10 「穴だらけ男、参上!(狂」By,利沙
先程とは打って変わって、静かになった店内。
龍や利沙、キューピットならまだしも、アイ様にはそんな空気は耐えられなかった。
「ね、ねえ・・・なんかお腹減らな・・・」
「それじゃあ、こういうのはどうですか? あなた達は、ただ2人で買い物や遊びなどに出掛けるだけでいいんです。そして私達はその時の2人の様子や心理の動きなどを観察しているだけです。これでも妥協したつもりではありますが、協力してはもらえませんか?」
当然ながら、キューピットは真面目な表情。アイ様の言葉を遮った事など、微塵も気にしている様子などはなかった。
「・・・お金は?」
それに反応したのは、利沙。
「はい?」
「2人で出掛けろって言われても・・・私はバイト中でお金貯めててそんな事に使えないし、相手に全部払わせるのも気が引けるわ」
「そうですね・・・・・・。ならこうしましょう。お金の問題は、全て私がアイ様の特権を利用して解決します。貴方達はただ遊んでいるだけでいい」
「え、ちょっとキューピーさん・・・」
「成る程、俺達は遊び放題って訳か。神ってもの便利なモンだな〜」
「ちょ、龍クン・・・」
アイ様の許していない場所で、ドンドンと話は纏まっていく。それを横でオロオロと見ているが、構う者はいない。
「それでは、アイ様の実験に協力してくれる、という事で宜しいですか?」
「ええ、もちろん」
「タダ金なんだろ、ただ遊ぶだけなら楽勝だぜ」
「決まりですね」
キューピットの言葉で、邪気を含んだ笑みを浮かべる2人。
アイ様は・・・既に椅子の端で背を丸め、テーブルで『の』の字を書いていた。
それを見るとキューピットはクスリと(ほくそ)笑み、アイ様の頭をそっと撫でた。
「アイ様・・・ほら、顔を上げて下さい」
「・・・・・・」
「お腹空いたんでしょう? 何でも頼んでいいですよ」
優しげなその声に、パッと顔を輝かせる。
「本当!?」
「500円までなら」
「・・・っぅ、ゥエ・・・ぅぇえ・・・・・・っ!」
「・・・馬鹿ですか、冗談ですよ」
その眦に涙を浮かべると、キューピットは度が過ぎたとバツの悪そうな顔をし、またクシャリとアイ様の頭を撫でてやった。その手は本当に温かく、騙されやすいアイ様でも本当のものだと感じる事が出来る。
「――・・・あの、どなたですか?」
ふと、不審げな声が上から降ってきた。キューピットやアイ様は当然、龍や利沙もそちらへと顔を向ける。
見れば、髪は明らかに染め過ぎと分かる金髪を通り越して白く、両耳には無数のピアス穴が開いている、若い青年。整った顔立ちが、今は決まり悪げに歪んでいる。
「・・・あ、ユキ! ユキじゃねーか!」
そして嬉しそうに声を上げたのは、龍。
「何してんの、龍。合コンにこんな人いたっけ?」
「は? 何言ってんだよ。ここ合コンの場所じゃないぜ?」
「・・・え? 嘘」
「嘘じゃねえって、場所はお前が全額払って入ったレストラン。・・・どうやって間違えたら、こんな喫茶店になるんだよ」
「いや、歩いてたらすぐ見つかるだろうと思ってブラブラしてたら龍見つけたからさ。なんか変だなーっては思ったけど・・・まあいっかなってさ。・・・アハハハハ」
「・・・随分と見事な方向音痴だな、オイ」
先程まで珍しくギャーギャーと騒いでいた龍が、ガックリと肩を落としてうな垂れる。ユキと呼ばれた青年は口端からハハハ、と妙な笑いを溢し、脂汗をかきながら龍の背中をポンポンと叩いてやった。どうやら、方向音痴は本当らしい。
「あの、龍さん。こちらの方は一体・・・・・・?」
想定外の出来事に、流石のキューピットも龍に尋ねざるを得ない。ユキはキューピット以外からも注がれる視線を感じて、ペコリと頭を下げた。
「始めまして、龍と同じ高校で友人の進藤夕紀です。合コン、遅れてすみませんでした」
その自己紹介に飲んでいたミルクティーを吹き出したのは、利沙。端から見れば、見事なほどはしたない。
「進藤ってッ・・・・・・!! あの大手食品会社の進藤株式会社!?」
「うん、そう。俺はその息子ってだけだけどね〜」
「ユキ、だからここは合コンじゃないって言ってんだろ」
「え、嘘」
「さっき言ったばっかだろ・・・」
「ちょっと! 何悠長に話してんのよ! 将来は社長かも知れない人がこんな所にいていい訳!? しかも合コンって・・・!!」
慌てふためく利沙に龍は小さくため息を吐くと、親指でユキを指差して説明を始めた。
「落ち着けって。コイツは確かに進藤会社の息子だし将来社長のお坊ちゃんだが、俺達庶民と対して変わんねーって。今は跡取り修行みたいなアレでS高校に通ってる。さっき聞いたと思うけど、俺と同じ高校」
「S高校って、あの!?」
「ああ」
「よろしくね」
ハハハ、と笑うユキ。普段は雲の上にいるキューピットやアイ様には、何の話かあまり分かっていない。
同時に、利沙は真っ白な顔でパタリと後ろの背もたれに倒れた。