第二十章 第三話 世界を染める絶望 抗う希望
ガルバは深くため息をついた。
「なんで、こんなことになっちまったんだ……」
ガルバは現在、命の危険に立たされていた。彼の旅の一団は、三機のゲイルリングによって身動きを封じられていた。
三機のゲイルリングはどれも損傷が酷く、顔が半分ないものもあれば、片腕がないものもある。竜機神ならば異常な速度で回復をすることも可能だが、この三機は竜機人。人間の手で整備し修理をしなかればいけない兵器だ。それでも本来ならば、罪のない人達を苦しめて良い存在ではない。自分達の住む大陸を守るための存在だ。
この状況に陥る数十分前。一つになったイナンナの地で旅をしていたガルド一行だったが、その旅団の前に突然に出現したのがその三機だ。
ムカデのような車の前に立ち、乗っている人間を全て外に下ろして、地べたに座らせれば、容赦なくその棍棒を人間達に向ける。
「おいおい、竜機人てのは人を守るもんじゃねえのかよ!」
ガルバは力いっぱいに叫ぶ。
一体の竜機人が前へと出る。
『俺達はメルガルに残って戦い続けていた。それが、気づいてみれば……敵対していたはずのイナンナに吸収されている。俺達はメルガルのことを考えて戦い続けてきたのだ。例え、メルガルの大陸が一つになったとしても同じこと。俺達の故郷がないならば、このイナンナを乗っ取ってでもメルガルという大陸を再びこの世界に作り上げる』
男の声はまだ若いものだったが、必要以上に力の入った口調の中には狂気が混じっているようにもガルバには聞こえた。
「それと俺達を捕らえることは、何の関係があんだよ!」
『喜べ、君達は新たな大陸を作り上げる一人となるのだ。君達のことはメルガルでも聞いていたよ。イナンナでも知名度は高いと聞く。ある程度の知名度の高い君達なら、取引の判断材料にも役に立つに違いない』
「判断材料って……。結局、お前らの自己満足のための人質てことじゃねえか!」
『なんと言われようが、これは俺たちが成すべく大義。凡人どもに理解されるわけはない。俺達はイナンナの巫女との交渉がある。すぐに通信を繋げる準備を――』
「――凡人にも理解されない大義なんてうまく行くわけねえだろ!」
『なに……。おい、お前なんと言った』
ガルバは言ってしまったことを後悔しながらも、後には退けないと体を起こして叫ぶ。
「聞こえてなかったのか! ボンクラ共がぁ! お前らが言う大義はうまくいかねえて言ったんだよ!」
『お前……』
その場の空気がピリピリと張りつめる。ガルバは目の前の竜機人三機の殺気を感じ、じわりと背中に嫌な汗を流す。
全体を威嚇するように構えていた棍棒を、ガルバへと集中して持っていく。
『取り消せ、でないと……』
棍棒をさらにガルバへ近づける。これだけ近いとなれば、振り落とさなくても、その手から離すだけでもガルバの体は潰れてしまうだろう。しかし、今のガルバは一度加速をしてしまった気持ちをそのまま声に乗せて叫ぶ。
「でないと、なんだ!? 人質をとらねえと何もできねえ奴らが偉そうにするな! それに、お前らがどれだけ卑怯なことをしようとも、イナンナは絶対に負けねえぞ! あそこは、俺たちの家族が守っているんだ! 雛型実王とルカ、俺に何かするなら……この二人が黙っちゃいねえぞ!」
『何をごちゃごちゃと……。お前は見せしめとして殺す。大義の為の礎となれ……』
ブンと高い音がしたかと思えば、ガルバの体を風が吹く。それは、ゲイルリングが巨大な棍棒を振り上げた証拠。周囲の人間たちが、ガルバの名前を口々に叫ぶ。
逃げろ、走れ、命までは取らないでくれ。――各々が泣き叫びながら、ガルバに声をかける。近づいて助けようとするものもいたが、残りの二機のゲイルリングが棍棒で脅しをしているので、全く身動きのとれない状態になっている。
ガルバは振り上げた棍棒をじっと見つめた。素直に言うことを聞けば、まだまだ生き永らえることができたかもしれない。それでも、実王とルカが守ろうとしていたものを壊すと宣言している人間達へと怒りを抑えることができなかった。
申し訳ない、また会おうと思っていたが、もうお前らには会えないな……。
ガルバは、心の中で二人へ謝罪をすれば、振り落とされる棍棒を見つめた。自分に影が迫ってくれば、無意識な恐怖で顔を逸らし目を閉じる。
各々が絶叫するようにガルバの名前を呼ぶ。これだけ、いろんな人に慕われたのなら、悪い最期じゃないかもなと自嘲気味に笑った。
――ガシャンッ!
