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第二十五章 第四話  バルムンク・リヒト

 ――実王さん!


 激しく引っぱたかれたようなウルドの声に慌てて目を覚ます。

 視界に広がるのは、己の体すらも一部に吸収してしまうのではないかと思うほどの深い暗闇。

 前にウルドの過去を見る時に感じた暗闇とは似ているが、それとは似て非なるもの。ウルドの暗闇はどこか自分の精神を包むこむようなぬくもりを感じさせた。しかし、この闇は、見れば見るほど心を不安にさせる不快なものだった。

 俺は自分の手を持ち上げ、グーパーと開いたり閉じたりしてみる。感覚があることに安心を覚えつつ、周囲を見れば、バルムンクの操縦席。どうやら、とりあえず命はあるようだった。


 「ウルド……。ここは、どこなんだ……」


 心で会話ができることも忘れ、俺は声を漏らす。


 ――どうやら、ここはザイフリートの作り出した世界のようです。セトの言っていた……ファーブニールとはこれのことでしょう。なるほど、王の棺……ここに、実王さんが閉じ込められたままなら、間違いなく棺にはなるでしょうね。


 興味深そうに言うウルド。


 「何を落ち着いているんだよ。ここが、どこか分かるか」


 急かすように言うと、ウルドは少し申し訳なさそうに声を上げた。


 ――あ、すいません……。えーと、ですね……これはセトがザイフリートの力で作り出した密閉の空間なんですよ。小規模なもう一つの空間を作り出して、そこに実王さんを閉じ込めているのです。ここから出入りできるのはザイフリートのみ。私達は、奴の作り出した何もない小さな世界の中に閉じ込められているのですよ。


 落ち着いた口調で話をするウルド。

 なるほど、真正面からぶつかっていった俺が、奴のチートじみた攻撃を受けて、みっともなく軟禁状態になっているのか。

 意気揚々と向かっていったのに、俺はなんて情けないんだ……。


 「なんとなく、状況は理解した。良い案があれば、挙手を求む」


 ――はい!


 元気なウルドに声に、俺は期待を膨らませながら意識を向ける。


 「はい、ウルド君どうぞ」


 ――ここは諦めて、実王さんと私で、この世界で二人の愛を語らいながら過ごすというのは……。実王さんになら、私の全てを見せても――。


 「――却下。少し黙れ」


 ――ええぇ……。場を和ます冗談のつもりだったのに……。


 俺のつれない態度に寂しそうなウルドだが、遊んでいる余裕はないので、ここはスルー。


 「まったく、お前の冗談に構っているような余裕はないんだよ……。……て、あれ?」


 ――どうかしましたか、実王さん。


 「いや……今、人の声が聞こえた気がしたんだ」


 ――人の声ですか? 具体的にはどの辺りとかは分かりますか。


 「なんとなく、あっちの方から聞こえたんだ」


 俺は気配のする方向へとバルムンクを向かわせる。

 勘違いではなければ、今さっき人の声が聞こえた気がした。か細いものだが、確かに静寂の中で人を感じさせるものだった。


 ――まあ、どんなものを吸い込んでいるか分かりませんから、人がこの空間にいる可能性はゼロではないでしょうけど。それでも、こんな暗闇に放り出されたら、まともな神経の人間ならば気がおかしくなってもおかしくありませんよ。


 ウルドの言いたいことも十二分に理解できた。

 今の自分はバルムンクを操縦し、ウルドと会話をしているから良いが、まともな人間が常識の通用しない空間に突然閉じ込められ、しかも音も光もない状態で過ごすというのは、精神に異常が来たす可能性も大いにあるだろう。つまり、ウルドは声が聞こえていたとしても、まともに会話ができる人間ではないということを言いたいのだ。

