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第二十三章 第四部  絶望

 白い壁、クリーム色の扉。引いてみれば、たくさんの機械に繋がれた彼の姿。顔を包帯で隠し、清潔感のあるベッドで小さく息をしている。

 ヒヨカは雛型実王の前に立つ。


 「……実王さん。私、戦うことを決心しました。この戦争の先を見に行きます」


 今にも泣き出しそうな顔で笑いかける。実王は、その口元に繋がる呼吸器が吐き出す息で揺れる。


 「今、実王さんがこのような姿になっているのは私のせいです。ずっと、謝らないといけなかったのに、誤魔化して生きてきた気がします。……だから、今ここで謝罪をさせてください。……ごめんなさい」


 ヒヨカは頭を垂れる。水色の髪が流れ、深く長い時間下げ続ける。

 ヒヨカは考える。次に顔を上げる時は、私の子供の部分を捨てる時だと。

 願う。お姉ちゃんと幸せになってください。

 祈る。目を覚ましてください、悲しむ人達がいます。

 気づく。彼を兄のように慕い、大切な人だと思っていたことに。

 また、願う。巻き込んでしまった私を許してください。

 また、祈る。お姉ちゃんを許してあげてください。……お姉ちゃんの想いは本物です。せめて、貴方を愛している彼女のことは。世界がどんな形になっても信じてあげてください。

 また、気づく。もう顔を上げないと、二度と巫女に戻れなくなる。

 ヒヨカは顔を上げた。綺麗なロングヘアーが、大きく揺れる。


 「いってきます、実王さん。意識があるなら、私を信じて待っていてください。貴方達の幸せは私が必ず守ります」


 ヒヨカは強い眼差しで実王の顔を見れば、深く瞼を落とす。小さく息を吐けば、彼に背中を向ける。そして、重たくなっていた瞼をこじ開ける。

 ヒヨカの目に迷いはなかった。

 病室の外に出たヒヨカを待っていたのは、クリスカの入ったカプセルを抱えたルイザの姿だった。


 「ルイザさん? どうしたのですか……」


 ルイザはこくりと頷く。


 「うん、クリスカ様が用事があるそうなんですよ」


 「用事?」


 ルイザは首を傾げるヒヨカに、聞こえやすいようにカプセルを持ち上げる。実際のところ、心に話しかけるように会話をしているので、どれだけ近づけようが変わらないのだが、あえてそこには触れずにカプセルを見つめる。


 『お忙しいところ、すいません。この会話は、私とルイザ。そして、ヒヨカ様にしか聞こえないようにしています』


 神妙な声のクリスカにヒヨカの表情は力の入ったものになる。


 『怒らないで聞いてください。例え、イナンナの戦力を集結し、力を吸収したヒヨカ様でも、エヌルタは倒せるかどうかは分かりません。……そこで、私に考えがあります』


 「教えて、私はどうしても負けるわけにはいかない」


 『はい、それは今の私ではできないことです。ですが、力を吸収したヒヨカ様なら可能かもしれません。……大きなの賭けになります。失敗すれば、戦力を失い、成功すればザイフリートと同等に、いえ、それ以上にもできるはずです。しかし、これは今までどの巫女も乗り手も行ってきた』


 「もったいつけないでください。……まずは、その方法というものを教えてください」


 『はい、その方法は……実王さんにどこまで背負わせることができるのか、実王さんをどこまで信じることができるのかに、かかっています』


 ヒヨカはクリスカの脳をキツイ目つきで見る。


 「実王さんを戦わせようと言うのですか……?」


 『ええ、彼しか倒せないはずなのです。カイムは、私達を追いかける直前にそう言ってました。自分達を殺せる存在だと』


 「実王さんのことを……。どうして……」


 『私には分かりません。ですが、実王さんとバルムンクには、それだけの可能性があるのです。その可能性を強固にするために、ヒヨカ様の力が必要なのです』


 ヒヨカは我慢できなかったのか、声を大きなものにする。


 「もう、遠回しの話はやめてくださいっ。まずは、その提案を聞かせてくださいっ」


 『……分かりました。ルイザ、貴女もよく聞きなさい』


 クリスカの言葉に、ルイザは興味深そうにカプセルを覗き込む。


 『――グングニルとバルムンクを一つの竜機神として生み出します』


 クリスカが高らかに宣言する。

 言葉の意味が飲み込めず目を丸くするヒヨカと、ただただ首を傾げるルイザが、そこに残った。



                ※



 次に雛型実王の病室に入ってきたのは、つい先程作ったばかりの頬傷を白い肌に浮かせるレヴィ。

 ベッドまで近づけば、雛型実王の顔を見下ろす。痛々しいその姿に、まるでその痛みを自分が受けたかのように顔を歪めた。


 「元気にしてる? ……て、そんなわけないか」


 力なく笑ってみせるレヴィ。

 ベッドから垂れる腕に気づき、その手を握るとベッドに戻す。


 「私、さっき竜機人の訓練をしてきたの。私も戦場に出て戦うわ。……レオンの残してくれた真紅のゲイルリング。これが私の竜機人よ」

 

 紅色の指輪を、その手から外して実王の顔に近づける。

 反応をしない実王に、悲しげに視線を落とす。


 「……ヒヨカも戦うし、ルカもナンナルと竜機神としての名目で戦う。実王、ヒヨカはアンタに戦ってほしいとは思ってないみたいだけど、アンタは一人だけ寝ているなんてイヤよね。そういう奴だってこと、よく知っているわ。私は、アンタに二度も三度も助けてもらったのよ。……実王がどういう気持ちで、戦ってきたのか知っているの」


 一度、何か言いたそうに顔を上げるが、悲しげに視線を逸らした。

 自分の言葉では彼に届かないと、自分のチカラでは彼の心を呼び覚ますほどのものはないと。吐き出した気持ちを、その口の中に溜まる唾液と一緒に飲み込む。


 「共に戦う私から告げるわ。……早く目を覚まして、実王。みんな、アンタの帰りを待っているの。実王、待っているわ」


 包帯をしてはいるが、彼の傷のほとんどはヒヨカの魔法で治療が済んでいる。それでも、目覚めようとしないのは、何故なのか。それは魔法を流し込んだヒヨカにも、治療をした医者にも、つい先程まで彼の手を握っていたルカにも、精神を壊された空音にも、今目の前にいるレヴィにも……分からない。

 レヴィは、愛した人のベッドに背中を向けて、病室から出て行く。

 病室を出れば、壁を背もたれに立つルカの姿。腕を組み、明らかにレヴィを待っていたという感じに挑戦的な視線を向ける。その視線は、決してレヴィへの挑戦ではない。まるで、相容れることが出来ない友でも見るように。


 「……ルカ、アンタも実王の顔でも見に来たの?」


 ルカは首を横に振る。


 「いいえ、私は彼が傷ついた時も、眠っている時も近くにいた。……十分よ」


 小馬鹿にするように笑うレヴィ。


 「じゃあ、私の顔でも見に来たの?」


 「空音の顔を見にきたついでよ。貴女の顔なんて、好きで見たくなる顔じゃないわ。ただ、ここにいただけよ」


 「でしょうね」


 お互いに鼻で笑う。

 どちらの顔も面白いものではないが、その合わせあった目線で、彼女達は互いの意思に気づく。

 レヴィが通路を歩き出すと同時に、その隣をルカも歩く。ズレていた歩幅は、互いの呼吸が折り重なりつつ一つの音にまとまっていく。

 二人の目指す先、それは戦場。

 イナンナの申し出を受けたエヌルタとの決戦は、明日に迫っていた。 

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