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第四章 第一話 生かす王と殺す王

 空音と師弟関係を築いてから二週間が経過した。今までの何かと口論を繰り返す関係と違い、俺は空音の用意したトレーニングスケジュールを丁寧にこなした。失敗もしたし、怒られることもあった。だが、そこで文句を言うのはやめた。文句を言うだけでは、また空音やヒヨカやこのイナンナの人達、そして当の本人である俺でさえも悲しませるのだと気づいた。

 操縦訓練もそうだが、毎朝のジョギングを行うようになった。空音から言わせれば、竜機神は疲れを知らないが操縦する俺は精神や肉体を消耗するらしく、その鍛錬に必要なことらしい。俺は正直、これは訓練の中でも一番お気に入りである。

体力をつける以外にもイナンナを知ることができたのだ。家の周辺を走っていく中で少しずつだが、この辺の地理にも詳しくなっていく。道行く人の励ましの言葉は最初は恥ずかしかったが、今となっては軽く手を振るぐらいの余裕はできた。常に前方で自転車を漕ぐ空音もどこか嬉しそうな顔がやる気を維持させる原動力の一つにだった。



                 ※



 今日も朝のジョギングを終え、風呂で汗を流せば食卓につく。慣れた手つきで朝食を用意する空音の料理を口にする。相変わらずうまい。もともと薄味が好きな俺からしてみれば、これはなかなかに絶妙な味加減だ。


 「……いただきます、でしょ」


 食卓についた途端に箸に手を伸ばした俺をじっとりとした目で見ていると思えば、そのことか。俺と空音は基本的な挨拶は全部やっていくことを決めたのだ。例え、どんなことがあろうとも。戦いが本格的に始まれば、常識の枠外の存在になる。そんな時に自分を人間だと、ここが自分の家だと思い出すために、挨拶は絶対としたのだ。


 「悪かった。……いただきますっ」


 素直に俺は謝れば、すぐに手を合わせた声を出す。

 その光景を満足げに空音は見れば、コクリと頷く。俺はそれに満足し、再び食事を続けた。


 『本日のシクスピースの天気予報はご覧のようになっております。なお、南部の方では……』


 テレビの女性アナウンサーがき記事を読む。イナンナの国営放送だ。午前中にある子供向けの教育テレビがなかなかに面白い。

 画面に映し出されるのは六つのパズル、ではなく六つの大陸だ。適当に引きちぎった紙を六つ並べたようだ。小さな円の中に大小それぞれの六つの紙を押し込んだそれがこの世界の地図。ここも日本と同じように、イナンナを中心とした地図の形になっているようだ。

 この大陸がどういう構造なのかを聞いたことがある。それは俺にとっては、この世界に来て何度目かの驚くべきことだった。

 この六つの大陸は空中に浮いているのだ。大陸が空に六つも浮かんでいるのだ。下には何があるかと言えば、下にはなにもない。ひたすらに大陸と同じ大きさの地面があるだけだ。かといって空に何かあるかと言われれば、空には空があるだけ。まだこの世界では宇宙に行こうと思った人間はいないようだが、何十年も前も昔にある学者がこの大陸達の下に何があるのかを調べたことがあるらしい。その学者は、この下に向けて飛行機を飛ばしたらしい。全大陸が注目する実験だった。教科書を開けば載っているぐらい有名な実験になった。しかし結果は、夢というものをなくす実験だった。

 下に真っ直ぐ下りたはずの学者は上空から現れた。そこで初めて分かったのだ。この世界に上も下もない。この大陸がただ浮かんでいるだけなのだと。もちろん、空に行った者もいるらしいが、その者は下から現れた。この世界の人間はそこで知った。この世界にはたった六つの大陸しかない。海も山も空も星もある。だが、その世界は六つの大陸が浮かんでいるだけの小さな世界だと落胆する。そこで、大陸同士の戦争が始まる。世界は大陸はこの戦争という変化に心を躍らせる。

