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第二十五章 第二部 バルムンク・リヒト

 黄色の翼が上下に動く、羽ばたく度に、その翼は金色の粒子を放出し風に流す。

 翼の流れる道筋は、黄金の道でありながら、その翼を背に抱える者の姿は無機質で規則的な青と白の体。通常の速度だというのに、それは恐ろしく速く、一度翼を動かそうとするならば、周囲に一瞬の突風を起こすことと引き替えに、一秒後には視界から姿を消している。

 右手に愛刀、そして片腕に抱きかかえるのは女性的に華奢な機体ノートゥング。

 大空を翔る鳥人の名前は――バルムンク・リヒト。

 まともな竜機人には三時間ものの距離。今のバルムンクの視界には、三分後に到達するイメージ。

 ただ直線的に、最強で最速の竜機神が希望と共に空を裂く。



              ※



 「皆さん、諦めないでください。きっと、勝機はあります! 私達の戦いは、愛した者を守る戦いです。負けるはずがない、負けるわけはないのです!」


 その言葉を魔法によるテレパシーとして、戦場で戦う乗り手達に発信する。その時、ヒヨカの目の前でシグルズが火の塊を纏いながら空を流れていくのが見えた。

 苦しげに、ヒヨカは目を逸らす。

 ザイフリートはブリュンヒルダが引き受けてくれているにしても、竜機人の能力に差があり過ぎた。数はこちらが上、ザッと見ても倍近くはこっちの竜機人が多いように見えたが、それでも奴らは質が違う。

 機体性能が影響を与えていることももちろんだが、恐らく洗脳でも施しているのであろう敵の乗り手達に容赦が見えない。既に戦闘のできなくなった竜機人に対しても、機械的に剣を落とす。その光景が士気を下げていることを実感していた。

 弱りきった仲間達に何度も刃を突き刺す、複数でハイエナのように群がる敵ヒルトルーンの姿は、非情になりきれない味方の乗り手達を恐怖させるには十分過ぎる見せしめだった。

 疑問を持たない戦闘マシーンを作ろうしたカイムの行いは、彼女の考えている以上の影響を与えている。ヒヨカは、まだ己の中の生温い部分が判断を鈍らせたのかと視線を落とした。

 再び、視界の隅で爆発。今度の爆発は、制限解除の爆発。……人が死んだのだ、また。

 通信を受ける役割の通信士が、負傷者の数、死傷者の数を告げる。さらに、隣の通信士が前方で戦っていた戦闘用飛行船と竜機人の小隊の墜落を伝えた。先程、負傷者の数を伝えた通信士は、カイムの奇襲作戦の失敗を報告する。

 次から次に言い渡される不幸の報告の嵐に、耳を塞ぎたくなるのを必死に堪えて、受けた報告を指示で返す。

 そして、また前方で光が弾けた。今度はとても近いところでの衝撃と爆発音。


 「……もうイヤ……実王さん……お姉ちゃん……」


 目の中に強烈な死の光が飛び込む。気が付けば、口から漏れるのは助けを呼ぶ声。なんとみっともない、なんて情けないんだ。私は前を見なければいけない。見ないと……この戦いを見るのだ。


 ――お逃げください! ヒヨカ様――!


 「へ……?」


 悲鳴と絶叫。目の前に飛び込んできたのは、こちらへ向けて二本の剣を構えるヒルトルーン。そして、構えた剣が、真っ直ぐにこちらへ向かって伸びる。

 いつの間にか、視界の外れからこの飛行船にくっついていたのだろう。そして、確実に距離を縮めて、この艦橋にその刃を伸ばせる距離まで近づくことができたのだ。

 死……。死を感じる。もう、死んでもいいのかもしれない……。

 とても冷たい感情で、その光景を眺める。死を前にしているせいなのか、とても遅く時間がゆっくりとしている。

 剣の先が、距離を縮めて視界を埋め尽くそうとする。慌てて逃げ出そうとする人、恐怖で硬直した体を動かせない人、死ぬことを覚悟しつつも身を小さくする人。

 魔法を使うにも思考が追いつかない。今、この思考に体がついてきていない。ただ、恐ろしい光景を見つめることしかできない。

 終わるのか……。この苦しみも……悲しみも……。

 虚ろな瞳でヒヨカが死を覚悟した。


 『そこから、離れろっ!』


 雷鳴のように耳に入る声。

 スローモーションの世界は、再び息を吹き返すように元の時間を取り戻す。

 艦橋から見えるのは、両腕を無くしておろおろとするヒルトルーン。


 『はああ――!!』


 続け様に届く声。凛とした強い女性のもの。

 何故だか、母の声とも錯覚してしまいそうになる。いや、母のものではない。――大切な姉のものだ。

 声の直後に爆音。目の前が赤と黒に染まり、その中から白く細身の巨人の姿が出現する。


 「お姉ちゃん……!」


 ノートゥングは二本の剣を玩具のように、いとも容易くくるりくるりと手の中で回す。そのまま、ノートゥングはヒヨカを守るように艦橋の前で、その剣を両手にしたままで手を広げた。

