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第二十三章 第一部  絶望

 俺とルカは、降りてきた階段を戻る。

 心底、腹が立っていたルカの足音は少し騒がしいが、俺の足音は弱く音すらしない。


 「許せない……。絶対、あの巫女おかしいわ」


 「……しょうがないさ」


 先程からブツブツとルカは、怒りの言葉を口にする。何度目か分からない、ルカへの「……しょうがない」の返答。


 「それでいいの、実王は」


 「いいわけねえけどさ……」


 ルカの怒る気持ちはよく分かる。しかし、それでも大陸によっては、その存在の仕方というものがあるのも事実だ。昔と違い、この世界のことを多少なり知っている自分からしてみれば、これも予想できた一つの結果といえる、

 横を歩いていたルカが足を止めた。追い越してしまった俺は足を止め、ルカの方を向いた。


 「ねえ、実王は……本当にそれでいいの?」


 「よくねえよ。だけど、この大陸の平和を壊したくない。それを巫女や住人達が望んでいないんだ。その人達の気持ちを無視してまで、一緒に戦ってほしいとは頼むことはできないさ」


 「正論よ。そんなの、実王らしくない」


 ムッとした顔のルカの視線を受け、俺は目を逸らした。


 「この人達の幸せを壊したくないんだ。俺は、ただそれだけだ」


 「私だって同じ気持ちよ。……そうやって、今の平和に安心してたら、きっと奴らにナンナルは滅ぼされる」


 真剣な表情を見せるルカ。真っ直ぐな目は、俺が考えている未来よりも、もっと先の未来を見ているのだと気づく。

 ルカの精一杯の気持ち、それは本当にナンナルを守りたいからこそ出る憤りなのだ。大陸を失う恐怖を知っているからこそ、平和な大陸だからこそ、自分と同じ目には合わせたくないのだ。

 しばらく、思考する。その間もルカは、一切の表情を変えず、ただ真っ直ぐな目が俺を射抜き続けるのみ。不安定だったものが、少しずつ頭の中で重なるよう一つになっていく。揺らいでいた心がまとまる。


 「……そうだな、もう少し頑張ってみるか」


 途端に、ルカの顔が明るいものになる。


 「うん、もう一回行ってみよう。何度でも、頼んでみよう。きっと、解決策が見つかるはずだからっ」


 「ああ、だけど、もう喧嘩はするなよ」


 「了解。でも、あっちから来るなら容赦はしないから」


 「……まったく、お前は――」


 ――ドガァンッ!


 「うあぁ!?」


 「きゃ!?」


 神殿全体が揺れた。まるで、大きな隕石が真上から落ちてきたかのようだ。空から落ちる瓦礫に気をつけつつ、俺はルカに覆いかぶさるように抱きつけば、体勢を低くした。

 腰を落とし、揺れる階段から転がり落ちないように足に力を入れる。振動が弱まるのを待って、俺とルカは舞い上がる土埃の中で顔を上げた。


 「くそっ、何が起きたんだ……」


 揺れの発生源は、足元からだ。下……気づく、この下は巫女の部屋。

 振動が小さくなっていくと同時に、嫌な予感が増していく。神殿が揺れるのを経験するのは、これで二度目だ。前回は、この揺れで大きな悲しみを背負うことになった。


 「嫌な予感がするわ」


 ルカが俺を見ながら告げる。先程までの怒りの様子はなく、焦りを感じさせる声色。

 ルカに頷いて応答すれば、上へと向かっていた足は下への方向転換を決定した。

 


                  ※


 ナンナル遺跡最深部、クリスカの声は震えていた。


 『どうして……』


 「どうして? おかしなことを言う。必然さ」


 クリスカに体はない。しかし、断言できる。彼女は生まれてはじめての恐怖を感じているのだと。

 実王を帰してから、数分後。突然の衝撃にクリスカの私室の扉は破壊された。砂塵を内部へと撒き散らし、崩れた瓦礫と粉々になったドラゴンコアがカプセルとルイザの眼前まで転がってきていた。

