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それはまるで宴の後のような

 目の前の山道は特別に作られたのでもなさそうだ。

 いつできたのかはわからないが、人や動物が歩き続けたために草や根が生えにくくなり、土も減ったのだろう。その結果、雨水が流れ込むことで自然に堀が深くなって道が維持されているらしい。


「周囲の森も深いですし、見晴らし的には良いですね」


 狼もいる森と思えば少々懸念は残るものの、塔で得た装備はなかなかに安心を提供してくれている。


 ・盗賊用ピッキングツール

 ・ナイフ、短剣計四本

 ・ガントレット

 持ち物はこんなところだ。


 素材はわからないが、あの塔はこの第一層最大のダンジョンとのことで、遺産である剣は竜と同色の魔素をしていた。

 そんな場違いに強力な存在と張り合おうということは冒険者も上級者で、装備も良かったのだろう。


 手に入れた道具は金属ながらも非常に軽い。ガントレットなんて、岩に叩きつけようと反動を感じさせない不思議な代物であった。

 その他、冒険者の遺品は回収してあるが、持ちきれない分は竜に背負ってもらっている。軍人のドッグタグのようなものも入手していたので、折りがあれば供養のためにも誰かに手渡すべきかもしれない。


「ただの獣相手なら腕にとりあえず噛みつかせて、ナイフで迎撃ですね。熊以外なら何とかなりそうです。ドラゴンさん、それで問題ないと思いますか?」


 離れていても意思の疎通は可能か、語りかけてみる。

 傍から見れば危ない独り言だが応答はあった。


『汝と同程度の個体であれば問題なかろう。ただし、剛毛熊と魔蛇はしぶとい。慣れぬうちは手を出さぬ方が賢明だ』

「うん、そうしておきます。ちなみにこの世界には光源らしいものが見当たらないんですけど、夜って来ますか?」

『地上と第一層に関してはある。空に浮いた光が地に落ちるのだ。一説によれば、励起した魔素は光となって空に浮かび、その力が失せると地に沈んで力を蓄え直す循環となっているらしい。諸説ある故、これが真理かは我にもわからぬ』

「十分です。つまり暗くなる前に二山越えるべきってことですね」

『左様。腹が減る頃には夜の帳が降り始めるはずだ』


 自分、まだご飯を食べていないんですが。

 そんなぼやきは飲み込み、交信を終了する。


 一時間や二時間という単位、一日の長さも彼らの常識と照らし合わせていないのだ。具体的な数字で尋ねるのは不可能だろう。

 腹が減る具合ということは、四時間をひとまずの目安とする。


「……意外にきつくありません?」


 直線距離十キロの道のりだとして、徒歩だと時速五キロ。山道であれば実際の距離も登りにくさも増すことだろう。


「小走りで持久力についてもちょっと試しますか」


 仕方ないと息を吐いたカドは走り始めるのだった。





 

 そうして十数分が経過しただろうか。

 息はほとんど荒れない。足場が悪い山道だというのに、小慣れた軽めのランニングをしているかのようだ。


 そして、索敵についても問題ない。

 危険なのは魔素を含む魔物や、幻想種だ。ならばそれを見つけるには、視界を変えればいいのである。


 この世界には霧のように魔素が漂い、植物も魔素を持っている。

 一般的な物質に関しては無色だ。一方、生物に関しては紫の色合いを持つものがちらほらいる。植物も地面から魔素を吸い上げているのかその色合いを持つのだが、生物と違って保持している魔素の流れが非常に穏やかだ。


 この目で山を見回せば、その流れの違いで魔物を発見できるのである。

 藪に潜んでいるのがバレバレの狼――件の巨牙狼ファングドッグだろうか。

 サーベルタイガーとまではいかないが、犬歯が大きな狼が傍を通りかかった途端に飛びついてきた。


「ほほう、話のとおり輪郭がぼやけていますね」


 第一層入り口の廃墟で見た英霊と同じだ。魔素のみで構成された存在というものは、こうなりがちなのだろうか。

 大顎を開き、首筋めがけて飛び掛かってくる巨牙狼にはガントレット装着済みの腕を差し出す。


 硬い牙で猛烈に噛み締めたのだろう。まるで金属を叩きつけたような音がした。けれどもガントレットはびくともしない。

 あらかじめ備えていたこともあり、組み倒される心配もなかった。


 巨牙狼は噛みついたままの顔を激しく振りながら唸っている。さながら犯人に噛みついた警察犬だ。


「心苦しいですが、殺されてはたまらないですからね!」


 腕を少し上げ、巨牙狼の頭を上向きにする。

 そうすることでより大きく晒された首筋をナイフで掻っ捌いた。


 延髄を狙うことも効果的だろうが、各種末梢神経や血管は体の内側に走っている。一撃死を狙わないのであれば、こちらの方が確実に致命傷を狙えるのだ。


 だが――

 グゥゥゥ、ゴボッガァァァッ!