 その華奢な機体の姿が、誰よりも逞しくどの巨人よりも頼もしく見えた。


 『ごめん、ヒヨカ。……いろいろ、心配かけちゃったみたいだね』


 ノートゥングは顔だけこちらを見ながら、申し訳なさそうに空音は言う。


 「本当だよ……。待たせ過ぎなんだよぉ……」


 巫女の仮面のずれ始めるヒヨカ。それは、ただの姉妹の会話。気の強い姉と、姉のことを大好きで泣き虫の妹の時間。

 はは、と半分安心の混ざる笑い声を上げる空音。


 『泣くのは、まだ早いよ。これから、気を引き締めていくよ!』


 腹が空っぽになるまで吐き散らしたい弱音をぐっとヒヨカは堪え、空音の再び強い眼差しで見る。


 「ところで、実王さんは?」


 『あれ? ヒヨカ、気づかなかったんだ。……ほら、あそこ』


 ノートゥングを使い、右手に持つ剣を上に持ち上げて、一点を指す。

 ヒヨカが目を凝らせば、そこにはチラチラと小さな金にも薄い銀色にも見える、宝石にも似た輝き。それはとても小さな灯りで、小指の先ほどしかない大きさ。

 魔法を使わずとも感じられた。あそこに輝くものが、どんな存在なのか。


 「あれが、実王さん……。いつの間に、あんなところにいるのでしょうか……」


 あんなところ、自分でも口に出しておかしな言葉だと思った。

 こんなところ、に連れてきた私が、彼を、あんなところ、に行かせてしまった。たくさんの希望を背負い、真っ直ぐと飛翔をしている。


 『安心して。これは、実王が選んだ道だから。それに、これは実王のための戦いでもあるの』


 弱気になりそうな自分の心に気づいたのか、空音の優しい言葉に落ちかけていた気持ちと表情を前へ向けた。

 実王さん……。小さく、見えなくなりつつあるその輝きを見ながら、彼の名前を呼んだ。


 「――はい。戦いは、まだまだこれからです。それに、私達の希望が……バルムンクがやってきてくれました! 皆さん、まだ希望は消えてはいません!」


 ヒヨカの口にした声は、魔法を通して、現在国境で戦っている乗り手達の耳や心に飛び込んでいった。


 ――なに……。乗り手様が!? それなら、まだ戦える! まだ戦えるぞ!


 ――それは、朗報だ! まだ、負けられない。イナンナの意地を見せてやる!


 ――希望だ! 俺達の希望が帰ってきたんだ!


 口々に、彼らは戦場で希望の名前を呼んだ。

 今、戦場の雰囲気は変わりつつあった。ただ一体の竜機神の出現によって。



               ※


 ルカは悲鳴を上げた。

 両腕を失ったブリュンヒルダの頭はザイフリートの右腕にしっかりと掴まれ、今すぐにでも握り潰しかねないほどの力。ギリギリとブリュンヒルダの頭部が軋み、音を上げた。


 『このような玩具で、私を倒そうとしていたのですか』


 ザイフリートの機体は全身傷だらけだが、どれも直接的なダメージには至っていない様子だった。殺し合いをしたというよりも、ザイフリートからしてみれば少し大きな猫と喧嘩をした程度だった。


 『……失礼ね。今もを倒そうとしているのよ。現在進行形でね』


 相手を馬鹿にする声色のルカ。


 『まだそんな口を聞けるのか』


 ザイフリートは再びその手に力を入れる。ブリュンヒルダは、獣の悲鳴のように頭部の形が歪んでいく音が響く。

 周囲を漂うのは無数のブリュンヒルダの部品、そして、乱暴に攻撃されて頭を潰され足を引きちぎられた真紅のゲイルリング。

 あれから必死に抵抗を続けた二人だったが、ザイフリートの装甲は硬く。元より攻撃力の低いブリュンヒルダ、竜機人であるゲイルリングの攻撃はザイフリートを弱らせることすらも叶わなかった。

