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第二十一章 第二話 今日の彼 明日の彼女 これからの二人

 帰ろうとする空音をあの手この手で声をかけ、俺は連れ戻すことができた。確かに成功するには成功したが、それに支払った代償もある。


 「なあ、空音。……空音さーん」


 「……なにかしら」


 ソフトクリームを黙々と頬張る空音の発する怒気に当てられる。ちなみに、そのソフトクリームは俺が払ったものだ。これも、機嫌を回復するためのあの手この手の一つ。

 ソフトクリームの前に、屋台の様々なスイーツを口にしている。全て、俺持ちで。食べた直後は、ほっこりした顔をするので、そこで一度安心する。しかし、再び思い出したように不満顔で口にする。

 なんと嫌な食事風景だろう。

 何かこの状況から脱出する方法はないのだろうかと周囲を見れば、よく知っている名前が並ぶ看板が目にとまる。


 「なあ、空音。ちょっと、寄りたい場所があるんだけど、一緒に行かないか」


 露骨に胡散臭そうに、こちらを見る空音。

 内心、半泣きになりながらも必死に言葉を紡ぐ。


 「どこに行くの?」


 「おう、あそこだっ」


 立てた人差し指を向けた方向には、都市の住人が頻繁に利用する多目的ホールが見えた。普段から、コンサート、スポーツ、演劇など幅広く活用されている都市の中心的な建物の一つだ。

 俺が指差した理由が分からないのか、空音は訝しげに首を傾げた。


 「一体、何があるって言うの?」


 「あそこでは、俺がお世話になった劇団の演劇があっているんだよ。良かったら、一緒に見に行かないか」


 空音は俺の顔をジッと見れば、仕方がないという感じに一度頷いた。


 「そうね、ルカにも見に行くって約束したし。……うん、行こうか」


多目的ホールに足を向ける空音の先を行き過ぎないように歩くスピードを調整しつつ、隣を歩く。

 これで少しぐらい機嫌を取り戻してくれればいいけど……。祈るような気持ちと共に俺達はホールへ歩き出した。



                ※



 二人並んで席に腰掛ける。

 時間はギリギリだったようで、座るとほぼ同時に舞台の幕が開く。

 二時間の物語は順調に進んでいく。

 大陸の紛争に巻き込まれた家族達が、多くの苦労をしながら最後に家族みんなで再会する場面では、会場中の涙を誘う。隣の空音も、時折涙ぐんでいるようだった。

 娘役のルカの演技も、キャラクターの健気さや芯の強さが実に良く演じることができるように思えた。どれだけ辛い経験をしても、諦めない姿には俺も目頭を熱くさせた。

 ――ぎゅぅ。手の上に温かな感触。気持ちが高ぶったのか、空音の手は肘かけの上の俺の手を優しく包んでいる。

 舞台の恋人達も何やかんやでお互いを抱きしめ合えば感動のフィナーレを迎える。舞台のバックから流れる音楽を聴きながら、ようやく機嫌を取り戻した空音に俺はホッと一息をついているところだった。

 さて、これで振り出しに戻ったかな。そうやって気持ちを切り替えようとしていた俺だったが、安心感は容赦なく粉々にされた。


 『実王ー! 来ているんでしょ!』


 ――ぐぅう。手の上の柔らかな感触が、急に固くて……痛い。

 俺は壊れかけの機械のように、非情にゆっくりとした動作で舞台を見上げた。

 おそらく、カーテンコールだろう。普通にカーテンコールというのは、謝辞を言ったり、お辞儀をしたり手を振るだけのはずだ。それのはずだが、ルカはマイクを握りしめ、周囲をキョロキョロ見回す。

