さなかっただけ褒めて欲しいところなのに、厳しいものだ。


「大、丈夫です。気にしないで、ください。長旅で消耗している……だけなので。うん、真面目な話中だからサラちゃん、やめて」


 喋っている最中、サラマンダーが鼻に噛みついてきたことにより声がこもってしまった。

 顔を隠すとか、自然に変声ができるから怪しい人物に対しては効果的か?


 いや、そんなわけがない。彼女は先にアルノルドを抱き起こしていた。彼の様子をちらと確認してからこちらを見てくる。

 単に親切なのか、それともつぶさに観察しながら逃げる手段も押さえたのか。どっちとも取れるだけに、判断が難しい。


 カドは顔からサラマンダーを剥がしながら、意識の中で竜に問いかける。


『ドラゴンさん、早速問題が起こりました』

『何事だ……? 場所はどこだ?』

『ハルアジスの屋敷に乱入してきた女の子に絡まれています。場所はアッシャーの街ですね』

『あの者か』


 サラマンダーを剥がす最中に噛まれたりすることが功を奏した。

 それで出来た合間に竜と交信したカドは、返答を待つ。


「あの、つかぬ事を聞いてもいいでしょうか?」


 アルノルドを抱きかかえた女性は問いかけてくる。


「彼にはかなり高位の人の魔法がかかっているようです。これは一体?」

「すみ、ません。複雑な事情があるんですけど……、街の入り口で出会ったばかりの素性も知れない人に言うのは……、ちょっと……」


 カドは真っ当な答えを用意しつつ、状況を判断する。


 この言葉からするに、彼女はやはり魔素の色を判別できると見ていいのだろう。

 こんなに凝視をされては、サラマンダーと被さって見えにくくなっているはずの自分の魔素も見破られてしまいそうだ。

 せめて相手の素性も探りながら時間稼ぎをと思っていたところ、竜から返答が来た。


『あの者か。悪人ではないように思えたが、判断しきれぬな。他の者と同様、なるべく接触は避けるべきであろう。ただし、荒事はせぬことだ。今の汝では敵わぬ』

『見たらよくわかります』


 やはり竜の判断もさほど自分と変わらない。

 目の前にする彼女は自分よりよほど大きな魔力量なのだろう。身から溢れる魔力の大きさが三回りほどは違う。


 このような目に見える量だけではなく、熟練者はリリエのように流出する魔素を抑えたり、質によって力量が変わってきたりするために一概には言えないが、自分より上手なのは確かだ。

 第一層の質なだけで、戦闘訓練などはよく積んでいるのだろう。


 警戒と共に分析の目を向けていると、彼女は口を開いた。


「そうですね、突然過ぎました。私はトリシア=オーヴェラントと申します。この街にいる親戚が良からぬ仕事をしていると聞いたため、街の外からやってきました。今後の活動のために実力を付けようと、冒険者見習いをしています。あなたたちが大変そうなのが目についたのと、あなたに興味があって声をかけました」


