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第十九章 第一話 明日の為に

 「――レオンッ!」


 暗い海の底に沈んでいた体を急激に引き上げられる。そんな、体に負担をかけるような目覚め。勇敢な彼の名前を呼んだ俺は、すぐさま体を起こす。

 空は眩しく照りつける太陽。それだけで、ここがメルガルじゃないことを知る。視界の隅には、イナンナの都市。安心感と共に喪失感に気づく。


 「っ……ぅぐ……レェ……オン……」


 誰かが泣いていた。

 膝を曲げてぺたんと尻を地面につける空音。……違う、空音は泣いていない。それでも、その顔は暗い表情をしていた。

 レヴィがいる。……小さな手で目元を擦るレヴィがそこにはいた。鼻も瞼も赤く、気づくよりも先に泣いていたのだと気づく。涙を流す少女が呼ぶのは、大切な家族とも呼べる男の名前。


 「嘘だろ」


 気づいてしまう。彼女のその仕草が物語る。もう、この世界に彼はいないのだと。

 友人の死に体の芯がピリピリとした痛みが走る。初めての身近な人の喪失。あまりにショックが大き過ぎて、俺の思考が追いつかない。


 「何のために……私達は……」


 悲痛な声を上げる空音。

 耳に届いた空音の言葉に、俺は悔しさのままに強く握り締めた拳で地面を叩く。じん、と痛む拳はただの自己満足でしかない。手元にじんわりと残る痛みがくれるのは痛覚のみ。


 「俺は無力だ……」


 悲しみに暮れるレヴィの涙を拭えるのは、きっとここにはいない彼のことなのだと知る。

 ごめん、レヴィ。君の大切な人を救えなくて……ごめん……。

 口にして謝っても誰も戻ってこないのを知る俺は、心の中で謝罪を続けることしかできずにいた。


                 ※



 数日後。早朝、縁側にて。優しい太陽の光を受け,体に熱をくれる。

 イナンナにすぐに侵攻すると思われていたカイムだったが、あれから動きは何もない。


 「レオンのお陰か」


 ぼそりと呟く。

 やっと、穏やかな時間が戻ってきたと思っていた。そのはずなのに、急激な早さで世界が変わっていく。

 ヒヨカは例のごとく業務に多忙。メルガルの避難民を受け入れるために必死で行動をしている。そして、空音も悲しみと後悔を振り切るようにヒヨカの手となり足となり補佐をこなしている。

 俺はといえば、人が死んだというのに当たり前のように学園に通いながらもここにいる。戦うことしかできない俺は、その時を待つしかなかった。


 「実王」


 「ん? どうした、ルカ」


 振り返ればそこに立つのはルカ。赤い目は揺れる。


 「うん、ご飯の用意できたから」


 肩に下がる紐と制服のスカートの前に下がるエプロンを見る。空音のエプロンだが、現在の我が家の食卓に食事を用意する役目はルカが担っている。

 無事に学園に通えるようになったルカも忙しい合間を縫って、我が家の為に頑張っているのだ。


 「ああ、分かった。すぐに行くよ。――アイツは?」


 「……返事はないよ」


 ルカは小さく首を横に振る。


 「そっか。……先に食べといてくれ、呼んでくるから」


 ルカは頷けば、居間に戻ろうとする体が背中を向けた状態でピタリ止まる。


 「この間まで、私も悲しい思いをした。……家族のことで。でも、実王が前に進むためのきっかけをくれた。……お願い、実王。できることなら、なるべくレヴィの近くにいてあげて。私と姉さんにレヴィとレオンほどの強い絆はなかったかもしれないけど、なんとなく気持ち分かるから……」


 ルカの声は淡々としたものだったが、強い気持ちを感じさせた。

 食事の用意するルカの背中を見送った俺は、現在は彼女の――レヴィの部屋になっている客間に向かった。

 あの後、泣きじゃくるレヴィを背負ってイナンナに帰った。命を狙われる危険があったので、我が家で匿うこととなった。ルカの前例もあるので、空音の結界が生きている我が家で預かることが一番安全だと判断したからだ。