 ルカは、切った瞼から流れた血を袖で拭いつつ声をかける。


 『なんで、貴方は……あの女の下にいるの?』


 少し声が柔らかい。弱っていた心のルカより、東堂ルカの心の割合が大きくなっていた。

 ザイフリートは右手の力を弱め、握りつぶすことを一旦やめる。


 『制限解除を解いていないのですか? 変わった人だ、いいでしょう。あちらの世界への土産話として話をしてあげます。私がカイム様と一緒にいる理由、それは――崇拝』


 セトは淡々とした中にも、懐かしげな声色を混ぜる。


 『崇拝といえば、聞こえはいいかもしれませんね。私自信も自覚はしていることですが、全てにおいて彼女に依存しているのですよ。過去の私は己を持っていなかった。考えられますか? ……生まれた瞬間、私は母に井戸の中に捨てられたのですよ』


 セトの声に先程よりも強く感情が混ざる。


 『学園都市でも治安の悪いところはあります。青い欲望と親からの嫌悪感の中から、私は産み落とされたのです。すぐに産み落とした母は罰を受けることなり、牢屋から出てきても私に会うことはありませんでした。その三年後、性の病で彼女は亡くなります。結局、今でも父親は会ったこともありません』


 『貴方……』


 『情けは無用です。愚図に情けをかけられるほど、弱くはありません。私は何のために生まれたのか、どうして生きているのか。ずっと、考えて考えて……最後は人を殺していました』


 あっけらかんと告げる声に、ルカは悲鳴が出そうになる。言い様のない恐怖、言葉にできない底の見えない暗闇に心が警告の鐘を鳴らしていた。


 『私の住んでいた孤児院のセンセイとオトモダチ。六歳の私はただ聞いただけなのです。なんで、生きているのか? って、みんな分からないし、先生は教科書や本に書いてあることしか言わなかった。だから、まだ試したことのない死という行為で生の疑問を解決しようとしただけ』


 ルカは吐き捨てるように言う。


 『ただ、それだけの理由で、その人達を……』


 『ええ、それ以上の理由はありません。……そうして、たくさんの大人がやってきて、最後にカイム様に出会った。血まみれの私をカイム様は抱きしめてくれた。ただ、それだけで、年端もいかない同じ年の少女の抱擁で……私は全てを彼女に捧げようと思ったのです。それが、生なのだと気づくことができたのです』


 初めて耳にするセトの嬉しそうに震える声は、カイムの背筋に悪寒を走らせた。

 ルカは、知っている。カイムの行為の意味を。だから、否定を口にした。


 『アンタは、ただ聞きたかった。なんて理由で、人を殺してないわ。――ただ、寂しかっただけなのよ』


 ザイフリートの首が、ブリュンヒルダの胸部を見る。そこは、ルカの操縦席が存在する。


 『ただ、寂しいから、周囲に疑問を持って、寂しさをぶつけるために気持ちを間違った方向でぶつけた。……カイムじゃなくて、もっと別な人が隣に居たら、こんなことにはならなかったのに』


 かわいそうに、そんな意味合いでルカはつらつらと言う。

 

 『――私のことを喋るな』


 重苦しいセトの声。その右手はブリュンヒルダの頭を握りつぶした。手の力だけで潰した林檎のように、周囲に体液と部品を弾け飛ばす。

 セトは、それだけではルカが活動を停止しないことを知っている。


 『まだ、そこにいるな――!』


 激昂したセトは左手に持ち替えていた大剣を再び両手で握り直す。ザイフリートの目が狙いを定めた。中で呻いているルカの姿。

 操縦席を真っ二つにする。その言葉のみが体を突き動かし、ザイフリートは大剣を振り切った。


 『また……お前か……』


 宙空を裂いた大剣。爆発的な風を起こすが、そこには切り裂かれたブリュンヒルダの姿もなければ、ルカの肉体も見当たらない。

 ザイフリートの頭部が、ゆっくりと動く。それは頭上の存在へを見つめる。


 『――お前が、二人をやったのか』


 セトはギラギラとした怒りの眼差しで見据えた。

 上から見下ろす彼は、下方向を見つめる。眼差しは冷静なものだったが、その瞳の奥は確かに怒りで揺れていた。

 右手と左手でブリュンヒルダを抱きかかえる。お姫さま抱っこのように抱えるつもりだったが、胴体と足だけになったその姿では片腕で足りてしまうほどに破壊されていた。

 彼は――雛型実王は叫ぶ。


 『この間の続きだ。今度こそ、てめえの装甲を切り崩すぞ! ――セト!』


 『口うるさい人ですね。惰弱な希望など、ここで終わらせますよ! ――雛型実王!』


 その背中から、新たな力である翼を大きく広げるバルムンク・リヒト。

 感情を剥き出す乗り手の気持ちに呼応するように、大きな動きで大剣を突き出すザイフリート。

 大陸を左右する竜機神が対峙する。

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