第二十章 第二話 世界を染める絶望 抗う希望
イナンナの学園長室。ここには、俺とヒヨカ、空音、ルカ、そして巫女としての力を失ったレヴィが集まる。しかし、談笑するような余裕は無く、俺達の中には重苦しい沈黙が支配する。
その沈黙の理由は、エヌルタが第二都市ネボを吸収したことが原因だ。
俺達が奴を倒す力をつけようと一歩前進すれば、奴は俺達のその先を進む。レヴィがイナンナに来たことで、その先の展開を読まれていたのだ。だから、奴は対等にはさせないためにネボを吸収した。
巫女の力を失った以外は健康そのもののレヴィの無事を大陸中で喜び、メルガルの都市の復興作業が始まった三日後に、この不幸な報告がイナンナを駆け巡る。
本当ならばレヴィの無事をもっと盛大に祝い、新たな姿になったイナンナをこれから住人達と盛り上げていく予定だった。終わったかと思えば次の争い、始まるかと思えば次の障害が出現する。
「アイツは、これからどうしようって言うんだ……」
俺の低い声に空音が反応する。
「きっと、本気でこの世界を統一しようとしているのでしょうね。そして、奴は全ての巫女を吸収した後の世界を見ようとしているのよ。平気で命を奪うような奴よ? 奴が全力で戦争をしようと思うなら、私達も本気で立ち向かわないといけないわ」
「殺し合いをしろってことかよ」
「ずっと、私達は殺し合いをしているのよ」
「そんなこと、分かってるよ。……だけど……くそっ」
答えなんて出ない、俺の満足する言葉は返ってこないことを知りながら、俺は空音の冷たく現実的な言葉を受け止める。
ヒヨカがその場の雰囲気を変えようと無理して明るい声を出す。
「――と、とにかく、今の私達にできるこをしましょう。まずは竜機人の確保、それからシェルターの用意に乗り手の訓練、やることはたくさんありますが……力を合わせてがんば――」
「――それでは間に合わないわ」
ヒヨカの声を遮るのはレヴィ。
「そんな風に後手に回っていたら、絶対にカイムには勝てない。今のままなら、きっと負けるわ」
「……そう、ですよね」
ヒヨカもレヴィと同じ考えを持っていたようで、否定することなく力なく返事をした。
次に声を上げたのはルカだった。
「私もレヴィと同意見よ。このままでは、きっと負ける。あの女は絶対に私達に容赦はしないわ。このまま負けるなら、何か別の対策を探す方がいいと思う」
互いに大陸を失った二人の言葉は、俺達の反論を全て封じてしまうぐらいに説得力のあるものだった。
みんな何かを考えるように口を閉じる。それぞれが迷子になっているような不安な気分で俺達は頭の中で思考する。その静寂を壊すのは、レヴィの声だった。
「一つ……考えがあるの」
おずおずと声を上げるレヴィに俺達の視線は集中する。
「第一都市ナンナルに同盟を結ぶっていうのは、どうかしら」
レヴィの提案は実に良いものに聞こえた。
今でも無事なのは、第四都市であるイナンナと第一都市だけだ。もし、同盟を結ぶことができるなら、戦力を大きく増強されるに違いない。
「……本気で言っているの?」
訝しげな空音。
「うーん……。レヴィもなかなか難しいことを……」
たははと苦笑いをするヒヨカ。
レヴィの提案に納得しかけていた俺は二人の反応に首を傾げた。
「二人とも、どうかしたのか。レヴィは何かおかしなことでも言っているのか……?」
「いや、レヴィは別におかしなことは言ってないと思うわ。私だって、これ以上はないってぐらい良い方法だと思うわ。ただ、第一都市てなるとね……うーん……」
「……どこにあるのか、分からないのよ」
言いよどむ空音の変わりに声を上げたのはレヴィだった。
「分からない?」
レヴィは俺に目線を合わせる。
「ええ、ナンナルという大陸がどこにあるのか分からないのよ。ナンナルに行くことができないの」
「……行く事ができないって……はあ!?」
俺は驚きのままに声を上げた。そういう反応をすることも分かっていたのか、レヴィは特別表情を変えることもなく頷いた。
「驚くのも無理ないわ。ナンナルの位置を調べて、その場所に接近してみた人は大勢いたけど、その誰もが辿りつくことができないままに終わっているの。存在はするけど、目にすることもできなければ触れることができない大陸がナンナルよ。……ただ、ナンナルから他の大陸に来た人間もいるから、どうにか方法があるみたいなの」
「じゃあ、その人達を探せばいいんじゃねえか!?」
「……無理よ。彼らはナンナルから来たことを隠して生活しているの。自分達の故郷が外敵からの脅威に晒される危険性を知っているのね」
レヴィの言葉に俺はがくりと肩を落とす。