鼓膜が割れるような大きな音。体が潰れる時の音かと思ったが、自分の握り締めた拳の痛みで違うことに気づく。信じられないほどの手汗を流す自分の手を開いたり閉じたりしてみて、自分が生還していることに気づく。
ガルバは自分の名前を呼ばれて周囲を見る。涙目のみんなは、そのどれもが安心したように顔をほころばせていた。そして、あることに気づく、数名が自分の頭上を見ていることに。その視線を辿るように空を見上げた。
『すいません! 遅くなりました、ガルバさん!』
前よりかは随分と元気になった声。
その声の主は、地面に這い蹲る全員を守るように竜機神を地面に下ろす。竜機神――バルムンクは、刀を三機のゲイルリングへ向けた。
先ほど、ガルバへ棍棒を落とそうとしていた一機は、右手を切り落とされ、遥か後方で棍棒を握り締めたままの右腕が地面に突き刺さっていた。
『なんで……こんなところに……』
ゲイルリングの一機が声を引きつらせながら言う。
『お前らが俺を呼んだんだよ。そんな物騒なものを使ってくれたおかげで、すぐにてめえらの場所を見つけることができたよ。……ゲイルリングをそんな使い方しやがって……』
誇りと共に戦い続けたレオンの姿が実王の頭をよぎる。
レオンがいない今、メルガルの名を汚す存在を止めるのが俺の役目なのだと実王は意思を固めると目の前の三機を睨んだ。
『イナンナの乗り手め……。お前のせいで、俺達がこんなことになっているのだ。お前さえいなければ……!』
『――俺さえいなければ満足かよ』
声を荒げる相手とは反対に実王の声は冷静なものだった。
『そうだ! お前がいなければ、きっとメルガルだって今も存在しているはずだ!』
『それが、お前らがこんなことをしている理由か。……だったら、俺は遠慮しねえ』
バルムンクが地面を軽く蹴る。一切の土埃を上げずに、バルムンクは三機へ接近する。
腕の切り落とされた一機を庇うように二機が前へと出る。
『俺は……! その理由の前で足を止めちゃいけねえんだよ!』
一瞬腰を低くさせたバルムンク。先ほどまで抜いていた刀は、鞘の中に納まっていた。しかし、すぐさま刃を――抜刀。
大きく切り上げた刀は、二機のゲイルリングを一振りで真っ二つにする。そうして、再び前方へと進む。背後に立つ片腕のゲイルリングに接近する。
『……悪さをするお前らを、そのままにしておくような迷いは俺にはない!』
刀を上段に構えれば、最期の一機に全力で振り落とした。
横半分にされた二機が背後で爆破すれば、前方の一機は縦半分にされた炎を上げた。
燃え盛る炎の中、足元ではうつむく三人の乗り手が入るカプセルが実王の目に飛び込んでくる。バルムンクの顔は足元へと向く。
『俺はレオンと友達だった。そのレオンから託されたんだ。……アンタらは、俺に言われて嫌かもしれないけど、メルガルの名前を汚さない為にアンタ達を倒すしかなかったんだ。レオンは、人質をとるような卑怯なことを望んでいない。そんな方法で、自分の大陸を取り戻しても、誰も喜ばない。きっと、レヴィだって嬉しくない。……信じてほしい。今はもうメルガルという大陸は存在してないかもしれないけど、このイナンナの地でメルガルの意思は生きている。俺にも巫女であるヒヨカにも受け継がれているんだ』
実王の真摯な気持ちを感じ、言葉を最期まで聞いた乗り手達は体を丸めると涙を流した。
バルムンクは刀を鞘に戻せば、呆然とその光景を見ていたガルバへと手を振った。そこで、ガルバは我に返ったようで、疲れ果てたという感じの笑顔を見せれば手を振った。
