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第二十三章 第二部  絶望

 バルムンクは出来損ないの生物のように激しく痙攣をした。

 ガクガクと体を揺さぶりつつ、バルムンクは生命の終わりを思わせるゆったりとした動きで、傷ついた手をカイムへと伸ばす。


 「世界の救世主のお役目ご苦労様。これからは、私が世界の破壊者として、世界を創造していくのさ」


 『カ……イム……』


 バルムンクの声が聞こえる。それは、実王であって実王ではないもの。

 ルカやルイザは、その声に喜びで目を大きくさせた。そうした反応はカイムも例外ではない。彼女達と違うのは、カイムの顔はほんの一瞬だけ驚きの混ざった表情だということ。

 感嘆にも似た吐息を漏らすカイム。


 「あぁ……似た波動を感じた時から、もしかしたらと思ったんだ……。そんなところにいたのか……君は……」


 嬉しそうに目を細める。なおも、バルムンクの手はカイムへと伸び続ける。


 『カイム……。カイム……!』


 「ああ、ここにいるよ」


 伸ばされた手がカイムへと触れようとしたその時――。


 『――遅くなりました。カイム様』


 バルムンクの腕は、空から高速で襲来したザイフリートの大剣によって切り落とされた。ザイフリートは、カイムをまたぐように二本の足をしっかりと地につけた。

 腕を切り落とした際に、カイムへとふりかかった体液。粘着質のその液体を受けながらも、表情は変えず、相変わらず底の見えない笑みを浮かべ続ける。


 「……バルムンクと名乗っていたね、君の血液はとても温かいよ。セト、別に待ってないさ。久しぶりに懐かしい知り合いと邂逅しただけさ」


 『……申し訳ございません』


 カイムはセトの微妙な変化に気づく。


 「なんだい嫉妬しているのかい?」


 『いいえ、そんなことはございません』


 「そうかい? まあいいさ。セト、その大剣を構えろ」


 ザイフリートは大剣の柄を上に、刃先を地に這うバルムンクへと向ける。その巨大な刃は、バルムンクの首へと狙いを定めている。


 『了解』


 「なんだい、やっぱり気に入らないじゃないか。……彼は恐らくこの世界で唯一、私達を殺せる存在だ。形は違っていても、私を殺せる力を秘めている存在だ。セト、消せ、壊せ、塵芥に変えろ。雛型実王、バルムンクをこの世界から完全に消滅させろ」


 カイムの言葉に、セトは声にして返答することはしなかった。

 今にも生き絶えそうな竜機神へと刃を――。


 『――やらせないんだからッ!』


 ――ガキィン! 高い金属音が地面を抉りながらも響き渡る。ザイフリートの振り落とされた刃はバルムンクを仕留めることはなかった。そこには、バルムンクの姿はなく、撒き散らした体液が残るのみだ。

 傷だらけのバルムンクを抱きかかえるのは、翼を大きく広げたグングニルの姿。その肩には、ルカ。その手の中には先程入っていたカプセルよりも小さな、人の頭程度の大きさのカプセルを抱えていた。カプセルの中で満たされた液体の中には、クリスカの脳が揺れる。

