9 「人権って何?」By,アイ様
「さて、ここでいいでしょう」
3人を適当な喫茶店に連れ込んだキューピットはようやく人心地付いたように席に付き、アイ様を隣に、龍と利沙を向かいに座らせる。
「混乱しているでしょうから、1つ1つ説明していきます」
あまりアイ様の前でも見せない、緊張した表情。
その場にある全員が、固唾を飲んで次の言葉を待つ。
そして、キューピットは静かに口を開いた。
「御注文はお決まりでしょうか?」
「ウキャッ!?」
だが、聞こえたのは明るいウェイトレスの声。
あまりに驚いたアイ様は、キューピットも驚くような妙な悲鳴を上げた。
「・・・アイ様、黙っていろと先程から・・・・・・」
慌てて謝ろうとするアイ様だが、声を発する事自体に怒っているキューピットに、声も出さずに青ざめた。
呆れ顔でそれを見てはいるが、龍と利沙も内心は飛び上がる程驚いていた。特に利沙は最初、これがキューピットの地声なのかという誤解で驚いていた。
「私はアイスコーヒーで」
あくまで冷静に対処するキューピットに、しどろもどろになりながらも各自好きな物を注文した。アイ様は声を発せずに、注文表を指差して。
「さて、少々邪魔がはいりましたが・・・まずは私達の自己紹介をいたしましょう。こちらは恋愛の神様を務めておられる正真正銘本物の神様、アイ様こと、本名藍です」
「恋愛・・・の、神様・・・・・・?」
内容は理解できたらしいが、あまりに話が突飛すぎて信用できない。
利沙は説明を続けるキューピットの顔を睨むように凝視する。
「そして、私がアイ様の世話役といいますか躾役といいますか後始末役といいますか・・・・・・。まあ、そんな感じです。名をキューピットといいます。キューピーではありません、キューピットです」
最後に、(キューピットにとって)大切な事を付け加えるのを忘れない。
だがキューピットの説明も空しく、話を聞いていた2人は疑わしい目付きでキューピットを見やる。
「・・・信じられねえな、なんか嘘くせえぞその話」
「・・・悪いけど、私もそう思うわ。もしかしたら本当かも知れないけど、ただ単にあなた達の作り話でもあるかも知れない。・・・何か、あなた達の事を証明できる事はあるの? 他の人には絶対に出来るはずもない、特別な」
「確かにそうだ。何か説明付くものはあんのか? ・・・どっちにしても俺は、さっきの事についてさっさと知りてぇし」
「説明できるもの、ですか・・・・・・。アイ様、どうしますか?」
少し困惑した様子でキューピットが振り向くと、アイ様は待ってましたと言わんばかりの表情でさっと何かを取り出した。それは、『龍クン』『利沙チャン』と記されたシールが貼られた両手に収まる程度の大きさの物。
それに付けてその何か説明をしようとしていたが、チラリとキューピットの顔を盗み見て口を噤んだ。
「人間操作コントローラー・・・ですか?」
「! っ!!(訳:そう! それっ!!)」
アイ様が取り出したのは、雲の上にいた時に使っていた人間操作コントローラーだった。
その名称をポツリと口にすると、アイ様は嬉しそうにはしゃいでそれをキューピットに手渡した。
アイ様の取ったその行動にキューピットは眉根を寄せると、地を這うような低い声で尋ねた。
「・・・これを、私に説明しろと?」
言わずとも自分の意図を読み取ったキューピットに、アイ様は尚もはしゃいでコクコクと頷いた。
それを黙って承ったキューピットはため息を吐き、龍と利沙に向き直って話し始める。
「・・・これは人間操作コントローラーというもので、文字通り、これを使えば特定の人物を操作する事が可能です。ここにシールが張ってあるでしょう、あなた達の名前の。これであなた達を先程操っていたのです」
「それは分かったが、どうやってだよ。そんなもんで、俺達が操れるって言うのか?」
「はい、この場でも一応は可能です。試してみましょうか?」
「・・・いや、いい。遠慮しとくわ」
「懸命な判断です」
「・・・・・・」
