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第二十六章 第二話 救世主

 深々と突き刺さったバルムンクの右腕を引き抜いた。引き抜いた反動でザイフリートは、そのまま離れていく。

 貫通した穴から次の瞬間、白き炎が溢れ、猛々しく噴出した炎がザイフリートの機体を包み込んだ。燃え盛るザイフリートの姿を目にして、実王はそこで戦いの終わりを知り、力の入り過ぎた体から力みを抜いた。

 今は白い炎の塊となったその姿が遠ざかっていくのをジッと眺め続けた。

 命を奪うことはないだろうが、少なくともあの炎は奴の敵意がなくなるまでは消えることはないだろう。それだけ、強い人の想いが込められた攻撃だった。

 右手に燃え盛っていた炎が風に流れて消えていく。


 「ありがとよ……。助かったよ」


 バルムンクの機体の周囲を、別れを惜しむように炎が流れていく。そして、そこには完全に修復した右腕が残る。気が付けば、自分の右手にはしっかりと刀が握られていた。


 ――実王さん……。今回は、私達だけでは勝てない戦いでしたね……。


 過ぎ去った炎の跡を見ていた俺に、ウルドがそっと囁くように言う。


 ――ああ、きっと俺達だけでは負けていた。……でも、勝てた。いろんな人の想いが俺達を助けてくれたんだ。


 ――はい、私の右腕にたくさんの想いを感じました。……行きましょう、実王さん。私達の戦いはまだ終わっていません。


 俺は白い炎の塊となって、宙に浮くザイフリートに視線を向けた。


 「……じゃあな」


 それだけ告げれば、カイムの待つ飛行船の方角へとバルムンクを走らせた。

 魔法の力を全身で感じるバルムンクには、強大な巫女であるカイムの存在を強く感じ取れた。

 互いの持つ強大な力に引き寄せられるように、決戦の地へと向かう。



               ※


 セトは目の前に揺らめく白き炎を見つめていた。

 目線を変えれば、バルムンクが翼を羽ばたかせて、この戦場を後にしようとしていた。

 まだザイフリートは動く、再び今まさにこの場から消えようとする怨敵に手を伸ばそうとする。


 「うぅ……」


 苦悶の表情を浮かべるセト。

 自分の敵意や殺意に反応するかのように、バルムンクへ意識を向ければ向けるほどに、操縦席の温度は上昇し、内部まで炎が侵入しようとしてくる。

 熱湯に沈められたような息苦しさ、動こうとするものなら命を奪おうとする危機的状況。その全てに、セトは悔しさに呻く。


 「嫌だぁ……。このまま、負けたくない……終わりたくないよぉ。カイム様、助けてください……カイム様……」


 カイム様、カイム様、と。うわ言のように口にするセトの顔は子供とも思える幼い表情をしていた。今の彼からは、魔法さえも自由に扱うことのできる乗り手の面影はなく、自分が今までに経験したことのない絶望の中に沈む少年の姿があった。

 それは、彼にとっての初めての挫折。しかし、彼には挫折という一時しのぎの負けは許されない。そもそも、彼には全ての出来事において負けという安易な結果は存在しない。

 彼の敗北は、すなわち存在の死だった。


 「開けろッ! 動けッ! アイツが……バルムンクが行ってしまうだろ!? 行け! 行けよ! 動かないなら、私を出してくれ! ――ザイフリートッ!」


 操縦席の壁を何度も叩き、拳の皮が破れて血が噴出そうが、お構いなしに喚き散らす。

 彼が外に出ることになれば、まとわりつく白い炎に焼き尽くされることは間違いなかった。その程度の判断など出来ないほどに彼の心は状況に掻き乱されていた。

 今まで、何かを求めることが彼の生きるの形だった。求める続けることで、彼は生き永らえていた。具体的なものなどなく、彼はただ求め続けることが彼らしさだった。そんな彼に、新たな自意識が生まれた。

