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第二十五章 第五話  バルムンク・リヒト

 雛型実王がバルムンクと共に、他の空間に隔離されてた頃。存在を維持し続けることのできる者と存在を消失できることの者との戦いが行われていた。

 二度の衝撃音、三度の刃の交わり、戦況は常に拮抗。

 蝶のように華やかに、時に白鳥のように悠然とノートゥングは空を翔る。

 相対するザイフリートは、その怪力と防御力を活かして大剣を振り、瞬間的な判断力でノートゥングの刃を見極め急所を逸らし反撃を行う。

 両者は互いに退くこともなく、受けた刃は攻めで返す高次元の戦いを行っていた。受けて様子を見るような退きの戦闘が通用しないことを両者が一番に理解していた。だが、その戦闘の中でセトは不機嫌そうに舌打ちをした。


 『篝火空音……。小賢しい真似を……』


 驚き混じりのセトの声。

 彼が驚くのもそのはずだった。セトは、ついさきほど、バルムンクを消失した時のようにファーブニールの棺の中へ閉じ込めようとした。しかし、前方で今も二本の剣を巧みに操るノートゥングは、その首を切り落とさんと剣を向ける。

 剣と大剣がぶつかり合う。集中力を欠いていたセトはそこで初めて、己を守るためだけに大剣を前にして受け止めた。


 『さっき、貴方と実王の戦いを見ていたから分かるのよ。貴方が何かしらの力を使って彼を消したことがね。そして、貴方がその力を使う時に、私もノートゥングの力を使わせてもらったの』


 先程までのセトにとっては、直線的に突っ込んでくるノートゥングなど自分から罠に飛び込んでくる愚かなネズミにしか見えていなかった。そして、それは過去のノートゥングの印象。

 今のノートゥングに感じるのは恐れ。


 『偽の竜機神が、私の障害となるつもりですか』


 高圧的に告げるセトの声に、空音は笑む。


 『そうよ。今の貴方、そのニセモノに追い詰められているのよ。私のノートゥングの特性は未来変動。今、起き得る未来を、私にとって都合の良い未来に変化させることができる。貴方の棺に閉じ込められるという未来を、私の能力で無理やりに変えたの。どれだけその力を使おうとしても、その度に私が貴方の未来を壊して作り変える』


 セトは、まさか、という気持ちを感じるが、同時に納得もしていた。

 今まで自分の王の棺の能力を受けて無事で済んだものはいない。射程範囲に入っているならば、手をかざすだけで己の空間に引き込むことができた。それは、敵の攻撃だろうが高速で移動する機体だろうが。百発百中といっても良いほどの攻撃が、あっけなく回避されるというのは、そこまで特異で強大な能力でもない限り防ぎようがない。

 セトは自分の顔に塗られた泥を拭う思いで、刃を重ね合わせる腕を大きく振るう。


 『――黙りなさい』


 低く放たれる声と一緒にザイフリートは力いっぱい振り切った剣で、ノートゥングとの距離を空ける。

 空音は、セトの声色から感じる確かな怒りから手ごたえを感じていた。

 やれる。今の自分なら、奴を追い詰め、勝利することができるかもしれない。

 セトは距離を空けたノートゥングを捕まえるように再び、その手をかざした。


 『未来変動!』

 

 その手の動きに合わせて空音は剣を前方に突き出した。

 一瞬だけ、両者の間で火花が飛び散った。超常的な力を超常的な力で打ち消した際に発せられる衝撃が視覚として両者の目に映る。

 セトは、空音の言葉が真実だという事実を己の身で知り、顔を歪ませた。

 勝負は空音の方が優勢。そのはずだった。しかし、空音は引き替えに代償を払うことになっていた。


 『どうしたの……。それじゃあ、私は倒せないわよ……』


 空音は、痛む胸を押さえる。口元には腹の中から溢れ出した血液が流れた痕があった。

 セトと対等に戦う代わりに、空音の肉体は未来変動を使用する際の負担で悲鳴を上げていた。空音はいつ気づかれるか分からない自分の弱点を隠すように、戸惑うセトに言葉を投げる。


 『貴方の全ての攻撃を受け止めてやるわよ。実王の出番、私が奪っちゃうかもしれないわね』


 『おかしい……』


 『え……』


 セトは自信も気づかないうちに呟いていた。


 『どうして……そこまでして、戦えるのですか? 死ぬかもしれないのですよ。命は無くしてしまえば、そこで終わりなのですよ』


 空音はセトの言葉に一瞬、驚きで目を丸くする。しかし、これは時間を稼ぐために好都合だと気づく。

 空音にとっては、簡単すぎる疑問にすぐに答えた。


 『はあ? 頭良さそうなのに馬鹿なことを聞くのね。そんなの、決まっているでしょ。……守りたい人がいるから、戦えるのよ』


 『意味の分からないことを言わないでください。それは、答えじゃないはずです。もっと明確な戦う理由があるはずです。人は生に執着するのが本来の姿。それを、放棄してまで戦うというのは、どういうことなのですか』


