5 人間操作コントローラー・・・を使うアイ様
その頃、雲の上では・・・。
「・・・あ、ヤベ、やりすぎちった。・・・ねーねーキューピーさーん、ちょっと助けて〜!!」
アイ様が『龍クン』『利沙チャン』と書かれたテープの張られたコントローラーを二つ、交互に持ち替えながら泣きそうな声で近くで書類をまとめていたキューピットを呼んでいた。
そんなアイ様をみてため息を吐いたキューピットは、トントン、と大きな机で書類の束をまとめながら言う。
「何をしているんですか? 書類の整理サボって」
「ちょっ・・・一言多いよ、キューピーさん!! ・・・えっとね、『支え合う気のないカップル』の実験で龍クンと利沙チャンを出会い頭から最悪にしてみたんだけど、なんかちょっとやりすぎたみたいで・・・。今なんか一発触発の空気になっちゃってるの・・・」
「キューピーではないと何度も言っているでしょう? いい加減覚えて下さいよ。・・・と言うより、それはアイ様の自業自得じゃないですか。・・・それよりも何よりも、人間操作コントローラーを勝手に使わないで下さいよ、怒られますよ?」
「いいもーん、私より偉い人なんて今ここにはいないもーん」
「・・・あぁ、そうですね。じゃあ、私が怒りますよ?」
「オーケイオーケイ分かってるよぉ〜!!」
キューピーの怒気を含んだ言葉に、アイ様は背中に冷や汗を感じてくるりとキューピットに背を向ける。
だが何を思ったか、アイ様はまたキューピットの方をちらりと見て、遠慮がちに言う。
「でも、もうちょっとだけ・・・ね? いい? キューピーさん・・・・・・?」
アイ様はキューピットに怒られると思っているのだろう、すくめた肩の先から潤んだ瞳をチラつかせている。
(・・・可愛いな・・・)
そんなアイ様を見てキューピットは情が湧いたのか、ペンを走らせていた手を止めて立ち上がり、スタスタとアイ様の方へ歩み寄る。
「・・・!」
キューピットはそのままその手をアイ様の頭へ乗せ、ポンポンと撫でてやる。
柔らかい質感をしたその茶髪を唐突に撫でられたアイ様は驚くが、キューピットはその表情さえも楽しみながら、笑みをたたえた顔でアイ様に言う。
「仕方ありませんね、もうしばらくなら大丈夫でしょう。・・・あまり、コントローラーで遊ばないで下さいね?」
そんなキューピットを見たアイ様は心底嬉しそうな顔で頷いた。
「うんっ!!」
それと時を同じくして、とあるレストランの中では・・・。
「・・・ごめん、亜紀。私帰るわ。さっき頼んだデザートも適当に誰か食べといて」
利沙は龍を睨み付けたまま亜紀に冷たく言い放つと、乱暴にバッグを取って席を立つ。
「おい、人に文句言っといて逃げるたぁどういう事だよ。何も言わねぇで帰るつもりか?」
そんな利沙を龍は小馬鹿にするように笑い、まだ煙の上がっていた煙草を灰皿に押し付ける。
「・・・ほら、吸うのやめたぜ? 帰んのか?」
龍はまだ火を点けていない煙草をクシャリと握り潰して、それも灰皿に突っ込む。
そんな龍を見て利沙は不審に思ったが、やがて静かに腰を降ろす。
(なんだ・・・、意外とマトモな奴じゃない。もうしばらくは・・・いても大丈夫かな)
利沙は多少龍の事を見直していたが、当の龍自身の頭の中は完全に混乱していた。
(・・・やっべー、なんで俺こんな事してんだよ・・・・・・。あの女を引き止める為? ・・・いや、んなワケねぇか。・・・もったいねぇ事したな、煙草)
一通り落ち着いた後、丁度全員が注文した料理が出て来た。
「うわぁっ、美味しそう! ほら、利沙! 食べるわよ!」
「え、ちょっと・・・・・・」
そそくさと自分が頼んだデザートに手を伸ばしていた利沙の手をガッチリと掴み、亜紀は自分が注文した料理(軽く4、5皿はある)から利沙の分を皿に取り分けた。
「亜紀、私あんまり食べるつもりないんだけど・・・・・・。だって、ここ払うの向こうの人でしょ?」
利沙は亜紀に掴まれた手を解こうと軽く叩いてみるが、一向に放す気配を見せない。逆に、強く掴まれて、彩り良く盛られた皿を持たされた。
「大丈夫大丈夫!! 今日は来てないみたいだけど、払ってくれる人はすんごい金持ちらしいし♪ せっかく来たんだから、食べなきゃ!! 誰だっけな・・・ユキ、って言ってたっけ?」
「なおさらダメじゃん。今日来てない人が払うって・・・それに亜紀、あんたが頼んだのほとんど高いのじゃない。ちょっとは遠慮しなさいよ」
「ったく、律儀だねぇ〜、利沙は・・・・・・」
「亜紀が呑気過ぎるの」
そんな利沙と亜紀の会話を聞いて、タカシが身を乗り出して言う。
「大丈夫だよ、ユキ、好きなだけ食べても良いって言ってたし・・・・・・。遠慮なんかすんなっていってたぜ? 利沙チャン♪」
「そう・・・。それは分かったけど、初対面でチャン付けは止めてくれる? 馴れ馴れしい・・・」
「ちょっと利沙! ・・・いや大丈夫だよ、利沙はあんまり人に名前呼ばれるの馴れてないんだって!!」
「コラ、亜紀ってば」
利沙は勝手に自分の言葉を遮られたのと、違う意味に変えられてしまったので小さな声で亜紀を叱る。
そんな利沙を振り返り、亜紀はニッと笑って言う。
「・・・せっかくいい雰囲気になってきたんだし、もっと明るくしようよ、利沙。そんなんじゃ、皆に嫌われちゃうよ?」
その時初めて、龍と利沙によって悪くなっていたその場の空気が明るくなっていたのに気付いた利沙は、そんな風に場を和ませたであろう張本人に対して反論することもできずに、ただ亜紀から渡された皿に手をつけるだけだった。