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はじめてのおつかい

 さて、適当に殴りかかってこいと言われたものの、悩ましい。

 拳の握り方程度はわかる。四指を握り込んだ上で親指を添えるのだ。そうでないと衝撃が親指の第二関節にかかり、下手すると折れる。


 で、それがわかってもどうするという問題だ。


「刃物も防ぐ硬質な鱗を持っている上、象よりよほど大きい動物に殴りかかったら、こっちの体の方がイカれそうです」

『否。それは違うぞ、カドよ。汝は生身ではない』

「確かに全裸じゃないですね」

『うむ、その意味ではないので続けるぞ』


 竜はそろそろ扱い方を覚えてきたようだ。ぺたぺたと胸を触って主張するカドに対し、さらりと返してくる。


『汝の拳は鋼。疾駆する際は羽毛へと変わり、攻撃を受ける時は空気と化す』


 またわかりにくい話だ。真実、そうであるわけがない。

 では何に関する話か。こんなありえない万能性の話は魔素以外に覚えがないだろう。


「そういう気持ちで体を動かせって話ですね?」

『然り』


 首や腕など、関節を回して準備運動をしながら問いかける。

 幻想種として生まれ変わった――そう言ってもいい自分である。今はまだ理解できなくとも、竜の言うことは今後の自分にとっての骨子になるかもしれない。


 関節や筋の曲げ伸ばしを終え、最後にその場で跳んでみる。

 垂直跳びも含め、運動に関しては特に残った記憶がないため、人並みだったはずだ。それがどうだろう。一メートル程度は跳べた。


 普通の人間が出す記録の倍程度のイメージである。

 理に縛らない魔素はカド自身の体にも間違いなく作用しているようだ。

 浮かべる驚きの表情を、竜は見つめてきている。


「わかりました。それなら今は何も考えず――」


 地を蹴り、踏み出す。

 たった今の垂直跳びの感触から、自分の体は記憶の中の人間より動くことがわかった。

 ならば現状の全力を知ろうではないか。


 両脚はバネにでもなったかの如く、推進力を生む。体重なんてあってないようなものだ。

 狙うは直立している竜の前肢膝裏。そこに回し蹴りを叩き込ませてもらう。


 だって、それ以外の部分は岸壁並みの竜鱗に覆われている。あんなものに足を叩きつけようものなら、壊れてしまうだろう。

 痛いのは御免である。


「ふっ――!」

 

 左足を軸に地面を踏みしめた。

 右足を引き寄せる勢い、腰の回転、腿の伸筋の力を順に連動させ、目標に叩き付ける。


 ズパァンッ! と、空気が破裂するかのような音で衝撃は逃げた。サンドバッグに当てていたなら一回転くらいはしたかもしれない。

 口からは自然、やり切った後の感想が漏れた。


「ぁ痛ったーっ!?」


 うん、痛い。

 非常に痛い。

 ただそれだけである。


 竜の巨体はびくともしなかったし、あちらはそよ風を受けた程度の反応だ。

 右脛を抱えて飛び跳ねるこちらをただ見つめるのみである。


 いや、違った。

 しゅっと視界に滑り込むものがあった。


「うぷっ!?」


 それに気付いた瞬間、体は宙を舞っていた。

 ぐるりと回転する視界の中、ようやく理解が追いつく。自分を跳ね上げたのは、竜の尾だ。


『ふむ。斯様なところが関の山か』


 ノーバウンドで数メートルも跳ね上げられ、地面に打ち付けられる。

 派手に攻撃を食らった割に、体感としてはマットでバウンドした程度にしか思えない。


「けほっ……。世話焼きなのにこういうところは容赦ないとか……」

『咄嗟に動けねば野では生きてゆけぬ。この先の道は汝一人で生き抜く必要があるのだぞ。目付けをすると言った以上、無責任に放りはせぬよ』

「それはありがとうございます……」


 ぴくぴくとしながらも、竜のもとに這って近づく。

 こうして動けている点にも査定が入っているらしい。値踏みの息が吐かれていた。


『この地の魔物であればどうにかできるであろう。慢心せず、歩むがいい』

「自衛のための魔法とか教えてもらえないんですか……?」


 ほら、電撃の魔法を使えていたではないかと問いかける。

 それに対して竜の反応は鈍かった。


『我には汝の天啓が読めぬ故、それは徒労に終わる可能性もある。安心せよ。この辺りに出るのは魔素をほぼ含まない魔物と幻想種のみだ。群れが相手でない限り、汝が全力で抗えば凌げよう』

「どうせなら特徴を教えてもらえません?」

『そうさな、それも可能か』


 剣の英霊を相手にした時と同じく、深く意識共有をしてもらえば可能だろう。

 頷いた竜は顔を近づけてくる。

 すると、脳裏にはいくつかの姿が浮かんだ。


 ・小鬼ゴブリン

 ・亜獣コボルト

 ・巨牙狼ファングドッグ

 ・剛毛熊ハードグリズリー

 ・魔蛇マジックスネーク


 多少強力な動物という把握でよかろう。その他、小動物に似た魔物、雑魚と言える幻想種もいるにはいるが、我も覚えきらぬでな、許せ。

 伝わったイメージはそんな具合のボヤっとしたものだ。


「……んん? 何度か出ていましたけど魔物と幻想種の違いって何です?」

『幻想種は生物が神の加護を得て変異したものと言える。人間で言うところの天啓と同じものが我らにもあるのだよ。魔物は境界域の魔素より生じた存在だ。幻想種とよく似た姿を取るが、亡霊の如く輪郭がぼやけている上に自我がない。ただの力の塊故、討伐して自らの力に変えるのが最善の存在と言えよう』

「なるほど。そういうものですか」


 魔素を得た生物が幻想種。

 魔素のみの化け物が魔物。そういう把握で事足りるだろう。

 痛みがようやく治まったカドは立ち上がる。


「わかりました。じゃあ細かいところはまた助言をもらいつつ、行くとします」

『気を付けて行くが――もう攻撃はせぬよ。そう構えるな』


 先程不意を打たれたカドとしてはその言葉も信用ならない。

 この先の山道もドラゴンに目を向けたまま、じりじりと摺り足をしつつ登っていく。

 見かねた竜は先にこの場から飛び去った。

 その背を見送ったカドはようやく竜への警戒を解く。


「さて、それじゃあ背後から電撃をぶっ放されることにも注意しつつ、進むとしますか」


 流石にそこまではせぬよ。

 距離を置いてから最初の交信はそんな言葉だった。

 


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