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第二十二章 第二部 巫女の義務

 飛行船から降りる直前に渡された防寒着である厚手のコートに手袋、そして雪の中を歩くためのブーツを装備する。ガルバさんを先頭に、俺達は外に出た。

 吐いた息が一瞬で白くなり、空気もどこか澄んでいる。いくら厚着しているからといっても寒いものは寒く、ゾクゾクと寒気が襲う。手袋へ向けて息でも吐いてみるが、自分が無意味なことをしていることに気づく。


 「それにしても……。なんで、ナンナルはこんなに寒いんだ」


 「もしかしたら、大陸全土を結界が覆っているせいで、独自の気候が流れているかもしれないわ。だけど、ここまで大きな結界を張るなんて、強大な力を持っている証拠よ。少なくとも、今のヒヨカの力をもってしても、そんなことはできないと思う」


 神妙な顔で返答するルカ。

 ルカの言うことはもっともだった。大陸を隠すほどの力があるなら、他の巫女の助けを借りる真似もしないで済む。ここにいる意味などない。だが、ここまで強力な力を持つ巫女なら、何が何でも同盟を結ばないといけないと強く思う。

 三人、雪の降りしきる飛行場を歩く俺達。

 都市と隣接しているようで、数十メートル先の壁からすぐに都市内部に入れるようになっているようだった。飛行船を避けるように歩けば、一人の青年の姿が見えて来る。

 

 「イナンナの皆さんですね。どうも、はじめまして。リックと申します。……ガルバさんは、お久しぶりです。お元気でしたか?」


 俺達の案内人だろうか。一人の青年が、爽やかな笑顔と共に挨拶をする。周囲の人達も、みんな友好的な笑顔を見せる。

 ガルバさんは青年と握手をしながら、ニッコリと笑いかけた。

 

 「いつもお世話になってますね。今日は、イナンナの使いで来ました。後ろにいるのが、使者である……実王とルカです」


 俺とルカはぺこりと軽く会釈をする。


 「ども、はじめまして」


 「こんにちは」


 頭を下げる俺達を見ていたリックさんは、ほうほうと関心した表情で見る。


 「驚きました。お二人は乗り手なので、もっと高圧的な人物かと思っていましたよ」


 「……俺達が乗り手だと分かっていたんですか」


 一応、俺もルカも指輪はポケットの中に入れてあった。戦闘などするつもりは最初からなかったが、下手に指にはめていたら警戒されるだろうと考えていたからだ。


 「ええ、実は事前にガルバさんから情報をいただいていました。他の大陸の住人である私達に頭を下げられる貴方達なら、巫女様の元まで連れて行っても大丈夫かもしれませんね」


 無用心過ぎる、なんて考えもする。それでも、これだけ自信を持って巫女に会わせることができるということは、心配する気持ち以上に巫女の強力な力を信用しているのだろう。

 まだ見ぬ巫女の存在に、むしろこっちが心配になりながら、青年に声をかけた。


 「俺が言うのもなんですけど……本当に言いんですか?」


 「ええ、きっと大丈夫ですよ。さあ、お二人とも行きましょう」


 「……ガルバさんは?」


 歩き出そうとする青年に声をかけるルカ。


 「俺ができるのは案内までだ。そこから先は、お前達の仕事だ。……リックさん、二人のこと頼んどくぜ」


 「はい、お任せください」


 今まで話をしていたリックさんが優しげな笑顔で頷けば、背中を向ける。

 ガルバさんは俺達の背中を、その大きな手で強く押す。


 「俺は飛行船で待っているよ! 気をつけて、行って来い!」


 ガルバさんの野太い声を聞き、俺とルカは互いに目線で合図をすれば、リックの後をついていくこととなった。

 雪の積もる地面に足跡を残しながら、俺達は不慣れな地面を蹴り進む。都市の壁に作られた人が一人通れるほどの大きさの扉。門番と思わしき人物にリックが会釈をすれば、門番は持っていた鍵でその扉を開く。当然のようにその中に入るリックに続き、俺とルカもナンナルへと踏み出す。

 吐いた白い息が空へ昇る。その息を追いかけるように顔を見上げて見れば、ナンナルの都市の姿が見えてくる。

 家屋からいくつも並ぶ煙突、ずらりと続く建物は西洋風の作り。建造物の一つ一つは、まるでお城のようだ。ビルなどはなく、大きな建造物もコンクリートのような無機質なものではなく、組み合わされるレンガが全て微妙に色が違い、そのズレが逆に人の温かさを感じさせた。