 随分と清純で、お人好しそうな声だ。

 本当にこの通りの性格なら、あの屋敷での実情を知っていたら手を差し伸べてくれていたのかもしれない。


 そんなことを思っていると、竜が唸った。


『なんという奇縁か』

『どうしたんですか?』

『オーヴェラント。その娘の家系は我が友の家の名と同じなのだ』

『なるほど。それなら安易に考えると、僕の面影が微妙に似ているから気になったというのもあるのかもしれませんね』


 不調のために頭はよく回らない。

 だが、少なくとも現時点では危険に繋がる要素はなさそうだ。


 面倒を避けるためにも、少しは歩み寄るべきか。そう考えていたところ、竜が言葉を続けた。


『それだけではあらぬ。この家名は五大祖の一つ、剣の大家のものでもある』

『……僕としては死霊術師の家だけが悩ましいんですけど、何かあるんですか?』

『いや、ない。彼の家は我が友の名で発展した騎士の家系というだけだ。混成冒険者の維持や管理にも携わっておらぬ。ただし、それ故に当主は功績に焦っていると聞く』


 五代祖というのは、まず剣の大家一つから始まったそうだ。

 英雄的な活躍をした竜の友人の一族がここぞとばかりに民を先導して街をまとめたから長として位置し、実力もそれなりにあった。

 その後、竜の友人とまでいかないまでも優秀な人物を輩出したという。


 残る四家は混成冒険者の設立に関して大きな功績を上げたため、街の重役としてあげられるようになったらしい。


『彼女は未熟ながら、そんな身内の恥を正しに来たって見ればいいでしょうか?』

『それも可能性の一つであろう』


 人類全てが敵とまでは思っていない。

 しかし、今のこの身は特別だ。実力がつくまではあの杖だった頃と同様に利用される恐れがある。だからこそ、竜やリリエが信頼する筋以外に心を許す気はなかった。


 悩ましいところだ。裏が取れていないが、ここは叩いていない石橋を渡る他はないらしい。

 少々、返答を待たせてしまったトリシアは「あの……?」とこちらの反応を窺ってきている。


「すみません、僕自身も消耗していて、少しぼーっとしていました。トリシアさんが言った通り、彼には魔法がかかっています。そのおかげで致命傷を負った彼の生命維持ができているんですよ。彼を家まで送り届ける途中ですが、僕もそこに力を使っているので弱っているんです」


 もう、仕方がない。

 せめて彼の家までついてくるというくらいは大目に見るくらいが最も波風を立てずに済ませる方法だろう。

 そう言ってみるとどうだ、彼女は決意をした顔を向けてくる。


「わかりました。話からするに、少しでも早く家に付ける方がいいのだと思いますし、私にあなたの手伝いをさせてくださいませんか」

「……はい。折角の申し出なので、お願いします」


 想像通りの結果だ。

 まあ、ここで問答を繰り返しているだけ無駄に消耗する。それに彼女が言ったように、アルノルドに少しでも時間が残る方が良いのは確かだ。

 彼女はアルノルドの腕を肩に回して立ち上がる。


「ちなみに、あなたのお名前も伺っていいですか?」

「名乗り遅れて、すみません。僕はカドです。彼はアルノルドと言います」


 名前程度はもう伝えるべきだろう。

 それだけ伝えると、カドは彼女を先導して歩き始めた。



 

 □



 

 行きついた先は、場末もいいところだ。

 アッシャーの街は、境界域に続く神代樹のうろの正面が一等地。そこから外れるほどに家の質は落ちていく。


 うろとは真逆の方向で、蛇行した木の根が作った影なんて三等地もいいところである。

 稼ぎを期待してこの街に新たに住み着いた人間は多くがこの場に住み着いているらしい。スラム街にも似た、雑多な住宅エリアである。


 詳細な案内はアルノルドの声をもとにしながら、カドとトリシアはある家に辿り着いた。

 木の根の下に作ったハリボテのような家。そこが彼の家らしい。


「ごめんください。どなたかいますか?」


 カドが家の戸を叩く。

 この手作り感満載の家ではガラス戸なんてない。あれは一等地の家でも半数は備えられていない高級家具なのだ。

 普通の家にあるのは木戸くらいである。


 待っていると、一人の女性が出てきた。

 四十代も半ばくらいの女性だ。

 枝毛が多く、髪の手入れもあまりされていない。

 ところどころの解れを直した衣装や、部屋の中にはたくさんの内職品を置いているだけに裕福でないのはすぐに見て取れる。


 しかも貧乏子だくさんという言葉の通り、二人の小さな子供が彼女の背に隠れながらこちらを窺っていた。


「はい、どちら様で――っ!?」


 こちらが冒険者の身なりをしていること。

 そして、トリシアが肩を貸しているのがアルノルドだということを目にし、ある程度の状況を察したのだろう。

 力なくもたれかかっている彼に、女性はすぐに飛びついた。


「ア、アルノルド!? ああっ、なんてこと! 一体何が……。何があったの……!?」


 揺れ動かしても反応があまりないことなどから事態の深刻さを察してきたのだろう。

 声色は徐々に震えてくる。


 状況の説明を求めるようにカドやトリシアに向けられていた目は、ついにはアルノルドの状況を確かめるばかりとなっていった。

 子供たちは母親の震える声で不安になったらしく、「兄ちゃん、どうしたの? ねえ?」と口々に問いかけている。


 彼らには、酷な事実を伝えなければならない。

 カドはアルノルドに余命通告をした時と同じく、胸に重いものを患いながらも打ち明ける。


「彼は冒険の途中で負傷して……。今は魔法でギリギリ、命を繋いでいる状態です」

「でも血も流れていないし、何日かすれば治るんですよね!?」


 母親は懇願にも等しい顔で問いかけてくる。

 しかし、カドの浮かない顔を見るに答えは薄々勘付いているのだろう。

 病気? 治るの? 死んじゃうの……? と、子供たちが縋りながら問いかけてくることがより一層現実感を増させている。

 口惜しい事だが、どうしようもない。


「残念ながら、魔法は半日も保ちません。切れれば……亡くなります」

「そんな……!」


 真実を告げられた母親の顔は絶望色に染まる。

 そんな親の表情を見るのは辛いのだろう。アルノルド自身、唇を噛みしめていた。


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