 ――それは、憎悪。

 絶対だと思っていた己を揺らがせ、倒し。そして、己を否定した。

 セトの探究心を否定する人間は多くいたが、多くはセトの前に膝をつき、命と引き替えに口を閉ざすこととなる。今回も、その予定だった。

 しかし、雛型実王は、自分の信念でセトの絶対的かつ傲慢な探究心を打ち崩した。

 セトは、それがただただ腹立たしくもあり、その苛立ちの正体に気づくことはない。彼は気づくには、精神が幼稚過ぎた。


 「ひながた……みお……。なんだなんだ、おかしいよねカイム様……。絶対にぃおかしぃよねえ……」


 虚ろな目には正気はなく、荒れ狂う海のように様々な方向に動く白い炎に手を伸ばす。


 「カイム様……?」


 その時、セトの前を黒い影が横切る。


 「やあ、こんにちは」


 その黒い影は人の形をしていた。

 操縦席の内部で、影はセトを見下ろしていた。セトには、その顔は分からない。男か女かも分からない。だが、すぐ隣に異常な存在がいることは分かった。

 心の壊れかけたセトは、唯一の救いを求めるように血まみれの手を伸ばした。


 「貴方は……」


 影が笑んだ。


 「君を救いに来たのさ」


 「私を……救世主……」


 影がセトの頭を撫でた。

 セトはそれだけで救われた気持ちになる。気持ち良さそうに目を細めて、その手を受け入れる。


 「――面白いことを言う。いいね、私は君の救世主だ」


 影はそっとセトに顔を寄せた。そこに、顔はなくただの書きなぐった黒の靄。

 セトは怯えることもなく、口元に笑みを浮かべつつ自らも顔を近づける。


 「はい……私をお救いください……」


 「ああ、君の望みを叶えて、君を救うことを誓おう」


 セトは満足そうに目を細める。

 影はその口を大きく開ければ、頭の先からセトを飲み込んだ。

 粗食する肉食動物のよに、その裂いた口がもごもごと動きながらセトの体を飲み込んだ。

 ――そうやって、セトはこの世界で幸せな笑顔だけ残して消え去った。



               ※



 セトが自我を失っていた頃、バルムンクは敵陣の中を単独で突き進んでいた。

 前方に突然と出現したヒルトルーンに対しても、実王は驚くこともなければ、速度を緩めることもなく接近をする。

 ヒルトルーンは両手で巨大なハンマーを振り上げた。それでは、今のバルムンクには遅すぎた。


 『――遅い!』


 バルムンクは実王の一言を残して、両手を持ち上げた状態で動きを止めたヒルトルーンを通り過ぎる。直後、ヒルトルーンの両腕は切り落とされ、胴体、脚部と三つに分裂すれば、自分の爆発に飲まれ残骸へと姿を変えた。

 既に今の実王とバルムンクの前では、強化されたヒルトルーンなど相手にするならない。ただ進行を阻むための障害の役割を持った物体だった。


 ――実王さん、前に気をつけてください!


 実王の心に響くのは、ここ数時間で聞きなれたウルドの声。


 『分かってる!』


 眼前に広がるのは、バルムンクの道を断つために出現した何十機もののヒルトルーン。敵、敵、敵、今この世界には自分以外は敵ではないかと錯覚するほどの、ヒルトルーンの大群がバルムンクを多い尽くそうとしている。

 あと少し、もうすぐでカイムの場所までたどり着く。


 『もう少しなんだ……。ウルドッ』


 ――はい! 出し惜しみしている暇はありませんね!


 バルムンクは内側からエネルギーを放出するように左手を高く伸ばした。


 『――魔人化!』


 掲げた左手をグッと強く握ると、バルムンクの色は再び全身白色の機体に変わる。他に一切の色の消えた白。それ故に、この世界でバルムンクという竜機神の特別性を示しているようだった。

 右手に持つ刀に左手を添えて、両手で強く握る。

 十、二十、三十……。実王は敵の多さから、途中まで数えていたカウントを諦める。


 『何体いても、何十体いても……。ただ、切り崩して、道を開くのみだ! ――ヴァルハラ!』


 バルムンクの持つ最強最大の一撃。竜殺しヴァルハラ。

 バルムンクは刀を横に振り切れば、刃の先から敵を蹂躙し塵に変化させる魔法の刃が出現する。光の刃は、次第に大きさを増して、周囲のヒルトルーンを飲み込み触れた機体から打ち消していく。

 救いを求めようと手を伸ばした機体は、伸ばした腕ごと消滅し、逃げようと動き出した機体は周辺の世界を光で塗り潰すために増大する刃に押しつぶされた。

 破片と炎がバルムンクの前を漂う。既に、そこには敵の姿はない。

 ただの一振りのみで、バルムンクは敵の最終防衛を打ち破ったのだ。

 宙に漂う黒煙に飛び込み、羽ばたいた翼で煙を払う。


 『あそこに、カイムがいるのか』


 煙の先には、巨大な物体が見えた。

 箱を五段重ねにしたような角に丸みを帯びた形。上方向に行けば行くほどに、その存在を誇示するように無数の突起物が陽の光と共に輝く。下方向には、いくつもの羽が飛び出して、それがその物体を浮かせるための一つの要因となってることは明白だった。――一言で言うなら、それは空に浮かんだ城だった。

 巨大な城が空に浮いていることに、実王は眉間に皺を寄せた。


 『趣味のいい乗り物じゃねえか』


 ――……本当に。見ればみるほどに、性格が透けて見えそうな建物ですね。


 二人で悪態をつけば、ウルドと実王は小さく笑い合う。

 次に顔を上げた時、すぐそこにまで飛行船は近づいていた。


 『行くぞ、ウルド! このまま突っ込むぞ!』


 ――はい! カイムの野望なんて……ぶち壊しましょう、実王さん!


 バルムンクは白く染まる姿を、魔法の光でさらに輝かせる。

 メタリックな輝きと共に、バルムンクは前に刀を突き出せば、そのままカイムの気配を感じる方向へと翼を大きく羽ばたかせた。


 『行けぇ――!』


 無数の光の粒子がバルムンクの体を包み込む。光の球体と化したその姿で、バルムンクは城の中に轟音を響かせて内部へと姿を消した。

 

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