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第二十六章 第一話 救世主

 バルムンクとザイフリート、二機の竜機神はタイミングを計算したように、互いにさらに空へと翔け上がる。

 両者は湾曲した軌跡を空に描き、周囲を衝撃の波に飲み込ませながら距離を詰める。

 互いに白き姿。――魔人化した二体は、溢れ出した魔力の奔流を隠すこともなく、力の一部に変える。


 『セト!』


 バルムンクは刀を頭上に掲げた。刃は魔法の力で強化され、硬く、鋭く強化されている。ただの強化ではない、今の刀グラムは唯一眼前の最強の竜機神ザイフリートを滅ぼせる救世の剣なのだ。


 『雛型実王!』


 ザイフリートは両腕を腰元に引けば、その手の中には魔法で作られた光の粒子が集合する。圧縮された魔法の粒子はそれだけで、触れたものを崩壊する。否、消滅させる。

 そうして、二人の乗り手は膨れ上がった敵意と共にその一撃を放つ。――刀と拳が交錯した。

 周囲の竜機人の首をへし曲げるほどの突風が吹き荒れた。その命をも奪う風に煽られた竜機人達は数キロ先にいたとしても、戦闘を中断し、どの竜機人も体の一部を損壊させながら宙を転がる。それだけではない、近くにいた飛行船もまともな飛行も不能になり、左右にその巨体を揺らした。

 怪我人は多数、もし制限解除をしているなら、おそらく死人も今の一撃で出ているはずだ。

 実王の頭の中には、その考えも過ぎった。しかし、眼前の敵を倒すためには、彼らを救いに行く余裕はなかった。


 『この野郎……!』


 二機の力はほぼ互角、押すことも退くこともなく同等。それ故、強大な二機の戦いは世界を揺らす。

 平行線しか待たない戦いに気づき、バルムンクはすぐさま次の攻撃へ移るため、刀を引くと同時に後退。息を整える暇もなく、刀を水平に構えつつザイフリートの脇へと刀を潜り込ませた。


 『力押しか』


 ザイフリートはすぐに反応し、左手を持ち上げると同時に弾ける光の粒子。その手の中に宿した魔法の塊で刀を受ける。左手だけでは受け止めきれず、右手も受け止める手に回した。


 『ああ、そうだよ! これが、俺なりの戦い方だよ! でも、お前も俺と変わらないだろ』


 『何を……』


 『てめえの必殺の王の棺、俺がぶち壊してきたんだ。――だったら、俺と一緒ってことだろ!』


 『棺を壊した程度で!』


 ザイフリートはバルムンクの刀を押し返し、次に後退するのはザイフリートだった。体にまとわりつく魔法の粒子を、薄い衣のような翼を背中に漂わせると高く飛び上がる。


 『力試しはおしまいか!? 逃がすかよっ』


 頭上に飛び上がったザイフリートをバルムンクが追いかける。ぐんぐんと離れていくザイフリートから距離を空けるわけにはいかないと、こちらもぐっと速度を増した。

 背中を向けていたはずのザイフリートがこちらを向いた。


 『喜びなさい。私に、一度たりとも背を向けさせたことを』


 『くっ……!』


 両手を下方向にいるバルムンクに向けるザイフリート。

 光の粒子は集まり、数十ものの魔法で作られた球体を出現させる。

 実王は直感的に、その光の球体の正体に気づく。


 『単純な攻撃ですが、なかなかに……効果的ですよ。――散り崩れなさい』


 セトの号令と共に手先から魔法の球体が射出された。

 魔法の塊、この言い方でも生易しいと実王は感じた。降り注ぐ魔法の球体は、いわば魔法の銃弾だった。実王はこうした武器をよく知っていた。それは、ガトリングガン。雨のように降り注ぐ魔法の弾丸は、すでに避けられるようなものではない。

