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竜と少女の生き急ぎ Ⅲ

『つまり、得た魔素は管理局で資源とされ、金銭でも取引されるようになったのだ。それによって混成冒険者は危険を冒さずとも収入を得られるようになった。今やその数が増え、低層の魔物や幻想種を狩り尽くす勢いであるな』


 竜が語る新しい冒険者の姿。それはファンタジーで思い描かれる姿ではない。

 現代の地球におけるサラリーマンの働きと、環境破壊に重ねられる話だ。


 改めて自己解釈してみると、カドとしてもよく理解できるものである。彼は納得し、ははあと顎を揉んだ。


「なるほど。混成冒険者も、死ねばそこで魔素が分散してゼロからのスタートですもんね。サラリーマンとしてやっていくなら、低層で日々のノルマをこなすだけになるのもわかります。……けど、これだけなら単に商売になるとか、生物の多様性が減ってしまうってだけの話です。まだ何か大きな問題でも起きているんですか?」


 カドが問いかけると、竜は頷いた。


『うむ。多くの冒険者は熟練者に弟子入りし、次の層の魔素に体を慣らしてから独立し、低層で自立できる実力を養うものだ。例えば第二層の攻略メンバーに入った後、第一層で鍛え直すといった具合に。さすれば第二位階魔術で第一層の魔物と戦える故、優位に立ちやすいのだ』


 これもRPGの世界観で考えればよくわかる。

 ちょっと苦労するが一時的に次の街まで出張り、そこで一つ上級の武器や魔法を買い揃えてから元の場所に戻ってレベリングをするという手法だ。

 現実で似た安全策を取れるのなら、誰しもが真似をしたくなるところだろう。


 だが、そこに問題が生じるのだと竜は語る。


『しかし考えてもみよ。次の層に馴染んだということはその者が垂れ流す魔素もまた次の層の質となる。すると、どうなるか? その答えはこの塔内部と同じだ』

「塔の内部と?」


 カドは竜が言う意味をすぐに理解できなかった。

 この塔と外で違う点。それは何だろうかと考える。


 自然環境などという繋がりはよくわからない。その他に目に見える違いといえば……? そう思って周囲を見回そうとした時、カドはハッと気付いた。


「いろんな層の魔素が混じり合った状態になっちゃうってことですか?」

『左様。本来では深層の魔素も分解され、各層の質に馴染んでいくのだ。しかし、その分解をする生物も冒険者によって殺されている上、混成冒険者による魔素の排出が多すぎるのだ。その結果、第一層に第二層の魔物が現れる事態も発生している」


 なんだろう。まるで森林の伐採と、排気ガス問題を聞いている気分だ。

 そんな印象は置いておくとして、実際の問題の大きさを考える。


 カドは、リリエと忌み子状態のアルノルドの戦闘を目にした。

 彼を第二層の魔物の基準として考え、今まで見てきた第一層の魔物と比べてみればよくわかる。

 次の層の魔物が出現するということは、無手の人間と熊や象が戦うといったくらいの戦力差が出ることだ。看過できない事態なのは明白である。


 ただし、これだけではないらしい。竜は未だに難しい顔をしている。


「単に一、二体発生する程度で終わっていればどうとでもできる話である。けれど、近年では境界にすら異変が現れ始めた』

「境界……?」


 聞き慣れない言葉にカドは首を傾げた。

 その拍子にリリエと目があう。どうやら彼女はようやく落ち着いてくれたようだ。

 そして今度も過保護気味ながらも解説をしてくれる。


「先日、カド君も近くに行ったでしょう。ガグの黄泉路に、第一層と第二層を区切る境界が存在するの。ちょうど、地上と第一層の境と同じようなものよ」

「あの妙な膜っぽいやつのことですか」


 その補足でカドは神代樹のうろから続いた地下道で、妙なものを通過したことを思い出した。もしかするとあれは転移門とも言うべき代物だったのかもしれない。

 頷いていることから理解が追いついているのを見て取ったリリエは続けて補足をしてくれる。


「そう。あれはね、単なる境界線ではないの。各層の魔素を仕切るだけじゃなく、魔物の往来も防いでくれているわ。けれど、最近ではその機能が弱まりつつあるのよ。境界付近にいる守護者を倒さないと次の層の魔素に馴染めない人間にとって、深層の魔物が溢れてくるのは脅威よ。なにせ、一体一体の能力が二倍程度は変わってくるもの」