 ルイザがクリスカのカプセルを背もたれに座っていたことで、一命を取り留めることができた。もしも、壁際にいるようだったら、完全に瓦礫の下に押しつぶされているところだった。


 『ナンナルに近づくことはできないはずです……それが……どうして、私に感知されずにこんなところまで……』


 ありえない、不安定に発せられる声はそう告げていた。

 恐怖は薄く笑う。


 「何度も言わせるな、これは必然だ。既に私は二人の巫女を喰らっている。三人分の巫女の力を持ってすれば、発見も難しいことではなかったよ。発見し、輸入物を運ぶ飛行船に乗り込み潜入、後は魔法の力を全て気配を隠すために使用。そのまま、するりするりとここまで来た」


 簡単に告げる。この世界に住む、ほとんどの大陸が必死に探そうとしていた大陸を発見したことを、何事もないように話す。

 クリスカのカプセルを庇うように前へ出る。


 「おまえが……」


 ルイザは小さな体で、大きな殺気で目の前の恐怖を睨む。


 「なんだい? 臆病大陸の乗り手さん」


 恐怖は髪をかき上げた。

 煙の中からうっすらと浮き上がるのは、黄金の巨人のシルエット。


 「――カイム!」


 カイムは口元を歪ませた。


 「ああ、ナンナルを滅ぼしに来たよ」


 仮面のような笑顔でカイムは笑う。

 カイムの意思を汲み取ったのか、ザイフリートは大剣をぐるんと振り回し、刃先を二人に突きつけた。

 ザイフリートの足元に立つカイムは、ルイザの背中のカプセルに視線を送る。


 「時間、あまりかけたくないんだ。……悪いが、もうすぐ本番も控えているんでね」


 ルイザは首を背中のカプセルに向ける。その瞳は必死に何かを訴えていた。


 「私戦えるよ、クリスカ様。絶対に倒すから。だから、諦めちゃダメッ」


 『しかし……』


 クリスカは苦しげに声を出す。


 「戦えないのさ。ルイザ、君が竜機神を呼ぼうとすなら、それよりも早く君を貫く。結果、戦闘などしなくても、君達はぺしゃんこだ。拒否をすればルイザちゃんとはバイバイ、肯定してみれば、君は巫女としての役目を失うだけで、ルイザちゃんの命を救える。……安いもんだろ?」


 ルイザは怒りで両手の拳を強く握り締めた。


 「いや! 絶対にイヤ! クリスカ様、私は死んだっていいから……。だから、絶対に負けたらダメだよ! 負けたら……クリスカ様でも許してあげないんだから!」


 ルイザの必死の訴え、すぐに言葉が出ないことに驚きつつ、クリスカは考えを巡らせる。

 今から付近の竜機人の乗り手を呼んでもやってくるまでに三分は必要。いや、もしも竜機人がやってきても、この状況が変わることはない。それならば、今から結界を張るか。それもきっとダメだ。絶対に視認されないと思っていた大陸の結界が簡単に破られたのだ。今更、付け焼刃の結界なんて意味のないものだ。

 それならば、ルイザを――。ルイザを……。

 

 『できないわ、ルイザ。私に、それはできない』


 「クリスカ様ぁ……!? どうして!?」


 『ごめんなさい……ルイザが、大切だから』 


 ルイザはその言葉に目を大きく見開く。ルイザの細い足が震えれば、地面に腰を落とす。


 「ずるいよぉ……」


 ルイザは目をごしごしと擦りながら、溢れ出る涙を止めようとするが止まらない。大切な人の素直な言葉を聞きなれないエルザには、とても幸福に包まれとても絶望を感じさせる言葉だった。

