第二話 彼女は前を向いて歩き出す
地底大陸。別名オルト大陸。それは世界の西側に位置する大陸で貨幣価値は他の四大陸に比べて高く商業が盛んである。
この中でも最大の国オルティアは神級1人、王級2人が定住しているため世界でも有名な国の一つである。よって、この国の首都パレスは様々な人が知っているはずなのでここでは説明しない。私が説明するのは首都から山を二つ越えたところに位置する海洋都市タリスだ。ここはオルト大陸の魔法の第一線であり他の大陸からの玄関口でもある。また、温暖で自然災害も少なく住みやすい土地といえるので私がお勧めする都市の一つだ。
ーーー著:エルレーン・フェリア 『世界を歩く』より抜粋
本を閉じた俺は風の向きが変わっていることに気づき、もう昼なのかと驚く。
海に面するタリスでは昼ごろに気温が上がり西から東に流れていた風が反対方向に吹くようになるのである。
そんなことを考えているとドアが開き、中からブレザーの上にジャケットを羽織った神奈が赤く腫れた目を擦りながら出てきた。
「おはよう、いやこの時間はこんにちは、か。」
「うん、そうだと思う。」
数時間前の彼女とは異なり、急にしおらしくなっているので多少の驚いたものの俺は冷静に会話を続けた。
「もう大丈夫なのか?落ち着いて話はできそうか?」
「大丈夫よ、だってソファまで借りて寝させてもらったんだもの。」
癇癪を起こした彼女はあの後すぐに眠ってしまった。信じられない出来事に気を張り詰めていたがそれらを一度外に出してしまい緊張の糸が切れてしまったのだろう。床に放置するのも忍びなくてリビングのソファまで運びジャケットをかけて外で本を読んでいたというのが彼女が寝てからの行動だった。
「あと、上着ありがとう。」
「別にお礼なんかしなくてもいいんだが。」
「日本人は恩とかけっこう気にするの、それにお礼なんか自己満足なんだから言ったっていいじゃない。それと一つ聞くけど運ぶとき変なことしてないわよね?」
「故意に触るようなことはしないし、凹凸の少ない体でどうしたら事故が起きて触れるのか俺が聞きたいくらいだ。」
「貴方最低ね、大きさとか関係ないでしょ。」
彼女はそう言いながらも胸に手を当てため息をついていた。
「15歳前後で成長は止まるから諦めろ、俺と同じ18歳だろ。」
「成長には個人差があるから…。」
「現実を見ろ、希望は未来に持て。」
彼女は上を見上げ呟いた。
「未来、か…。」
彼女は俺の隣に腰をかけ頭を肩にもたれかけた。
「私、生きてるんだよね。」
「ああ。」
「でも誰も知り合いがいない。」
「いた方が良かったのか?」
「そうじゃないけど、いないと少し寂しい。」
「俺はお前の知り合いだよ。」
「あの人たちみたいに私を傷つける?」
「いいや。」
「そう…。」
「また泣くのか?」
「大丈夫、だったらあのとき泣いてた貴方の方こそでしょ。」
「俺だって泣かないよ。」
神奈がここまで穏やかな気持ちで人と話ができたのは生まれて初めてだった。彼女は親、学校の人、すれ違う人全てから忌み嫌われ憎まれていた。
そこに理由など存在せずただ生きているというだけで…。
そして彼女の物語は週末を迎えた。だが彼女の物語は蛇足の話がついていた。
それを今から彼女のために泣いた唯一の少年と一緒に紡いでいく。
陽が山々の間に吸い込まれていくとき、少女はある店の中で買い物をしていた。
その買い物は趣向品、別名お菓子である。
少女はそれを自分へのご褒美といつもだらしなく過ごし何もできなそうな人だがやるときはやってくれる兄への感謝の品に買っていくつもりである。
少女が選んだものは、シュークリームである。
パリパリとしていて独特の味わいがあり、内側にはバニラのよい香りと甘みの詰まったカスタードクリームが詰まっているものだった。
兄へのものは、ドーナツだ。
このドーナツは普通のものと違い、食感がもちもちとしている生地が丸く分けられ円形につながっているのだ。さらにそれを砂糖でコーティングしているため甘さも充分である。食にうるさい彼女の兄を黙らせるこれは普通の人など一瞬で恋に落ちるほどだ。
「ノルンちゃん、これでいいのかい?」
「ええ、OKです。」
彼女は自分の分を二つ、兄のは一つと割と自分に甘い性格であった。
「ノルンちゃんはあんな兄を持って可哀想だよ、あれはまるで悪魔だよ。」
兄は呪いにかかっているなどと言うことは今までの経験上無駄だと彼女は知っていた。そんなことで改善されるような易しい呪いではないのだ。そしてそれを悲しく思いつつも彼女は乾いた返事をする。
「そうですね、あはは。」
少しの待ち時間のあと、注文の品が出来上がったがすでに辺りは暗くなっていた。
「あちゃー、夕方には帰るって言ったのに随分と遅れちゃったなー。」
急ぎ足で帰るがお菓子を崩さないように運ぶとスピードがあまり出ない。
夜は陸から風が吹いて海に流れていく、これを彼女はは気付かず兄から教えてもらった。
息を切らしながら着いた我が家から話し声が聞こえて彼女は不思議に思った。
「ジュリアンさんでも来てるのかな?」
家に入りリビングに向かった彼女は驚きの光景を目にする。
兄と女性が一緒に本を読んでいるのだ、しかも体をくっつけながら。
「ノルン、お帰り、遅かったな。」
「妹さん…?そう、おじゃましています。」
ノルンは口を抑え、目を丸くしていた。
「お兄ちゃんが、あのお兄ちゃんが、女の人と話ができるなんて私、ちょっと感激で泣いちゃいそうです。」