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第二十一章 第一話 今日の彼 明日の彼女 これからの二人

 ガルバさんに会ってから数日後。

 俺と空音は賑わう学園都市を歩く。歩幅は互いに狭く、互いにぎこちない。両者、既に二度は地面に躓いている。


 「これから、どこへ行こうか……」


 心配そうな空音の声。それもどこかぎこちない。

 何が俺をここまで緊張させるかというと、今の空音の格好もその大きな理由だった。

 花の刺繍の入ったベストに、淡い水色のワンピース。どこからどう見ても清楚なお嬢様という感じだ。さらに、普段見ているはずのすらりと伸びる生足が、今日は妙に色っぽくも見える。制服しか見たことのない俺は、初めて見せる私服に心臓の音を大きくさせた。


 「……とりあえず、お茶でもしながら考えるか」


 説明しようか。何故、俺と空音がこうして歩いているのかを。



               ※



 「なるほど、ガルバさんの連絡が戻ってくるまでには時間がかかると……」


 「ああ、悔しいけど……今は待つしかないみたいだ」


 場所は学園長室。そこには、一つのテーブルを挟むように俺、反対に空音とヒヨカが座っている。

 俺はガルバさんが連絡をしてくれたことをヒヨカに伝えた。あの後、ガルバさん達にはイナンナの学園都市の方に来てもらっている。連絡のこともあるが、最近は気持ちが落ちるようなニュースばかりで、暗い雰囲気の漂う都市の活気付けの役目も含めている。

 神妙な顔でヒヨカは俺の話を聞き、しばらくして口を開いた。


 「実王さん、ありがとう。おかげさまで、助かりました」


 「いやいや、俺は大したことはしてないよ。お礼は、ガルバさんにでも言ってくれ」


 「ええ、それはもちろん。つまり、今はどうすることもできないってことですよね?」


 「……あ、ああ。今はそれしかないんだ」


 何故か目の奥に怪しい光を感じ、俺は少し言い淀みながら返答をする。


 「なんだか、今。イナンナが賑わっていると思いませんか?」


 ニコニコしながらヒヨカがそう言う。


 「そう言われれば、そうだな。……何かあるのか」


 「ええ、何かあるのですよ。実は、イナンナでは学園祭の準備を行っているのです」


 「学園祭!? お祭りってことか……。なんで、わざわざこんな時期に……」


 確かに、道の脇に屋台らしきものを見えたり、見覚えのない看板を運ぶ竜機人の姿が見えたりした。

 俺が元の世界にいた頃の学校を使い生徒がメインの祭りとは違い、ここの場合は都市全てを使い楽しむお祭りのようだ。

 俺は都市の光景を思い出しながら、不思議な気持ちで質問をする。


 「いいえ、この時期だからなんですよ。本当なら、来月が学園祭なんですけど、予定を早めることにしました。今イナンナにはよくない雰囲気が満ちています。そういう雰囲気のガス抜きにも、こうした明るいイベントが必要なのですよ。……だから、学園長権限を使って、学園祭の日取りを早めることにしちゃいました」


