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第二十五章 第六話  バルムンク・リヒト

 王の棺ファーブニール、内部空間。

 バルムンクは暗闇の中で、両足を広げて闇の中空に浮かぶ。その姿は実に堂々とし、今から何かを起こすという気概すら感じさせる。そして、そのまま一分。

 シーン。そんな文字が暗闇に浮かびそうなほどの静かな時間。

 痺れを切らしたのかバイルは声をかけた。


 「……いつまで、こうしているつもりなんだい?」


 「ま、待ってくれ。ちょっと、待て」


 強く念じる。魔法が出現しろ。バルムンクを強化しろ。刀から光を放て。どれだけ、強く念じてもそれが魔法として表に出ることはない。


 「……ダメだ。魔法が出ない」


 バイルの口から溜息が漏れる。


 「お通じじゃないんだから……」


 「そんなこと言ってもよ……。巫女達は、考えたままに魔法が使えるみたいなこと言うけど、実際に使おうとしても、やっぱりうまくいかねえよ」


 泣き言を吐く姿に、呆れたように頬を搔く。


 「私達は感覚的に理解している。明確な説明書などないから、私からもうまくは説明できないな。そうだな……私から提案がある。魔法を思考の一つとして考えるのではなく、武器の一つだと考えてみればどうだ? 漠然としたものと思っているからこそ、うまく使えないのかもしれない。はっきりとバルムンクを強化させるという確固とした道具として使用してみたらだろうだろうか」


 「魔法を道具として、か……」


 バイルの言うことは最もな気がする。ぼんやりとしたイメージだった魔法を手元にある道具の一つとして考えれば、あやふやだったものに形や意味が出てきているように思う。

 そう、考えるなら、魔法は拳銃。想いの形は銃弾。放つための方法は、引き金を引くこと。 

 淡い想像が、色を持ち、より現実に近づいていく。


 ――ウルド、俺の頭の中にある魔法のイメージ分かるか?


 ――ええ、なんとなくですが……。私の魔法を実王さんの世界にあるものに例えようとしているのですね。


 ――ああ、俺はお前の魔法を存分に扱うことはできない。……だけど、今の俺の中にはお前と同じ魔法が流れている。今の俺ならば、お前の強大な力の一片ぐらいは扱えるかもしれない。二人で一緒に、魔法を使うんだ。俺とウルドで力を合わせるんだ。……難しいか?


 わざと挑発するようにウルドに声をかけた。


 ――難しい、かもしれませんね。……でも、大丈夫ですよ。私と実王さんならば。


 ありがとう、ウルド。そう心の中で感謝する。

 集中とお礼の意味を込めて閉じた瞼を開く。


 「魔法は拳銃」


 刀を両手で握る。強く考えなくても、刃の先に光が灯る。


 「魔法は超能力ではない、武器の一種。拳銃に弾丸を装填するだけ」


 先端だけだった光が、少しずつ広がり、刃全体を覆いつくす。


 「そのための方法は、引き金を引くこと。ただそうすれば良い」


 刀だけの輝きが、バルムンクの全身に浸透し頭の先から足の先までを包み込む。いつしか、バルムンクの機体の色は全てを染めてしまうほどの強烈な白へと変色していた。

 この白に染まる姿こそ、拳銃に弾丸を装填した合図。

 刀を真っ直ぐに構えた。それだけで、この世界は振動する。気づく、この世界は容易く壊れることを。今の己の前ではとても脆弱なものだ。そして、俺は知っている。この刀は境界を――世界を――殺す刃。

 ウルドの声が響く。


 ――境界を壊し。


 「境界を壊し」


 ――最果てからやってくる滅びの福音。


 「最果てからやってくる滅びの福音」


 俺は知っていた。世界を壊す刃の一撃。俺とウルドの声が、一つに混ざり重なり合う。


 「「――聞け。真の竜殺し、ヴァルハラ」」


 真っ直ぐに伸ばした刀をすっと振り落とした。

 振り落とした軌跡は形になり、眩い輝きと共に魔法の力で固められた斬撃は、世界を壊し空間を震わせながら、その強大さを増しながらも突き進んでいく。

 世界はバラバラと窓ガラスが割れるよに崩れ落ちる。降り注ぐ破片達は、ザイフリートの作り出した空間が崩れていっているのだと教えてくれる。

 暗闇だった世界は、前方から大きく開かれるように白に染め上げる。振り下ろした光の刃は、とうとう周辺を白に染め上げた。


 「おぉ……。これは驚いたな」


 さすがのバイルも感嘆の声を上げた。

 白い世界の奥、この一色の世界とは違う切れ目が見える。その切れ目の中では、全身を白に変色させたザイフリートの姿。そして、強大な相手にすらも退くことをせず、懸命に剣を構えるノートゥングを見た。