 後退するなら、その僅かな間に穴だらけ。左右に回避するつもりなら、広がるような銃弾を避けることもできない。それならば、ただ直進するのみ。


 『――ウルドォ! 進むぞ、こんなもの……俺達の前には壁にすらならねえ!』


 実王の声に反応し、バルムンクの二つの目に光が宿る。

 縦に刀を構えて、魔法のガトリングを迎え撃つための体勢をとる。降り注ぐ魔法の弾達を、切り落とし、弾き飛ばし、魔法の刃で前方の弾丸を薙ぎ払う。

 

  『能無しの浅知恵か』


 傷つきながらも距離を詰めるバルムンクの姿を見て、セトは忌々しげに口にする。


 『ああ、俺は馬鹿だよ! だけど、馬鹿は馬鹿でも、何もできねえ馬鹿は嫌なんだ! 平気で誰かを傷つける、お前のような奴の前では特にな!』


 肩を掠め、バランスを僅かに崩す。その隙を待っていた弾丸を光の刃で薙ぐ。頭部をかすめ、足、腕と接近すればするほどにダメージを蓄積していく。

 ここで足を止めてしまうわけにはいかない。今この状況では、進むことが唯一の回避であり最良の攻撃でもある。


 『貴方は、貴方達は……。どうして、ここまでして戦うのですか……。友だ愛だと、実体のないものを口にして……。何故、目に見えないものをそこまで、信じることができる。不愉快です、実に貴方達は不愉快だ』


 セトはバルムンクの接近を拒むように、その魔法の弾丸の数を増やし、射出する速度も上げていく。速く、鋭く、重い弾丸を受け、当然のように防いでいた刀が弾かれるようになる。

 それでも、バルムンクは突き進む。翼から溢れた光の粒がさらに増えていく。


 『それは、お前が人を知ろうとしないからだろ!』


 『人を? 知っていますよ、私にも戦う理由があるのですから。カイム様のためです、カイム様を崇拝……いえ、愛しているからこそ戦うのです。そこまで知っている私が、何を知らないと!?』


 降り注ぐ弾丸は数を増やした。実王の視界の面積を埋めるほとんどのものが魔法の弾丸となった。なおも、バルムンクは刀身の輝きと共に、薙ぎ払い、受け止めて落とす。

 魔人化したバルムンクの装甲は非情に強固なもので、まともな竜機人なら傷一つつけることはできない。しかし、そんなバルムンクをもってしても、ザイフリートの実王の言葉を拒むような強烈な攻撃で傷つき破損する。一番に、攻撃を受けている刀を握った右腕の指が異音を上げて飛ぶ。

 実王は心からのセトの言葉に、彼の心の内に気づく。彼もカイムによって歪められてる一人だと。


 『知らないから、喚いているんだろ。なんで、関わろうとしないんだよ。なんで、自分から人と関わろうとしたら、絶対に分かるはずなんだ!』


 『私は……関わった! 知ろうとした! 結果、殺してしまった! 分からないさ、分からない! 人を知れば、母のように私を捨てるのだろう。人と関われば、何も知らない私を殺そうとするのだろう。あぁぁ……分からないィ――!』


 セトの声は絶叫に変わった。今の彼には言葉遣いを気遣う余裕もなく、ありのままの剥き出しの感情が暴走していた。


 『ちっくしょう……!』


 何十ものの弾丸はいつしか、強大な一つのエネルギーの塊に変わり、バルムンクを飲み込んだ。その光の中、実王はバルムンクの右腕が宙に舞うのを見た。



                  ※


 「ごほっ……」


 咳き込み、失ってしまいそうだった意識が帰ってくる。自分の生きようとする体に感謝しつつ、全身の痛みに顔に苦悶の表情を浮かべた。

 頭上には相変わらず、ザイフリートがその目を光らせてこっちを見ていた。ザイフリートは魔法の弾丸をやめて、ジッと見下ろしていた。周囲に黒煙が浮いているので、もしかしたら、この煙が晴れるのを待っているのかもしれない。


 「くっそ、どうしたら……。どうする……」


 ――実王さん、無事ですか!?


 ――おう、なんとか。そっちは?


