#1-5
「ふふふ...」
誰かの笑い声。
周囲に居る人々は辺りを見回し、声の主を探す。
しかし、今立っている者の声ではない。声の主は床のほうから。
そう、床で息絶えているはずのクーデリアから。
彼女は不自然な挙動でゆっくりと立ち上がる。
身体は血塗れ。特に剣が刺さったままの胸部は見るに絶えないほど無残だ。
どう考えても立ち上がれるわけがない。生きているわけがない。なのに。
目がカッと開かれる。
「この忌々しい剣に封印されてから何百年経った!俺はこの時を待ち望んでいたのだ!」
声に似合わない男の口調。
胸に刺さった剣を引き抜き、ゴミのように遠くへ投げ捨てる。
「喰竜王ラーライがこの世に再臨したのだ!人間の世はたった今終わった!」
クーデリアの姿をした何かは大の字に両手を上げ、手に黒き業火を灯す。
それは聖剣アシュタルトが放つ、全てを焼き尽くす業火とは違う。
「さぁ、我が糧となれ!人間共よ!」
黒き業火は形を変え、槍のようなものに姿を変える。
それを投げ、貫かれた兵士は瞬く間に全身が炎に包まれる。
「う、うわああ!!!炎が!俺の身体が!」
蒼き業火ならば兵士は燃え尽き、息絶えるはずなのだが、今回は様子が違った。
黒き業火に焼かれた兵士の身体はまるで爬虫類のような鱗に覆われていき、身体が肥大していく。
肥大化した身体が最後に形どったものは、ドラゴン。
人がドラゴンに変わる光景を目の当たりにした兵士達はパニックに陥り、逃げ惑う。
その兵士達を喰竜王ラーライは次々とドラゴンにしていく。
ドラゴンになった兵士は仲間であった兵士を襲い、鋭い歯で食い千切る。
「なんだこいつは!?こんなの聞いてないぞ!?おい、貴様ら逃げるんじゃない!」
不測の事態にリカルドは慌てている。いきなりクーデリアがとして喰竜王ラーライ復活し、人をドラゴンに変える炎を放ってくるなんて台本は存在しなかっただろう。
「ブラッドガーネットの輝きを照射しろ!あれが魔法なら無効化されるはずだ!」
まだ正気を保っている兵士がブラッドガーネットの輝きを収束して照射する装置を作動させ、喰竜王ラーライに照射する。
しかし、
「ふん、何だこの不快な石は?失せろ。」
喰竜王ラーライが天井に手を向けると衝撃波が発生し、周りの壁のブラッドガーネットが全て粉々に砕け散る。
「そんなバカな...!!!」
リカルドは恐怖に満ちた顔でその場を立ち去ろうとするが、ドラゴンとなった兵士に捕らえられ、噛み千切られた。
ディアナはこのパニックの中、床を這って投げ捨てられた聖剣へ向かっていた。
今何が起こっているのかは分からない。だが、分かっていることは2つあった。
喰竜王ラーライという化物がクーデリアの身体を乗っ取って悪事を働いているということ。
喰竜王ラーライが聖剣アシュタルトに封印されていたものということだ。
あの化物を止められる可能性があるのは聖剣のみ。
しかし、両手両足が繋がれている状態ではまともに動くことが出来ない。
聖剣も手に取ることは出来ないし、そこに辿り着けるかも怪しい。
でも何もしないよりマシだ。
兵士達の悲鳴がこだまする地獄絵図を傍目にディアナは少しずつ聖剣へと近づいていく。
そこでふと誰かに腕を掴まれる。
振り向くと彼女の父、国王だった。
「さぁ、クーデリア。一緒に逃げよう。」
「クーデリアと呼ばないで!私の名前はディアナ!あなたみたいな最低な人間の娘ではないわ!」
強引に手を振り解く。
自分の親友クーデリアを騙して捨て駒にし、それに対してなんとも思っていない最低な人間の手なんか誰が借りるものか。
ディアナはそう思い、言葉を無視して聖剣へと歩みを進めた。
数秒後、近くでぐちゃりと音がし、さすがのディアナも振り向くと、国王が白き業火に包まれてドラゴンに変わろうとしていた。
「ぐわあああああ!!!クーデリア!!!」
「なっ...!」
このままドラゴンに変わってしまえば、間違いなく喰い殺されるのは一番近くにいるディアナだ。
ドラゴンになってしまったとはいえ、憎い国王に殺されるのは絶対に嫌だ。
ディアナは活路を求めてあともう少しとなった聖剣に手を伸ばす。
「お願い、届いて!」
ぐっと繋がれた両腕を伸ばして聖剣に触れる。
しかし、国王は完全にドラゴンとなりこちらに目を向けていた。
万事休す。ディアナはクーデリアの形見の聖剣を抱えながら、死を覚悟した。
ディアナ、貴方を死なせはしません!
「クーデリア!?」
クーデリアの声がディアナの頭の中に鳴り響く。
するとディアナを縛っていた両腕両足の錠の鎖が燃えて溶け落ち、自由になる。
ディアナは聖剣を手にとって振り向きざまにドラゴンに斬りかかった。
聖剣はドラゴンの顔を真っ二つに斬り裂き、そして切り口から次々と燃え始める。
朱き業火。聖剣アシュタルトの元々の力。
朱き業火に包まれたドラゴンは灰となり、崩れ落ちた。
曲がりなりにも父親殺しをしてしまったがディアナは気にも留めず、先程聞こえたクーデリアの声を呼びかけた。
「クーデリア?どこにいるの?」
返事はない。
ただの幻聴だったのか。いや、だったら何故鎖が突然燃えたのか。
私がただ単にスラクジャンヌの血族で聖剣を使えただけなのか。
しかし、そんなことを考える暇もなく次の危機がせまる。
ドラゴンが朱き業火で倒されたことに気づいた喰竜王ラーライはディアナのほうへ向く。
「ほう、小娘の血族はこの宿主だけかと思っていたら、お前もそうだったとはな。変なことをされる前に消しておかねば。我が糧よ、殺れ。」
喰竜王ラーライの号令で3体のドラゴンがディアナのほうへ向かってくる。
クーデリアを守るために武術の修行はしてきたが、3体のドラゴンを倒すなんて力量は彼女にはない。
聖剣も今持っただけで使い方が分からない。
どう考えてもまともに戦って待っているのは死だ。どうすればいい。
考えてる暇はない。すぐさまドラゴンがこちらへと迫って来る。
一番近くのドラゴンに向かって聖剣を振り下ろす。聖剣から放たれる朱き業火によって燃えて息絶えるが、続けざまの2体目のドラゴンのそのまま頭から突っ込んでくる攻撃に反応出来ない。
避けることの出来ずにドラゴンの頭突きを喰らいそのまま死ぬ。
そんな未来ができあがっていた。
「クーデリア...!」
死を覚悟して目を閉じる。
が、何秒経っても衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、目の前でドラゴンが崩れ落ち、頭が横から普通の鉄製の槍で貫かれていた。
「ディアナ様!ご無事ですか!」