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第二十四章 第四部  雛型実王

 そして――俺はウルドの戦いを側で見守ることとなった。

 八回の竜機人との戦闘、四回の竜機神との戦いを俺は目にする。戦いを重ねるごとに粗がなくなり、魔法を使うタイミングにも慣れが見えてくる。戸惑いが、確信に変わっていく様を見つめ続けた。

 弓矢を放つ竜機神には、魔法の盾で受け止めながら、接近し攻撃。

 風を操る竜機神が起こす竜巻には、魔法の刃で全てを吹き飛ばす。

 万能の力を持つバルムンク。それは、最強と呼べる存在だった。

 バルムンクが侵攻すれば、多くの住人達が恐れ逃げ、竜機人の乗り手達は自ら、その竜機人から降りることを選ぶ。

 最強の竜機神の姿は、神のようでありながら救世主でもあり……天災のようにも見えた。その姿は、俺の知るカイムの姿と重なる。それほどまでに、強引で強大で凶悪だ。


 『どう思いますか、この私の姿』


 燃える都市。バルムンクは炎の中で堂々と立つ。

 ウルドにとって敵大陸の住人達は、汚い言葉をバルムンクへと叫び、無意味だと分かりながらも石を投げつける。


 「……悲しそうだな、ウルド」


 『私は悲しくなんてありません。あの時の私は、迷いながらも力に酔っていたのです。この頃は、世界を救済するために大陸を守るために必要だと言いながらも、私はこの力に溺れていたのです。心の深くまで、肺がいっぱいに膨れ上がるほどに。……本当に悲しんでいたのは、この大陸の人達でした』


 「そうかもしんねえけど、俺にはウルドも悲しそうに見える。それはウルドの強がりなんだよな? ……たぶん、俺にも少しだけ気持ちが分かるんだよ。俺もバルムンクに乗って戦っているからさ」


 『そんなことばかり言って……泣きそうになるじゃないですか。ですが……ありがとう、実王さん。貴方と共に戦い、一緒にここにいることに間違いはなかったんですね』


 人から憎み恨みの声を投げつけられるバルムンク。

 あまりに悲し過ぎる英雄の姿に目を背けた。

 側で戦いを見守ってきたが、戦いを重ねるごとに、最初の頃に見せていた敵への遠慮や加減も少しずつ薄れ、冷酷な戦闘マシーンのように迷いの無い太刀筋で敵を切り崩していく。

 ウルドは、数多の戦いで人間らしさを失っていく中、必死に人として自我を保とうとしていたようにも見えた。

 そうして――戦いはとうとう最終局面を迎えようとしていた。


 『そして、これから迎えるのが私の戦いの結末です。大陸が二つだけになり、最終戦争が始まりました』


 再び、空間が揺れ、周囲の風景は炎を映し出す。

 盛り上がる炎、空は暗くどこまでも深い闇が広がる。世界の終わりのような、地獄の光景が目の前にある。

 一体の竜機神バルムンクが刀を構えた。


 「――カイムッ!」


 低く叫ぶウルドの声、向かい合うのはカイム。

 熱風がカイムの頬を撫でた。


 「どうした、刃を向ける相手を間違えているんじゃないか?」


 「いいや、今の私の敵はお前だ。カイム……何故だ……。何で、命を奪った」


 大げさなため息を吐くカイム。

 

 「仕方のないことだ。君だって、戦争に勝利をするために多くの者達を傷つけてきただろ? 今回の敵は強大だった。確かにすぐに巫女の力を吸収することはできないのは悲しいことだが、すぐに新たな巫女を探し出せば良い話だろう」


 「人の命をなんだと……なんだと、思っているのですか!」


 バルムンクは構えていた刀を上段に持ち上げた。

 どうして、こんな事態になったのか……。そう問いかける前に、ウルドが答えてくれる。


 『カイムは、敵の巫女を殺しました。竜機神を倒し、捕獲をすればよい話でしたが、彼女の抵抗はとても激しいものでした。油断をすればカイムも殺されていたでしょう。……しかし、カイムはそんな彼女の命を容易く奪いました。巫女の代わりはいくらでもいる。生まれたばかりの赤ん坊が巫女になるなら、手間なく巫女の力を吸収できると。さも楽しそうに……だから、私は……カイムを倒す道を選びました。例え、己の大陸を滅ぼうが、彼女は生かしてはいけない巫女だと判断したのです』