 

 「空音、頑張ってくれているみたいだな」


 ――嬉しそうですねぇ。


 友人をからかうような親しみのある口調のウルド。


 「……そりゃまあな。恋人が自分のために頑張っているのを見るのは、いいもんだろ?」


 ――あらら、随分と実王さん素直になられたんですね。


 「笑ってくれてもいいけど」


 ――いいえ、笑いませんよ。なんだか、今の実王さんは凄く自分らしく見えますよ。


 ウルドの言葉を聞き、知らず知らずの内に口元に笑みを浮かべていた。


 「当たり前だろ。俺は今、俺のために戦っているんだ」


 バルムンクをその切れ目へと走らせる。

 バイルが、俺の肩を叩く。


 「なあ、気になっていたんだが……。さっきから、何を一人でブツブツ言っているんだい?」


 先程までの癖か、気が付けば声に出して話をしていたようだ。バイルの訝しげな視線を苦笑いで返す。


 「独り言だよ。気にしないでくれ」


 「変な奴だな……」


 心底、変な奴だという口調で言うバイル。

 近くでブツブツと喋る俺を見ていたら、誰でもそう思うか。……でも、俺の中ではウルドは大切な戦友であり、俺の一部のように感じられた。おかしな奴と思われても気にすることはない、俺は俺と一緒に戦う友と話をしているだけなのだ。

 バルムンク・リヒトは全身を白に染めた姿のまま、両翼は大きく広げた。そして、真っ直ぐにその空間の裂け目と飛翔した。



                 ※



 ノートゥングの体が弾けた。

 限界まで引っ張ったバネが伸び上がるように、ノートゥングの細い体が直立した姿勢で飛んでいく。そんな無様な姿は、乗り手である空音の望んだものではない。――ノートゥングすら追いつけない高速の攻撃を行うザイフリートによって強要された姿勢だった。


 『くぅ……!』


 受身を取ろうと体を丸めたノートゥングの背後に回りこんだザイフリートは、その背中に横殴りの拳を直撃させていた。舞い上がる破片の中で、ノートゥングは体を何度も回転させながら空を堕ちていく。

 何度目かの回転の後、何とか体勢を整えることに成功する。


 『くっそ……。追いつけない……。こういう存在て、規格外てやつかしら……』


 弱音を口にするものの、空音の声には覇気が満ちていた。己を信じることと、大切な人の存在が彼女を強く保たせてくる。

 高い位置にいたザイフリートは、すっと動くこともなくノートゥングと同じ高度まで合わせると互いの機体を向き合わせるようにした。悠然とそこに立つザイフリートに悔しさのあまり下唇を噛む空音。

 セトは深くため息をついた。あまりにもわざとらしいその吐いた息に、空音は苛立ちのままに疑問を口にする。


 『……なによ。何か文句でも?』


 『ええ、文句ばかりですよ。……失望しました。私に戦う意味というものに答えを教えてくれた貴女を手厚く葬りたいと思っていた。それなのに、これでは……あんまりだ』


 『ごめんなさいね、ご期待に添えなくて』


 なるべく嫌味ったらしく言ったつもりだが、セトは気にとめた様子もなく喋りを続ける。


 『これでは、死ぬという意味も分からないし、生というものの答えにも辿りつけません。中途半端です、全てにおいて気色の悪いです』


 『――気色悪いですってぇ? 私からしてみれば、アンタの性癖の方が百倍気色悪いわよ。カイム様、カイム様ーてさ。そんなの、乳離れできない子供と一緒よ』


 『私は乳児と一緒にするのですか……』


 少し前から、感情を露にするようになったセトがその心の中を波打たせる。

 セトの怒りを肌で感じつつも、空音はその口を止めることはしない。


 『ええ、一緒よ。どれだけ口調で己を作り上げても、アンタの中の子供の……赤ん坊の部分は、どうしたって隠しきれないのよ!』


 ザイフリートは空音の声を聞き、しばらく動きを止めていた。数秒、ほんの僅かな時間の静寂が訪れた。そうして、ゆっくりと持ち上がった顔に浮かぶその冷たい二つの目がノートゥングを捕らえて輝く。

 

