第二十一章 第四部 今日の彼 明日の彼女 これからの二人
「なんか、俺。アイツを探してばかりだな……」
肩で息をしながら、周囲を見回す。
最近は、いなくなりすぎなんだよ。と文句も出るというものだ。
やっと出会えた、ずっと会いたくて、近くで守りたいと思った。今日を逃したら、もう空音に気持ちを伝えることもできないかもしれない。
レヴィに気持ちを告げられ、ルカの真剣な想いに触れた。そこで、やっと気づいた。心の底から、大切だと思える人に。
今度こそ、絶対に自分の足で見つける。ヒヨカの力を借りずに、俺は絶対に空音を見つけてみせる。
「探してばかりでもいいさ、必ず見つけるから」
時間はまだ昼過ぎ。今から見つけられるなら、学園祭を楽しむ時間はまだまだある。
この三日間は特別な期間だ。暗くなっても、屋台が当たり前のように客を引き、コンサートやイベントも日中と変わらず行われる。都市全体を通してのお祭り騒ぎが二十四時間休みなく続く。
俺だって初めての学園祭で楽しみにしていたのだ。空音と一緒なら、なおさら心躍るというものだった。そんな絶対楽しくなるはずの三日間を、喧嘩したまま終わりたくない。祈るように周囲を見て、止まる時間などもったいないと足を動かし続けた。
近所の公園に来てみたが空音のいた形跡するない。舌打ちをして、再び公園を飛び出す。
飛び出した直後、痛みのないドンという音と共に軽い衝撃。
「――いたっ」
「あ……ごめん」
悲鳴と尻餅をつく女の子。反射的に、女の子を立ち上がらせようと手を伸ばす。
「実王、実王じゃない!」
「て、レヴィじゃないか……!」
手が触れて、抱えると同時に視界に入るその顔はレヴィだった。
レヴィは額から汗を流し、髪もしっとりと濡れている。よほど慌てていたか、何か精神的なものから異常に汗をかく状況になっているのではと推測した。
「なにか、あったのか」
立ち上がらせたレヴィが、尻の埃をはたく姿を見ながら、真剣な声で質問をぶつける。
「な、何も無いわ、問題ない……」
普段ならこっちが逆に逸らしてしまうぐらい、目と目を合わせて話をしてくるレヴィから考えられないぐらい、しどろもどろという感じで弱々しく声を出す。
もしかしたら、という疑問は確信に変わり、質問から決め付ける言い方に変化させた。
「何かあったんだな」
レヴィは何か考えるように目を泳がせれば、諦めたのか小さく息を吐くと、改めて俺の目線を受け止めた。
「隠していても仕方ないわね。……事件が起きたの、私はその事件を大急ぎで調査中なのよ」
「事件てなんだ、いったい何が起こっている。俺も力になるから」
「嬉しい反面、情けない気持ちになるわね。……そう言うと思ってあまり話したくなかったのよ。でも、今は安いプライドを掲げても得はしないわね。実は――」
レヴィは、学園都市に爆発物が仕掛けられたこと、それが花の中に隠されて人に配られていることを教えてくれた。時間は既に一時間を切り、残り一つの花を総動員させて探してくることも聞いた。
「ふざけやがってっ」
俺はレヴィの話を全て聞き、声を荒げた。
「せっかくだから、実王と空音にはあまり関わらせたくなかったのだけど……。あれ、そういえば、空音は……?」
レヴィはキョロキョロと周囲を見る動作をする。そして、あっと思い出したという感じに声を上げる。
「まだ喧嘩したままなの……?」
「悪かったな。こっちも今、必死で探していたところなんだよ!」
「私が偉そうに言えることじゃないけど、もっと二人とも素直に――」
レヴィが緊急事態というのに、空音のことで文句の一つでも言われるのかと思い、その言葉を中断させようと考えていた時――。
――実王さん!
慌てたヒヨカの声。
「レヴィ、待ってくれ。ヒヨカからだ」
レヴィへ向けて待ってくれと手の平を向ける。
俺は今ヒヨカから脳内へ言葉が届いていることを伝えるために、頭へトントンと指で突くジェスチャーをする。レヴィはそれだけ察してくれたようで、途中まで出てきた言葉をすぐに飲み込んだ。
――なんだ、ヒヨカ。もしかして、爆発物の件か?