 重く発せられる言葉に、俺は返事をすることなどできず、黙ってその言葉を耳にした。

 守る英雄と敬われる巫女。互いを支え、互いに愛した大陸の為に戦ってきた末路。竜機神の乗り手なら、これほどまでに悲しい戦いはない。

 バルムンクに乗るウルドが泣いている。彼女の涙すらも薄い笑いで聞き流すカイム。


 「おいおい、何を血迷ったことを言っている。人と人が争えば、命の奪い合いになることもあるさ。私は無意味に命を奪ったわけではない、この選択は、大陸を守るための手段の一つだ。無意味な殺しなどしてないよ」


 「……貴女は狂っている。私が、今回のことだけをきっかけに貴女に刃を向けているわけではない。気づいているか、巫女としての最低限の決まりを守っていない! 勝つために住民を人質にとり、敗北した大陸の資源を根こそぎ奪い、不満を抱える人間には強引にでも洗脳を施す。貴女が行っているのは、力による支配。……巫女のすることではない!」


 カイムはせせら笑う。


 「そこまで知っていたか。うまく隠していたつもりだったんだけどねえ、さすが我が大陸の乗り手。しかし、よくもここまでついてきてくれたね。もっと早く刀を抜いていても良さそうだけど」


 ウルドは一瞬、言葉に詰まる。


 「カイム……貴女が巫女だから……貴女を尊敬していたから、最後まで信じていたかった。全てに意味があると、勝つためにしょうがないと。葛藤しながら、苦しみながらの行いだと信じていたかったの! ……でも、今日の殺しをする貴女は笑っていた! 人を殺す時に、愉快に笑う人など……! だから、気づいたの。貴女はここで息の根を止めないといけない人だと!」


 涙声の叫び声。

 ウルドの訴えかける言葉に、相変わらずカイムは笑顔を崩さない。


 「可愛いね、ウルド。そうだよ、全てに意味があるのさ。ただ勝利をするために、ひたすらに世界を守るために。……それに、疲れもするさ。――たまの殺しぐらい、笑って許しておくれよ」


 戦慄を覚えた。その時のカイムの笑顔を見た俺は、流れる血液まで冷たくなるような、君の悪さを感じる。

 嫌いな食べ物を残す子供のように、学園に遅刻した生徒のように、うっかり宿題でも忘れた学生のように、幼く笑いかけるカイム。その笑顔が、彼女にとって人を殺すという行為の業の軽さを示していた。

 二人の会話が止まる。ウルドは絶句をしていたのだ。自分の信じた者がただの虚像だったことに。


 「――許さない! みんな、貴女のことを信じていたのに! 貴女を殺めることが、世界の理を曲げる行為だとしても……カイム……貴女だけは!」


 ウルドが透き通るような声を、針金のように強く発する。

 バルムンクはその声に反応して、抱え上げた刀をカイムへと振り落とす。せまる刃を前にしてもカイムの呼気は乱れることもなく、常に平常。


 「君のことは、好きだったんだけどね。……残念だよ」


 振り落とされた刃はカイムの座っていた空間を、叩き壊す。その刀は既に刀剣類としての役目はなく、ただ殺意のままに目の前の怨敵を強引な暴力で押し潰すだけの刃だった。

 舞い上がる炎と土埃。地面に刀を突き刺した状態でバルムンクは動きを止めた。


 「うぅ……カイム……なんで……」


 バルムンクからはウルドの泣き声がしくしくと漏れる。

 信じた者に裏切られ、己の手で壊す。十五、六の少女には苦し過ぎる現実だった。

 炎を受けた瓦礫が、再びさらに炎の中に沈む。ただそこには、炎の中に佇む巨人の姿があった。


 「――ありがとう、私のために泣いてくれるのかい?」


 「そんな……」


 カイムの淡々とした声、ウルドの驚愕。

 俺はあらゆるところを見渡すが、どこにもカイムの姿は見当たらない。


 『カイムをお探しですか。彼女は、すぐ近くにいましたよ。……あの瞬間、バルムンクの操縦席に転移しました』


 重々しく告げるウルド。

 じゃあ、今あそこにいるウルドはカイムと二人で操縦席に乗っているのか……。想像を絶する恐怖。殺人をなんとも思わない人間と二人の空間にいるウルドは、きっとまともな思考がとれないはずだ。


