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第二十四章 第五部  雛型実王

 篝火空音は、横たわる彼の隣に立つ。


 「実王……」


 私は実王の病室にいる。

 どうやら、とても悲しい場所。

 実王の姿にショックを受け、そのまま倒れてしまう私は実に情けない。好きになった人が苦しんでいた姿を見て、助けるための手を出すこともなく、勝手に意識を失ってしまった。

 恋人なら、彼を助けないといけなかった。

 彼の苦悶の表情を見ながら視線を落とした。


 「戦争、始まったんだって……。私も行かないと……きっと、ヒヨカ達も待っているよね」


 目を覚ました私の側には、ヒヨカからの書置きが残されていた。

 それは開戦を告げる不幸の手紙。細く綺麗な字を書くヒヨカの文字は、大きさもバラバラで形もどこかおかしい。まともに文字を書けないほどに、ヒヨカの心が弱っていたのだと気づかされる。

 貴女の側にいられないなんて、お姉ちゃんも失格だね……。


 「あの時と逆ね。……今度は私が実王の帰りを待たないといけないのかな」


 彼の頭を撫でる。

 じんわりと温もりを指先から感じる。生きている、きっと目を覚ましてくれる。

 最初に見た頃に比べれば、彼の外傷は完治といっても良いほどに癒えていた。それでも、彼は戻ってこない。だから祈り、彼のように呼びかけるのだ。


 「ねえ、実王。目を覚まして、貴方の笑顔を見せて」


 熱くなりやすいせいか、それとも大人になっていないという証明なのか、顔の色が変わるまで熱を持つ頬も今は病的に白い。

 頭から頬に手を動かす。先程よりもはっきりと熱を感じる。


 「実王。……貴方、ここにいるのね。……私もここにいるよ。……貴方と一緒に、ここにいるから」


 自分の弱さを感じ、私は彼の顔に涙を落とす。

 自分を責め、自分を恨む。私の願い事は一つだけ、彼が目を開くこと。……ただ、それだけの絶対的な願いだった。

 この願いを叶えるために、私はどうすればいいのだろう。彼を救うためなら、何だってしてみせる。しかし、私が彼にできることなど多くはない。

 今の彼の体は、私の持つ魔法よりも強力な魔法で治療が施されている。それでも、回復しないのは、多少でも魔法に頼る私には衝撃的な事実であった。


 「そうか……魔法……」


 自分もヒヨカの魔法に救われた。それは、彼女が与えてくれた魔法によるもののお陰だ。

 彼女が、魔法を使い命懸けで救ってくれたからこそ、私はここに生きている。それならば、この私も命懸けで魔法を使えば、彼を救うことも可能ではないのだろうか。

 思いついたまま、私は彼の胸元に手をおく。

 念じるは、魔法。それも、ただの魔法ではない。己の一部となりつつあった、魔法の力を全て相手に流し込むほどの強大な願いとも祈りとも呼べる最果ての魔法。

 魔法の光が自分の手の先から溢れ出し、病室を蛍光色に染める。空音も見たことがない眩い光。


 「実王! 戻ってきなさい! 嫌だって言っても離してあげない! ……だって、貴方は世界で、ただ一人の大切な人なんだから!」


 実王! もう一度、空音は彼の名前を強く叫んだ。光はさらに増し、魔法はさらに輝きを増していった。

 空音は、己の中から何か大切なものが抜け落ちていく感覚に身を委ねる。これでいい、この感覚で間違いはない。私の大切な想いである力でもあるものが、彼に流れ込んでいっているのだ。

 これは私の命かもしれない。それでも、構わない。ただ、私は彼の笑顔を……彼の生きる世界を見ていただけなのだから……!

 実王――!


