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第二十四章 第二部  雛型実王

 国境。ヒヨカは巫女専用の大陸一番の大型飛行船の内部に居る。

 昨日、ナンナルを吸収したイナンナ。巫女の力を失うことで、命を失ってしまう危険性があったクリスカだったが――。


 『いよいよですね。ヒヨカ様、準備はよろしいですか』


 クリスカの声が心に届く。

 巫女の力を失いはしたものの、彼女は脳の姿のままで生き続けていた。

 ヒヨカ、クリスカは飛行船の艦橋で外を眺める。

 飛行船の全ての操縦指揮関連の中枢を担う艦橋内部では、大勢の人間が慌しく動き、各自、その時に備えて様々な場所へ通信を行う。

 イシュタル、その青と白の戦闘用飛行船はそう呼ばれる。大きな両翼は大陸一、鳥の姿をした飛行船の翼の下には左三、右三の砲台が突き出す。そして、真下には翼の砲台よりも三倍は大きな砲台が一つ。


 「ええ、私の覚悟はできています。貴女を吸収する際も、私の気持ちは揺らぐことのなかった。……はじめましょう」


 近くのテーブルの上にクリスカを置けば、ヒヨカは俯いていた顔を上げた。

 イシュタルの頭部に位置する艦橋の中から見渡した景色。数百機もの戦闘用飛行船、浮いてない空間を探す方が大変なほどの数え切れない数の竜機人。空を埋め尽くさんとするのは、イナンナ、メルガル、ナンナルの戦士達。

 ヒヨカはその光景に眩暈を覚える。自分は、今から何か恐ろしいことを始めるのではないか、そうした不安に駆られる。……だがもう、怒りに染まる瞳は不安程度は揺らがない。

 魔法の力。今、この宙域に存在する味方全ての心に声を届ける。


 『皆さん、巫女ヒヨカです。よくお聞きください』


 強大な魔法の力を手に入れたヒヨカにとって、どれだけ遠方にいる人間達に声を届けることなど造作もないことだった。

 ヒヨカの演説は続く。


 『皆さんには、感謝をしています。イナンナ、メルガル、ナンナルの人々が手を取り合うなんてこと、今まででは考えられないことでした。戦争なんてものではなく、もっと明るい方向で一つになりたかった。……これは、私の力不足が招いた結果でもあります』


 ヒヨカは自分が今から座ろうとする席。艦橋の中央に位置するのは、全ての統括する指揮者の椅子。重たい椅子だ。ヒヨカは、その椅子を撫でる。


 『過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。私達は、過去には生きていない。未来に生きている。ですが、現在を作り上げた闇が存在するのも事実。……その闇こそ、我らが恨むべき最大の敵カイム。メルガルを崩壊させ、巫女の不在を知りながらも報復として多大な被害を受けたナンナル。そして……次なる標的は、皆様の命と想いを背負うこのイナンナです』


 艦橋で自分の位置に座る乗組員の顔を見る。真っ直ぐな表情を伺い、満足そうにその顔つきを見返す。


 『共に刃を向け続けた日々は終わりです。争いを争いで終わらせることなど愚かなことだと言われても構いません。それでも、今だけは力をお貸しください。……共に討ち滅ぼしましょう。真の敵、世界の破壊者である魔王カイムを。剣で闇を切り裂き、その盾で愛した者達を守りましょう。これで終わるのです。これで終わらせましょう。よくお聞きください、守護者たる戦士達よ。この戦いに勝利して――愛する者達を守るのです!』


 届け、響け、と華奢な手を振り上げた。

 それぞれが咆哮を上げ、それぞれが高ぶる気持ちを大きな声に乗せる。

 艦橋内で喚き轟く声、風に乗って他の飛行船や乗り手達の声も耳に入る。

 ヒヨカは、戦争を指揮する者としてその椅子に深く腰を落とした。


 「これで、私は……もう後戻りできない」


 いいや、と首を振り。ヒヨカは思う。

 これでいいのだ。愛した二人が苦しむ姿を見たあの時から、私は正義の皮を被った悪になることを誓ったのだ。

 きっと、後の歴史は告げる。私を争いへと導いた巫女だと。身勝手な憎しみから、人の心を操り、他者の想いを武器にする。

 私に戦う力はない。だが、巫女としてなら、世界を薙ぎ払う剣を握ることができる。ごめんなさい、すいません。きっと、今からどれだけ謝っても、償うことができない罪を背負うことになる。それでも、私は……カイムを倒したい。