 茶目っ気のある笑顔を見せるヒヨカは二本の指を立て、ピースと俺に向けた。

 ガルバさんを探すために学園都市から離れていた数日、それだけの間に都市中が活気ある雰囲気を感じさせた。不思議に思っていたが、その謎がようやく溶けた。


 「俺がいない間にそんなことを……。でもまあ、いいんじゃないか。こういう時だからこそ、明るく行こう。ていう考えは大賛成だ」


 「いやぁ、実王さんならそう言ってくれると思っていましたよ。ところで、お願いがあるのですが……」


 「今さら、水臭いな。言ってくれれば、何でも力になるさ」


 設営や重たい物を運んだり、交通整備などもあるかもしれない。俺は何でもかかってこいとばかりに自分を胸を強く叩いた。

 その姿を見て、ヒヨカは嬉しそうに胸の前で両手を叩く。

 「さっすが実王さんです! これはどうしても、実王さんにしか頼めないことだったのです! ――実王さん、空音と学園祭を楽しんできてください!」


 元気いっぱいニコニコ笑顔のヒヨカ。


 「おう、俺に任せてく――えぇ!?」


 「は……え? ……ちょ、ヒヨカ!?」


  俺と空音は驚きの声を上げる。空音も全く話を知らなかったみたいで、目をパチクリさせている。


 「二人とも驚き過ぎですよ。私はね、ずっーと空音のことを見てきました。実王さんとも短い間ですけど、お近くで応援していたんですからね! ……二人の微妙な変化もすぐに気づいたりするのですよ。例えば、食卓で茶碗を受け取る際に、手が触れるだけで顔を赤くする両人とか、目線だけで会話をする二人を目撃した時とか」


 ヒヨカの目が怪しく光る。

 俺と空音はほぼ同時に、ドキリと肩を揺らす。

 変化という言葉を聞いた俺達は互いに思い当たる節があるようで、ヒヨカのキラキラとした目から顔を逸らした。


 「そんな変化なんてないさ……。なあ、空音さん」


 「う、うん。そうよ……変化なんて……ねえ、実王くん」


 わざとらしい会話を決め込めば、さらにわざとらしくヒヨカはため息をつく。


 「これだから二人は……。困ったものですね。そんなことばかりしているから、私が一肌脱がざるしかないと思ってしまいますよ。まあ二人がそこまで言うなら仮定しましょう。――二人がお互いに両思いだとします」


 「――ぶっ!」


 吹き出す俺。


 「ひ、ヒヨカぁ……」


 顔を赤くして情けない声を出す空音。

 わたわたとする俺達をジロリと睨めば、まるで俺達の姉のような顔をして言葉を続ける。


 「もしも、仮にそうだとしての話です。……しかし、二人はどうにも一歩を踏み出せない。それは、なかなか二人きりで過ごす時間がないのが原因だと思います。私は空音の妹として、空音のことが心配なのです。ここは、二人に大きない一歩を踏み出し、結果として共に歩んでほしくてこういう提案をしたのです」


 ――バンッ。空音は机を両手で強く叩くと、声を大きくさせた。


 「なっ……何を言っているのかしらぁ!? ひ、ひひひ、ヒヨカさぁん!? それに、仮定の話でここまで物事を進めるのはおかしくない!?」


 気だるそうにヒヨカは空音をチラリと見て。


 「仮定の話で、何を熱くなっているの? お姉ちゃん。……まあ仮定でも妄想でも何でもいいですよ。巫女権限で、二人には学園祭の日は一緒に過ごしてもらいますからね!」


 「独裁政治かよ……」


 「何か言いましたか。実王さん」


 「い、いえ……」


 ギロリと睨むヒヨカの威圧感に、俺は肩をすくませることしかできない。


 「なんで、こんな時ばかり巫女巫女って……」


 ふてくされるように空音が言うと、すぐさま空音の反論を打ち落とすようにヒヨカが口を開く。


 「……ブツブツとうるさい二人ですね。――嫌なんですか、それとも一緒に過ごしたいのですか。はっきりしてください」


 強い口調のヒヨカに俺はたじたじになりながら、空音の顔をちらりと見る。すると、空音も俺の様子を窺っていたようで、目と目が合えば反射的に視線を逸らした。

 俺は熱くなる頬に気づきながら、顔を傾ける。

 顔を赤くする俺、そして同じく頬を朱に染める空音。ただ無言の時間が流れる。

 ヒヨカは俺達を見ていれば、大きなため息をこれ見よがしについてみせる。


 「これは間違いないですね。……二人は絶対に学園祭を過ごしなさい、これは命令です。従わない場合は、巫女の力を使ってでも強制させますから!」


 俺達はヒヨカの強引な言葉に反論することもなく、ただ互いに頷くか目線で肯定するしかできなかった。

 ヒヨカは、急に真剣な表情をする。


 「二人とも、本当にお願いですから、その日だけは一緒に過ごしてください。これから先、もしかしたら二人で過ごせる時間はなくなるかもしれないのです。また時間を作れるさと、それを気力にするのもいいかもしれません。ですが、これからの戦いはきっと過酷なものになります。その時、一緒に過ごした時間や思い出がお二人に力をくれることもあるはずです。……お互い素直になりましょう。そうしないと、後悔するかもしれませんから」