――もう知っていましたか。ええ、そのことです。
――さっきレヴィから聞いたよ。急いでいるようだけど……良い報せじゃなさそうだな。
――はい、非情に悪い報せです。犯人が自供をしたおかげで、やっと爆発物付きの花を受け取った該当者の数を両手で数えられるぐらいには調べることが出来ました。その配った人の中に、もしかしたら……。
――……おい、まさか……。
嫌な汗が噴き出す。流れ出る汗を服の袖でごしごしと擦ってみるが、それでも流れは止まらない。次から次に、どろりとした体の奥から不快になる汗が全身から流れる。
――該当者の中に……空音がいる可能性もあります……。
ヒヨカの言葉を聞いた俺は、レヴィに背中を向けて全力で走り出した。
レヴィが何か制止しようと声をかけたが、それも無視して足を急がせる。
いない、ここにもいない、と先程の何倍も早く、全力で空音の姿を探す。
脳内に響くヒヨカの声が、都市を駆け回る俺へ情報を伝える。
――私から何度も魔法で会話をしようとしているのですが、空音が私からの声を遮断しているのです。……おそらく、二人のことですから、また呆れるような喧嘩をしているのでしょうが。この状況では笑い事にすることはできません。
少しばかり呆れたヒヨカの声。
確かにヒヨカの言う通り呆れる。こんなに何度も、空音の手を離すために、イナンナに戻ってきたわけじゃない。
いつものショッピングモールを外の窓ガラスから眺めて見るが、影も形もない。いないところを長居するわけにもいかないので、すぐさま方向を変えた。
――他の人達には、レヴィ達にあたってもらいます。もちろん、空音のことも探しますが……この役目は実王さんの役目だと私は思っています。
赤信号に気づかず、横断歩道に飛び込もうとする俺をクラクションが制止する。舌打ちをして、自分の脚力を信じて歩道橋から駆け上がる。
――お互い素直になる時が来たのではないのですか。確かに、実王さんは異世界の住人ですけど……今、二人はここに生きています。それだけで、世界がどうとかこうとかは吹き飛ばせるんじゃないんですか。そういうのも悪いことじゃないと思いますよ。
良かった。赤信号の横断歩道より早く向こうに着いた。
転がるように歩道橋から降りれば、川沿いの道へ全速力で走る。
――だから……絶対、空音を見つけ出してください。花を持っていても持っていなくても、本当の意味で空音を見つけ出して、救い出すのです。よろしくお願いしますね。……不器用なお姉ちゃんを持つ妹からのお願いです。
走り続ける俺の頭に届くヒヨカの言葉。それは、俺が絶対に見つけ出すという自信を思わせた。
俺は、女の子一人の機嫌もとることはできないし、すぐに悲しませて怒らせる。情けない男だ。それでも……。
人並みを掻き分ける時、俺は大柄な男達の間を通り抜ける。その時、少々強引過ぎるとは思ったが、男達にぶつかる形で通り抜けることになる。
「……おい、兄ちゃん待てよ。ぶつかったらなら、謝れよ」
イライラしながら背後を振り返れば、三人のガラの悪い男達は俺の方を睨みつける。
三人とも、おそらく都市から離れた町から来た人間だろう。俺の顔を知ってい都市の人間達からは、一応乗り手として恐れられている部分もあるので、こういう状況でも絡まれるようなことは滅多にない。……噂が一人歩きしている部分もあるが。
仕方ないと思った俺は、さっさと済ませようと決めた。
「すいませんでしたっ!」
大きく頭を下げて、すぐに三人から背中を向けるが、俺の肩を掴む一人の男の腕。
男の手に力が入っているのが分かる。必要以上に力を入れられた手が、肩に不快な痛みを与える。
「ちょっと、適当し過ぎじゃないか。誠意が足りないな。そこで……ゆっくり話でもしながら――」
「……うっせえぞ」
「へ……?」
俺よりも体の大きな肩を掴む男が間の抜けた声を出す。
話? 今からか? 大切な人が傷つこうとしているのに、それを無視して、当たり屋のような連中とこれからのお話? 馬鹿げている、実に馬鹿げている。
あまりに悠長な言葉、己の怒りで飛び掛りそうな自分を必死に抑える。
「ごめんごめん、聞き間違いだよね。……あまり舐めたこと言ってるんじゃねえよ、このクソガ――」
「うっせぇぞ」
ヒィ、と男達は裏返った声を上げる。
首をギリギリと動かし、男達一人一人を睨みつける。肩を掴んでいた男は、顔を青くさせて背後へと後退する。他の男達もそれに続くような、一歩二歩と下がる。
「俺の邪魔をするな。……待ってんだよ、俺の女が待ってんだよ」
自然と自分の声がドスの聞いたものに変わる。
威圧されたのか三人の内の後方の二人は、また数歩後退する。肩を掴んでいた先頭の男は、腰の力が抜けたのか地面に尻を落とした。
ふん、と最後に鼻を鳴らせば、俺は空音を探すために再び地面を蹴った。