ゆっくりとガルバの方へ接近するバルムンクを見ながら、小さく呟いた。
「どうやら、お前も迷いが吹っ切れたみたいだな。……いや、成長したってことかな」
ガルバは、自立した息子を見る父親のような目で、どこか誇らしげにバルムンクを見つめ続けた。
※
それからしばらくして、後からやってきたシグルズ達に三人のことを頼むと、ガルバさんと話をするためにガルバさんの自室である車の一台の中に入った。
様々な大陸の郷土品や旅先での写真が並べ、飾られた部屋の中央にあるテーブルの前に座る。
「ありがとな。まずは礼を言わせてくれ!」
ガルバさんは、あぐらをかいたままで豪快に頭を下げた。
「うお!? 頭、上げてくださいよ! こっちこそ、本当ならガルバさんには頭が上がらないんですから!」
そう俺から言われれば、何か言いたそうに頭を上げた。
「お前から、そう言われたら仕方ない……」
この人も相変わらずだな、と懐かしい気持ちになりながら、俺は本題を話す。
「今日来たのは、ガルバさんに頼みがあって来たんですよ」
「頼み? なんでも言ってくれ!」
「はい! ガルバさんて、ナンナルへの行き方て知っていますか。今、イナンナが戦っていくためには、ナンナルの協力が必要なんですよ。そこで、いろんな大陸に詳しいガルバさんなら知っているかと思いまして……。もし分かるなら、ナンナルへの行き方を教えてもらえませんか?」
うんうん、と二度三度頷いて聞いていたガルバはすぐに返答する。
「……まあ、確かにナンナルへ行く方法は知っている。俺も言ったことがあるからな」
「そ、それなら……」
妙に歯切れの悪いガルバに気づきながらも、俺は若干前のめりになりながら返事を促す。
「だが、ダメだ。あそこは、他の大陸と違って特別なんだ。あのナンナルだけは、今まで一度も戦ったことがないんだ。イナンナが同盟を結ぶってことは、あそこも戦争に巻き込むてことだろ。ナンナルは戦わないことに全力を注ぐ大陸だ。立場的にも、俺個人の気持ち的にも、その提案に頷くことはできねえな」
真剣なガルバの言葉に、俺は前のめりにしていた体を後退させる。
同盟は戦争に協力させるということ、確かに考えなかったわけではない。巻き込むことは承知の上で、提案をしてみたが、一人の住人としてのガルバさんの言葉に俺はそれ以上言うことはできなかった。
「……すいません。もっと、深く考えて提案すれば良かったですね」
素直に頭を下げれば、ガルバさんは困ったような頬を掻き、俺の頭をぽんぽんとやんわり叩く。
「連絡手段ならある。一度、連絡してから、俺達はナンナルへ向かう。……その連絡手段を使って、ナンナルへイナンナの話を通すこともできる。ダメ元で、やってみるか?」
少しだけ困った風のガルバの言葉に、俺はゆっくりと顔を向けた。
「本当ですか!? ……あ、でも、もし無理しているようなら――」
「安心しろ。これぐらいで、何ともないさ。だが、できるのはここまでだ。……俺はお前らの戦いを応援することしかできねえが、お前が選んだ道を手伝ってやるよ。雛型実王がそれだけ信用できる男だっていうのを俺は知っているからな」
ガルバさんはそう言えば、男らしくニィと大きく笑ってみせた。
先ほどまで、憎しみをぶつけられてきたせいか、優しい言葉が胸に染みる。涙腺が潤んでくるのを感じ、頭を垂れた。
「……はい、俺がんばりますから」
それだけ言うのが精一杯で、ガルバさんの言葉の優しい重さをしっかりと受け止めた。