#1-1
聖剣アシュタルト。
その剣は絶大な力を誇り、その一振りで兵士を癒やし、仇なす敵を光によって一撃のもとに葬り去る。
王家の血が流れる女性にしかその剣は使えず、国が危機に晒されたときに姿を現すという。
その剣が今、100年ぶりに顕現しようとしていた。
兵士が慌てた様子で王の間へ走りこんでくる。
慌てた様子とはいっても顔は心底嬉しそうだ。
「報告します!聖妃殿から光が!」
「やはり姿を現しよったか!この国には女神によって守られている。この戦、勝てるぞ!」
王は立ち上がり天を仰ぐ。
この国、スラクジャンヌは女神とその女神の象徴である聖剣アシュタルトによって守られている。
スラクジャンヌは豊かな大地によって栄えている大国家であり、これまで多くの外敵に襲われてきた。
しかし、その女神の加護によって300年という長い間滅びずに平和が保たれてきた。
スラクジャンヌ自体も永久不可侵という女神となった先祖の教えにより戦争はほぼない。
その無敵の大国家、スラクジャンヌに新たな外敵が忍び寄る。
それは、神聖帝国。
異常なまでに発展した魔法技術を使い、帝国が崇める神を絶対とし、他の国に対して無差別の侵略を行ってきた。
1年前戦争が勃発し、現状スラクジャンヌ側が劣勢。
本土の3割を攻めこまれ、窮地に追い込まれたその時、聖剣アシュタルトが顕現した。
「クーデリアを呼んでこい。」
「はっ!」
「お父様、クーデリアはもうここに居ます。」
「クーデリア!」
扉の影から王女クーデリアが出てくる。
普段はドレスを着ているのだが、今日は先祖が着ていた鎧とほぼ同じものを身に纏っている。
「...覚悟を決めたのだな。」
「はい、お父様。」
「お前の母亡き今、アシュタルトを使えるのはお前しかいない。辛い思いをさせてしまうかもしれんが...どうか、国民の代表として、この国を救ってくれ。」
「...はい。」
王が頭を下げる。実の娘に向かって。
それぐらいこの国は存亡の危機に晒されているのだ。
頼みの綱はもうこのクーデリアと聖剣アシュタルトしかないのだ。
クーデリアは迷いのない凛とした表情で返事をし、王の間から立ち去る。
その後ろ姿は王と兵士に伝説の英雄であり、そして女神でもあるスラクジャンヌ王を思わせた。
クーデリアは城から出て馬車に乗りこみ、聖妃殿へと向かう。
同行するはクーデリアの幼馴染で侍女のディアナと騎士団一の実力を持つ若き騎士団長、リカルド。
「ディアナ、付いてきてくれてありがとう。」
「ううん、嬉しかった。私がこんな大役を任せられるなんて夢にも思わなかったもの。ディアナ様、最後まで付いていくわ。」
「もう、こういうときは様は付けなくていいわよ。」
ディアナはクーデリアの数少ない心を許せる人間の一人だ。王女という立場上、心を許せる相手はそう多くはない。
「クーデリア様、聖妃殿へはもう間もなくの到着です。どうか、お心の準備を。」
「リカルド、心配してくれてありがとう。引き続き周囲の警戒をお願いします。」
リカルドは弱冠26歳にして騎士団長になった天才中の天才。家柄もよく、歴代最高の騎士団長とうたわれている。
王女の護衛もこれまで数多くこなしてきた。
だが、クーデリアへの信仰は異常なほどまで熱く、正直彼女は苦手としている。
リカルドが居なくなったところでクーデリアは外に聞こえないような小さな声でディアナに話しかける。
「ディアナ、そろそろリカルドに思いを伝えましょう?」
「なっ、リカルド様はクーデリア様に忠誠を誓った身。私なんかじゃとてもとても...」
ディアナは前々からリカルドに恋心を抱いていた。クーデリアはそれを見抜いて何度も後押ししていたのだが、結局一度も思いを伝えられていない。
「スラクジャンヌの人々も神聖帝国の人々も命は命です。私はその命をこれからたくさん奪い、この手を汚してしまうでしょう。あのような誠実で綺麗すぎる心の人は私より貴方のほうが...」
「...」
「聖妃殿の中へは私しか入れません。思いを伝えられるのはそのときしかありませんよ。」
馬車が止まる。
「クーデリア様、聖妃殿に到着しました。」
「分かりました。さぁ、ディアナ。」
クーデリアはちゃんとやりなさいよ、という目でディアナを見る。
ディアナは真っ赤な顔で俯くだけだった。
聖妃殿。
女神スラクジャンヌが祀られている神殿。
ここに聖剣アシュタルトが眠っている。
クーデリアは息を飲んで聖妃殿の中へと入っていった。
中は街の中にある教会と同じような形になっており、奥のステンドガラスが幻想的な輝きを放っていた。
深呼吸しながら一歩ずつ奥へと進んでいき、スラクジャンヌの祭壇までたどり着く。
我が末裔 クーデリアよ
「...!?」
空から声が聞こえる。
見上げるとクーデリアとよく似た女性がゆらゆらと透明になって宙を浮いている。
「スラクジャンヌ様...ですか...?」
さよう。
我はこの国の女神。
そして、この国を創りし者。
汝、大いなる力を望むか?
「はい。私はこの国を、大切な人を守りたい。例え、私が犠牲となろうとも!」
ならば、剣を授けよう。
この剣は使いようによれば汝に幸せをもたらすが、一歩使い道を誤れば大いなる不幸をもたらす。
汝にこの国の未来を託そう。遺すも滅ぼすも好きにするがよい。
空から剣が舞い降りてくる。
伝説で見たそのままの剣、聖剣アシュタルト。
その姿はまさに神話。見るだけでひざまずきそうになる圧倒的なまでの存在感。
クーデリアはそれを手に取った。
手に取った瞬間、スラクジャンヌという国の業が、映像となって流れ込んできた。
自分の存在が希薄になっていく。そして、クーデリアはクーデリアの形をしているよく似た別のものとなった。
元のクーデリアの人格は押しつぶされ、聖剣から流れ込んでくる意識と融合していく。
もう彼女は英雄クーデリア、そう呼んだ方がいいだろう。
「私はクーデリア。聖剣アシュタルトによってスラクジャンヌを救済する者!」
剣を天に向かって掲げ、高らかに宣言した。
悲劇と崩壊が今、始まる。