 滅ぼそう、世界が綺麗になるまで。あのカイムという名前の悪魔を破滅へと導く者となるのさ。

 先頭の方で光が瞬いた。

 開戦。この世界の命運を決める戦争が始まった。



                ※



 清々しい風の中、俺は驚きの中で口をパクパクと動かす。


 「ど、どういうことだよっ!? バルムンクて……へ……えぇ!?」


 狼狽する俺に、不満そうに口を尖らせる少女。


 「むぅ……。そんな寂しいこと言わなくても……。せっかく一緒に戦って来たのに……。私ですよ、私がイナンナの竜機神のバルムンクですっ」


 「いやいや!? どういうつもりで言っているかは知らないけど、どう考えてもおかしいだろう!? 俺の知っているバルムンクは、もっとメカメカしいて言うか……いや、それ以前に、君はどこからどう見ても人間じゃないか!」


 「ええっと……。どう説明すればいいのでしょうか……」


 「俺に聞くなよ……。あー……まあいい……じゃあ、君がバルムンクだとして、何で俺の目の前にいるんだ」


 心配そうな声を上げる少女に、呆れ気味に返事をする。このままやりとりをしていても、平行線になりそうな気がしていたので、一度言い分を受け入れた上で質問をしてみた。


 「そうですね。……実王さんは、ここに来る前の記憶て覚えていますか?」


 「ここに来る前の記憶……? 確か、ナンナルに行って……そしたら、カイムが現れて、ザイフリートと戦うことになって……あ」


 「そう、実王さんはザイフリートに敗北しました」


 思い出した。ザイフリートとの戦闘中、確実に攻撃を与えたかと思えば、手が消え、足が消え、胴体が消え、効果的な一撃を与えることができなかった。その内、冷静に状況を見ることも忘れ、ただ敵の姿を追いかけることだけを考えていた。そうして……ザイフリートの大剣による一振りを受けた。

 切り落としたと確信していた。しかし、その直後。奴の腕は再生し、ザイフリートの一撃を受けた俺は、そのまま意識を失ったんだ。


 「……ああ、思い出したよ」


 「おなか、痛かったんですよー。……まあでも、そこまで覚えているなら、良かったです。記憶喪失にでもなっていたら、また説明が大変でしたから。説明苦手ですっ」


 「どこを切られたかも知っているんだな……」


 「ええ、私がバルムンクですからっ! そこで、私の流れた血液と実王さんの血液が混ざり合って、より心の深いところで繋がることができるようになったみたいです。実王さんは知らないみたいですけど、私って魔法の類が使えるんですよ。時々、実王さんの体を借りて力を貸していたりしたんですけど……気づいてましたかっ?」


 えっへん、と胸を張る少女……いや、バルムンク。薄着の服で揺れる胸元から目を逸らし、再び顔に視線を送る。


 「うーん……まあ確かに、戦闘中に記憶を失ったり、誰かに操られそうになったことがあったな」


 確かに、バルムンクに意思があって、魔法を使うこともできるなら、俺の体を思いのまま操ることも簡単にできるのかもしれない。 

 信じない、と選択することは簡単だ。しかし、今この状況を見れば、信じない方が難しい。

 二人だけの草原。初対面であるはずの少女。違和感はあるものの、常に一緒にいたような不思議な気持ち。そして、俺しか知りえない情報。……それに、少し話をして思ったが、嘘をつくような人には見えなかった。


 「……私のこと、信じてもらえませんか?」


 あのバルムンクが、と笑ってしまいそうになったが、びくびくとしながら質問をする少女に対して首を横に振る。


 「いいや、信じるよ。バルムンク」


 笑いかけてみれば、嬉しくなったのかぴょんぴょんとまるでウサギのように跳ねるバルムンク。


 「さっすが、実王さんです! やっぱり、私の相棒さんですっ!」


 今にも抱きついてきそうな勢いのバルムンクへ手を伸ばして制止させる。


 「ああ、信じてやる。……だから、教えてくれ。今の俺の状況を。今でさえ、特殊な状況なんだ。現実なら、お前は竜機神。そして、実際にはこんな草原なんていないよな。特殊過ぎるんだよ……。教えてくれ、今どうなっているかを」


 途端、バルムンクは悲しげに顔を下に向ける。


 「……それは」


 言いよどむバルムンクの肩を掴む。


 「頼む。教えてくれ。……話さないと先へは進まないんだろう」


 俯き気味の顔を上げた。


 「……はい、実王さんは大変危険な状況です。とても死に近い状態です。ザイフリートの一撃を制限解除をしたままで、まともに受けてしまい、全身傷だらけ、一命を取り留めたとしても、何らかの後遺症が残る恐れがあります。それだけではありません、侵攻するエヌルタを迎え撃つために、ナンナルを吸収したイナンナの戦争が始まりました。……今の我を失ったヒヨカ様では、イナンナは負けてしまうでしょう」


