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忌み子 Ⅱ

 カドはリリエに問いかける。

 無論、答えはわかりきっていた。彼女の表情はそれを物語っている。

 疫病神にしかなり得ないカドの世話すら請け負ったのだ。方法があるのなら、それを実行しないはずがない。


「残念だけど無理よ。私たちに出来るのは、この忌み子の被害から周囲を守ること。あなたを助ける手段にもなる時点で、最善を取っているわ」


 こうして断言するからには間違いがないのだろう。

 疑うわけではない。だが、万が一を考えてカドは竜にも尋ねる。


『ドラゴンさん。この忌み子を助ける方法はないんですか?』

『同情はやめよ。救いがあるとすれば、それが死ぬ際に遺物が残るか否かくらいであろうよ。だが、幻想種に心身を乗っ取られているのがこ奴らだ。望みは限りなく薄く、遺物が残ったとして自我を持つこともまた考え得る話ではない』


 案の定、竜の答えも否定的だった。


 意志が強く、その身に秘めた魔力も極上。そんな人や幻想種のみが遺物となり、さらにそのごく一部だけがハイ・ブラセルの塔の剣のように幻想種を生み出す。

 それが精一杯の話だそうだ。


 カドが持つ医療の技術では救いようがない。

 魔法や魔素という超常の物が溢れるこの世界ですら、救いはない。

 その事実を確認したカドの胸はぐっと詰まった。


 ならばせめて早く終わらせてやろう。そう思い、魔素吸収の行使に専念する。


「あァ……。ぐ、アァァァッ! 死ニタク、ナイ……。死にたくナイ。父、さん……。母、さん……」


 魔素吸収により、憑りついていた幻想種が消滅していく影響だろうか。人らしき声と意識は徐々に鮮明になっていく。


 けれどもその反面、肉体は死に近づいていた。

 見方を変え、魔素を見ればその理由は明らかだった。


 この体は何かに食い散らかされたかのように、本来の肉体がない。割合にして四割程度は魔素が補っているのだ。

 そして竜のように体の外側を魔素が覆うことで、この巨大な体を形成している。


 瀕死の人間を生かしていた幻想種――生命維持装置を引き剥がしつつあるのだ。どうなるかは明白である。

 リリエが与えた肩と骨盤の傷のみではない。もっと根幹からの生命力がなくなっていくのが、カドにはわかった。


 そう、声を出す余裕がなくなれば息をするだけとなる。

 浅く早い呼吸が連続し、それにも疲れるように徐々に衰えていく。しかし生きようと足掻く体は、思い出したようにカハッと大きく呼吸して息を取り戻そうとするのだ。

 命の灯というのは、ロウソクの火が消えるよりしぶとい。

 それを見届けることになるかと思うと、辛かった。


「……違う。こんなんじゃ、駄目ですよ」


 カドはぼそりと零す。

 あれだけ忌み嫌っているハルアジスと同様にこの忌み子から奪うだけ奪って、絶望に陥れていくのみなんて冗談ではない。

 悔しさとも何とも取れない気持ちに、カドは残る手を強く握りしめた。


 ああ、そうだ。自分は昨日の夜、竜に言ったばかりではないか。

 冒涜を積み上げて奇跡を作ったら面白くないか? そう言ったのである。

 自分の持てる技術やこちらの世界の常識が通じないから何だと言うのだ。


 死者さえ蘇えらせる死霊術師が、竜や天使に助けを求めてどうする。

 せめて彷徨う死者(レイズデッド)という神様が与えてくれる奇跡を使えるようになっていればと嘆いてどうする。

 その奇跡の御業までの道筋は見えているのだ。与えられていないのなら、自らの力で掴み取りにいけばいい。


 この忌み子を生かすために必要な条件は何か?