意味深な言葉に、龍は脂汗を背中に感じて黙り込んだ。
キューピットのような常識人ならまだしも、使う相手によってはただじゃ済まないなずだ。
「で、取り合えずそのコントローラーであなた達の存在を信じたって事にして、よ? なんで私達はあなた達に巻き込まれなきゃいけないの? ただの遊びならぶん殴るわよ」
「ああ、それには正式な理由があります。・・・アイ様、喋ってもいいのでこれはあなたがご自分で説明してください。私はちょっと・・・」
ため息を吐いて振り返り、キューピットは暇そうにパタパタと足をぶらつかせているアイ様にそう告げた。
「いいの!? ありがとうキューピーさ・・・」
「キューピットです。それはいいから、早く説明を。無駄な事は話さないで下さいね」
「・・・いい? お二人さん。私はちょっとした事を思い付いたの。普通の恋人・・・カップルというものは、片方がもう一人を支えている、もしくは両方がお互いを支えていて成り立つものなの。で、私は思い付いたの。両方共支え合う気のないカップルは、成り立つのかな? って」
キューピットに釘を刺されて話し始めるアイ様に、聞き入っていた二人は自然と同じ事を考えていた。
(この人、一応はまともだったんだ。内容は置いといて・・・)
「それでね、私はこれをちょっと一般の人を使って実験してみようと思ったの。それで、私に勝手に選ばれたのが、あなた達お二人さんってわけ。知り合うまでは何とかなったけど、それから二人で店の外に出すまでが大変だったな〜・・・」
「アイ様、説明はそこまででいいでしょう。・・・以上で説明は終わりです。簡単且つアイ様の自分勝手な実験ですが、協力してもらえませんか? ・・・いえ、もうアイ様に理不尽に選ばれたあなた達には拒否権なんてものは存在してはいませんが」
淡々と告げていくキューピットに講義したのは龍でも利沙でもなく、アイ様。
「・・・ねえ、キューピー・・・ッドさん、何気に私に嫌味言ってない?」
「・・・惜しいですね、もう少し。私はキューピッドではなく、キューピットです。・・・嫌味ではありませんよ。私は真実を告げたまでです」
「あー・・・うん、尚更酷いね・・・・・・」
「ちょっ、ちょっと!! あんた達・・・」
無意味な会話を続ける二人にとうとう利沙は怒りを爆発させるが、基本マイペースな二人はそれをヒョイと避ける。
「私はキューピット、こちらはアイ様こと藍です。ご自由にお呼び下さい。キューピーの類以外なら別に・・・」
「そんな事今は関係ないわよ!! なんで私はこんな・・・実験なんかに付き合わなきゃいけないのよ!! 私達に人権なんてものはないの!?」
「少なくとも、私達を相手にしてはそれは皆無に等しいです。それを利用して悪質な行為をする神も中にはいらっしゃいますが、私達はそこまではしませんよ。ただ、ちょっとした実験に付き合ってもらうだけです」
「だから、それが嫌だって言ってんのよ!! なんで今日会ったばっかりの人と恋人にならなきゃいけないのよ!! 私にだって、恋人を自分で選ぶ権利はあるはずじゃない!?」
喫茶店の中ではあるがそんな事お構いなしに利沙は怒鳴り散らす。それにつられて、自然と龍の重い口も開いていた。
「他の仲のいい恋人達を使えばいいじゃねえか、そいつらの方がまだ反対も少ないだろうが!」
「それでは意味がないのです、既に仲のいい恋人は、“両方共支え合う気のないカップル”ではないのですから。・・・あなた達二人の関係が丁度いいのです、協力してはもらえませんか?」
「そうだ! 今なら、協力してくれるだけで最新式の超薄型TVをプレゼン・・・」
「「「(あんたは)(アイ様は)(藍さんは)黙って(ろ)((て下さい))」」」
「はい」
喫茶店の中は、普段なら絶対にあり得ないほどにぎゃーぎゃーと騒がしい。
やがてキューピットのアイスコーヒーを注げ足しに来たウェイトレスに、
「すみませんが、店内ではお静かにお願い致します」
という注意の声で、その場は水を打ったように静まり返った。