 この劇団は、いつから最後にキャストのインタビューコーナーなぞやるようになったのだ。


 『ホールに入るの見てたんだからね! ……え、実王って誰? ……やだもう、知りたがりねっ!』


 クネクネと腰を動かし、両頬を押さえるルカ。……そんなキャラだったか、お前。

 半分の目が赤、半分が茶黒色の目。東堂ルカとルカが混同している現在のルカ。嫌な予感に冷や汗が流れる。


 「何を言うのかしらね、あの子」


 冷ややかな空音の声。


 「さ、さあ……。今晩の夕食のリクエストかな……」


 「へえ」


 ぐりぐりぐりぐり。手の形を拳に変化させ、その拳は俺の手を押さえつける。痛くて重くて怖い。

 舞台上のルカは、大きく飛び跳ねた。


 『――私の婚約者です!』


 客席がクスクスと笑い、人によっては面白いぞと手を叩く。


 「この演劇……面白いわね、ほんと」


 俺の隣では、空音が引きつった笑いを浮かべ、面白くなさそうに俺の手を痛めつけている。


 「ウン、オモシロイネ」


 ……せっかく取り戻した機嫌は、最悪の形で振り出しに戻ることになった。



               ※



 舞台終わりのルカに挨拶の一つでもしておきたかったが、このまま空音をルカに会わせるなら喧嘩の一つでも起きる可能性があったので、足早にホールを出ることとなった。

 入る前よりも、さらに機嫌を悪くしている空音。華奢な背中を追いかける。

 互いに無言。口数が少ないという状態ではなく、俺が下手なことを口にすることが出来なくなっているのだ。

 相手に意思を伝えるための言葉も、今にも爆発してしまいそうな空音の気持ちの前では、迂闊に発することも出来ない。

 今日一日、このままなのだろうか。と不安に思い出した頃。


 「あら、実王と空音じゃない!」


 その声に、俺と空音は足を止める。

 普段は道路として使用されている通りだが、今は車の使用を禁止して大きな道として利用されている。混雑する人ごみを掻き分けて、ひょっこりと顔を出したのはレヴィだ。レヴィの後ろをぞろぞろと、メルガルの制服を着た男女の集団が出現する。


 「こんなところで、奇遇だな。……ところで、後ろの集団は何だ?」


 「後ろ? ……ああ、メルガルで近衛をしていたもの達よ。同時に、レオンの直属の部下でもあるの。エヌルタの侵略で生き残った彼らが、イナンナとメルガルを一つにまとめようとしていた私に協力を申し出てくれたの。……そこで、今学園祭で起こる問題を解決するために彼らと共に行動しているの。言ってみれば、自警団と一緒ね」


 へえ、と空音が感心した声を漏らす。

 俺も一人一人の顔を見てみれば、彼らは会釈をしたり笑顔を見せたりと明るい反応がかえってくる。


 「驚いてる?」


 レヴィが楽しそうに覗き込んでくる。


 「ああ、俺はもっと恨まれているのかと思っていたらかな」


 俺は正直に、そう口にする。

 正直に言い過ぎたと思い、慌てて口を閉ざす。それも意味のないようだ。レヴィは、俺へ向けて安心しなさいと笑顔を向ける。


 「そんなことないわ。確かに実王は、メルガルの敵かもしれない。だけど、命を懸けてメルガルの人間の命を守ろうとした実王やイナンナを認めている人がいることも事実よ。少なくとも、ここにいる彼らはメルガルの意思を受け入れ、新たな居場所を守るために進みだした人間の集まりなの」


 レヴィは自慢気に言うと、背後の彼らの顔を見る。

 レヴィから褒められたことで、恥ずかしそうに視線を逸らしたり、頭を深く下げたり、敬礼したり、照れ笑いを浮かべたりと様々な反応だったが、そのどれもが誇らしい顔をしていた。


 「今は何も力なんてありはしないけど。こうやって、今ある私の力でこの大陸を良くしていきたいの」


 「頑張ってるね、レヴィ」


 気が付けば前向きなレヴィの姿に空音も、険しい顔を優しいものに変えていた。

 思いもしなかった人物の登場だったが、結果として俺達を良い方向に持っていってくれているようだ。

 このまま平和に事が進むかと思っていたが――。


 「あの、もし良ければ質問してもいいですか……」


 緊張した顔で年齢はレヴィよりも少しばかり上の女性が、俺へと視線を送りながら発言した。


 「え……俺に?」


 「はい」


 「俺なんかでよかったら、いつでもどうぞ」


 メルガルの人からしてみれば、未だにイナンナの乗り手も珍しいのだろうか。バルムンクのことでも聞かれるのかな、と軽く考えていた。

 相変わらず緊張の色を見せる女性は、おもいっきてという感じに質問する。


 「レヴィ様と実王様はお付き合いされているのでしょうか!?」


 爆弾投下。

 何故か、頭をそんな言葉がよぎる。

 レヴィは両手で頬を押さえている。


 「そ、そんなんじゃないわよっ。ま、まぁ、確かに実王は……優しくて、楽しくて、かっこよくて……。なにより、ここぞって時にやってくれる王子様……あ、ちが、英雄的なものというか……やだもう」


 俺でも分かるぐらいの、普段のレヴィからは感じられない反応。

 背後の自警団のみんなは、ニヤニヤと口元は歪んでいる。さっき質問した女性の口元も大きく歪んでいる。

 俺は乾いた笑いを漏らす。

 