 穏やかに話をするヒヨカの顔は、どこか悲しげだった。

 この時間が終わろうとしている。俺は、それをはっきりと実感した。

 ナンナルと同盟を組むことになれば、あのカイムのことだ。きっとすぐにでも行動を起こしてくるはずだ。気を緩める時間がないまま、この戦争はきっと終結を迎える。


 「後悔、か……」


 俺は後悔したくなかった。

 空音へ顔を向ける。


 「空音」


 「あ……なに」


 先程まで真っ赤だった頬の色は、少しずつ雪のような白い肌を取り戻し始めていた。


 「ヒヨカの言うこともそうだけど、俺は空音と一緒に過ごしたい。……嫌じゃないなら、俺といろいろ見て回ろうぜ」


 空音は何か察するように、あっと小さく声を上げて口に手をやる。口元に当てた手をぎゅっと握り。


 「うん、一緒に見て回ろうか」


 口元に手が離れると、空音は少し恥ずかしそうに笑った。

 俺達の様子を見ていたヒヨカは、満足そうに小さく息を吐いた。




               ※



 回想終了。

 ただいま三日に渡る学園祭初日。ちなみに、規模は小さくなるものの、前夜祭や後夜祭も存在している。

 俺と空音は学園祭限定でオープンテラスとなった喫茶店で互いに茶を飲んでいた。

 俺は延々とコーヒーをティースプーンで掻き混ぜ、空音は無言で紅茶をちびちびと飲んでいる。

 このまま恥ずかしがっているわけもいかないと、俺は平静を取り戻すための呼吸をする。――よし。


 「なあ、空音。こんな風にみんな楽しんでいるのは、レヴィが頑張ってくれらからなんだぜ。ヒヨカはああ言っていたけど、一緒になったメルガルの人達の不安を取り除く意味もあるんだ。それでも、ヒヨカだけではメルガルの人達の協力を得るが難しいから、レヴィが大陸中でメルガルの人達に声をかけて回ったらしいな。さっすがだよなー」


 「……知っていた」


 空音は、紅茶を置けば、どこか不機嫌そうだ。


 「そ、そうか、さすが空音だな。……あ、そういえば、ルカが俺がお世話になっていた劇団の舞台に立つらしいんだ。なんと、ヒロイン! すげえよな、アイツも!」


 「少し前にルカから聞いたわ」


 片方の眉が少しばかりつりあがる。


 「……く、詳しいな、さすが……。ははは……」


 「そんなに、おもしろかった?」


 「……」


 何故か急激に不機嫌になる空音。俺は、何でそんなに怒るのか分からないので、仕方なく再びコーヒーを搔き回す作業を始めた。


 「実王」


 ティーカップを置く音が聞こえたかと思えば突然、空音が声をかけた。


 「な、なんだ」


 「今日の私、なにか……気づくところはない?」


 空音は照れくさそうに、髪を触ったり、服に触れたりしながら俺をチラチラと見る。

 気づく、ところ……。ジッと見れば、相変わらずの空音だ。歯に青海苔でも付いているのだろうか。それとも、頬に歯磨き粉でも付いているのか……俺じゃないのだから、そんなことはないか。

 ジィと見れば、顔を赤くさせる空音。


 「な、なによ……」


 少し表情の緩む空音に気づき、ある程度の間違いなら許してくれるだろうと調子に乗った俺は慌てて発言をした。


 「か、髪型変えたか……?」


 急に無表情になる空音。


 「帰る」


 空音が席から立ち上がると、スタスタと歩き出した。


 「うわ!? 待て待て、待てってば!」


 俺は大急ぎで席から立ち上がると、早歩きで遠ざかるその背中を追いかける。

 俺と空音の二人の時間は始まったばかりだ。これから気を取り直して行ける……かな。


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