 ウルドの気持ちも分かりはするが、それでも俺はか細い糸をしっかりと手探りで探すように、闇の中をひたすらに進む。

 どんな小さな可能性でも、俺は探して見ようと思ったのだ。逆転のキッカケというやつを。その先にいる人物が、気がおかしくなっていたとしても、人をも喰らう獣が息を潜めていたとしても、小さなチャンスというものに手を伸ばしたいと強く思った。

 思い出したように、ウルドは言う。


 ――しかし、不思議ですね。私に感じることができないものを実王さんが感じれるなんて。もしかして、実王さんも少しずつ魔法が使えるようになってきるんじゃないですか。


 「だったらいいけどな。今の俺では、魔法の力があったとしても飾りにもなりはしないよ。少しでも使えるようになるなら、何としてでもものにしたいけどな。――よし、そろそろ声のする場所だ」


 ピタリとその場で足を止める。

 地面はない、おそらく宇宙以上に孤独な闇が広がっているだけだ。

 やはり、俺の聞き間違いだったのか。そういう考えにも至るが、俺の行動を信じて声を張り上げた。


 「誰かいるのか! もし居るなら、何か言ってくれ! 頼むから……声を聞かせてくれ!」


 俺から強く放たれた声は、誰に届くでもなく静寂の闇の中に消え去っていく。


 ――実王さん……。残念ですが、ここに人はいないみたいですね。


 悲しそうに告げるウルドの声を聞き、次の一手を考えようと頭を垂らした。

 ゾッとするほどの静寂が訪れた。その時だった。

 コツコツ。自室への入室を求めるような控えめなノックの音にも聞こえた。


 「ウルド、今何か聞こえなかったか?」


 もしかして、そんな気持ちで言う。


 ――ええ、聞こえます音が……。


 コツコツッ。先程よりも大きな音。それは、足元から。


 ――私の足元から……。


 ウルドの言葉に引っ張られるように目線を落とす。

 影がのそりのそりと動いてる。足元の暗闇の一部分が、意志を持つ生き物のように動く。

 暗闇の地面にバルムンクの手を伸ばして、音の発生源であるそれをそっと持ち上げた。


 「――やっと、気づいてくれたか」


 持ち上げたそれは、テスト点数が悪い学生に呆れる先生のような口調で言う。それほどまでに、自分の状況など忘れて上から目線の言い方をしていた。


 ――驚きました……。まさか、ここにいるなんて……。


 持ち上げたそれに、俺は声をかける。バイルは驚いているようだったが、俺には驚きはなかった。むしろ、なんとなく予想はしていた。


 「アンタこそ、ここで何をしているんだ」


 「何を? ……まあご覧の通りさ。ここにいる君には、説明などしなくても良いだろう」


 ふてぶてしくも、それ――黒いドレス姿のバイルは告げる。


 「用済みの巫女は、ここに放り込まれたと?」


 呆れ気味に言う俺に、バイルはいやいやと首を振る。


 「最初は軽い軟禁状態だったさ。外部と連絡は取れないこと以外は、良い生活だったと思うよ。……このドレスは私の趣味ではないが。だけどね、私の性格が問題だったのだろう。なんというか、巫女の力がなくなったとしても素直に捕まったままというのは、気に食わないんでね。気が付けば、あの手この手で脱走し、それどころか反逆を行おうと思っていたところだったのさ」


 高いレベルで中性的な顔を曇らせながらバイルが言う。


 「で、それが見つかって、ここに閉じ込められたと……」


 「巫女の力というのは、厄介なものだな」


 あえて失敗を認めることなく、バイルは不満そうに目線を逸らす。

 この闇の中のせいか、不思議と安心感を抱く。……いや、こんな暗闇のせいなんかではない。


 「――でも、お前が無事で良かったよ」


 「は……?」


 バイルは、こっちは正気なのかと訝しげに俺を見る。

 

