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一人の戦場 Ⅱ

 エルタンハスのある丘を下ったカドは地面から生やした〈死者の手〉を足場に遠方を眺めた。


「お。おおーう……」


 空がより暗くなっている巨大樹の森の方角には黒煙のような靄が空に上がっていた。あれは恐らくハルアジスがいた死地辺りだろうか。

 だが、それは延々と上がっていたわけではない。今ではふつと途切れていた。


 仕込みは終了。出し尽くしたので本人も動き出した。そう見るのが正しいのかもしれない。


「もしもーし。ドラゴンさん、聞こえますかー?」

『リリエハイムのせいで取り込み中だ。何用か?』


 感覚共有のおかげで、そちらの状況も伝わる。どうやら彼はリリエと共に大蝦蟇を辺境に引き付けている最中らしい。

 その言葉にカチンときたのか、リリエはエワズに一発だけ飛び蹴りを見舞い――二人して即座に大蝦蟇の攻撃を回避した。


 それにしても、大蝦蟇の機動力はカドの想像を絶していた。

 まずはその見かけ通りの跳躍力だ。如何に距離が離れていようとその一足で瞬時に距離を詰める突進を仕掛けてくる。とんでもない質量による威力もさることながら、それによって破砕されて巻き上がる飛礫や空気の乱流も一般的な冒険者や魔物による攻撃の比ではない。

 まともに巻き込まれようものなら致命的だ。


 それに加えて風の魔法も恐ろしい。

 非戦闘時でも大蝦蟇の巨体を浮かせる力を発揮する魔法が殺意をもって放たれれば、突進以上の脅威となる。それは最早、不可視の破壊と言う他にない現象だ。避けているだけで地形が変わっていく。


「こちらも案外、大変な事態です。ハルアジスが死地に細工したせいか、空が暗くなって確認されているだけでもクラスⅣの魔物まで発生してこちらにけしかけようとしています」

『何だとっ……?』


 エワズとしてもそれは想像以上の脅威だったのだろう。こちらを心配する感情が伝わってくる。


『空が暗くなったと言ったな? それは恐らく魔素を吸収したからであろう。また、存在するはずのない魔物の出現か。……ふむ。時にカドよ。死地にハルアジスの切り札、バジリスクの影はあったか?』

「いえ、なかったですね」

『であれば答えは一つだろう』


 そんな言葉を向けてきたエワズから伝わってくるのは、ハイ・ブラセルの塔のイメージだ。リーシャの〈遺物〉が作り出したダンジョンである。

 その中では、第一層にも関わらず上位の魔物や幻想種も存在していたことが思い出される。


『その現象、〈遺物〉が迷宮を生成する際、周囲の魔素を急速に吸い上げて龍脈に根付く様と似ておる。細かい理論は知れぬが、バジリスクの骨格を〈遺物〉に見立て、疑似的な迷宮を作り上げることで魔物を呼び起こしたと見るのが正しかろうな』

「へえ。そんな技術があるんですか?」

『確認はされてなかろう。だが、五大祖が隠し持った切り札と考えればありえなくはない』

「なるほど」


 カド自身、元は杖に憑依された魂だ。今はこんな実体があるが、リーシャの〈遺物〉が作り出した騎士像とも、厳密に言えば差異はない。

 ガーゴイルに着眼点を得た錬金術師がそれを真似たのと同じく、死霊術師は〈遺物〉と迷宮に着眼点を得たのだろう。


 そして治癒師や錬金術師、天使と共に混成冒険者というシステムを作り上げた。それを思えば疑似的な迷宮の作成技術を持っていたとしてもなんらおかしくはない。

 カドの身が簡単に形を成せたのも含め、理解出来る話だ。


『して、カドよ。汝はその苦境を乗り越えられるか?』

「多分、問題ないです。注意すべきはクラスⅣの魔物ですけど、それ以外に関しては簡単な話です」


 カドは指を舐めて風向きを確かめる。

 お誂え向きに追い風が吹いているのを確かめたカドは手を開いた。その手にはぽこぽこと埃のようなものが生じてくる。無論、これは魔法によって作り出したものだ。

 タンポポの綿毛をそうするように、それを吹いて飛ばす。


『……何をしている?』

「回復魔法と組織を作る魔法と呪いの組み合わせですね。この世界の人には説明しにくいんですけど、病気の正体みたいなものを作り出したと言いますか。とことん魔素を食って、増えて、手当たり次第に感染するんで他人がいると危ないんですよねぇ。格下には効果てきめんです」


 その有効性に関してはエワズも察したのだろう。

 カドの知識と魔法の組み合わせは単なる魔法の威力勝負には捉われない影響力があるのだ。


 迎撃準備は完了。そんなことを思っていると、巨大な〈剥片〉に跨るホムンクルスが巨大樹の森を突破してきた。

 その背後には大量の魔物がついてきている。そのホムンクルス自体、攻撃を受けているのだから馬をニンジンで走らせているようなものだ。


 あの死地には複数のホムンクルスやフレッシュゴーレムがいた。つまりはここに誘き寄せるまでの間に追いつかれて食われたということだろう。

 ああ、わかるとも。生まれたての魔物は魔素不足で飢餓状態だ。狂暴性にも拍車がかかる。


「陸が一で、敵が九って感じですね。はぁーい、随分と凄いことになっていますが、皆さん(・・・)も気を引き締めてください。さあて、それじゃあ行ってきますか」


 カドは背後を振り返る。そこには複数の偵察用使い魔や、トリシアの精霊がいた。

 戦略的な意味もあるが、見送りでもある。それがあったからこそ、カドは当初の呼びかけもエワズの名を呼ばなかった。

 〈死者の手〉を消して地面に降り立ったところ、エワズからの声がかかる。


『武運を祈ろう』

「ありがとうございます。そちらもお気をつけて」

『……ふむ。カドよ』

「はい?」


 これで交信終了と思いきや、声がかかった。


『ヒト共を守れ。そこがいずれ、汝の宿り木となる。持て囃されはしなかっただろうが、そうして弱き者の前に立って敵と対する姿はかつてのリーシャと同じく英雄たる姿だ。誇って良いものぞ』