                 ※



 ぬかるみの意識から覚醒をする。

 そこはあの草原、相変わらず爽やかな風が体を通り過ぎていく。


 「……ウルド」


 目の前にはウルド。頭にあるのは独特な温かさと柔らかさ。


 「お目覚めですか? 実王さん」


 俺の顔に優しい陽の光のように振り注ぐ声。どうやら、俺はウルドに膝枕をされているようだ。


 「ああ。……だけど、この状況は何だ?」


 「喜ばれるかな、と思いまして」


 「非情に嬉しいが、恥ずかしい」


 クスリとウルドが笑う。


 「私は寝顔を見れて楽しかったですよ。いつも私の見る顔は、苦しそうな顔ばかりでしたから。でも、そこまで言うなら……やめましょう。起きましょうか」


 「……そうしてもらえると、助かる」


 タイミングを見計らうように目を合わせ、俺は頭を上げ、ウルドはそっと曲げていた膝を立たせた。

 お互いに立ち上がり、最初に出会った時のように俺達は顔を向ける。


 「私の過去、どうでしたか?」


 「……楽しいものではないな」


 「悲しいことばかりでもないですよ。私は、あの戦いを通して人の心の強さ優しさも知ることができましたから」


 達観したような口ぶりで話をするウルド。


 「それでも、ウルドはあの戦いで犠牲になったじゃないか。俺が見たウルドは、どこにでもいる、ただの女の子だった。寝坊もして、自分の住んでいるところが好きで、本当は誰とも戦いなんてしてたくなくて……。ただの優しい女の子だったじゃないか」


 ウルドは驚いたように口を開けた。一瞬、動きを止めていたウルドが再び動き出す。

 取ってつけたように声を出す。それは、自分の心の動揺を俺に悟らせないようにも見えた。


 「ずるいですよ、そんなこと言ってっ。魅力的な女性達が、実王さんのことを好きになるのも納得ですね」


 照れ笑い気味に言うウルドの言葉に、俺は苦笑を浮かべた。


 「ウルドも、そんなこと言うなよっ。……恥ずかしいから、この話はやめな! 話は変わるけど、聞きたいことがあるんだが――」


 「――カイムのことですね」


 表情を真面目なものに変えるウルド。


 「ああ、カイムとウルドが二人で巫女と乗り手をしていたことは分かる。ウルドはバルムンクになって、カイムはエヌルタの巫女になって……これって、どういうことなんだ。あの過去の風景はどこからどう見てもシクスピースだった。だけど、あれが過去の出来事だとしても、俺の父さんはどうなる。あれが過去なら、俺の父さんも母さんも乗り手の過去はなかったことになるはずだ」


 ウルドはその重たそうな髪を、ゆったりと動かして横に振る。

 

 「……ごめんなさい、私に分かるのは、さっきの光景が全てなんです。バルムンクに乗り、巫女となった私と巫女であるカイムと戦い、どちらかが大陸を統一したはずなんです。……私はあそこで記憶が途切れ、気づけばバルムンクになっていたので……もうこれ以上のことは分かりません……。ただ、このシクスピースという世界は、大陸を一つにしたからといって、単純には終わらさせてくれないのかもしれません。事実、カイムは未だに戦い続けているのですから」


 この私も、と重々しくウルドは告げる。


 「……この戦争を終わらさせてもらえない、か。……なんで、アイツ戦っているんだろうな」


 「私にも分かりません、どうしてカイムが戦っているのかなんて。……それでも、彼女を止めることができなかった私に責任があります。あの時、私が完全にカイムを倒すことができていたなら、このシクスピースの戦争ももっと平和的な解決方法があったのかもしれません。……私が、あの時に彼女を止めることができていたなら……」


 長い前髪に加え、弱々しく腰を曲げるものだから表情はよく見えない。それでも、ウルドの表情は暗いものになっているのだということは分かった。

 憧れていた人を、自分の手で殺そうとし、その殺意を後悔として抱える。……あまりに、悲し過ぎるじゃないか。

 どうにかして、彼女を励ますことはできないか。気がつけば、俺はそんなことを考えていた。

 昔に戻ることができるなら、過去をやり直すことができるかもしれない。……何を言っている、過去は過去だ。俺達は未来を生きてるんだ。そんな、俺にできること。しかも、今のウルドにできることなんて……。