 「そんなに、驚くことか」


 「当たり前だろう。私はお前の憎むべき敵ではないか。君が超が付くほどのお人好しとは聞いていたが、ここまでとは……実に興味深い」


 「馬鹿。別にお人好してわけでもない。……俺が安心しているわけじゃないさ。正確に言えば、安心するだろうな。と思っていたんだ」


 バイルが生きていることを両手を挙げて喜ぶほどの間抜けではない。実のところ、これからコイツと強力するのも、なかなかに勇気がいる。

 断言しよう。俺はコイツを信用していない。しかし、安堵はするのだ。あまりにバイルが目を丸くしているので、教えることにする。


 「俺じゃなくて、ルカが喜ぶだろうなって思ったんだよ」


 バイルの表情には見るからに困惑したものが浮かぶ。


 「冗談でも言っているのか。あの子が、私に対してそのような感情を抱くわけがないだろう。幼い頃から、ルカを道具としてしか扱っていない、この私に対してだぞ」


 「――お前ら姉妹はよく似ているよ」


 ごちゃごちゃと喋るバイルの言葉を遮る。


 「ルカもずっと、分からない分からないて言っていたぞ。だけど一つだけ、はっきりと分かっていた。――悲しい、てさ」


 バイルはその俺の言葉を聞き、明らかに動揺したように目線を彷徨わせる。まるで、自分の心の在り処の置き場所を探すように、きょろきょろと下を向き左右へ泳がせた。

 バイルは困った、とその黒髪をくしゃくしゃと搔く。


 「どうすればいい……。この私には、分からない……」


 その答えはとっくの昔に出ていることを俺は知っている。バイルがカイムに吸収される前に言っていたことをルカの目の前で言ってやればいいのだ。

 俺はあえて、そのことは言わずに素直な自分の出てきたバイルに親近感を感じつつ、未だに困惑するバイルをバルムンクに引き寄せた。


 「分からないなら、見つけにいこうぜ。きっと、見つかるからさ。まずは、ここから脱出するぞ。俺に力を貸してくれ」


 バイルは深くため息をつく。


 「君は強引な奴だな。まあ、そういうところが、君を救い続けているんだろうな。……脱出の話だが、一つ話がある」


 「なんだか、役に立ちそうだな」


 「ああ、きっと役に立つぞ。しばらくこの棺の中を調べていたんだが、ここは異世界でもあるが箱でもあるんだ。いくら竜機神といえど限界はある。箱を作り出して、そこに人が息を吸うことのできる世界を作り出すことができたとしても、この棺は単なる箱に過ぎないんだ」


 「だとしても、俺達が閉じ込められていることには変わらないだろ?」


 「確かに変わらないさ。しかし、疑問には思わなかったか? 最初からこの力を使えば、君と刃を交えなくても、最初から閉じ込めれば良い話だ。君どころか、他の竜機人や竜機神も全てここに吸収してしまえばいい。それをやらないということは、できない理由があるからだ」


 「つまり……。この棺の能力には限界があると」


 「察しがいいじゃないか。……そうだ、いくら小規模な世界を作り出したとしても、この世界には限界があるということだ。限界があるということは、それを超える術もあるということ。この棺は完璧ではない、必ず穴がある」


 はっきりと断言するバイル。


 「穴って言ってもなあ……」


 俺の気弱な発言を笑い飛ばすように鼻で小さく笑う。


 「何を言っている。君は壊すことは得意なはずだろ? 内側からこの世界の許容量を超える力を使えば、可能性はあるさ。メルガルで見せたような、魔法の力を使えば、ここの棺も壊すことができるかもしれない。……雛型実王、君は可能性がある限り挑むことのできる男だと思っていたが?」


 試すような視線に、俺は根負けしたように深くため息をついた。


 「了解。まさか、お前に頼られる日が来るなんてな……」


 できるかは分からないが、バイルの提案は試す価値があるものだ。

 俺は操縦席を開けば、バルムンクの手を近づけて暗闇のバイルに手を伸ばす。


 「協力者同士、仲良くしようか」


 人の心を覗き込むようなバイルの目。


 「……よろしく」


 下手なことは言うまいと、俺は差し出されたバイルの手を握った。

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