 先程、カイムの意識がバルムンクへ集中している内に、その隙を見てクリスカのカプセルを緊急時のものに移していたのだ。


 「邪魔するのかい……? 今回ばかりは、容赦はできないから」


 『なに……こわい……』


 カイムの低く唸る肉食動物を思わせる獣の声。今、初めてカイムは本能的な殺意を上空のグングニルへと放出する。

 全身に鳥肌を立たせるルイザ。ルカがルイザへ叫ぶ。


 「何をしているの! 早く逃げて、早くっ」


 ルイザは我に返る。先程まで、見下ろした先にいたザイフリートの姿がないことに気づく。


 『逃がしませんよ、ナンナルの乗り手』


 横からのセトの声に、ほぼ無意識に反対方向へと機体を反転させる。寸前のところで回避に成功する。


 『くそぉ……! クリスカ様、アレ使うからね!』


 『ルイザ、私を置いて行きなさい。そうすれば、この都市の無事もルイザの無事も約束されるの。だから……』


 初めての竜機神同士の命のやりとりに焦った口調でルイザが言うが、反対にクリスカは淡々と言葉を並べる。


 『イヤだって言っているでしょ!! 私は、クリスカ様と一緒にいたいの! それに、アイツら絶対に約束守らないよ。そんな気がするの!』


 我慢できずに、ルカも言葉を続ける。


 「クリスカ! この子の言う通りよ、奴らは素直に言うことを聞くほど甘い奴らじゃないの。分かるでしょ!?」


 ルイザは会話をしながらも、その翼をはためかせて遺跡の外へとグングニルを脱出させる。グングニルの基本的な能力は高く、そのスピードは全大陸の竜機神の中でも最速のもの。瞬間的な速度はノートゥングが勝るかもしれないが、普段のノートゥングならば到底追いつけるものではない。

 背中ごしに追いかけるザイフリートの速度も予想以上に速く、距離をおこうとしても、なおも視界からは消えることない。

 都市の中を飛び回りつつ、ザイフリートから逃げ続ける。


 『このままじゃ……だめになっちゃうよ……。クリスカ様、お願い!』


 『……』


 無言のままにクリスカにルカの苛立ちは頂点に達する。


 「ねえ、このままやられるわけにはいかないの。私達の同盟のこと、今なら分かってくれたでしょ。私達の理解を超えたとてつもない存在が、世界を黒く塗り潰そうとしているの。今ここで抗わないと、ナンナルどころか世界が危ないの……。だから、ここで降参するのはやめて。大陸の外の世界に目を向けてよっ。貴女は、ナンナルの巫女だけど……世界で六人しかいない巫女なのよっ」


 胸の中で抱えていたカプセルに、よく聞こえるように強く叫ぶ。

 実際のところ、クリスカに耳はないので、どれだけ叫ぼうと大きな声だと感じることはない。だが、脳から発せられる魔法の流れで、相手のまとう空気や体温や微妙な呼吸の変化で感情や声を読み感じ取るクリスカには、どれだけルカが必死なのかが強く伝わる。


 『すいません。ルイザ、ルカさん。……決心しました。今ここよりイナンナとの同盟を結びます。同時に、ルイザ。グングニルの全力の力を使い、この場からの撤退を行ってください。目的地はイナンナです。私がナンナルから離れたことを知れば、ナンナルの大陸の住人は守ることができるかもしれません……。お願いします、ルイザ。貴女の乗り手としての能力を全開に使用することを許可します』


 『――待ってました! ルカおねえちゃん、クリスカ様! 危ないから、操縦席に入ってね!』


 嬉しそうにルイザは声を上げれば、ルカとクリスカを乱暴に操縦席に放り込む。危険な状況で、雑に操縦席に二人を放り込むことも、彼女なりの二人を守る術だった。

 ルイザは強く念じることで、グングニルの眠っていた力を呼び覚ます。

 急に投げ込まれたせいで、うまく着地できずに情けない態勢のルカが急かす。


 「ザイフリートが来る……! どうするつもりなのっ」


 操縦席内部からも分かるように、ザイフリートは速度を上げてその目立つ姿を大きくさせつつある。

 ルイザは少年のようにペロリと自分の唇を舐めた。

 グングニルは全身から光を放つ、薄暗いナンナルにおいて、その輝きはまるで突如として出現した太陽のようだった。淡い光は、少しずつ目に刺激を与えるほどのギラギラとした輝きで都市を照らす。


 『今だっ! グングニル、行くよっ。――絶速ッ!』


 ザイフリートを操縦し、今まさにグングニルにその大剣を伸ばそうとしたセトは、驚きで口を開いた。そうして、ぐっと言葉を飲み込むように閉口。

 つい先程までいたはずのグングニルの姿はなく、雪を落とし続ける薄雲の空が広がるばかり。それでも、乗り手として高い能力を持つセトは揺らめく風の流れや雪の流れる方向から、グングニルがどのような能力を使用して、この場から消えたかを察する。


