12 マニアックな趣味は程々に
その後3人は一度家に帰り、自身の筆記用具やノート等必要な物を取ってまた待ち合わせをした。場所はマイナーだが、3人が普段個人的によく行く共通の書店。
先に用意が出来て到着したのは利沙。
入り口にある『学生用カバン置き場』と万引き防止の為に置かれた籠にバッグを入れ、財布だけを出して中をうろつく。
「何だ・・・まだ来てないの」
中を一通り見渡してそう呟いた利沙は、時間潰しに雑誌へと目を向ける。今週号や今月号で読みたい雑誌はもう購入済みの為特に興味のあるものはなかったが、適当に目に付いた音楽雑誌に手を伸ばした。
表紙は、前に亜紀が「卑猥画!? この英語卑猥画って意味じゃない!?」と店内で叫んでいた某グループの、爽やかな好青年2人組みだった。ちなみに、そのグループがノーマルに好きな利沙はその場で長々とした説教を小1時間程してやったが。
今月ベストアルバムを二枚同時にリリースしていたので、その特集などをしているのだろう。気を良くした利沙はページを捲り黙々と読み進めていった。そのアルバムも既に両方持っている、これは買わなければ。
そんな時。利沙の立ち読みが始まってから30分、待ち合わせの時間まであと15分の時、のんびりとした様子でユキが店内に入ってきた。勉強はユキの自宅でやるので、財布しか持っていない。『学生用カバン置き場』を素通りして、少年雑誌のコーナーへと足を向ける。
「魔人野郎キャサリン・・・あれ、まだ発売されてないや。お、土星防衛繁華街ゲート29だ。懐かしいなー、もう43巻まで出てたんだ。買おうかな。いや今金欠だ無理だ。あれ、マニュアルでGoがない。あぁ最終回なったんだ。確かにアレは楽しくなかったしな。打ち切りかな」
顎に手を当てぶつぶつと何かを呟くその様子は異様で、1人語り出した5秒程で彼の近くは無人になった。それに気付いて無視しているのかそれとも気付いていないのか、ユキはあ、と言って別の本棚へと走る。
「忍者天国! 久々に新刊発売されてたんだうわ気付かなかったー! あっでも今日はお金持ってないしなー後で龍に頼もっと。あっこの前の410円もまだ返してなかったっけ怒られるなまぁ良いや」
きゃっきゃと一冊の漫画を手に取りはしゃぐユキ。そこにいた数人の少年達も不審に思い直ぐにその場を離れた。
そんな時。既に待ち合わせの時間から10分は遅刻して、龍が慌しく店内に駆け込んだ。
それでも常連だからだろう、焦っていても入り口にカバンを置くのを忘れない。
「ヤッベ遅刻・・・・・・! うわっ、ユキ!? 何また変なはしゃぎ方してんだよ、引かれてんぞ!?」
入店一番に見つけたのは、いつもの如く独り言で無意識にその場で孤立しているユキ。大分聞き慣れている龍でさえも若干引く程だが、何とかその思考を軌道修正して制止に掛かる。
「あれ、龍、早かったね。てか今何時くらい?」
それに気付いたユキは手に持っていた数十冊の本を一旦置いて向き直る。
龍は腕時計と店内の掛け時計を交互に確認してほぼ正確な時間を告げた。
「あぁ、1時10分。悪い、ちょっと遅れたけどどれくらい待っってたんだ?」
「え、知らない。確か時間の15分前には着いてたっけ?」
「結構待ったな」
「んーん、そうでもない」
龍の言葉に否定を表すが、小さく欠伸をする様は少し疲れて見える。1人でいてあまり時間の感覚がなかったのだろう。元々腕時計等を持たないらしいので尚更だ。
流石に罪悪感を感じた龍はユキの好きな漫画の1冊でも買ってやろうと目を向けるが、同時にユキが持ってきて築いたらしい本の山が視界に映る。それも、これでもかと言うほどの巨大さ。
「こ・・・れ、全部お前が持ってきたのか・・・・・・!?」
だらしなく口の端を引き攣らせながらも、その幾つかを手に取りユキに目をやる。それに気付くと、まるで不思議な物を見るかのように龍の顔を覗き込んだ。確かに、普段クールな龍のその表情は珍しい。
「え、うん。久々に来て見たらなんか欲しいのが沢山あってさ。・・・1冊! 1冊で言いから買って! こないだのはいつか返すから!」
「え、この間のって・・・あれか? なんとかナースさん? いらねーよ。奢るけど」
「うん惜しい、路地裏ナースたん! あれね、あのタイトルは表紙に出てた脇役のナースさんの登場シーンだったみたい。後の物語でナースさん関係出てこなかったし。あれもう何十回かは読んで飽きたから、あげるよ。見所はズバリっ! 主人公とそのライバルの戦闘シーンで偶然再会したナースさんが・・・」
「いらねーったらアホンダラ。それ貸したんじゃなくて奢ったのだろ。飽きたんなら古本屋にでも売れよ」
