#1-7
「それって、それってどういう...」
ディアナは話の意味が理解できなかった。
生き別れたはずの妹がスラクジャンヌの王女に。何故?
「そのままの意味です。最初は見間違えだと思いました。ですが、その後アルベド様の話を聞いて確信へと至りました。
スラクジャンヌの王女、クーデリアは私の実の妹です。」
本当の王女じゃない、というのもついさっき知った事実だ。
そこにクーデリアは実はリカルドの妹だ、なんて加わったらこれは悪い夢なんじゃないかとディアナは思う。
また、リカルドとクーデリアの年齢は離れすぎていることに気がついた。
リカルドは28歳。クーデリアは17歳だ。
「私が生まれた直後に母は亡くなってしまいまして。再婚した義母の子供なので歳はかなり離れているんです。」
リカルドの異常なまでのクーデリアへの忠誠。
それは主従の忠誠心というより兄として妹を守るという強い信念だった。
「そのときから私の目的は帝国への復讐と妹の奪還から、スラクジャンヌの王女になってしまった妹を守ることへと変わりました。しかし、同時にアルベド様から更に真実を聞かされ、私は愕然としました。」
「すまない、リカルドくん。ここからは私が説明しよう。ディアナには私から伝えなければいけない義務がある。」
アルベドは今までにない真剣な表情でディアナのほうへ向く。
いつも見せていた穏やかそうな顔とは全く違っていた。
「まずこの話の大前提から話さねば。スラクジャンヌが昔から神聖帝国に狙われていたのは知っていますね?」
「はい、私が生まれる前から小競り合いが起こっていたと教わりました。」
神聖帝国の領土拡大は今に始まったことではない。
隣国の一つは20年ほど前から帝国に吸収されていた。
「そうです。しかし、その小競り合いからもう既に勝負は決まっていました。まず国力が違いすぎる。でも帝国は小競り合いに留めるだけで大きく攻めては来なかった。なぜだか分かりますか?」
「聖剣の存在...?」
「そうです。得体も知れない謎の力を恐れて攻めて来れなかった。また、その力に興味があり、その力をもってすればまだ支配下に置けていない強国ともっと有利に事を進められるのではないか、と帝国は考えたのです。」
神聖帝国は国を次々と支配下に置き、国力こそ高いもののまだ同じ大陸でも支配下におけていない国が多々ある。
だからこそ大きな力が欲しかった。そういうことなのだろう。
「そこでスラクジャンヌにある要求をしました。それは聖剣の力を証明し、聖剣を譲渡すれば神聖帝国として、スラクジャンヌの権利を末代まで認めるというものです。」
「私は反対しました。しかし、私の息子は聖剣を忌み嫌っており、聖剣をこの国から追放しつつ、帝国からの侵略も防げるという一石二鳥の要求を何の躊躇いなく飲んだのです。」
「ですが、聖剣は持つ者の肉体と精神を蝕む危険があります。しかも、聖剣を使えるのは自分の娘のクーデリアのみ。そこで私の息子は代わりを用意したのです。」
ディアナはここでようやく話が読めてきた。
自分が王女として育てられなかった理由。そしてクーデリアが偽物の王女となった理由。
「それが今のクーデリアです。彼女は小さな町の領主となっていた先祖スラクジャンヌの息子達の一人の末裔で、しっかりと血を引いた聖剣を持つ資格がある女性でした。」
「そこで私の息子は町を帝国と協力して焼き払い、彼女を連れ去ったのです。」
「連れ去った彼女を魔術で記憶操作し、王女として育てあげました。そして今までディアナが体験してきたことが全てです。」
これがディアナの父のやろうとしてきたことの全てだった。
国の為に、ディアナの為にクーデリアを犠牲にした。
到底人間として許される行為ではない。
「私...私が...なんてことを...」
ディアナは泣き崩れる。
父への怒り。
クーデリアへの申し訳なさ。
途中で止めても私だけは貴方を責めない。そんなことを言える立場ではなかった。
「ディアナに責任はありません。息子の蛮行を止めることができなかった私の責任です。リカルドくんの家族、そして巻き込まれた人達に謝っても許されるものではない。」
「いえ、アルベド様が居なければ、生き残った町の人々も、私も今まで生きていくことができませんでした。何とかして止めようと尽力してくださったのも知っています。ですが、大切なのは今です。」
リカルドが立ち上がり、泣いているディアナの前へと回り込む。
「ほぼ全ての状況はお話しました。ここでディアナ様にお願いがあります。」
「私に...?」
「はい。大変情けないのですが、このまま私一人で喰竜王ラーライに挑んでも間違いなくしぬでしょう。ですが、ラーライに対抗する唯一の手段があります。」
「聖剣アシュタルト...」
聖剣アシュタルト。
喰竜王ラーライが封印されていたスラクジャンヌが誇る最強の剣。
この剣ならば、もう一度封印するのも可能ではないか。
「そうです。この聖剣を使えるのは、この世界でディアナ様しかいません。ですから、どうか私に妹を助けるための力を貸してください。お願いします...」
リカルドはディアナの前で顔を地に伏せて土下座をする。
兄として妹を助けるために力を貸してほしいという心からの願い。
リカルドはできれば自分一人で、誰の助けも求めずに妹を助けたいだろう。
しかし、それが力がない故にできない。
でも、妹は何としてでも助けたいから。
そういう悔しさの溢れた土下座だった。
ディアナは涙を拭って立ち上がり、リカルドの前に向き直る。
「表を上げてください。」
「私だって、クーデリアを何としてでも助けたいという気持ちには変わりありません。こんな私でもお役に立てるのならこんなに嬉しいことはありません。」
「ディアナ様...」
「ですが、聖剣アシュタルトのことなのですが、クーデリアのときは精神を蝕むような悪影響を所持者にもたらしていたのに、今のところ私は何ともありません。力が失われてはいないでしょうか...?」
やりとりをじっと見ていたアルベドが横槍を入れる。
「心配ございません。あれはラーライによってもたらされたもので、聖剣アシュタルトの力ではありません。初代の所持者、スラクジャンヌ様の遺した日記によりますと、そのようなことが起こり始めたのはラーライを封印した直後だと書かれてありました。むしろ、これまでの力を凌駕する聖剣アシュタルトの本来の力を発揮できるでしょう。」
所持者を狂わせ、命を吸っていたのは聖剣アシュタルトではなく喰竜王ラーライだったということ。
クーデリアは、帝国と戦いながらあんなものと戦っていたのか、とディアナは気が遠くなりそうだった。