 血管を損傷し、血液が気管に入ったことで唸りには血の泡が混ざった。だが、巨牙狼は止まらない。むしろ苛烈に攻撃しようとしてくる。


「なるほど。こういうところが非生物っぽいんですね」


 カドは魔物という存在を理解する。

 そして、油断なく仕留める必要性を認識した。

 己の知識はこの相手にも適用できるとわかったので始末は簡単である。


 今度は腕をぐいと下げ、巨牙狼の頭を俯き加減にさせた。

 脊髄は頭蓋骨後方にある後頭顆から出て、連結した頚椎の内部を通る。

 後頭顆と第一頚椎の間はそのままではしっかり覆われているが、湾曲させれば凶器で突き刺せる隙間が生まれるのだ。


 一意専心、実行。

 生体把握、実行。

 解体術、行使。


 思考と体が驚くほど滑らかに動くと共に、違和感とまでは言えない妙な何かを感じた。

 疑問に思うのと、巨牙狼が魔素に還るのはほぼ同時だった。


 完璧な致命傷だったからだろうか。狼の肉体は紫色の魔素となって霧散する。

 そして、カドの体に触れたいくらかの魔素は竜の血が沁み消えたかのごとく消え失せた。


『初の戦闘にしては危なげない立ち回りであったな。天啓も知らぬ間に行使したと見える』

「えーと、自分の才能やら経験やらを基に神様が与えてくれる技能でしたっけ。なるほど、不思議な感覚ですね」


 言うなればシューティングゲームの自動照準だろうか。

 自分で意識した行動が微妙に修正され、最適化した――ような気がした。


『その話について、詳しくは天使に訊ねるが良い。それより、魔物や幻想種を倒した際の魔素は無駄にせぬようにな。それを己が意志で体内に留めたものこそ、魔力となる』

「経験値的なものってことですね」


 竜の助言に頷き、空に溶けて消えようとする魔素に手を伸ばす。

 こうして求める意思が大事なのだろう。主を失った魔素は導かれるように集まり、吸収された。


「魔物に関してもわかりましたし、サクサク進みますか」


 カドは再度小走りで山道を進む。

 途中では何度か魔物に襲われたものの、竜が言った通り大きな問題はなかった。


 狼に関しては先程と同様。ゴブリンやコボルトに関しては身長が自分以下なので、身体能力と装備のおかげで組み勝つことができた。

 残る蛇と熊に関しては遠くに存在は確認できたものの、気付かれないように移動して事なきを得たところである。


 そうしてカドは二時間も経たないうちに目的地に到着した。

 山の中腹に開けた土地があった。

 ここからは斜面が急になるらしい。切り立った崖からは水が流れ落ち、滝壺ができていた。その畔にログハウスが見られる。


「ドラゴンさん、目的地はあそこですか?」

『そのはずだ。煙突から煙も見える。在宅と見て間違いなかろう』


 留守のために回れ右とならなくて何よりだ。

 こんこんとノックし、応答を待つ。


 だが、家主は一向に出てこない。何度か繰り返しても、結果は同じだ。

 はて、これは一体どういうことだろうか。まさか室内にはいないだけかと、家を一周回って確かめてみる。


 切り株を台とした薪割り場に、その乾燥用雨避け。家庭菜園も見えたが、人の気配はない。無論、滝壺で釣りをしているわけでもなかった。


「火を扱っている間に遠くまで行くとは考えにくいんですけど……」


 これはどういうことかと悩みながら一周の歩みを進めていく。

 すると、開いた窓を見つけた。


 持病など、緊急事態という線もある。悪いと思いながらも、中を覗き込んでみた。

 中では複数人の女性が倒れていた。


「あー……」


 一応、事件性は感じないものだ。

 件の天使と思しきタンクトップ姿で有翼の女性、その他村娘と思しき女性らは床で突っ伏していたり、ベッドに寄り掛かったりしている。


 しかしその手には盃があったり、傍に複数の瓶や革袋が打ち捨てられたりしているのだ。これは酒宴の末、全員がぶっ倒れた光景にしか見えない。

 脳裏に思い描かれるのは、盛大な宅飲み後のOLである。


「うん、堕落してますね……」


 状況を理解したカドは深くため息を吐くのだった。


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