手に持っていた本でベシリとユキの頭を叩き軽い暴言を吐くが、ユキに対してだけ柔らかいその口調
には威圧感などは感じられない。
ユキはその手を払うと、少し考える素振りをして見せた。
「なんか勿体無いからさ」
「俺に渡しても、捨てるだけだからもっと勿体無い」
「・・・それもそっか。んじゃどうすれば良いと思う?」
「いやだから古本屋にでも売れっての」
「あそうか」
淡々と答えを告げていく龍に感心しながらも、流石に自身が築いた本の山の大きさを知ったのだろう、せっせせっせと元の場所に戻していく。
「しっかし・・・ユキ、どれが欲しいんだよ? 漫画ありすぎて分かんねえよ」
「うん? あー、じゃあ・・・これ!」
「あ?」
そう言って雪が差し出したのは、本棚にしまおうとした一冊の本。わざとなのか、持つ手でタイトルが見えない。
「ちょ、貸せよ。見えねって」
そう言って本を受け取ると、表紙には目立つシルクハットを被った青年の絵。変わった字の形で、『トランキライザー』と記されている。
立ち読みが出来ないようにビニールの掛けられたその本はファンタジー調。だが、ユキが読もうとする本にしては随分とまともそうな印象がある。
龍はそれを裏表紙までじっくり眺め、フーンと呟きながら言葉を洩らした。
「お前が読むにしては普通だな。何これ一巻? 読んだら貸してくれよ」
「良いよ、なんか最新の漫画コーナーにあったんで面白そうだったからさ。どういう意味か知ってる?」
「知らね。中で出るんじゃん?」
「そっか」
会話を続けながらも、せかせかと本を戻していく。傍にいる龍は、手伝う気など更々ない。
やがて山の大部分が消えた頃、ふと思い出して龍は辺りを見回した。
「アイツは?」
「え、利沙ちゃん?」
「そうそいつ」
「忘れてた」
「俺も」
あまりの失態にお互いため息を吐くと、店内へと視線を巡らせた。待ち合わせの時間を10分はとうに超えている為、怒った表情が脳裏を掠める。
龍は舌打ちすると、ユキの欲しがった本を片手に広い店内を歩き出した。
「面倒臭ぇなー・・・。ユキ、ちょっと待ってろよ」
「うん」
標高やがて30cm程度の山を片付けるユキを背に、高い棚の列を一つひとつ見て歩く。
適当に流行りの本が並ぶ棚を覗いてみるがそこに利沙の姿はなく、小さくため息を吐いて様々な雑誌が並ぶコーナーまで歩を進めた。すると、肩甲骨までの黒髪が目立つ人物が目に映る。
「あ、いた」
音楽雑誌のとあるページを凝視している利沙を見つけると、龍は小走りで駆け寄ってその肩を叩いた。
「遅れて悪ぃ、待ったか?」
「え? ・・・あ、来てたの。気付かなかった、ごめんね」
驚いた様子で振り返った利沙に怒気は欠片もなく、むしろ龍の到着に気付かなかった自分を反省しているようだ。
龍は初めて見るその意外な態度に感心しながらも、利沙の持つ雑誌へと目をやった。
「それ、ポルノピクチャーの?」
丁度開いていたページに映る見覚えのある青年が映っており、当てずっぽうながらも龍は尋ねた。
その瞬間パッと輝く、利沙の表情。
「知ってるの!?」
まるで『同志を見つけた!!』と言わんばかりの声色にびくりと肩を震わせながらも、突然の利沙の変貌を横目に無難に答える。
「あー、まあこの間ベスト出しててテレビもちょくちょく出てるしな」
「そう!! ババとオールマイティ!! あのバンドまだ良く分からないなら聴いてみてよ、オススメだから! あ、ベスト2枚持ってるけど借りる?」
雑誌を抱え、嬉々として話す利沙。
どこか、とても近くにいる親友を思い出させる。
「ああ・・・んじゃ借りようかな。それより、向こうでユキ待ってるぜ」
込み上げてくる感情にクツクツと笑みを溢しながらも、親指で少年誌のコーナーを差す。
それにはっと正気を取り戻すと、利沙はレジへと足を向けて龍に言った。
「待ってて、直ぐ会計済ませてくるから!」
利沙ちゃんのキャラが崩壊してしまった原因。
僕(作者、緋水 カノン)のポルノグラフィティ好き。
小説内で堂々とグラフィティにするかピクチャーで誤魔化すか迷った挙句、ピクチャーになりました(笑)
そしてベストのババとオールマイティ…分かる人は分かるのではないかと。更新遅くて時期ずれましたが(泣)
まあ、これでポルノグラフィティが普及してくるといい(無理…かな)
何気に同時進行している僕の別作品、トランキライザーまで出しちゃって…これも、僕の好きな版権もののタイトル出そうか迷った挙句の結果です、仕方ない。
分からない人の為の解説でした、ではではっ!