 「しかし狭いなここは……面倒だ。少し外に出ようか」


 ウルドの小さな悲鳴が聞こえ、バルムンクの足元に転がる影が一つ。ウルドが、放り投げられたように、突然出現する。乱暴に投げられたウルドは、地面に転がり制服のスカートから飛び出した足を傷つける。

 ふわり、とその前に立つのはカイム。


 「……私の負けね」


 ウルドは擦れた声で呟く。地面に寝かせた足の膝からは、痛々しく血を流す。


 「そうだ、君の負けだ。しかし、私は慈悲深い。……最後の選択だよ、もう一度私と共にこの世界の理に挑んでみないかい」


 「ふざけないでっ……。そんなの、こっちが願い下げよ!」


 大きな動きで肩をすくめるカイム。直後、雰囲気すらも変えるようなカイムの真剣な表情よ。ウルドもそんな表情を見たことがないのか、目を驚きで丸くさせた。


 「――私は三度目なんだ」


 カイムの告げた言葉はウルドには理解できず、自分を惑わす言葉の一つだと解釈をする。


 「何をわけの分からないことを……」


 「やはり、君もピンと来ないか……。また私はさ迷うことになるのか。……理の主を見ることもできないまま」


 憎しみの目を向けるウルドの視線を受けるカイムは、途方にくれたように口にする。

 カイムは一歩一歩、ウルドに近づく。膝を曲げて、その白い手を地面に倒れこむ彼女の顔に伸ばす。


 「さようなら、ウルド。また会おう」


 今まさに命を奪おうと、カイムの手がウルドに触れる瞬間、周囲が眩い光に染まる。

 目の奥にまでずっと残る強烈な光。 

 魔法というものをずっと見てきた俺には分かる。それは間違いなく、魔法の力。

 カイムは、二歩三歩とゆっくりとした動きで後退する。


 「なるほど、そういえば君は魔法を使えたね。しかし、それにしては――」


 「――それにしては強力な魔法だな。て思ったんでしょ」


 よろよろと今にも倒れてしまいそうな体で立ち上がる。それでも、ウルドの口元には笑みが薄く浮かぶ。


 「へえ……これはこれは、予想外だよ」


 「気づいたようね? ……今、この大陸は私を巫女と認めたのよ。ついさっき生まれたばかりの、新米の巫女だけどね」


 ウルドは右手を胸元に持っていけば、その手で触れた。すると、みるみる内に全身の傷が癒えていく。

 巫女を失った大陸は、己の大陸の巫女に刃を向けるウルドを新たな巫女として認めたのだ。

 カイムはそこで初めて、忌々しげに表情を曇らせた。


 「こんなの異常事態ね。……いいや、この世界はこれぐらい起きるかもしれないわ」


 ブツブツと口にするカイム。その間も、ウルドは全身に巫女の魔法の力を体に纏わせる。光の粒子はウルドの体へと集まっていく。


 「何をブツブツ言っているのよ! もう、貴女の好きにはさせない!」


 「たかが巫女一人の力など……。いや……そうか……」


 心底嬉しそうにウルドは口角を上げた。


 「ご想像通りよ。貴女から分けてもらった魔法の力と、今私が持つ巫女の力が混ざっているのよ。私でも分かるわ。……今の私と貴女が同等の力を持つ存在だということがね」


 「運命とは面白いな。数ヶ月前の出来事だというのに、最後の決戦に影響を与えることになるとはな。……やはり、可愛い奴だよ、ウルド。さて、これから、どうしようか。お互いの存在が完全に消滅するまで攻撃魔法でも撃ち合うかい? それとも、私の全身の自由を力で奪い取り、無理やり大陸に吸収でもさせるかい?」