 争いはあっても戦争はなかった。喧嘩が起きてもどちらかが謝った。この世界初めての大陸と大陸の戦い。夢を失った人類達は求めるのだ。この戦いの先に何があるのかを――。


 「なんだか、世界って残酷だよな」


 口の中に広がる梅干のすっぱさを感じつつ、そう呟く。


 「残酷っていうほどすっぱいかしら。いいから、早くご飯食べてしまいなさい。今日も忙しくなるんだから」


 どうやら空音は梅干の話だと勘違いしたようだ。

 くだらないことばかり言っているわけじゃないんだけどな、などと思いながら箸を進めた。

 もしかしたら戦争という中にいながらもどこかで忘れていたのかもしれない。この日常という名の異常の中で自分達が戦っているということを。自分達が侵略者だということを。その人達と人達が争う意味を今日という日で知ることになる。こうして食事している時に、イナンナの影で蠢く戦争の息吹に気づきもしないで。



                ※



 翌日、朝のジョギングは今日も空気が清々しい。空気を楽しみながらも走る歩幅は変えずに、空音の背中を追う。ジャージ姿の空音は、こちらの様子をたまに窺うぐらいで決して何かを喋ることはない。最初の内は、情けない俺の炎に罵りという名のガソリンをぶっかけていたが、ただ走るだけなら問題のなくなった俺に最低限の言葉しかかけないようになった。だがしかし、やはり走れば走るほど、ここは俺のよく知っている世界に感じる。

 基本的に車や電車に車輪を付けるという概念がないらしく、ドラゴンコアの力でものを浮かせる技術に発達しているのだ。電車は小さく浮き、車も常に空を飛ぶ。この辺に関しては、竜機人の技術そのままということらしい。

 河原の土手を走ってみれば、大型の犬の散歩をする少女にも出会う。年齢は十三、十四歳ぐらいだろうか。分厚いメガネのレンズの下に見え隠れするその顔はなかなかに美少女である。少女は最初の内、興奮して握手をせがまれたこともあったが今は笑顔で会釈をするのみ。これも打ち解けてきたと考えていいのだろうか。そして、今日も今日とて会釈を交わす。


 「変態」


 「……誤解を生むようなこと言わないでください」


 俺は何故だか苛立ったような空音の声に首を傾げつつ、また走り続ける。

 そして、朝の穏やかな時間は一変する。


 「――助けて!!!」


 背後から聞こえるのは少女の声。聞き覚えのある声は、先ほどの犬を連れていた少女。咄嗟に後ろを向けば、少女を囲むのは三人の男達。三人とも体格が良く、男の一人は引き締まった太いその腕で少女の首元をガッシリと掴んでいた。頼みの大型の犬も殴られれでもしたのか気を失っている。


 「お前ら……! その子を離せ!」


 男達は笑っている。少女は苦しそうに呻いている。その光景が飛び込んだ瞬間的に頭の中が熱くなる。自分でも驚くぐらいドスの利いた声が出る。


 「待って、実王。今から私の魔法で――!」


 空音の声が聞こえたのだろう。男の一人は少女の体を自分の体に寄せる。少女を押さえている腕と反対側の腕から光る物、ナイフを持ち出せば少女の首に近づけた。少女は目元に涙を浮かべている。


 「おいおい、下手に魔法なんて使ったら、この子も巻き込むんじゃないのかい」


 馬鹿にするような声に空音も舌打ちをする。


 「よく勉強してきたみたいね、魔法のことも知ってるなんて。でも……そのやり口、とことん腐っているわね、貴方。ねえ、教えてちょうだい……何者なの。何が目的」


 一瞬の油断も出来ない状況で空音は一文字ずつはっきりと口にする。


 「何が目的、だと!? ははっ、今この状態でこんなことする奴なんて決まっているだろう」


 ゲラゲラと笑うその声を聞いていると血管が切れそうだ。しかし、その怒りの中でも空音が心を殺して相手と会話をしている。空音の我慢をしているんだ、俺がここで出て行っては空音の頑張りを無駄にする。腹が煮え返りそうな怒りの中で、相手の動きを注視し続ける。


