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消えぬ怨念 Ⅱ

 戦闘職とは違い、身体的な能力は劣っているはずだろう。それが不意を打たれ、振り飛ばされた瞬間に地面を跳ねたらどうなるだろうか。

 運よく横に転がればいいが、頭を打てば脳の損傷や首の骨折は十分にあり得ることだ。


「わかりました。治療はもういりません! 肋骨がバキバキになっていなければ体内の心臓を圧迫するイメージで胸を絶えず押し続けておいてください。粉物を練り上げる時のような感じで!」


 想定よりも重傷だが、表面上は傷がない状態はかえって都合が良い。

 死にたてであれば蘇生の術はある。脊髄一つが繋がれば息を吹き返すなんて状況があれば、それこそ死霊術師の能力の面目躍如だ。


 スコットはその処置の真意を理解していないようだが、頷くと即座に行動を始めていた。

 カドはそちらからバジリスクに意識を戻す際、二つのことに気付く。


「ふーむ……?」


 一つはサラマンダーが指示をこなしてバタバタと這って来てくれていることだ。これは僥倖である。


 そして二つ目。

 バジリスクは当然、無事だったが何やら頭を抱えて呻いている。

 無意味に尻尾を振り回して地面を抉ったり、近場にいた魔物を掴まえて噛み砕いたりなど、今までにはない行動だ。

 魔物を倒して魔素の補給――そう見るにも非効率な動きである。


 不思議がってそれを睨んでいると、イーリアスが近づいてきた。


「正気の沙汰じゃねぇな」

「やっぱそう思いますよねー?」


 バジリスクの体を覆う魔素を見ると、その波長が混じり合っていることがわかる。

 それも、均質になっていくわけではない。次第にバジリスクの波長に吸収されつつあるとでも言えばいいだろうか。


 亡骸への憑依。真っ当なことにはならないのが容易に想像できる。

 精神汚染または人格崩壊といった症状があってもおかしくないだろう。


『エワズ。ちょっと教えて欲しいことがあるんですけど』


 戦闘中なので怒られるだろうか。そんなことを思いながら問いかけてみる。

 応答はなかった。


 いや、単に応答がないだけではない。普段と違い、空を切るような――。それこそ通信を遮断されているような印象を受ける。

 これは一体何事だろうか。


「おい、少年。ぼーっとすんなって。あれを倒す手段はあるのか?」

「あっ、はいはい。あります、あります!」


 気を取られていて石化されては堪らない。すぐに集中し直したカドはバジリスクを目で捉えつつ、応答した。

 バタバタと走るサラマンダーがちょうど戻ってきたところである。

 それを迎えると、あんぐりと開かれたサラマンダーの口から血の滴る肉を取り上げた。


「あん? そりゃあ一体……?」

「焦灼の悪魔とやらのお肉です。切り札はもう一つあるんですけど、使わずに済むならそれに越したことはないですね」


 散々、苦労させられた能力だ。利用してやらないわけがない。

 媒介とするものの鮮度や部位によって能力再現の燃費も変わる。先程死んだばかりの血肉であれば申し分なかった。


「僕一人でトドメを刺してきます」

「はいよ」


 カドはサラマンダーを撫でると、駆けた。

 バジリスクは我を失って暴れ狂っている。石化の魔眼も振り回してはいるものの、ある程度の距離から一撃を見舞うだけならば一人で十分だ。


 ハルアジスは劣勢ながらも使える手は全て使い、奮闘した。けれどこれまでである。


「死肉なれども汝が培いし経験は消えず――」


 どこまでその能力を再現しきれるかもわからないので、カドはなるべく距離を詰めた。

 バジリスクはそれを感知して尾を振り回し、魔眼まで向けてくる。


 とはいえ狙いは今までに比べて乱雑だ。

 無詠唱で放った死者の手を足場にその背後を取り、イフリートの肉塊を前にかざす。


「我が力を食らいて、その威を再びここに示せ。〈死体経典〉!」


 詠唱が進むにつれてイフリートが生じさせていた光輪が宙に浮かび上がった。

 バジリスクはこちらを振り返ろうとするのだが、遅い。石化が押し寄せるよりも早く、魔法の効果が現れた。


 瞬きするほどの間にバジリスクの上半身に当たる骨格が灼熱したかと思うと、燃え上がると共に蒸発する。

 残った下半身の骨は接合が解けながら地面に落ちていく。今度こそ終わったはずだろう。


「……ふう」


 そう思って息を吐く。――だが、カドは周囲の気配を見て取ると、首を横に振った。


「いや、まだですか……!?」


 ハルアジスの肉体が死に絶えても、影の騎士は消えなかった。

 使い魔と同様に術者が死ぬか、自ら解かなければ消えない魔法というものはある。それを思えば、影の騎士が未だに活動を続ける現在もハルアジスの残滓が消え去ったとは言えない。

 カドは残った下半身も消し飛ばしてやろうと、もう一度魔法を詠唱しようとする。


 悪い予感は的中するものだ。

 そうして構えた時、バジリスクの尾は力を取り戻して動き出した。


 まだ知恵があるのかイフリートの肉塊を弾き飛ばしてカドの体に巻き付く。

 足や腰椎が再び組み上がると共に、周囲の血肉や魔素が集まってバジリスクの上半身を再形成していった。


「くっ、この……!?」


 胴体を戒める力が強すぎて、息を吸えない。

 何とか発動できる〈死者の手〉や〈影槍〉をぶつけるが、再生中の体を破壊するには至らなかった。


『アア、ァァァッ……! ユル、サヌ……。ユルサヌッ。貴、様はッ……! 貴様ダケは、このハルアジス=ネヴィルクロフトの名に懸けてェッ!』


 形のない怨念なのだ。その依り代がなくならない限りはしぶとくこの世に居つく可能性はあるのかもしれない。

 これでもなお霧散しない精神力は驚嘆に値する。正直なところ、カドの予想をはるかに上回るものだった。


 おぼろげに上半身の輪郭が組み上がると共に、魔眼らしき双眸が光を灯す。

 咄嗟に両腕で顔をかばうと同時、石化は発動した。

 まるで幾千の針でも突き刺されるかのような痛みと共に皮膚から筋肉にかけてが石化に侵されていく。


 だが意外なことに、最大限浸食される前にカドは振り飛ばされた。


「痛っ!?」


 地面を転がる衝撃で体表の石が砕け、肉が大気に晒される。

 歯を噛みしめてその痛みに耐えながら、バジリスクを睨んだ。


『足りぬ! 足リ、ヌッ……! 血、肉ゥッ……。飢えて……、魔素、イノチィッ!』


 僅かに意思を取り戻しはしたが、やはり正気ではない。こちらにトドメを刺すという目的すら見失っているらしい。

 半狂乱で叫んだバジリスクは、直後にエルタンハスに向かって駆け出すのだった。

 


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