「じゃあ、どうすりゃいいんだ……」
「――いや、もしかしたら、行けるかもしれないわ」
ルカは小さく手を上げたが、その声ははっきりと響くものだった。今度は、ルカへ俺達の視線が集中する。
「私と実王は、しばらく旅芸人の一団にお世話になっていたの。そこの中心人物にガルバという男性がいたの。そのガルバさんは、全大陸を回った経験があると教えてくれたの。もしかしたら、ガルバさんの協力が得られたナンナルに行けるかもしれないわ」
確かにガルバさんなら、もしかしたらナンナルに行ける方法を知っているかもしれない。しばらく旅をして思ったが、ガルバさんの知名度は高いものだった。あれだけ有名な人ならば、もしかしたら……。
空音が様子を窺うようにルカを見つめ、質問を投げかける。
「もしも、それが嘘だったら――」
「――嘘じゃないわ。ガルバさんは、そんな小者みたいな嘘はつかない」
ぶつかる視線と、見えないけれど感じる火花。空音とルカはお互い睨むように目線をぶつける。
ヒヨカはやれやれと頭を抱えて二人を見る。レヴィはといえば、アンタがどうにかしなさいよとばかりに鋭い視線を俺に送る。
俺は小さくため息をつけば、一歩二人の間に踏み出した。
「正直、俺もルカに賛成だ。これ以外に方法がないなら、俺はガルバさんに頼るしかないと思う。それに、俺もガルバさんにお世話になった一人で、どういう人かは短い間でもよく知っているんだ。あの人は信用できると言い切れるよ」
ルカは少し偉そうに、腕を組んで小さな鼻をふんと鳴らす。
空音は僅かな時間、恨めしそうにルカに視線を送るが、俺へ向ける頃にはその瞳の奥には諦めの色が感じられた。
そこで、耳に聞こえるのは、いつからか背後に回りこんだヒヨカとレヴィの声。
「ねえ、ヒヨカ。また一悶着あるんじゃなの」
「さあどうでしょうか。今の空音は、昔と違ってデレの間隔が短くなってますからね。今は、むしろデレがメインでスパイス程度のツンしか残ってないですよ」
「きっと、空音が腑抜けたツンを僅かばかり発揮しての和解ね」
「ええ、それで間違いないと思いますよレヴィ。それ以前に、もう実王さんが反対意見についた時点で、もう決着は見えていたと言えますね」
「あ、ヒヨカ。ほらほら、空音が何か言うわ」
自分のことに集中しているのか、二人の声が聞こえない空音は俺から視線を外しながらぶっきらぼうに言う。
「……実王がそう言うなら、私も信じる」
少しふてくされたように言う空音の顔を見れば、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「おーっと……。予想以上に純度百パーセントのデレが発揮されましてねえ。レヴィさんは、いかが見ますか」
「そうですねぇ、これは私達の知らないところで二人の間に何かしら距離を縮める出来事があったと思えます。……さすが、天然ジゴロの実王」
俺は後ろを振り返り、空音も俺の背後にジト目で見る。
「「ちょっと黙れ」」
俺と空音がハモって言えば、レヴィは悪戯小僧のような照れ笑いと共に口を閉ざす。
「以上。実況解説は仲良し巫女コンビのレヴィとヒヨカでお送りしまし――あたっ」
未だに続けようとするヒヨカにデコピンという名の制裁を加える。
なにはともあれ、俺達の意見は一つになったようだ。
ガルドさんを探し出して、ナンナルに行く方法を見つける。そして、ナンナルと同盟を組む。……これ以上、カイムの好きにさせるわけにはいかない。
「多分だけど、カイムはナンナルを狙うと思う。カイムはイナンナを敵視しているけど、十分に力をつけてから侵攻するみたいだしね。それに、巫女を二人も吸収しているカイムなら……もしかしたら、ナンナルの発見も難しくないのかもしれない」
空音は一人不安をその表情に浮かべて、低めのトーンでそう言えば俺を見た。
心配そうな目を見れば、安心させるように笑顔で返す。
「実王さんは、優しく微笑むと同時に、心の中は情欲で支配された気持ちがドロドロと――あたっ」
余計な解説をするヒヨカにすぐさまデコピンで制裁。
「――妙な解説を入れるなっ。まあとにかく……急がないとマズイことになるかもな。とりあえず今は、ナンナルに向かうことが先決だな」
全員の視線には迷いはなく、すぐさま俺達はこの先の展開への相談を始めた。
確かにどうしていいか分からないと悩んでしまえば、俺達はついさっきのように足を止めてしまう。しかし、俺達は一人じゃない。今ここにいる人間達は世界も大陸も違う人間が集まっているのだ。――迷っても進んでいける。全員の揺ぎない瞳がそう思わせてくれた。