 「もしかして、と思っていたけど……メルガルの人間ね」


 空音が苛立ちのままに声を出す。


 「ああ、そうだよ。巫女を捕まえちまえば早い話なんだが、巫女達には特殊な力があるからな。なら、手っ取り早く戦争を終わらせちまう方法を考えたのさ。後は、目的も分かるだろう! 俺の目的は、イナンナの竜機神の乗り手であるお前のことだよ! 雛型実王!」


 予想していた通りだ。アイツらの目的は俺だ。巫女達には迂闊に近づくこともできず、近づけたとしても特殊な力に阻まれる。だとすれば、竜機神を操縦すること以外では一般人の俺を狙った方が早いと考えるのも分かる。

 半ば諦め気味に声を出す。


 「おい、俺はどうすればいい! どうしたら、その子を解放してくれるんだ」


 「馬鹿、実王……!」


 空音の声が聞こえる。珍しく焦った声だ。しかし、その声も無視をする。


 「人質と引き替えにお前が俺達と一緒に来い」


 実に分かりやすい。これも予想通りだ。しかし、メルガルの巫女様はいけ好かない奴だったが、こんなことをする奴だとは思わなかった。正直、意外である。

 俺は両手を広げて、少しずつ少しずつ男達に距離を縮めていく。


 「俺が行けば、本当にその子を離してくれるのか」


 俺の質問に少女の首にナイフを向けている男が返事をする。


 「そうだ。もっと近づいて来い。妙な距離で人質を離して、後ろの女に魔法でも使われたら今までのことが全てパアになっちまうからな」


 その方法も考えていたが、どうやら運には恵まれなかったみたいだ。

 俺は諦めてため息をつけば、大きな歩幅で三歩進む。


 「行ってはダメよ! 実王!」


 「……俺は背負うて言っただろ。俺の中では、ここの人達を守るっていう意味もあるんだよ」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。そう言うが早いか、少女を押さえていた男の両側二人の男が俺を取り押さえる。腕を背中に回されて、地面に押し付けられた。じっとりと流れていた冷たい汗の粒が頬を流れて地面を濡らす。


 「早くその子を離せ!」


 なんとも情けない姿になりながら俺は必死に叫ぶ。俺を押さえていた男が下品な笑みを浮かべる。


 「ぐひひ……この子はまだ使い道があるかもしれない。お前の言う通りにして逃がすわけには」


 冷たい風が流れた気がした。それは一人の男の声だった。


 「――それ以上、メルガルの名前に泥を塗るな。下衆が」


 俺を押さえていた男の体が小刻みに震えているのが分かる。地面に顔を押し付けられているせいで、誰がいるのか分からないが、屈強な男達が確実に怯えていた。


 「レ、レオン様! す、すいません、すぐに話します! おい、早くしろ! するんだっ! すぐにぃ!」


 尋常じゃないうろたえ方で男が声を荒げた。俺の隣を小さな足音が通り過ぎる。たぶん少女の足音なのだろう。どうやら、無事に開放されたようだ。俺はホッとすれば、脱出は難しそうだが顔を芋虫のように動かして視線を先ほどの声に向けた。


 「こうした出会い方で悪いな。イナンナの竜機神の乗り手、雛型実王」


 全く申し訳ない気持ちを感じない声を出す男。むしろ、威張っているような偉そうな声。正直、気に食わない。

 目の前に立つのは長身で、長いオレンジ色の髪が印象的な男だ。ただ長いわけではなく、首のところで髪を結んでいることもあり、中性的な部分を感じる長い髪ではなく、さらに男らしく勇ましく見えるような長い髪だった。それこそ、ライオンの鬣のように。


 「嘘……。なんで、貴方がここにいるのっ」


 空音の鋭い声が聞こえる。

 どうした、一体なにを焦っているんだ。お前らしくもない。

 そう思っていたところで、目の前の男の鋭い眼光が俺を射抜く。


 「――お初にお目にかかるな。俺の名前は、レオン。メルガルの竜機神の乗り手だ」


 レオンは腕を組みながら、そう高らかに宣言する。

 ソイツとの初めての出会いは、俺の圧倒的に不利な状態から始まった。

 

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