#1-8
「リカルドくん、このままスラクジャンヌに突入ですか?」
「はい、ディアナ様と共に地下通路から突入し、王城へと行きます。そこまでは徒歩となりますが...」
王城は緊急時のための脱出用の地下通路がある。
そこを逆走して、逆に侵入するという考えだ。
果たして、ラーライは王城にいるのだろうか。まだあの基地にいる可能性もある。
「その前にここから北東にある神聖帝国第24自治区の酒場に行くといいでしょう。私の友人を待たせてあります。」
「友人ですか?」
「必ず役に立つと思います。こんな老いぼれはこの程度しかできませんが、どうかご無事で。」
アルベドは頭を下げる。
「ここも安全とは言えません。アルベド様もどうかご無事で。」
「お祖父様、行って参ります。必ず、クーデリアを助け出してみせます。」
ディアナとリカルドは一礼して応接室を出る。
少し廊下を歩いた後、リカルドは振り返って小声で話し始める。
「ディアナ様実は...」
「お祖父様の病ですか?」
「...ご存知でしたか。」
「いえ、あまり元気がないように思えたので。」
ディアナは久しぶりに会ったとはいえ、アルベドはかなり身体が衰えているように感じていた。
年齢も年齢なのだが、そういう感じではない。
「そうです。もうあの方は喋るので精一杯なのです。今日は私も止めたのですが、どうしても来たいからと。」
「お祖父様...」
リカルドは1つの手記をディアナに渡す。
かなりボロボロで使い古されている。
表紙にはアルベド=カーライルと書かれてある。
カーライルとはアルベドが王になる前の旧姓だ。
「これは?お祖父様の手記?」
「ええ。全ては話せないだろうと私に手渡されました。後でお読みください。」
「分かりました。ありがとう、リカルド。」
何が書いてあるのか分からないが、とてもこの年季の入った手記にはアルベドの並々ならぬ想いを感じる。
間違いなく、重要なことが書いてあるだろう。
「さて、これから出発なのですが...」
リカルドがディアナの服装を見る。
城での侍女の格好のままだ。無理矢理連れてこられたので、髪も乱れっぱなし。
この街まで急いできたのでそのときに服も破けている。
「屋敷にお召し物を用意しております。かなり長旅になると思いますので、動きやすい服装を。」
「わ、わわわ...!」
ディアナは自分の服装を見て少し顔を赤くする。
一目散に適当に部屋に潜り込んで身を隠す。
「...ごめんなさい、持ってきてください。」
「はい、少しお待ちを。」
ディアナは服を着替え、動きやすい格好になった。
彼女にとって、久しぶりの軽装。クーデリアとお忍びで外へ遊びにいったとき以来だ。
いつも後ろでまとめている髪も下ろしている。
普段の彼女しか見ていないなら、今の彼女をディアナだと分かる人は少ないだろう。
「ふー。こんな服装も久しぶりね。」
「お気に召しましたか?」
リカルドがやってくる。
リカルドも目立つ騎士鎧の姿から旅行者が着てそうな格好になっていた。
腰には騎士団長が持つ装飾剣と少し年季の入った鞘に入っている剣の2つが下げられている。
「リカルド、これから帝国の街に行くのですから、敬語はやめましょう?もうこんな状況じゃ私は王女じゃないし、クーデリアの侍女でもないし。」
「そうですか。いつも敬語なもので。以後気を付けます。ディアナ。」
ディアナとリカルドは屋敷を出て、北東にある帝国の街へと向かった。
ドラゴンは空を飛んでくると予想し、森の中を通ってなるべく追っ手に見つからないように進んだ。
森の中を進んでしばらくたったころ、
「少し止まって。草陰へ。」
「何かあったの?」
「シッ、静かに。」
道中でいきなりリカルドが静止する。
草陰へ隠れて辺りの様子を伺う。
すると帝国兵らしき格好した人が2人、何かを探しているかのように歩いていた。
持っている装備は今の帝国兵とは違ってある意味原始的な矛槍を持っており、倒すのは容易に感じられた。
しかし、騒ぎはあまり起こしたくない。
「帝国兵?どうするの、リカルド。」