 ウルドの声を聞き、とりあえず安心しながら言葉を交わす。


 ――……右腕をやられました。すいません。


 ――……そうか。……謝るな、こっちこそごめん。


 それっきり互いに黙ってしまう。実際にお互いに手一杯というところだろう。魔法の力が奴にないなら、勝機などいくらでもあったかもしれないが、同等の力を持つとなると、どうしたものかと頭を抱えてしまう。

 操縦席の中から宙空を見てみれば、穴だらけになったバルムンクの腕が漂っているのが見えた。その右手はしっかりと刀を握ったままだ。


 ――私が手を離しておけば良かったのですが……。


 ――謝るの禁止な。今は、あの刀を取り戻すことが先決だ。


 息を整え、刀のある方向に狙いを定める。時間との勝負、黒い煙が晴れた瞬間、宙を蹴った。

 一筋の矢のように飛び出したバルムンクは、その左手を伸ばす。二秒ほどでその刀を掴む。


 「――やった」


 嬉しさから、そんな声を口にした。

 ザイフリートは俺に気づいたはずだ。すぐに、ザイフリートのいた場所へ方向転換をしようと――。


 『――無防備な姿を晒した時点で、負けですよ』


 一瞬、息が止まる。

 映画とかでは驚いた時に、人は悲鳴を上げるが、あれは嘘だとそこで初めて知った。俺は、声など出ることなく、うるさいぐらいに大きくなる心臓の音を聞きながらソイツを見る。

 ザイフリートが、手を伸ばせ触れることのできる距離まで密着した状態でそこに立っていた。見下ろすわけでもなく、ザイフリートはそこに立つ。そして、ザイフリートは右手に魔法の粒子を溜めてコチラへと叩き込む。


 ――実王さんッ!


 ウルドの声で我に返り、その攻撃を左の刀で受け止めた。

 ホッとを息を吐いた直後、中途半端な姿勢で受け止めたせいで、刀は宙を舞う。手元から離れていく刀に、胸の奥から絶望感が増していく。


 『愛など知らなくていい、カイム様だけで……何も知らなくていい』


 セトは独り言のように呟く。

 ザイフリートの左手の中には圧縮した魔法の塊が出現していた。その塊をザイフリートは強く握る。


 ――いやぁ……。実王さん、逃げて……!


 ウルドの悲鳴が聞こえた。

 ここまでか……。たくさんの人が俺のことを支えて、ずっと守ってくれて、俺に全てを託してくれたのに。それを俺は無駄にして、生きるのか。

 脳内に突然と中学時代に出会ったあの子の顔が浮かんだ。

 やめろ、まるで、これじゃ走馬灯だ。それでも、まるで時間の止まってしまったほどに、ゆったりとした世界でその姿を見ていた。

 君が言った。


 ――まだだよ。まだ、だよ。


 別れた日の笑顔を浮かべて、ローソクの火を消すようにあの子が消えた。

 まだ、なんなんだ……。教えてくれよ……。

 次に現れたのは、レオン。久しぶりに見た彼は、相変わらず獅子のような強さを思わせた。

 レオンは俺に向けてグッと拳を向けた。

 まだ。レオンの口はそう動いた。

 どうしたらいい、どうしたら奴を倒せるんだ。レオン。もう今の俺の力では、奴を倒せない。……なあ、レオン。俺は――。


 ――まだ、救わなきゃいけない人達がいるだろ。


 その声にレオンの顔を見た。満足そうな笑顔のレオン。

 そうか、俺……。やっと、分かった。

 君もちゃんと救っていたんだ。レオンも、ちゃんと救えていた。俺は、誰かを救うことができていたんだ。……でも、本当の意味でレオンを救うためには、目の前のザイフリート倒さないといけない。