 今まで見た大陸は、元の世界に酷似した部分の多かったが、このナンナルにいたっては、文字通り別世界という感じだ。ここだけは時間の流れが違い、このシクスピースの中でも独自で異世界を作り出しているようにも思えた。


 「綺麗なところね」


 ルカもその風景に感動したのか、ぼんやりと口にする。

 ルカの言葉に嬉しそうに、リックさんが振り返る。


 「そう言ってもらえて幸いです。近代技術もあるにはあるのですが、ナンナルには風景に温かみを求める人間も多くいるんですよ」


 気を良くしたのかリックさんは、目的地までの道を嬉しそうに紹介する。

 この店のパスタが絶品だとか、絶対に凍らない公園の噴水だとか、夜になればライトアップされる建物だとか……しまいには、この家で先日生まれた子供が可愛いだとか。

 観光地情報から、ご近所さんしか知らないような家庭の情報まで。それを嬉々として語る。 


 「リックさん、ナンナルのこと……すげえ好きなんだな」


 説明の合間を見て、リックさんの姿を眩しそうに見るルカに告げる。


 「うん、どこの都市も自分の大陸を守るために、大陸本来が持つ外観を壊してまで防衛に力を入れているところがほとんど。それでも、ここは本来の特性を守り維持し発展している。それは、戦争が無縁だという証明。こういう人がいるってことは、この大陸が平和だということ。でも……これからのことを考えると、気が滅入るね」


 楽しそうにガイド役を務めるリックさんの姿に胸がチクリと痛む。

 俺達はここを戦争に巻き込もうとしているのか。そうなれば、この都市もメルガルのような戦場に変えてしまう。

 燃え盛るメルガルの光景が脳裏に浮かび、俺は一人顔を歪ませる。


 「あ、あの……。すいません、調子に乗り過ぎましたか?」


 心配そうにリックは俺の顔を見る。


 「あ、違いますよ。ただ……少し、考え事をしていて……」


 大急ぎで作り笑いを見せるが、人の好いリックさんは何か言いたそうに俺を見る。

 あ! と大きな声を上げると、リックさんが前方方向に指を向ける。


 「お二人とも、お疲れでしょう! もう少し行けば、おいしいココアが飲める店があるので、そちらで休憩でもいかがでしょうか!?」


 リックさんの気遣いを感じ、俺はどうしようかとルカの方を見る。


 「ココア……ここあ……」


 大きな目をキラキラとさせていた。既にルカの頭の中は、これから向かう場所のことでいっぱいだったようだ。

 苦笑を浮かべ、俺はリックさんのありがたい提案に頷く。


 「いろいろ、お気遣いありがとうございます。それじゃ、休憩しましょうか」


 「はい! お任せくださいよ」


 相変わらず人のよさそうな笑顔を残して、前方に店が見えてくると、ちょっと待っててください、と言えば駆け足でそこに向かう。どうやら、席が空いているかどうかを確認しにいっているようだった。

 俺の袖を引くルカ。


 「ねえ、実王。私もお店の中を見て来てもいい?」


 「おう、行ってこいよ。ここなら、二人の姿も見えるし。待っとくよ」


 ルカはコクリと頷けば、リックの駆け出した方へ向かう。

 外の世界に興味があるルカのことだ。店内で茶を飲めない可能性があると思ったのかもしれない。あれだけお勧めする店内に興味が出たのだろう。

 優しい人のいる大陸だ。この大陸を巻き込んでまで、俺達はカイムと戦わなければいけないのか。ヒヨカと一緒に、平和の道を探していたはずだった。それがいつから、戦う力を求めるようになったのか。守るために力を求めた。しかし、それも誰かを傷つける力だ。

 俺は……どうしたらいい……。俺達は……本当にこれが正しいのか……。


 「――!」


 「あれ……?」


 今、何か聞こえた。何か悲鳴みたいな。

 周囲をキョロキョロと見渡す。ルカ達は、相変わらず店の方にいる。

 少しぐらい離れても大丈夫だろう。そんなことを考えつつ、気が付けば俺の足は声のした方向へ向く。声は少し路地の中に入る。気が付くと、おそるおそるという感じの速度は、早歩きに変わる。


 「たすけて! 誰か……助けてよ!」


 女の子の声が聞こえた。今度は間違いない。

 ごちゃごちゃと考える前に、俺は深く積もった雪を蹴り飛ばし、路地の中へと駆け出していた。

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