 くっくっく、と低くカイムは笑う。


 「結構。それでいい。さあ……答えを聞かせてもらおうか」


 クリスカは、数秒時間をおいて、弱々しい声で周囲に宣言する。


 『ルイザ、ナンナルの皆さん。ごめんなさい。……これから、ナンナルの巫女としての権限をマルドックに――』


 「――カイムッ!!!」


 光の粒子が見えた。発光、巨大なシルエットがザイフリートの背後から出現した。未だに粒子をまとう、黒い影はザイフリートに刀を振り落とす。


 「奇遇だね、君達も来ていたのか」


 カイムは愉快そうに刃と刃をぶつけ合わせる二体に目を向ける。

 クリスカとルイザに向けられていたザイフリートの刃は反転し、突然出現したバルムンクの刀と火花を散らしていた。



                   ※



 俺はザイフリートと二度三度と刃を交えれば、横転をして、クリスカとエルザを守るように立ち位置を変えた。


 『帰ったはずでは……?』


 心細そうなクリスカの声を背中で受ける。


 「帰るところだったよ。だけど、こんな状況を前にして、そのままにはできないさ」


 刀を構え、しっかりと目の前のザイフリートを見据える。

 コイツが、レオンの仇……。最後の彼の姿が脳裏に浮かぶ。


 「お兄ちゃん、私達……。お兄ちゃんのお願いを断ったんだよ……?」


 はっと、ルイザの泣きそうな声を笑い飛ばす。


 「ったく、乗り手て言ってもやっぱり子供だな! 俺がここに来た理由も、子供みたいな理由だけどな」


 「理由……」


 操縦席の中から、未だに涙を流すルイザの顔を見る。


 「くだらねえ理由さ……。もう、二度と俺の前の前で……誰も傷ついてほしくないからだよっ!」


 バルムンクは強く地面を蹴り上げる。

 宿敵の名前を腹の底から叫ぶ。


 「ザイフリート! てめぇは、ちょっと表に出ろやっ!」


 ザイフリートは接近するバルムンクへ向けて、大剣を横に薙ぎ払う。周囲に砂埃を上げるさせるが、そこにバルムンクの手ごたえは無い。

 ザイフリートのノーガードの懐に潜り込む。そこで刀を振るわけではない、腕を広げてザイフリートの腹部を抱きしめるように体を押さえつける。


 『なに……。何をする気だ』


 セトの驚きの混じる声。

 情けない体勢になりながら、ザイフリートの体に抱きついただけあった甲斐があったというものだ。

 

 「もっと、驚かせてやるよ!」


 歯を食いしばり、バルムンクの全身に力をこめる。ザイフリートの腹部にくっついたままで力いっぱいに地面を蹴り、ザイフリートの体を浮かせる。さらに、そのまま浮遊能力も全力まで高める。


 「まだ力が足りないか、デカブツめ! それなら……制限解除!」


 最初から制限解除をしないで、ザイフリートとやり合えるとは思いもしてない。少し浮かせる程度だったザイフリートの巨体は軽い力で浮き上がり、そのままザイフリートを抱きかかえた状態で上方へと空を翔け上がる。


 『離せ……!』


 セトは俺の考えに気づいたのか、ザイフリートの肘や足でバルムンクを蹴り飛ばそうとする。一発が強大で、制限解除で能力を高めているバルムンクといえど、胴体にヒビを入れて凹ませるには十分な攻撃だった。

 必死でその攻撃に耐え、胴体が壊されればすぐさま命が奪われるというギリギリの状況に怯えつつ、遺跡の壁を突き破り、ナンナルの都市に飛び出した。


 「この間みたいに、仲良く生き埋うめになるよりいいだろっ!」


 相変わらず雪の降り続く空へと、バルムンクとザイフリートが出現する。ここで止まるわけにはいかない、都市から離れるために、もう一度強く力を入れて、さらに高く空へと上昇する。

