『焼身』
タカヒトは、今までとは違う空間にいる。
周りは、今までとはうってかわって真っ白な空間だった。これまでの赤い空間と比べて、この白い空間は異様な雰囲気を醸しだしていた。
「何だか急に雰囲気変わっちゃったよね?今度は何が始まるのかな?」
そう呟くタカヒトの顔は笑っているようでもあり、泣いているようでもあった。自分自身に殺され続ける恐怖。この世界中で最も無様な最期、『自殺』を味わうのは苦痛以外の何物でもなかった。
今のタカヒトを支えていたのは、まだ自分が『殺されている』という事実であった。大丈夫、自分はまだ完全な『自殺』をしたわけじゃない。それだけがタカヒトの自我を繋いでいた。
『キャンプファイア〜いっちゃおう♪』
また、あの声がした。だが今回はあの影が現れない。それに、今の声はタカヒトの中から聞こえていた。
そして、声と共にタカヒトの前にポリ容器が現れる。容器の蓋が外され、ゆっくりとポリ容器が持ち上げられる…他でもない、タカヒト自身の手によって…
「ちょっと、ボク、何してるの!?」
狼狽したタカヒトの声などお構い無しに、容器が傾けられて、中身がタカヒトを濡らしていく…軽い独特の刺激臭、容器の中身はガソリンだった。
「ダメだ、止めろ…畜生、止まれ!ボクの手なんだから言う事を聞けっ!!」
タカヒトの叫びも虚しく、タカヒトの身体はガソリンを浴び続ける。タカヒトの身体は今やガソリンまみれに濡れ、顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。自分自身で行おうとしている行動は、まさに『焼身自殺』以外の何物でもない。タカヒトには、次に自分がとるであろう行動が分かっている。それだけは絶対に許されない。だが、タカヒトの身体は、もはや言うことをきかない。
不意にタカヒトの右手が空を掴んだ。ゆっくりと手が引き戻される。そして開かれた手のひらには、マッチの箱が載っていた。
「いやだあぁぁぁぁっ!!」
タカヒトの声は悲鳴に変わり、金切り声へと転じていく…
「こんなモノ、こんなモノなんか…!!」
タカヒトは、唯一動く頭を向け、マッチを吹き飛ばそうと息を吹いた。手のひらの箱は揺らぎ、落ちそうになるものの、絶妙なバランスで手の上に残った。
『あー、動いちゃダメだってばぁ♪』
あの声がして、タカヒトの頭が硬直した。それと共に手が動く。マッチを取出して、箱の脇を擦る。炎が生まれ、タカヒトの胸に近づいていく。
「いやだッ…!!やめて…やめろって言って…!!」
タカヒトの声は、巻き起こる炎の渦に飲み込まれていった。カガミタカヒトの初めての『自殺』だった…