 頭の中に浮かぶのは、バルムンクとなったウルドの姿。その時、俺の口からするりと言葉が漏れた。


 「――それなら……俺と一緒に、カイムを止めに行こうぜ」


 ウルドのボリュームのある髪が揺れる。口を開く前に、俺は言葉を続けた。

 

 「止められなかったことを後悔するな、まだ終わってないだろ。これから俺と止めに行こう。今はまだ、この世界のことは分からない。だけど、どんな形だとしてもウルドがここにいるなら、まだ終わってないんだよ。もう一回、カイムと戦おう。今度は一人じゃない、俺も一緒だ。……俺が側にいてくれたら、良かったって言ってくれたよな」


 頭一つ分は低い、ウルドの頭に手をおく。


 「――いるんだよ、俺は側にいるんだ。まだ、後悔するには早いよ。カイムの前まで行って、アイツに直接この世界の秘密も聞いてやろうぜ。……ついでに、一発ぐらいぶん殴ってやれ!」


 今までよく頑張ったな。という意味もこめて、ウルドの頭を撫でる。相手を労う意味と同時に、俺が近くにいるよ。と、ウルドの心に呼びかけるように。

 小さく弱い力で頭を振るウルド。


 「……殴るだけで彼女を止められなかったら、どうするんですか。あの時、私は彼女を殺そうとしたんですよ。……実王さんに、私個人の憎しみで人殺しをさせろというのですか?」


 少し強い口調のウルド。それは、本音も含まれる言葉。カイムを殺さなければいけない可能性に怯えている部分も感じられた。


 「寂しいこと言うな、俺は軽い気持ちで言ったわけじゃない。確かに、できることなら人殺しはしたくねえよ。……だけど、背負うて決めたんだ。精一杯頑張って、それでもカイムを止めることができない時は、一緒にその罪を背負うさ」


 「自分が何を言っているか、分かっているんですかっ」


 ウルドの頭が大きく動き、前髪の隙間から、その大きな目が見開かれている様子が窺えた。


 「言ったろ。俺は軽い気持ちで言ってない、てな。……半端でも遊びでもない、俺は本気だ。……俺は、ウルドがずっと俺のことを呼んでくれていたよな? あの頃は、ちゃんとした声を聞くこともできなかったけど、今ならウルドの声がちゃんと分かるんだ。ずっと、俺を呼んでくれていたんだよな? ――助けて、てさ」


 再び頭を下げるウルド。頬を伝う涙が、彼女の足元を濡らす。


 「……あの頃は、そんなつもりはなかった。世界が違っても、カイムの存在は感じていた私はただ叫び続けていただけ。それが、貴方達家族の平和を壊し、実王さんを苦しめる形となった。……もっと、私を恨んでいいんですよ。私さえいなければ、実王さんは――いたっ」


 チョップを、その額に当てる。

 痛くはないが、驚いたようでウルドは体を小さくさせた。


 「な、何をするんですかぁ……?」


 さすりさすりと、チョップを受けた部分を撫でるウルド。

 ずっと伝えたかった想いを告げるために、ウルドの顔をじっと見つめる。


 「俺は、ずっとウルドを待っていたんだ。確かに、昔はウルドの声を恨むこともあった。……それでも、今はウルドの声を信じて、ここにいたことが間違いではなかったことを嬉しく思うんだ。どれだけ辛くても、どれだけ悲しくても、俺が信じていたものは間違いじゃなかったんだ。……ウルドの助けての声をちゃんと聞けたから、なおさら思うんだ。俺の選択は間違いじゃない、誰かを助けようとする選択に間違いなんて、あっちゃならないんだよ!」