 都市が見えなくなったところで、俺はザイフリートを蹴飛ばして間隔を開ける。


 「さあ……やろうぜ。ここで、お前を止める」


 大剣を両手で握るザイフリート。セトは鼻で笑う。


 『その言葉を言って、本当に止められた人間はいない。……あの愚かな男のようにな』


 セトのレオンを貶す一言に、反射的にバルムンクを発進させていた。


 「それは……レオンのことか――!」


 世界を壊す剣と神をも殺す刀が交錯した。



                 ※


 

 カイムは深くため息をついた。


 「形勢逆転てやつか……。どうやら、私が危険な状況になっているようだな」


 ぐるりとカイムが周囲を見渡せば、再び疲れたようにため息を吐く。

 ルカは手元に魔法の球体を出現させ、カイムを攻撃するために魔力を練る。反対側ではルイザが指輪を輝かせて、溢れ出した光の粒子は竜機神を出現させる準備をしていた。


 「カイム。絶対に逃がさない」


 「カイムおねえちゃんを倒したら、実王お兄ちゃんもクリスカ様も仲直りできる。悪いけど、カイムお姉ちゃんは……壊させてもらうから」


 やれやれと肩をすくめるカイム。


 「怖い二人だねぇ。……逃げも隠れもしないから、おいでよ。最初から逃がしてくれる気もないんだろうし」


 妙な余裕に、カイム以外のそこにいた全員が、次の行動をとることができずにいた。しかし、果敢にもその不確かな空間に飛び込もうとする存在もいた。

 ルイザは手を上に持ち上げれば、右手の指輪を光り輝かせた。


 「ルカお姉ちゃんがいかないなら、私が行くんだから! ――おいでよ、グングニル!」


 瞬間、発光。

 薄ぼんやりだった光の粒子は刹那の早さで、形を作り上げる。そこに出現するのは、ナンナルの竜機神グングニル。

 一言で言うなら、機械仕掛けの鳥人。顔はコンドルを思わせる鋭い目に、鋭角な形。細身に両手の先に伸びるのは鉤爪状の武器だ。まともに手は存在せず、手先は全てその三本の鉤爪の刃によって形成されている。特徴的なところといえば、背中には大きな翼が収納され、黄色をベースカラーにしたその機体にメタリックカラーの翼はより目だって見えた。

 グングニルは右手を持ち上げる。輝く鉤爪が、カイムの元へと振り落とされる。


 『潰れろ! カイムッ!』


 操縦席から聞こえる絶叫。命も奪ったことのない少女の手が、今、汚れようとしていた。


 「……その英断、少し遅かったね」


 クスリとカイムは笑った。

 鉤爪が振り落とされる直前、何か大きな物体が目の前に猛スピードで墜落してきた。

 鉤爪を伸ばしかけた手を突然のことに、すぐさま引っ込めるグングニル。

 再び巨大な衝撃音と土煙。舞い上がる煙のせいで、その周囲の人間達の視界が一時的に閉ざされる。その中でも、グングニルに搭乗していたルイザは、その落ちてきた物体に誰よりも早く気づくことができた。


 「……イヤだよぉ……お兄ちゃん……」


 ルイザは、大粒の涙をボロボロと流す。

 遥か彼方から落ちてきた物体。それは――首から胸元を切断され、その切り口を足まで伸ばすバルムンクの姿だった。

 ごぽっとバルムンクの体液が溢れ出したかと思えば、次の瞬きの間には、スプリンクラーのように体液を噴出した。

 崩れた肉が絶命を主張するように、その液体を吐き出し続ける。

 そうして、ようやくルカは晴れてくる土煙と異臭を放つ体液の中でその姿を確認する。


 「あぁぁ……ぁぁ……」


 ガクガクと体が震え、急な悪寒と激しい動悸、脳内の東堂ルカは気が狂ったようにその人の名前を叫び続けていた。

 だからではなく、心の底からの渇望と祈りから悲鳴に似た絶叫を口にする。


 「実王――!!!」


 愛した彼の乗る機体は、変形した肉片のように体液を流し続けていた。 

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