その壱 旅立ち
これは終わってしまった世界の物語、その記録である
間章だけ見ても訳が分からないと思うので第1章から見ることをオススメします
「ああそうさ、だから俺はこの世界を元に戻す。もう一度世界の時間を巻き戻すんだ」
目の前にいる男はそう言った。自信満々に……
「何言ってんだよ、そんなことできるわけないだろう」
俺達のいるこの町は人類に恐らく最後に残された安全地帯だった。
もちろん町というほど人がいる訳では無い。俺とこいつを含めて18人しか人は住んでいないし。
だがここには人としての営みがあった。会話があり仮初めだとしても安らげるだけの場所はあった。
もうこんな土地は世界のここにしか残されてないだろう。いやあるいはあったとしても俺たちに確認する手立てはないわけだが。
「とにかく俺は先へ向かうぜ、そして彼女を起こす」
そう言い立とうとした男を俺は急いで止める。
「待ってくれよ、自殺行為だと分からないのか? 外を見てみろよお前。すぐに殺されるぞ」
外は理不尽だった。もはや科学の法則や正しさなどなんの保証にもならない。ただただ人が理不尽に殺され、異常が異常を食い尽す。混沌とした、ただそれだけの世界だった。
「でもさ、こんな所で仮初めな平和を享受していてもいつか必ず終わりが来る。俺たちしかこの世界を救えないんだ。確かに可能性は低いかもしれねぇ、だけど疑ってても仕方がないだろう?」
男が言った言葉を聞いてまたかと思った。この男はいつもそうだ。口癖は疑っても仕方がないの一言。
ただ前に進もうという意思の擬人化のような存在だ。もはや傷だらけの彼の身体を動かしてるのはその意志だけなのかもしれない。
「お前の家族だって……」
男の言葉に俺は家族のことを思い出す。この街はかつて20人もの人間が暮らしていた。そう俺には妻と娘がいたのだ。
大いなる異変が起きてから奪われた幸せ、その全てを埋め合わせようと俺達家族はこの地を離れずただ平穏な日々を生き続けた。だが……
薬が無かった。この街は既に壊滅状態にあり残った人々が比較的まともな状態にある廃屋に細々と暮らしている状態だ。そんな土地に医療品などある訳が無い。流行病で初めに妻がその次に娘が死んだ。
「なあもし世界の時を戻せるなら俺の妻と娘ともう一度会えるのかなぁ」
思わず口に出してしまった願望、男はそれを聞き逃さなかった。
「ああ勿論だ、そのために俺は行くんだからな」
彼の熱意に負けたってこともある、だがそれ以上に俺は会いたかった。妻と娘に会えるならどんなか細い糸のような可能性にも俺は飛びつく。そんな気分だったのだ。
「分かった行こう。 だがこの場所が外敵に割れる訳にはいかない。作戦が失敗してもこの場所には戻らないぞ」
男は了承した。そして俺たちは旅立った。
少し歩くと空気が変わった。
「神殿を出たか」
男は言う。
「どういう事だ?」
俺が思わず漏らした質問に男が答える。
「お前は自分の街が何で敵に狙われないか考えたことは無いか?」
「あるけどそんなのは立地の問題じゃないのか? 見つかりにくい谷底の地形だったわけだし」
男は俺の回答を聞くと笑いながら言った。
「確かに地形面も大きい。だがここが谷底だからってんじゃねぇ。どこにも逃げても地球に逃げ場はないっていうのは分かってるんだろう?」
まあそうだが…… 分かってるなら答えを早く教えて欲しい。
「まあ急かすなって」
男はそう言うと近くの朽ち果てた柱の上に座ってからこう言った。
「ここが軍神アレスの神殿の跡地だからだよ」
「は?」
急に神だの何だの言い出した人間に対しての俺の反応は至極真っ当なものだろう。男は説明するように言った。
「神殿って言うのは高次元に存在する神々が固有している居住スペースみたいなものだ。まあ次元のレイヤーが壊れた今はそんなことは関係ないがな。だけど外のヤツらには分かる、知性が無くなったって分かるんだ。ここが最強の神の神殿だった場所で近づいちゃならねぇ場所だったってな」
何を言ってるのか分からない。一つ一つの単語の意味が掴めない。
「軍神アレスは俺が思うにもう死んでるんだろう。もしくは外の異変に巻き込まれて変質しちまったかだな」
そう言うと男は立ち上がりまた前に進み出した。俺はそれに付いていく。
「なあアレはなんだ」
男は歩きを止めた、その目の前に歯が大量に付いたチューブ状の奇妙な生き物が数体地面を這っている。
「うーん恐らくこれはこの次元の存在じゃないな。神でもないだろうしどこかの別次元の存在がこの次元に迷い込んできたんだろう」
男は腰に装備していた拳銃を抜くとそれらに向けて発砲する。
奇妙な生き物は見た目からじゃ想像もつかないような機敏さで弾を避けようとする。そのせいで弾は見当違いな方向に……
ん!? 次の瞬間俺が見た光景は弾が全て命中し、絶命した化け物の姿だった。
「なあ今明らかに避けられていたよな、どうやって命中させたんだ……?」
「企業秘密」
それから男は歩き出した。俺は疑問をぶつけてみた。
「こんなんが俺達の日常をぶち壊した、その元凶なのか?」
俺は男の言ってることが分からない。だけどこれらは本来この世界に存在してはいけないもので、そしてこの世界をめちゃくちゃにしたものであることならわかる。
「こんなん序の口だぜ、神霊じゃねぇからな。本当の脅威っていうのはなぁ」
男がそう言うと共に西の空の方から爆音が鳴り響く。
あれは……悲鳴なのか? その爆音は悲鳴のようにも聞こえる。甲高い声だ、少女の声か?
「あー人が噂すると来ちまったらしいな。裁定者とは昔の名、今は歩く災害にして世界の破壊者」
「ルールの神テミス!!」
男がそう叫んだと思ったら、次の瞬間彼の手には刀が握られていた。いつの間に取り出したのか?
「彼女はルールの神だ。だから本来はこの異常事態を収束する側にいるんだ、全次元のレイヤーが破壊され融合するなんて異常事態をな……!! だが彼女は完璧すぎた、故にルール以外一切の判断基準を持たなかったんだ。それゆえに世界が融合して全てのルールが溶けだし消えた後、彼女は何も出来なくなった。そして変質した」
テミスと呼ばれた飛翔体が地面に着陸する。風圧で周りの木々が吹き飛ぶ。
テミスはこちらを見つめている。その顔はところどころが欠けていて、服はボロボロに焼け落ち、美しい金髪は所々ちりぢりになり血で染まっている。
「アナタガタヲ ルールニノットリ ショバツシマス」
そうロボットのような感情のこもってない声で叫ぶと彼女は拳を振り上げ突進してきた。
「変質したテミスはルールを真っ先に守ろうとした。そしてルールがないという状態はすなわち全ての存在がルールを破ってるのに等しいと判断した。だから世界の全てを滅ぼそうとした。狂ってるよなぁ? あれはバグったコンピュータだ。人間様がそんなのに負けてたまるかよ。俺は借りたものをあいつに返さないといけないんだ」
そう言い男は抜刀する。
刀と拳が交差する。
「行くぜ、どうせいつかは返す力なんだ。出し惜しみはなしで行こう。 『時間神の恩寵よ彼方まで届け』」
男の近くの景色が歪む。しかし俺には見えていた。神に挑む人間のその勇姿を。
これは終わってしまった世界の物語である
明日の連載はお休みです
これを機に振り返ってはいかが