「別に私達は追われる身ではないですし、旅人のフリをしてやり過ごしましょう。私にお任せを。」
リカルドは草陰を出て、帝国兵の前に出る。
帝国兵は少し驚いた表情をすると、リカルドに質問し始める。
「止まれ。こんな森で何をしている。」
「旅をしていたのですが、道に迷ってしまいまして。貴方は帝国の兵士ですか?」
「いや、違う。第24自治区の自警団だ。帝国の装備を使ってはいるが、帝国兵ではない。」
自分を自警団と呼んだ人達はリカルドの服装や持ち物をまじまじと見る。
すると少しほっとした様子で肩を落とす。
「...本当に旅人のようだな。疑ってすまない。我々はこの森に逃げ込んだという盗賊を追っているのだ。」
嘘をついているようには見えない。
出て行くなら今だろうか、とディアナは木陰から出る。
「ちょっとリカルド、置いていかないでよ!」
ディアナはリカルドの服を掴む。
「ごめん、ちょっと人の気配がしたから。」
「夫婦でしたか。どこへ行く予定なのですか?」
「夫婦...うっ...」
ディアナは少し顔を赤くするがリカルドの腕で顔を隠す。
この格好もかなり恥ずかしいが、怪しまれるのはまずい。
「スラクジャンヌへ旅行しようと思ってたんですが、迷った挙句食料が尽きてしまって。この周辺にどこか町はありませんか?」
「それなら北東の第24自治区へ行くといいだろう。治安は悪いが食料はある。」
「ありがとうございます。」
そうリカルドが言ったその瞬間、音の無かった森に突然ガサガサと音がし、全員が辺りを見回す。
しかし、周囲には何も見当たらない。
風で揺れた音か動物が周囲を通った音と思ったが、リカルドだけは気づいていた。
「皆さん!上です!」
リカルドは剣を抜いて応戦する。
フードを被った男が上から落下してきて、男の持ったナイフがリカルドの剣に当たる。
「こいつ、例の盗賊か!捕らえろ!」
自警団の男2人は矛槍を構える。
リカルドはナイフごと振り払い、フードを被った男は人間離れした身のこなしで受け身を取りながら後退する。
「この動き、ただの盗賊ではないようね。」
「リカルド、私のことは気にしないで!」
フードを被った男は4対1という不利な状況下でも逃げる様子はない。
リカルドが近づいて剣を振るとフードを被った男は凄まじい跳躍力で木に飛んで避ける。
そこから自警団の男の1人に飛び蹴りを放ち、ぐわっという音と共に地面に叩きつけられる。
もう一人の自警団の男は矛槍を振るが、しゃがんで避けられ、顎にアッパーを食らわせられる。
2人は気を失ったようで動かない。
リカルドはフードを被った男に対して再度剣で振るうが後ろに少しジャンプして避けられる。
「...」
フードを被った男は何も喋らない。
ただ息を切らす音だけが聞こえてくるだけだ。
「目的が何かは知りませんが...」
リカルドは今まで右手だけで剣を持っていたが、今度は左手にも剣を持つ。
騎士団長に与えられる装飾剣と年季の入った使い古された剣。
かなり不釣り合いだが、リカルドが持つと何故か様になっていた。
この2つの剣を同時に使う剣術こそがリカルドを騎士団長たらしめたものである。
スラクジャンヌにおいて、この状態のリカルドに勝てる騎士は居ない。
「前に立ちふさがるなら、容赦はしない!」
剣をクロスに交差させながら、フードを被った男へと近づいていく。
男は新たに2本のナイフを取り出し、応戦する。
交わる剣閃。飛び散る火花。
迫り来る剣をナイフで受け流すが、リーチと技術の差で段々とフードの男が押されていく。
受け流せなかった斬撃を身体を捻りながら紙一重で交わすが、その場凌ぎにしかならない。
長く短い刹那の攻防中で、フードの男が避けた際に少しバランスを崩したのをリカルドは見逃さなかった。
リカルドは攻め時と見て、わざと勢いよく相手のナイフを弾いた。
フードの男は体勢を崩し、弾かれた方のナイフを落とす。
そして最初のように剣を交差させながら間合いを詰め、次はX字に斬りかかった。
勝った。
そうディアナは確信した。