 自分の立場が悪い状況だというのに、再びカイムは口元に冷たい笑みを浮かばせた。なおも、ウルドの体は魔法の粒子が集まり、彼女の体を魔力の光が明々と包む。

 呼吸を落ち着かせたウルドは、瞳に決意を宿らせる。


 「カイム、貴女は世界の理を壊すと言ったわね。……いいわ、お望みどおり壊してあげる!」


 ウルドが地面を蹴る。

 全身に魔力を帯びるウルドが、地面を蹴れば足をつけることもなく、体を宙空に浮かせたままで空を走る。今の彼女は魔力の弾丸。ウルドを核に魔力の弾丸はカイムへと真っ直ぐに接近する。

 思いがけない行動にカイムは、回避動作をすることもできずに彼女の接近を許すこととなる。ガッシリとウルドはカイムの体を抱きしめた。


 「くっ……!? 何をする……!」


 ウルドを振り払おうとカイムは身をよじる。


 「貴女の望んでいたことよっ。世界の理を壊したいのでしょう? だったら、この世界の柱とも呼べる巫女が、全ていなくなってしまったら、理を壊すことはできなくても、この世界の在り方をひっくり返すことはできるんじゃないかしら! 巫女なんていない方が、この世界はずっと幸せなのよ」


 「ウルドッ……。私と共に死のうというのかい!? 自分の命を捨ててまで、守る世界なのかい!? 君は何度も罵られ、破壊者だ悪魔だと口々に言われたではないか。ただ誰かのために戦う君を、いたずらに傷つける世界だぞ!」


 俺は必死に目に涙を溜めるウルドの姿を、見つめ続つめけていた。

 何故だか、ウルドが何で俺を選んだかが、どうして俺はバルムンクを捜し求めていたのかが分かりつつあった。

 だから、俺は分かる。憎しみしか口にしないカイムに負けるウルドではないと。


 「――黙れ、カイム! お前は知らない、世界の美しさ素晴らしさを!」


 「世界は美しくなどない! 人々の言葉は、常に君を傷つけた!」


 「いいや、美しいんだ! 傷ついた私に、優しい言葉をかける人もいた! 傷つける人もいれば、癒すことのできる人もいるんだ!」


 「じゃあ、どうして石を投げる!? 何故、剣を持ち争う!? これは大陸の救うための戦争だった。だがしかし、己の私利私欲のために戦っていた人間達もいることを……お前も知っているはずだ! 武器を作る奴は笑い、己の欲のために人を傷つけ、戦争を金儲けに考える奴もいるだろっ」


 「――知っているわ! そんなの、とっくの昔からね! でも……それは貴女の口にしていいことではない! カイム、人は弱く醜い存在かもしれない……。だけどね、その醜い存在が私達なの! その私達が、自分達を否定してはいけない……否定したら、自分も否定することになる。だから、信じ続けるの! 祈り続けるの! 他者は違う存在だと言うならば、私はずっと貴女にも言い続けるわ……! ――世界は、素晴らしいの! 私達の生きるこの世界を……誰にも否定することはできないわ!」


 「ウルドッ――!!!」


 「カイムッ――!!!」


 光が大きくなる。みるみる内に周囲を包み、辺り一帯の炎や瓦礫を飲み込み、世界を魔力の渦と波が包んでいく。ただ、穏やかな平穏とどこまでも穏やかな白が世界を支配した。

 俺は一人ぽつりと残された空間で、少しずつ意識が覚醒していく。


 『これが、私の最後の人の記憶。……目が覚めると、私は実王さんのお父さんの竜機神として、イナンナにいました。そこからは、実王さんの聞いた通りです。どういうわけか、私はこの世界で竜機神としての生を受けたのです』


 「ウルド……」


 『また、あの草原でお会いしましょう』


 先程までの戦いの激しい声からはかけ離れたウルドの穏やかな声を聞きながら、俺はぬかるんだ水から浮上するような不思議な感覚と一緒に目覚めていく。

 


 

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