 こんな嬉しいことはない、俺は俺のやりたいことで、誰かを救うことができるんだ。

 あの子が消えてしまった時は、自分の幼さを恨んだ。

 レオンが消えてしまった時は、自分の弱さを恨んだ。

 あの頃に誰かを助けようとした幼く青い気持ちは、誰かを守ろうとする強い心。あれも、強さだった。

 レオンを助けられず、自分の無力を憎んだ気持ちは、前に進む心。これさえも、強さだ。

 俺の中のバラバラに散らばっていた気持ちの破片達が、集まっていくように思う。

 ウルドは涙声で問いかける。


 「それでも、私は弱いです……。幼い実王さんに助けを求め、カイムを殺さないといけない気持ちを実王さんの言葉で揺らぎつつある……。そんな私では、彼女を止めることなどできないかもしれません……」


 少しずつ、頑丈な仮面が剥がれ、本当の気持ちが溢れ始めるウルド。

 俺はウルドの頭に置いていた手に力をおき、ぐっと彼女の頭から俺の体に抱き寄せた。胸元にウルドの頭が、体温を感じさせた。


 「それは弱さじゃない、ウルドの強さだ。助けを誰かに求める気持ちは悪いことじゃない、ウルドが俺に助けを求めたからこそ、出会えた人が……大切な人達がいる。何かを変えようと声を上げることも勇気なんだ。それに、人を殺したくない気持ちが弱さなわけないだろ。誰かを傷つけたくないと思う気持ちを弱いという奴がいるなら、そいつは絶対に間違っている。……お前は強いよ、ウルド。お前が相棒で、俺は本当に良かったと思ってる」


 ウルドは垂らしていた両腕に力を入れると、俺の背中にその手を回した。

 俺の胸元に自分の顔を擦りつけながら、強く強く言いようのない感情を表すように、その背中に回した手に力が入るのが分かった。


 「実王さん……! 私……実王さん……!」


 俺は子供のように抱きつくウルドの頭を撫でた。


 「ウルド、一緒に行こう。二人なら、きっとカイムを止められる」


 「……はい」


 胸元でウルドは声を上げた。小さくもはっきりとしたもの。俺とウルドの絆が結びついていっているようだった。


 「あ……来ます……」


 「え、ウルド? ――うわぁ!」


 風は強く吹いた。

 突風を受け、俺はウルドの体ごと倒れそうになるのを必死に堪えた。


 「なんだ、今の風……!?」


 「今の……なるほど、あの方がいましたか……。これが、私の待っていた特別な力、ですよ」


 胸の中で顔を斜めに上げて、こちらを見ながら言うウルド。

 言葉がよく分からず、首を傾げたその時。


 ――実王!


 よく知っている。知り過ぎている人物の声が響く。

 周囲の緑の草原は、眩く輝き。地面は黄金の原っぱへと変貌する。

 眩しく、そして全てを包みこむ温もり。


 「空音……。そろそろ……起きないといけないな。――行こうか、ウルド」

 

 ウルドから体を離しながら、そう口にする。

 世界は少しずつ、眩い光に染まり、青空だった空は体を焼けつくすような巨大な太陽が昇ろうとしている。

 それは苦しい熱ではなく、感情を昂ぶらせる激しい熱。


 「はい、行きましょう。――カイムを止めて、二人で、この世界の果てを見に行きましょう。実王さん」


 口元に笑みを浮かべるウルド。

 俺はその顔へ、大きな笑顔で返す。


 「いいねえ、その世界の果てを見に行く、て言うの。俺達が見るのは世界の理じゃねえよな。もっと、先を見に行くんだ。――世界の果ての理をぶっ壊しに行こうぜ、ウルド!」


 俺とウルドは二人並び、その手を繋ぐ。そして、その激しい光を全身で浴びた。

 そうして……世界は、光に焼かれた。   

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