 『もういいです、もういいですよ。貴女と少し喋り過ぎた。貴女から学ぶことはない。――もういいのです』


 ザイフリートが空音の視界から消えた。

 神経を気配を動きと感じ取るためのエネルギーへと集中させる。

 次の一撃は逃さない。迫り来る未来を変えてみせる。

 心の中で意気込む空音だったが、ノートゥング最大の武器である未来変動の弱点に気づいていた。

 未来変動は現状で起こる未来を乗り手が予測して、その未来を強引に変える。そのため、敵に剣で触れることで、これから起こる未来を変える意思表示を行うのだ。それを行うには、空音にはある程度次の敵の行動を予測する必要があった。だが、今の目で追うこともできない敵の速度なら、目視することもできなければ、気が付けば吹き飛ばされている今の状況では、どのような攻撃をするのか予想することもできない。

 予想することもできないほどの攻撃。さらには、その攻撃に気づき、拳や足などの直接的な攻撃なら、その剣で受け止めなければ変えることもできない。

 ザイフリート本来の持つ性能によって、ノートゥングの全ての竜機神を圧倒するであろう秘策は殺されたのだ。

 空音は感じる。微弱な風の流れを。ザイフリートの魔法の力で起こした邪悪な風の中で、狙うべき存在を感じなければいけない。

 今までなら、とっくに吹き飛ばされていた。しかし、まだ攻撃を受けていない。それならば、奴は感じているはずだ。今度の私が、今までとは違う。先程までとは比べることもできない、何十倍ものの集中力でザイフリートの姿を探していることに。

 居る奴は居る。風の中、ぐるりぐるりと私を窺う奴がいる。

 風の中、影がすっと伸びる。――そこだ。


 『――そこよっ!』


 背中へ向け、未来変動の輝きを剣に灯らせて最小限かつ最速で振り切る。振り返るのと振り切るのはほぼ同時、ノートゥングにできる未来変動を行うための最高の一瞬。


 『正解、そして、不正解』


 剣は空を裂き、ぴたりと密着したザイフリートがノートゥングの肩に手をおいた。


 『――え』

 

 言葉にできない寒気と嫌悪感が空音を襲う。まるで、セトに己の全身を舐めまわされたかのような気持ちの悪さ。全て知っていた。全てが手の内、茶番だと奴は口にすることもなく、行動で空音へとアピールを行う。


 『お教えしましょう。確かに、私は貴女の背後に立ちました。そして、貴女が私に反応して振り返る動作を始めたことを確認し、貴女の前方へ……今の貴女の背後へ回りこみました。どれだけ足掻こうとも、どれだけ先を読もうとも、私は既にその先にいるのですよ』


 ザイフリートの肩におかれた手が、ノートゥングの肩を滑り首元へと手を伸ばす。


 『貴女は私を赤ん坊と罵りました。いや……これではまるで、貴女の方がまるで赤ん坊のようではございませんか?』


 『汚いのよ』


 少し震える空音の声を耳にしたセトは、嬉しそうに言葉を続けた。


 『私とザイフリートの方が性能が上だっただけの話。貴女も強者と呼べる実力をお持ちのようだが、私の前では――』


 『――馬鹿ね。貴女の私に触れるその手が、汚いって言っているのよ。……私の許可なく私に触れることのできる男なんて、この世に一人だけなんだから』


 『時間の無駄でしたね。……では、私の知識のために、その命を塵に変えなさい』


 空音はきつく目を閉じた。

 ――バリ。

 汚い手で殺められる嫌悪感と大切な人を救えないままで終わる後悔の涙を、その頬に流す。


 『実王……』


 切なげに漏らすのは彼の名前。きっと、首を潰されれば、そこから手を突っ込まれて、私の操縦席も一握りだ。私は、ただの肉片に変わるのみ。……彼はそんな私を見て、どう思うだろ?