「なるほど。強い敵は数で押さなきゃいけないのに、たくさん溢れて来られたら手の出しようもないですよね」


 カドにもようやく構図が理解できた。

 つまり人が利益重視で従来の姿に手を加えた結果、二つの問題が生じた。


1:混成冒険者が暴走し、英霊化する。

2:次層との境界が曖昧になり、次層の魔物が発生したり、溢れてきたりする。


 こんな具合である。

 多少戦える駆け出し冒険者でも危険なのだ。リリエが助けたような村人からすると、その脅威は致命的なものだろう。


『理解できたか、カドよ』


 竜が問いかけてきた。

 彼が今までやってきたことがようやく理解できたカドはしっかりと頷きを返す。


「はい。ドラゴンさんが冒険者の街に行ったのも、その事態を警告しようとしたためだったんですね?」

『うむ。だが、街の権力者は欲に目が眩み、それをひた隠しにする。奴らは混成冒険者の手綱も握っておるからな。支援の打ち切りもチラつかせて冒険者を脅し、我を攻撃させていたのだ』


 この竜は冒険者を助けてくれる存在と認知されているのに、攻撃され続けた理由がようやく理解できた。


 全く、酷い話だ。

 結局のところ、竜が望みを叶えられなかったのも、面倒事が起こっているのも、全ては人間自身が招いたことなのである。

 一応、人間には同族意識があるカドではあるが、これでは益々もって人外に加担したくなる真実ではないか。


 しばし黙して考えていたカドは口を開く。


「ドラゴンさん、だったらなおのこと僕は――」

『認めぬよ。折角拾った命を投げ出そうとするとは何事か。我はな、共に在ったあの者をせめて弔おうとは思っている。だが、それに犠牲を払ってはそもそもあの者は喜ばぬ。だからこのような生き方となっているのだ。そんな我が、今の汝を受け入れる理があると思うか? だからこそ、汝は街で情報収集をするだけで終わりなのだ』

「……っ」


 そう言われれば、反論の余地はない。

 ここで変に竜の味方をしようとすることは間違っている。それは死にたいとすら思っていた自分を救ってくれた厚意も、個人を慕う竜の想いも踏みにじる行為に他ならないのだ。


 竜とリリエは心情を察した目を向けてきている。

 リリエは肩に手を置き、慰めてくれた。

 一方、竜は突き放すでもなく言葉をくれる。


『我と汝はひとたびここで終わりだ。されど、今生の別れと思う必要はない。汝の技術には目を見張るものがある。その身に流れる魔素も恵まれたものだ。進む気さえあれば、汝は飛躍する。境界域の深層に挑むのであれば、見えることもあろう。恩義を返さんとするならば、その時で良いのだ。カドよ、急ぐ必要はない』


 過ぎたことをしようとした結果に失敗をした身としては、今のカドがしようとしていたことは見過ごせなかったのだろう。

 彼らが得た教訓そのものを向けられてしまうと、覆せるわけがなかった。

 カドは一抹の苦しさを飲み込み、了承する。


「わかりました。そう言われるのなら仕方がありません。僕は僕として、まずはちゃんと生きる努力をしたいと思います」

『うむ、それで良い』


 竜は笑うように口を開いた。

 彼はつとリリエにも目を向ける。


『そのような話となった。リリエハイムよ、これも多少の縁と、もうしばらくはカドの面倒を見てやってはくれぬか?』

「ええ、そう言われることはわかっていましたとも」


 リリエは腰に手を当て、息を吐いて竜を見た。

 見越した様子ではあるが、嫌がっている素振りはない。直後、彼女は満更でもなさそうに破顔していた。


「じゃあ、話がまとまったということで、カド君の体力があるうちにアッシャーの街へ向かうということでいいわね?」

「そうですね。明日の朝から昼にかけての体力がどうなっているかもわからないし、お願いします」


 リリエの声に頷いたカドは移動手段となる竜に目を向けるのだった。


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