 『質問ばかりしないでよ、子供じゃないんだから。自分で考えなさい。……まあ、質問ばかりをする貴方には、絶対に辿りつけない答えよ』


 奴の心の隙が生まれないか。そんな期待と共に、こちらをジッと見据えたままのザイフリートと向かい合い続ける。

 今なお緊張状態の続く空音には、酷く長い時間、ザイフリートと対峙していた気がした。


 『……分かりません。……分かりませんよ……』


 ザイフリートからブツブツと漏れる声。声質の高さが変わっているわけではないが、空音はまるで子供のようだと思った。それと同時に、得体の知れない恐怖を感じさせた。

 

 『私には、分かりませんよ。どうしてそこまで、できるのか……。でも、一つだけ分かることがあります。私にも守りたい人がいます。……カイム様、あぁカイム様ぁ。私にとっては、最愛の最も敬うべき最高位の存在』


 淡々とした声色だったセトだったが、やけに色っぽくその声を荒げる。

 まるで他人の情欲を目の前でまじまじと見せつけられているような気分になり、空音は気色の悪さに顔をしかめた。

 セトは美形の顔を、赤みの増していく頬で歪めた。


 『カイム様カイム様カイム様ぁ。なるほどなるほど、分かります、ええ、それなら分かりますよ。守りたい人がいて、その人のことを考えて敬っておきたいのですよね。それなら、情熱的に理解できます。私のカイム様への想いが、貴方達の力の原動力なっているのですねえ。それならば、理解できます。いいえ、理解できてしまうと言わざるえないですね』


 ザイフリートの黄金の鎧が、その輝きを増していく。見覚えのある輝き、それは制限解除をする際の光。

 危険だ、早くここから動かないと。空音は自分の体に指示を送るが、全く動こうとしない。目の前のザイフリートの狂気に、体が動こうとしていない。もはや、自分の体が動かないのかノートゥングの体が動かないかも分からない。


 『あぁぁ……。少し疑問が解けました。良かったぁ……。これで気兼ねなく、カイム様の作り上げる新たな世界を見ることができる。カイム様ぁ……』


 ザイフリートの両腕がだらりと垂れ下がり、その首までもが下を向く。


 『篝火空音。君に、お礼として全力で相手をしてやりましょう。カイム様への愛と共に戦う私の攻撃を受けてください。――制限解除』


 ザイフリートから放っていた光の粒子が、一際眩しく煌いたかと思えば、それはすぐさまザイフリートの体内へ吸い込まれた。

 空音は早くなる鼓動に焦りを覚えつつ、吸い込まれるようにザイフリートの懐へ飛び込んでいた。

 今しかない、今のうちに倒せるうちに決着をつけないと危険だ。声にも出さず制限解除を行ったノートゥングの二本のグラディウスを使った攻撃。左で放たれた斬撃の軌跡を右の剣で追いかけるように、その後ろから軌跡を作る。

 狙うはザイフリートの首。この攻撃で首を切り落として、勝利に繋げるつもりだった。


 『うぅ……。なにこれ……!?』


 呻く空音。

 ノートゥングの斬撃は、ザイフリートの首の前で動きを止めていた。まるで見えない壁に遮られるように、その刃は一ミリたりとも動く気配はない。そして、空音はそれと目が合う。

 格子状の兜が開くと、ザイフリートの赤い眼がこちらを見つめていた。その赤は、血よりも濃く、宝石よりも人の目を惹きつけた。

 その海よりも深い二つの目から目線を逸らすことのできない空音は、息苦しくなるのを感じ、パクパクと呼吸をするために口を開閉する。

 ザイフリートの格子の中は暗闇だった。獣を囲う檻でも、歴戦の勇士の力を留めるための監獄でもない。ただ、その中に広がる暗闇から、その目がジッとノートゥングを見つめ続けているのだった。

 闇は口を開く。


 『篝火空音。君は知らないでしょうね。私という一部の選ばれた存在のみが使える。その真の力。――魔人化、解放』


 魔人化、聞きなれない言葉が耳に届いた直後、ザイフリートを中心に暴風が発生する。まともに横なぐりの風を受けたノートゥングは、機体を空中で何回も回転させながら、そこから離れていく。

 猛烈な圧迫感に、ただでさえ痛んでいた胸に強烈な吐き気を与えた。ぐるぐると回る操縦席の中で、空音は必死に意識を繋ぎ合わせ姿勢を正した。


 『もう……なんでもありね……』


 空音は自嘲めいた笑みを浮かべる。

 猛烈な風、それはいつしか小規模な竜巻になり、ザイフリート中心に黒く禍々しい竜巻を作り出していた。

 先程まで、黄金の騎士だったはずの竜機神は、全身を白に染めていた。どこまでも白い、純白な姿は、魔法を使用するバルムンクと近しいものだった。

 空音は直感的に知る。目の前の存在は、ただの竜機神ではない、と。同時に、空音は知っていた。それが、どのような存在なのか。


 『……やるしかないわよね?』


 誰に言うでもなく、一人口にする空音。

 ザイフリートは魔法を使える竜機神へと変貌した。おそらく、この世界で唯一、魔法を使える竜機神なのだろう。


 『――さあ、私に教えてください。……死ぬって、なんですか?』


 ザイフリートは大剣を放り投げ、その両手を大きく広げた。

 今のザイフリートには、大剣という武器は必要ない。既に、その存在そのものが、強大な兵器なのだから。

 人の体よりも扱いやすく、剣よりも殺意に素直で、盾以上にものを通すことを知らない。ただそこに、竜機神という存在のさらに上位の神が降臨した。

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