 『なるほど……。今のが……ナンナルの……』


 次に口を開いたセトは、表情のないままにそっと口にした。

 寒空と一変した静寂の中、ザイフリートは視界から消えていった方向をただ見つめ続けた。



               ※



 ルカが背後を振り返る。気が付けば、都市は既に視界の隅。ほんの数秒前までの光景ならば、ザイフリートがその大剣を振り上げていたところだった。ザイフリート以外の世界が、まるで巻き戻しのように変容している。

 驚きから呆けた様子で口を開けるルカ。


 『驚きましたか? これが、グングニルの特性である絶速です。絶速は、全ての竜機神が追いつけない速度を発揮することができるのです。絶対的な速度、何びとたりとも触れることの絶対の世界、竜機神という兵器を速度という概念に進化させる力。……全ての速度に関する事柄で頂点に立つ力です』


 説明をするクリスカの言葉に、ルイザは楽しそうに笑う。


 「クリスカ様は、難しくいろいろ言い過ぎだよ。簡単に言うとね、いつも早いグングニルを誰も追いつけないぐらい、もっーとっ早いグングニルにすることができるんだ」


 ルイザの説明はざっくりとしたものだが、目の前で起きたグングニルの能力の補足説明には十分なものだった。

 これだけのスピードを出すなら、絶速と言う大げさな名前でも納得できる。ルカも飛行船や車、己のブリュンヒルダやノートゥングとの模擬戦などと大陸でも早いと呼ばれるものと関わり、操縦したこともあるが、今のグングニルは短い距離を瞬間移動をしているのと何ら変わらないものにも思える。ルカの目には、それどころか速度という概念すらも超えているように思えた。

 ルカは頭に浮かんだ疑問を二人にする。


 「……この力を使えば、ザイフリートでも倒せるんじゃないの?」


 「あ、あはは……えーと……」


 ルイザはルカの質問に苦笑をする。困っているのか、チラチラとクリスカの方を見る。


 『……情けない話ですが、絶速を使っている間は戦うことはできないのです。操縦席から外を見てみてください』


 言われた通りにルカは少し顔を上げて周りを見てみれば、「なるほど」と声を漏らす。

 グングニルは確かに戦える姿ではなくなっていた。二本の腕は脇の下に折りたたまれ、足は真っ直ぐに伸びる。上を向いていた頭部は倒されて水平に。――グングニルは鳥型へと変形していたのだ。

 武器である爪も収納されているようでは、攻撃することもできない。


 「確かに、これは逃げるしか方法はないわね」


 ふぅと一息吐けば、ルカは手に持っていたクリスカのカプセルを地面に置き、操縦席のルイザに顔を寄せる。


 「ルイザ、このままイナンナに向かって。これ以上、この大陸にいたら危険だわ。……それに、実王も心配だわ」


 変形したグングニルは二本の爪でガッシリとバルムンクを掴んで飛行する。視界の隅、時々に見えるバルムンクの体液を流し続ける姿に眉をひそめる。


 「うんっ、絶速を全開で飛ばすね! クリスカ様もお兄ちゃんも絶対に死なせないんだからっ」


 強い意志をその瞳に宿し、ルイザは操縦桿を元気いっぱいに握り締めた。


 『ルイザ……。絶対に、ナンナルに帰ってきましょうね』


 ルカはクリスカの呟きに居たたまれなそうに視線を逸らし、ルイザは強く頷いた。


 「うんっ。絶対に、帰りましょうね。クリスカ様っ」


 無邪気な声を出しているが、ルイザの涙声が操縦席に響いた。

 ルカとクリスカは、ルイザの涙に気づいてはいたが、今にも泣き出しそうな少女に簡単にかける言葉など見つからず、口を閉ざし前を見つめ続けた。

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