 ――バリバリ。

 何か、先程から何百枚ものの束のガラスを無理やり割るような音が聞こえる。これは、ノートゥングの首を潰している音なのだろうか。


 『何……』


 セトの驚き混じりの声。

 そこで、私ははっと気づく。瞼が痛くなるほど強く閉じていた目を開いた。

 ――バリバリバリッ。

 視界の前、空間が歪み、その空間がまるで一枚の絵のように無理やり剥がれ落ちようとしていた。

 何かが内側から、この世界のさらに内側から出てこようとしている。


 『まさか……。ここまでとは……』


 『……っ』


 ノートゥングを放り投げるザイフリート。

 攻撃されたわけではないが、何十メートルという距離を何度も回転しながら転がっていく。

 弱っていた気持ちに鞭を打ち、歯を食いしばり機体をその場で停止させる。空音から見れば、ザイフリートからはかなり距離が空いてしまったが。その世界の切れ目をしっかりと見ることができた。

 バリバリバリッと、落雷が落ちるような音が周囲に響き渡る。

 ザイフリートの強大な力のせいで、暗くなった空の中、見覚えのある手がその切れ目から出現する。突然、空に出現した手が、二本に増えて、強引にその切れ目を広げた。ぬっとそこから顔を出すのは、全身を白に変えたバルムンク・リヒト。


 『時間、稼いだわよ』


 空音は薄く笑う。

 ザイフリートは自分の得意技を打ち破られたことに慌てたのか、慌ててその切れ目を塞ごうと手を伸ばす。


 『――この世界から、失せろッ!』


 初めて聞くセトの絶叫ともいえる声。その必死さを表すように、ザイフリートは強く豪快に右手を強く精一杯高く伸ばす。

 その叫びで、切れ目がすぐに閉じる。窓を閉じるよりも早く、壊れた空間を修復するように元の暗闇の空を映した。そこに、バルムンクの姿はない。……だが、空音は気づいていた。


 『すまん、ちょっと遠くに行っていた』

 

 『……高くつくわよ』


 いつもの口調で実王が言えば、いつもの少し強い口調の空音が答えた。

 バルムンク・リヒトはザイフリートによって世界を閉じられる前に、瞬間的に速度を上げて、ノートゥングを抱きかかえていた。


 『そりゃ、困ったな。空音、高いお店とか知っているし……』


 『……そういうのじゃない』


 『どういうことだ……?』


 『わ、私を……優しく……ぎゅぅと……抱きしめなさい……』


 実王はつい先程まで気高く戦っていた空音の口から漏れる、同年代の恋人の言葉に頬を緩ませた。そして、返事も即答。


 『お安い御用だ。むしろ、こっちからお願いしたいところだった』


 すぐにでも、操縦席から抱きしめたくなる気持ちを自重させる。


 ――実王さん、実王さん。今はまだ、イチャイチャ禁止ですよー。


 微妙にふてくされたウルドの声に苦笑する。


 ――分かっているよ。ちょっとだけ、話をしたかったんだから、許してくれよ。


 『なあ、空音。お願いがあるんだが。……ちょっと、操縦席を開けてくれないか』


 『え……あ……う、うん。――きゃっ!』


 ノートゥングの開いた操縦席に、先程から後ろで目を回しているバイルを放り込んだ。


 『いきなり何……て、これ……バイルじゃない!?』


 『ああ、そうだよ。ちょっと、拾ってきた』


 『拾ってきたって、猫や犬じゃないんだから!』


 『……頼む。バイルを連れて、ここから離れてくれないか。それに、今のバイルならルカと会っても、悪いことにはならないはずなんだ』


 『実王……。――ええ、分かったわ』


 さすがは、自分の恋人だ。と実王は胸を張りたくなった。

 この戦場が、この世界で一番危険になること。これから先、どれだけ強くても空音を危険にさせること。バイルをルカに会わせる役目が必要なこと。それらを、空音は感じ気づいてくれた。


 『後は……。頼むよ』


 ノートゥングは、少しずつバルムンクから離れていく。


 『――死んだら許さないんだから! 帰ってきたら……たくさんやりたいことがあるんだか! だから……だから! 絶対に私の、みんなのところに帰ってきなさい!』


 空音が涙混じりの声で叫べば、背中を向けあっという間にそこから遠ざかっていく。


 『きっと、いいお嫁さんになるよ、空音。……将来の嫁さんを泣かせるわけにもいかねえから、絶対に帰らないとな』


 全身に魔法の光を輝かせる白きバルムンクは、刀を振るう。刃先から溢れた光の粒子によって、暗がりだった世界は陽の光を浴びたように輝く。重たい雲の隙間から、少しずつ切れ目が生まれ、陽の光がカーテンのように生まれ始める。

 心に光の魔法を持つ者。心に闇の魔法を持つ者。同じ白でありながら、どこまでも相容れない両者は睨みあった。


 『雛型実王、まだ生きていたのですか。……本当にしぶとい人ですね』


 『……決めようぜ、セト。俺はこれ以上、誰も傷ついてほしくない』


 バルムンクは、じっと迫り来るザイフリートを見据えた。


 


 


 

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