 「……そうか、状況はそこまで悪いのか……」


 「すいません、私の力が及ばず……」


 「いいや、バルムンクのせいじゃない。あの時の俺の力が奴に及ばなかっただけの話だ」


 バルムンクの小さな肩から手を離す。

 結局、俺は誰も救えなかった。その現実が残るのみだ。それでも、ただただ無念だ。愛した者も、たくさん救おうとした。そんな、俺の気持ちはやはり高慢だったのか。

 違う。……いくら葛藤しても、これはただ奴を倒す力が俺にはなかっただけだ。


 「実王さん、こちらを見てください」


 声の方を見れば、すぐ隣にバルムンクが立っていた。


 「どうしたんだ……」


 ぴたりと密着するバルムンクの体。温かく、豊満な膨らみも腕に当たるが、それもただの感触でしかない。

 今の俺の中にあるのは、ただの空虚だった。


 「……実王さん、悪あがきをしてみませんか」


 「悪あがき?」


 「はい、私の力だけでは実王さんを救うことはできません。しかし、もしかしたら、外から特別な力を受ければ、実王さんが再び立ち上がることも可能かもしれません」


 心の中に水が流し込まれるように、活力が満ちていく。


 「それ、本当か!? まだ、戦える可能性があるのか!」


 バルムンクは深く頷いた。


 「ええ、ヒヨカさんの魔法の力に反応したからこそ、私はここに立っています。それは、確実に実王さんの中で起きた変化です。そして、変化は可能性だと私は考えています。……またもう一度、この空間に変化が起きるなら、実王さんは再び戦う力を手にして、立ち上がることができるはずです」


 「変化、か……」


 俺は口元に笑みを浮かべた。

 己の手での変化を望んでいた。その俺が、自分を導くための変化を誰かに委ねるのか。


 「実王さんが目を覚ますためには、ただ待つことしかできません。しかし、私が話をしているのは、その先の目を覚ました後の話です」


 「俺が目を覚ました後? ……目を覚まして、カイムを倒しに行くだけじゃダメか」


 大きく首を横に振るバルムンク。


 「今のままでは、ザイフリートに返り討ちに合い終わりです。……今度の戦いは、世界をひっくり返す戦いになります。ザイフリートを倒したとしても、その先にはカイムが待ち構えています。彼女は、シクスピースでも特別な存在です。まともにやっては、彼女を倒すことはできません。……しかし、今から行う悪あがきで、新たな奇跡を起こせるかもしれません。奇跡を待っている間に、私と実王さんで、奴を倒すために頑張りましょうてことですよ。時間の節約ってやつですね」


 「じゃあ、どうすりゃいいんだよ。ここで、体を鍛えればいいのか。それとも、今から魔法の勉強でもすればいいのかよっ」


 今度は小さな動作で首を横に振った。


 「それも良いかもしれません。しかし、それもいつになるかは分からないのです。……なので、今から無理やりにでも、魔法を使ったバルムンクの戦いを頭に叩き込んでもらいます」


 バルムンクは、俺の顔にぐいと顔を近づける。少女特有の赤い頬と、小さく息をする可愛らしい唇が俺の目の前に飛び込んでくる。


 「――覚悟、できていますか?」


 俺の気恥ずかしさを吹き飛ばすほどの真剣な声。

 呼吸を落ち着かせるために、小さく息を吐く。


 「そんなの、とっくにできているさ。――覚悟なんて、ずっとしてきたんだ」


 バルムンクの頬が緩んだ。直後、バルムンクの唇が俺の唇を塞いだ。

 あぁ、柔らかいな。そんな呆れるようなことを心の中で思えば、次第に視界が暗くなっていく。

 体の力が抜けていき、頭に現れたのは弾力感のあるもの。それは、バルムンクの太もも。

 膝枕された喜びを感じる間もなく、どんどんと意識が暗闇に落ちていく。


 「すいません、実王さん。貴方の心と私が繋がる瞬間、貴方の過去を見てしまいました。……代わりにというわけではありませんが、これから見せるのは、私の記憶。この世界で、私の記憶を託すのに相応しいお方だと判断しました。私のこと、よく見ておいてくださいね。――優しき相棒、雛型実王さん」


 ゆっくりと水の中に沈んでいくように、俺はその心地の良いまどろみを受け入れいく。

 子守唄とも思える優しげなバルムンクの言葉を耳にしながら、ゆっくりと、意識は落ちていった。

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