密偵に話しかけられました。
朝早く、外の騒がしさに私は目を覚ました。
……どうやら馬が落ち着かないらしい。
それで私はレキの魔力を解放してそのままだったことを思い出した。
レキはまだ眠っている。
夢の中で会わなかったから、きっと深く眠っているのだろう。
私はレキを起こさないように気をつけて、レキの魔力を隠蔽するための術をかけた。
それから私は、どのタイミングで逃げようかと考え始めた。
「逃がしてやろうか」
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
私は周りを見回した。
誰もいない。気のせいだったか。
しかし、同じ男の声がまた聞こえた。
「おい。聞こえてるだろ?」
「……誰?」
私は辺りを伺いながら、ささやくような声で返事をした。
「俺はロゼスの密偵だ」
「……密偵が何の用?」
「だから、逃がしてやろうかって」
姿は見えないが、声ははっきり聞こえる。
どうやら魔術を使って声を届けているらしい。
しかし密偵が逃がしてくれるなんて、裏があるとしか思えない。
「……あんたがあの噂を流したんじゃないでしょうね?」
「噂? ……ああ、あんたが密偵だってやつか?」
「そう。それ」
「あれは俺が流したんじゃない。国王一派の仕業だ。……それにしても、よく知ってるな。魔術を使って調べたのか?」
「あんただって、よく知ってるじゃない」
「俺は密偵だからな」
男は得意そうに言った。
密偵としての腕に自信があるようだ。
「私を逃がして何の得があるの?」
「あんただけじゃない。ドラゴンも一緒に逃がす」
それを聞いて、私は俄然乗り気になった。
「ドラゴンを逃がすのが目的?」
「そうだ」
「ロゼスは逃がしたドラゴンをどうするの?」
「どうもしない。どっかに逃げてくれればいい」
その言葉が本当なら、彼の助けを借りてもいいかもしれない。
(昨日のうちに来てくれてたら、夢の中でロゼスについて調べたのに)
そう思ったが、これから夢に入って探る時間はない。今は諦めるしかない。
「……どうやって逃がすつもり?」
「あんたがドラゴンを逃がしてくれれば、俺があんたと仲間をロゼスまで連れて行ってやる」
「……何で仲間のことまで知ってるの?」
「馬車で一緒だったからな」
なるほど、馬車の乗客の誰かだったのか。
私は今まで出会った人たちを思い浮かべたが、それらしい人物には思い当たらなかった。