「嫌ですよ、こんなの。これこそ生き急ぎじゃないですか。さっさと終わらせて、のんびりと旅をしましょう。ね、ドラゴンさん!」

『そうさな』


 なんだろうか。まるで遠い目でもして呟いたかのようだ。非常に締まりが悪い。

 問い詰めてやりたくもなったが、やめだ。地面から伝わる地響きは如実になっており、獣の吐息も聞こえ始めた。他の物事に意識を割いている余裕はない。


 手始めに、突っ込んでくる敵の勢いを削ぐためにも〈影槍〉と〈死者の手〉を無数に仕込む。さながら、昔の戦争のパイク兵みたいなものだ。

 本当に厄介な事ながら、カドは後衛タイプだというのにこの世界の魔法というものには理解が乏しい。基本技とも言える魔法障壁も張れなければ、こんな手持ち無沙汰な時間を最大限に利用するための高威力な術式さえ持っていないのだから泣けてくる。

 ここに黒山羊でも呼び出して戦わせる方がよほどそれらしく戦えただろう。


「ま、出せる手札を出し尽くすのも怖いですしね。精々、泥仕合をするとしましょう」


 だだっ広い平原で一人ぼやいている間に、例のホムンクルスが眼前三十メートルの距離までやって来た。小型の魔物には何度も食いつかれたのか、ぼろぼろである。

 端正な顔立ちで同情しそうなものだが、まあ、ゴーレムと同じ敵の道具だ。何があるとも知れないので容赦はしない。


「はい、まずは一手」


 ぱちんと指を弾くと、地面に仕込んだ〈影槍〉がその猛威を振るった。

 大小合わせ、三十以上にもなる影の槍が地面から突出し、ホムンクルスも、後続する魔物も貫いて勢いを削ぐ。


 魔物は死ねば魔素に還るものだ。直撃で致命傷を負った魔物は一気に霧散し、様々な色の魔素となった。

 そして同時に、これは飢えた魔物が求める餌だ。とびきりの誘引剤であるそれに魔物は血相を変えて飛びついてくる。後続に押されて〈影槍〉に突き刺さって自滅したり、我先にと取り合って共食いまで始めたりと兵隊とは大違いの有り様だ。


 勢いが衰えたところで、カドは手を上げる。

 すると、仕込んでおいた〈死者の手〉が発動し、その動きをトレースするように巨大な手が立ち並んだ。手を振り下ろせばその動きをなぞり、手が地面に叩きつけられた。当然、それに巻き込まれた魔物はまた霧散する。


「さあて、舞台が整っちゃいましたよー? こんなところに見境なく飛び込んでいいんですかー?」


 理解する頭もないだろうが、カドはにやけて問いかける。

 サメの前に生きた動物と、血の滴る肉を並べたとすれば飛びつくのは間違いなく後者となるだろう。それと同じだ。

 いくら人間を襲おうとする魔物も、目の前に手つかずの魔素が溢れていたらそこに飛び込む。


 ――けれど、それこそ罠だ。

 カドが事前に仕込んだのは〈影槍〉と〈死者の手〉のみではない。


「んー。名付けて〈大感染アウトブレイク〉ですかね? レートは呪詛込みでクラスⅣあたりでしょうか。真似できる人はいないでしょうけど」


 〈贋作組織〉によって細菌やウイルスと似た構造を作り出し、呪詛によって感染者の魔素を介して微弱な回復魔法を発現し、増殖するという代物である。

 大元を作る際には精緻な設定が必要なものの、放ってしまえば自動で増殖する。身体機能に関する魔法ばかりを習得したカドだからこそ作れた魔法と言えよう。


 それに感染した魔物は文字通り“崩れた”。

 苦しむとか、毒をもたらすとか、そんな回りくどい真似はしない。魔物の組織内で、魔物の魔素を使って指数関数的に増殖して細胞を破壊し、さらに周囲へ感染する繰り返しだ。

 低ランクの魔物は最早溶けるように。クラスⅢ辺りでは全身から体液を流しながら、悶えて死ぬ。


 ただし、クラスⅣともなると利きが悪い。

 騒がしい魔物の群れに巨体が見えたかと思いきや、地面に赤い光条が迸った。


「うおっとぉっ!?」


 飛び退いた直後、水蒸気爆発じみた現象が生じて吹き飛ばされる。何度も地面を転がった末に顔を上げると、敵の姿が見えた。

 恐らく、自警団の人が焦灼の悪魔やゲイズの亜種と言っていたものだろう。


 前者はある意味、爬虫類的だ。リザードマンを筋肉で膨張させて三メートルの高さにしたような姿をしているが、体表は筋繊維が露出していたり、溶岩帯の地面のようにところどころ灼熱した色合いの変化を見せている。

 プラズマじみた光輪を目の前に展開し、首の両脇についたエラのようなところから呼吸をしている様が見て取れた。


 一方、ゲイズとは睨む者――邪眼等が有名な目玉の怪物と思っていたが、随分とマッチョだ。四足歩行をする巨人といった風体で、口の比率が大きな頭部は体に二つ備えられている。

 その頭にも三つの眼球がそれぞれついているし、口の中にも巨大な目が存在した。

 噂を聞く限り、直視はしたくない。だが、少々気になる。


「……あれ、獲物をどうやって食べるんだろう?」


 強敵に体を前にしながらも、カドに緊張はなかった。


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