エピローグ 仲間としての在り方
トリシアはエルタンハス前方に広がる平原を見渡す。
後続する魔物はない。この街に向かっていた魔物のいくらかはカドとハルアジスの動きにつられて散り、さらには二層の境界から戻ってきた戦力と挟み撃ちにすることができた。
飢えた魔物が波のように打ち寄せる事態はもうやり過ごせたと言っていいだろう。
「クラスⅡ以上の魔物は確認できない! 手隙の者は残党のトドメを頼む!」
倒した魔物の魔素が花吹雪のように舞い散る中、防壁上から監視をしていた自警団員は声を上げる。
折り重なるように死んだ魔物は合戦後のような様相だ。いや、純粋な魔物なら体の全てが魔素に還るので幾分マシだろうか。
元はといえば、カドやエワズと共に大蝦蟇と〈剥片〉の問題を解決するというだけだったはずが、思った以上に壮絶な依頼となったものだ。
「ご先祖様も、こんな苦労に見舞われてきたのでしょうか?」
境界域を開拓する上ではもっと大きな問題に見舞われていたかもしれない。後学のためにも、エワズに聞いてみるのがいいだろう。
良くも悪くも、重厚な経験をしたものだ。トリシアは防壁の階段を下り、正門へと向かう。
そこには自警団員の声に応じて討伐隊が集まっていた。
「――ふむ」
討伐隊を率いて正門を開放し、街から踏み出ようとしたフリーデグントは急に足を止めた。彼が街の外に向かって手を伸ばすと、何故かその手はバチリと弾かれる。
まるで結界にでも阻まれたかのような現象だ。
「団長、それは一体!?」
一緒に踏み出ようとしていた討伐隊はぎょっとして足を止める。すでに門を踏み越えた者もいたのだが、その人物の身には何の変化も起こっていない。
彼らはフリーデグントと自分たちを見比べて困惑していた。
そこにある違いと理由にはなんとなく思い当たるところがあるトリシアは声をかける。
「恐らく、それがカドさんの固有魔術の特性なんだと思います」
「やはりそうか」
同じく固有魔術を持つ者としての勘だが、間違いないだろう。
その言葉の実感があるのか、フリーデグントは弾かれた自分の指を見つめて頷いている。
「あれは生きた〈遺物〉を作る魔術とでも言えばいいだろうか。恐らく私の場合は土地との結びつきが強く現れたのだろうな」
分析しきれていないので確定はしないが、〈遺物〉を作る魔術ならばあり得る。
〈遺物〉は死んだ冒険者の意思と魔力が物質化したもの。すぐに手にすれば単なる道具としても扱えるが、放置した場合は違う。担い手が現れない場合は地脈に根を張り、ダンジョンを形成して自己を維持するのだ。
フリーデグントは周囲にまで影響を及ぼし、街を要塞化させた。これは〈遺物〉がダンジョンを形成したのとほぼ同義だろう。
大きな魔術を組んだのでもなく、こんな現象を引き起こしたのだ。人外の証左ではある。
「でも、お父さんはお父さんなんだよね?」
声を出すのは討伐隊として一緒に動こうとしていたエイルだ。
確かに、彼女の言葉はトリシアとしても頷ける。親族だから偏った発言でもない。姿形も振る舞いも、大きな変化はないように見受けられる。
フリーデグントは少し考え込みながら答えた。
「そう――だとは思う。私の自意識は確かにお前の父としてのフリーデグントだ。家族だけではなく、この街の思い出も確かに残っている」
「うん。ちょっと若くなったような気もするけど、私もお父さんだと思ってる」
「なに、若く?」
若くなっているという指摘にフリーデグントは顎や顔を触り、手の甲にも視線を落とした。指摘されるまでは全く気付いていなかったようだ。
これは如何なることなのかと彼が疑問を深めた顔になる。
「推測であればお答えいたしましょう」
その回答を携えているのだろうか。この場に近寄ってきたユスティーナが口を開いた。
「ああ、聞かせていただきたい」
「〈遺物〉は当人を核に、周囲の魔素を取り込んで形成されます。仲間も共倒れしていた場合、その魔素も取り込まれる影響か、多少性質が変化するそうです。若返ったのは、再形成する時のイメージやその影響かと思われますわ」
「なるほど。聞けば得心いく話だ」
フリーデグントは頷く。
ユスティーナはそんな彼と向かい合うように立っていたトリシアの隣に立った。
彼女だけではない。気付けば足元にはカドに置いて行かれたサラマンダーがいつの間にか這い寄り、ひしと抱きついてくる。
こちらがこれからどうするのかは傍目からも明らかだろう。
「彼のもとに行くのだな?」
「ええ、無論ですわ。彼を失うことはギルドと管理局のみならず、わたくし個人にとっても大きな損失ですもの」
「私はもとより、カドさんの仲間になるお話をしていました。彼がこの子を置いていったのも、合流するための道しるべにするためなんだと思います」
この土地の人間に割り切れない思いを抱かせておきながら、大っぴらに合流の話はできなかったはずだ。
トリシアはサラマンダーを拾い上げ、胸に抱える。
このまま出発するのもいいが――気になるのはエイルの動向だ。トリシアは彼女に目を向ける。
「あなたはどうしますか?」
しばらくカドと行動を共にした上、彼に好意を抱いていたのはトリシアとしても見て取れていた。意思を確かめずに出発というのは気が引ける。
エイルは答えを少しだけ躊躇い、眉をハの字に寄せた。
「私は――……うん、今すぐに同行するのは諦めるよ」
その理由とばかりに彼女は周囲を見回す。
「これからどんどん先に進みそうなカドの力になれるほど強くはないから。だったらカドに対する誤解を少しでも解いて、気が休まる場を増やしてあげたいかな」
「そうですか。では、そのことは伝えておきます」
「うん、よろしく!」
エイルはこの街では深く慕われている。そんな人物が根気よく働きかけてくれるのなら確かに印象は好転していきそうなものだ。
物理的な戦力ではないかもしれないが、それは心強い味方だろう。
「さて、それでは急ぎませんと。カド様なら、目を離すとどこか突拍子もない場所へ行ってしまうかもしれないですからね」
「ユスティーナさんは大きな負傷されたと聞きました。大丈夫ですか?」
追うための足として人狼を作り上げ、その肩に乗ろうとするユスティーナに問いかける。
彼女の衣装は腹部が血で染まっているし、一度は生死をさ迷ったと聞く。五大祖の一人でクラスⅣでもある熟達者を心配するのも何だが、無理はできないはずだろう。
「ご心配なさらず。全力で魔力を行使する事態でもない限りは問題ありませんわ。一週間程度もすれば傷も定着して全快するでしょう」
「そうですか。では、何かがあった際は露払いを請け負います」
「よろしくお願いいたします、清廉な騎士様」
カドやエワズと合流したとして、まずは管理局への結果報告が最優先となるはずだ。すぐに荒事にはならないだろう。
……多分、恐らく。
差し出されるユスティーナの手を掴み、人狼の肩に乗ったところでユスティーナはおかしそうに笑った。
「ふふっ。予想外のことが起こりそうで心が躍りますね?」
「うっ。そういう事態が起こらぬよう、手綱を握ってくれと頼まれていますので看過できません。急ぎましょう」
何もないといいが――。
トリシアはそんな不安を抱きながら、ユスティーナと共にエルタンハスを離れるのだった。
カドのエピローグを書き、この物語はひとまず完結とさせてもらいます。
次回作について、獣医モノ、スローライフなど迷っているので何か見てみたい物語がありましたら感想で教えてください。
参考にさせてもらいます。