 「は、ははは……。そうだぞ、俺とレヴィはそういう関係じゃないから」


 そう言いながら、俺は隣の空音をチラリと見る。

 空音の顔は再び不機嫌な雰囲気を漂わせ始まる。今のところ、本音を隠した作り笑いをしているが、それもいつ剥ぎ落ちるか分からないという状況だ。


 「で、でも! 私達近衛の中でも二人のお噂は耳にしていましたよ」


 てめぇ、この野郎……。

 押しちゃいけない背中を押すように、質問好きの女性は再び問う。


 「だ、だから、そんなんじゃないって。噂は噂だよ。……なあ、レヴィ」


 レヴィに笑顔で声をかけてみるが。


 「……そこまで言わなくてもいいじゃない」


 唇を尖らせるレヴィがそこにはいた。

 自警団の面々は、面白そうに再び顔をニヤつかせる。

 俺は話を切り上げようと、気持ち大きな声を上げる。


 「とにかく! まだまだ警備の途中なんだよな、頑張ってくれ! レヴィ! ――それじゃ、行こうぜ。空音っ。……て、あれ?」


 振り返れば、そこには空音の姿は見当たらない。

 周囲を見渡せば、サラサラと揺れる黒髪はどこにも見当たらない。


 「何をしてんのよ、実王! 早く空音を探しなさい!」


 レヴィに背中を押されて、そのままの勢いで歩き出す。


 「――ごめん、やり過ぎちゃったかも」


 俺の背中を押すために接近する短い時間、レヴィは小さな声でそう言う。

 レヴィの気持ちを知っている俺としては、その言葉の先の意味にすぐに気づいた。しかし、今ここで振り返ることは良いことではないことも知っている。

 目線でレヴィに感謝を伝えれば、人並みの中に飛び込んだ。



               ※



 実王が去った後のレヴィ達。

 屋台の周辺の見回りながら、先程のことを思い出して話す。


 「もう、二人に迷惑かけちゃったじゃない」


 ちっとも困ってなさそうにレヴィが言えば、自警団のメンバーは苦笑いを浮かべるだけだった。


 ――レヴィ、聞こえますか。


 通信機代わりのヒヨカの魔法での会話。脳内に響く声に、再び脳内で返す。

 ヒヨカの声は、緊迫感を与えた。


 ――聞こえているわよ、どうかしたの。


 ――それが……困ったことになってしまって……。


 ――困ったこと?


 レヴィはそこでピタリと足を止め、自警団へ向けて手をかざして移動を止まるよう支持をする。ヒヨカと会話をしていることに気づいた自警団は、慌てることもなく動きを止めた。

 ふんふんと頷くレヴィの表情に焦りの色が浮かびだす。


 「……爆発物が?」


 レヴィは思わず声に出していたことに気づき、はっとなり手を当てる。

 その声を耳にしていた自警団のメンバーは、穏やかでないその声に動揺の色を見せる。


 ――ええ、爆発物が仕掛けられています。犯人は、エヌルタのテレビ放送に影響を受けた愉快犯です。犯人はつい先程、捕まっていてほとんどの爆弾の場所は話しているのですが……。


 ――ほとんど?


 ――ええ、後一つがまだ確認できてないのです。街頭で花を配り、その花の中に小型の爆弾を仕掛けています。爆発の規模は大したことではないものですが、それでも爆発すれば周囲数メートルの人達は被害を受け、状況によっては持ち主の命を奪う可能性もあります。


 ――魔法で確認はしてないの!?


 ――既に配られていて、確認が難しくなっているのです。今、私達の方でも人員を手配しているので、急いでその花を持つ人間を見つけてください。……黄色い花に赤のリボンが目印となっています。爆破までの残り時間は、一時間。一時間以内に見つけてください!


 ――ええ、分かったわ。くだらないことで、このお祭りを中止にさせるわけにはいかないものね!


 ――空音と実王さんには、このお祭りを楽しんでほしいので、秘密裏に調査をお願いします!


 ――私も同じ気持ちよ。ええ、すぐに見つけるから!

 

レヴィはヒヨカとの会話をやめると、強い眼差しで自警団の見る。真剣な雰囲気を感じ取り、自警団の面々も表情を引き締めた。


 「みんな、よく聞いて。緊急事態よ。今から、教えるものを持っている人間を見つけらたらすぐに教えて頂戴――」


 絶対に、この学園祭は守る。

 強い気持ちで、レヴィは心の中で宣言する。

 一通り、連絡を伝えた後に、レヴィは愉快犯への怒りと共に継げた。


 「――絶対に、学園祭を守りましょう」


 一同は、レヴィから感じられる気持ちに負けないよう大きな返事をした。



                ※



 「ばかばかばかばかばか……バカ」


 実王のバカ。

 一人、人並みの中を歩く。

 空音の顔は不機嫌半分、悲しさ半分という感じだった。そのおかしな表情の原因は、全て雛型実王からもたらされたものだった。

 なんで自分が一人で歩かないといけないのか、こんなにも今日という日を楽しみにしていたのに……。

 たくさんの悲しい感情の中で、空音は深くため息をついた。


 「もう、帰ろうかな……」


 とぼとぼと歩き出す空音の手の中には――ラッピングされた赤いリボンの黄色い花が握られていた。

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