 幻想種が補っていたものが消えて死に至るなら、それを再補完してやればいい。

 血が零れ落ちるならば、正しい巡りに導いてやればいい。

 破損した体が動かないなら、操作魔糸を張り巡らせて動かしてやればいい。


 ほら、簡単だ。死にかけの体ならばそれでしばらくは動く。

 彷徨う死者(レイズデッド)がそういった要素から構成される複合魔法なのかは知らないが、関係はなかった。

 今の自分にはそれが限界なのだ。逆立ちしてもそれ以上は望めない。


 限られた時間にはなるが未練を断つことくらいなら、協力してやれる。

 そんな救いがあるだけでもどれほどいいだろう。


「そう。そうですよ。こうすればできるじゃないですか」


 カドは口元を歪める。

 計算をする必要すらない。最も魔力を必要とする補完については、忌み子を構成した魔素を流用すればいいのだ。

 霧散さえさせなければ、人の形にする力は足りるはずである。


 魔素吸収の手は緩めなかった。

 忌み子の体の崩壊した部分から補完と繋ぎ合わせを行い、流出してしまう血液は血流操作によって維持する。


 左腕からは止めどなく魔力を放出し、右腕からは止めどなく供給する繰り返しだ。

 しかし自分の許容量も考えないで出来ることをしようとするものだから、カドの腕は回路が弾けるように裂け、ぶしぶしと血液が散った。

 それを目にしたリリエは驚愕の表情を浮かべて飛びついてくる。


「な、何をしているのっ!?」

「痛っ……。これはですね、この忌み子を生かそうとしています」

「していますって、そんな簡単に言って……!?」


 両腕が真っ赤に染まるくらいに血を流しながら魔法を使っていることからして、身丈にあっていないのは明白だ。

 だが、リリエはカドと忌み子を交互に見るばかりで、制止すべきか迷っている様子である。


 その理由は何故か?

 彼女が忌み子に同情しているというだけではない。

 カドの行為が実現に向けてちゃんと進行し、忌み子の呻きが明らかに目減りしている事実を目にしているからだ。


 痛みを堪えながら、カドはその仕組みについて詳らかにする。


「魔素での補完はこの忌み子を象っていた魔素を流用すれば事足ります。ただ、血流操作や操作魔糸をずっと維持し続けるには僕の容量が足りません。なので三日を目途に持続させられるレベルをイメージして、コンパクトにしようとしています」


 大きかった忌み子の外装は魔素となって消えた。

 ところどころにはその体躯を形成していた鉱石や肉片が落ちている。

 そんな残骸の中央――カドが腕をかざしているところには、子供一人程度の形に肉塊が収縮しつつあった。


 それを目にしているリリエは口を押さえる。


「うそ……。君の力ではこんな複雑な魔法を使うことなんてできないはずじゃ……」

「初級治癒魔法と同じですよ。力任せに処理しようとするから燃費が悪いんです。必要な部位だけより分けていけばまだ御せるレベルです」


 正直なところ、ただ数日保つことだけを考えて臓器まで取捨選択をしていた。

 非道にならざるを得ないのは、力不足故だ。カドは歯噛みする。


「……あぁ、悔しいですね。不治の呪詛みたいに、対象の魔素をそのまま利用できる仕組みも組み込めたらもっと燃費が良かったですよ」


 血流操作に、操作魔糸という魔法の発動のほか、その操作も含めて担っているカドとしては負担が大きい。

 生身を生かしているのだから、その一部でも本人が担えてもらえたら、まだ楽になっていただろう。


 全く、前途多難だ。本来はこんな程度の実力の自分が手を出せるレベルではない。

 何とか忌み子を人の形で安定させたカドは、息を吐く。


 けれども油断はできない。これからは寝食の時間も血流操作と操作魔糸を切らしてはいけないのだ。

 じわじわと自分の魔力が削れている感覚からしても、一日、二日保つことすら怪しく思えてくる。


「君は、本当に馬鹿ね……」


 驚きから立ち直ったリリエは、ぼろぼろになったカドの腕を取った。

 彼女はそう言いながらも最初に天啓を与えてくれた時と同じく、初級治癒魔法でそれぞれの腕を癒してくれる。


 怒るでもなく、叱るでもない。悲しむように眉を寄せられては何とも返しにくい。

 カドは少しばかり後ろめたいところだ。


「そうですね。そもそもドラゴンさんに恩返しをしようとしている時点で、僕は利口じゃないと思います」


 カドはリリエにはにかみの表情を返す。

 十数秒が経過し、リリエによる治癒が終わるとカドは彼女に向き直り、正座となった。


「僕の容量的に、ずっとは保てません。三日っていう今までの予定も切り上げて進めていかなきゃならないと思います。その点で迷惑をかけると思いますが、リリエさん。頼らせてください」


 ここで何もせずに終わってしまえば、きっと後悔が残る。

 だから精一杯やりたいのだという気持ちを込め、彼女には頭を下げた。

 すると、彼女には仕方ないなという顔でため息を吐かれる。


「いいわ。折角だもの、私は見届ける。困ったことだけど、こういうところに付き合ってしまうのは性なのかしらね。それなら、早いけれど次の目標へ向かいましょう。幸い、君は第二位階魔術の従者契約だけでも取得できていたもの。きっと、何とかなるわ」


 そう言って、リリエは立ち上がった。

 彼女は風変わりな天使だ。地球で語られるそれとは少々異なる。死霊術師とこんなことをしてしまうような、背徳的な趣味を持っているのだった。


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