 レオンの拳へと俺の拳を伸ばす。レオンの想いの宿る拳と俺の拳が当たる。

 ――コツン。俺とレオンの拳が離れていった。


 「さようなら」


 二人は遠くで、俺に優しく笑んだ。



                 ※



 ザイフリートの振り落とされた左手が、ピタリと動きを止めた。


 『貴方が何で……』


 『どれだけ説明しても、お前には分からない。人を知ろうとしない、お前には絶対に分かることはない』


 バルムンクは、左手でザイフリートの体を突き放す。

 ザイフリートは離れると、自分の腹部に手を伸ばす。そこには、腕一本分ほどの空洞が出来ていた。


 『それは、貴方が持つものではない。どうして、貴方がそれを持つのですか』


 セトは苦悶の表情を浮かべる。彼に直接的な痛みはない。しかし、彼を驚愕させるためには十分過ぎる出来事が現在起きていた。

 バルムンクの右腕が復活していた。しかし、それはただの右腕ではない。


 『……セト、お前は人を知る方法を知らないんだな。手を伸ばし、同じ場所に立って、ちゃんと相手と話をしてみるだけでいいんだ。傷つけるだけでは、何も分からないし何もなれない』


 バルムンクが右腕を振るう。それは、大きく揺らぐ。普段のそれは赤きもの。しかし、今の彼の腕のそれは白き揺らめき。


 『話をしてみれば、分かるというのですか。そんなことは、絶対にありえない。少なくとも、私の母は話をすることすらできなかった。人は互いを分かり合うことなどできない、だってそうでしょう。姉妹ですら、会話ができたとしても分かることのできない世界なのですから。――それなら、貴方は分かるといのですか! 人を! 分かってもらえているというのですか、己を!』


 セトの押し殺していた気持ちが声に乗り吐き出された。

 実王は、最後までその言葉を聞くと首を振った。


 『分からないよ。知ろうとすることも、知ってもらうこともできるけど、俺には……人には誰かのことを、完全に理解することはできないと思う』


 『やはり、お前も――』


 セトの怒りの声を、実王は冷静な口調で止める。


 『――だから! だから、知ろうとするんだ。みんなみんな、必死で考えて。悩んで、苦しんで……。知りたいから、愛したいから、愛されていたいから……人は誰かを分かろうとする。そうやって、理解することはできなくても、誰かを守ろうと優しくしようと思う。分からなくても、尊重しようとすることが……誰かを分かり合うてことじゃないのか。だから、お前も……人に好きになってほしいから、知りたいと思うんだろ!?』


 セトは実王の言葉を飲み込むように、黙って聞く。

 数秒の静寂の後、ザイフリートはその目に再び光を宿すことで再戦を告げた。


 『ふざけるなふざけるな……。私が、一緒だと……!? そんなこと、私を愚弄するのと同義だ。もうお前らの言葉など知らない、私は……私には……カイム様がいればいいだけだ! ――この世界は、カイム様さえいればいいんだ!』


 ザイフリートは獣のように機体の全身をガチガチいわせて地面を蹴った。標的は、無論バルムンクだった。バルムンクには、既に迎え撃つ体勢ができていた。

 バルムンクは、失ったはずの右手を持ち上げた。その右腕には炎が宿っていた。白き、燃え盛る、炎の腕。それは、ブルドガングがザイフリートと戦っていた時の姿と酷似していた。炎の色が魔法の力を受け、白くなっていること以外はほぼ一緒だともいえる。

 バルムンクにブルドガングの思念が付いていたのかもしれない、それともレオンが体が朽ち果てても力を貸してくれているのかもしれない。しかし、今の実王にとっては、そのどちらでも問題なかった。

 誰かが、自分の体を支えて一緒に戦ってくれる。それだけで、今の実王は誰に負ける気もしなかった。――そう絶対に。


 『消えろ、消え去れ――!』


 ザイフリートは右腕を振り上げた。やはり、その手の中には光の粒子が溢れていた。

 冷静さを欠きながらもセトの攻撃は的確で鋭いものだった。それでも、実王から見てザイフリートの動きが攻撃前から分かっていた時点で、既に勝敗は決していた。


 『――セト、これが人の絆の力だ』


 バルムンクの燃え盛る手はザイフリートの胸部を貫通していた。 

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