 レヴィの身は守れるかもしれないが、レヴィの心は酷い状態だった。ヒヨカは大切な親友の為に、声をかえて励まし、抱きしめて涙を流す場所を作った。人形のようなレヴィはヒヨカの全力の行為も届くことはなかった。

 辛く苦しくてもレヴィはレオンの為に生きなければならない、口数が少ないながら食事をする姿は身が裂かれる思いだった。それでも時間がくれば出された物を口に運ぶという行為は、必死に前に進もうと抗っているようにも思えた。

 巫女って、本当に強いな。

 レヴィのいる扉の前に立つ。


 「おはよう、レヴィ。朝飯できたから」


 人によっては長いと感じる時間。しかし、俺にとってはこの数日で慣れた時間。返事が帰って来る。


 「……おはよう。すぐ行くね」


 「……ああ」


 レヴィの小さな声を耳にすれば部屋の前から離れた。

 俺とルカは先に食べることにしたが、家を出るまでレヴィが姿を見せることはなかった。


                   ※



 午後四時、休日を前に浮わつく学園から帰宅。

 落ち込んでいる様子の俺を見たクルガは遊びに誘ってきたが、はしゃぐ気分でもなかった俺は断ることにした。ずっと、落ち込んでいるのも良いことではないのだろうが、それでも忘れるよりもレオンを失った悲しみに暮れていたいと思った。

  帰宅し、食材を買ってきたルカと夕飯の用意をして、空音からは帰れないと連絡を受け、静か過ぎる夜が再びやってきた。

 自室でぼんやりと窓から空を眺めていた。ただぼんやりとする時間を心地良いと思っていた俺は、空っぽの気持ちで星空を見る。そんな時、全く予想もしてなかった人間が訪れる。

 ――コンコン。二度のノック。


 「ルカか? いるぞー」


 何気なく言う。少し間を置いて、返事が来る。その間は、覚えのある間だった。


 「……実王、私よ」


 「え……レヴィか!?」


 俺は驚きのままに腰を上げた。

 いつもならば立場は逆だったが、今日はレヴィから俺に声をかけてくれた。嬉しさのままに扉へと近づけば。


 「ドア、開けないで」


 「……どうかしたのか」


 「……髪の手入れとかちゃんとしてないから」


 「あ、ああ……」


 心細そうにレヴィが言う。

 風呂に入ってなかろうが髪が汚れていようが、声をかけにきてくれたレヴィの行動が嬉しくて顔を見たいと思ったが、そこは女心というのを配慮することにした。女ばかりの家で住んでいるからか、少しは空気を読む努力をしようと思った。

 それでも、開けることはしなかったが、目と鼻の先に扉がある状態で俺は立つ。なるべく身近で変化を起こそうとするレヴィの声を聞こうと考えたからだ。


 「どうしかしたのか、レヴィ」


 なるべく自然を装うって問いかけた。


 「……実王、今日はお願いがあってここに来たの」


 「お願い……? 俺にできることなら、なんでも言ってくれ」


 レヴィの声はいつなく緊張している。

 俺はレヴィの頼みなら、なんでも答えてあげたいと思った。悲しみの中にるレヴィが元気になるなら、笑いものになろうが罵られようが何でもしたい。……レオンに頼まれた大切な女の子のためなのだから。


 「ぁ……いや、その、特別なことではないの。本当にちょっとしたお願いなんだけど……。実王は明日は忙しい?」


 「明日は休みだから、一日家に居ようと思ったけど……」


 「そ、そう! それなら、良かったぁ」


 久しぶりにレヴィの元気な声を聞いた気がした。

 薄い扉越しでレビィの顔は見えないが、自然な明るい声から察するに顔もほころんでいるに違いない。今だした声を無表情でできるほどレヴィは器用な人間じゃない。

 俺も自然と嬉しくなり、つい小さく笑ってしまう。


 「なにが嬉しいんだよ。俺が、予定もなく家で過ごすことが、そんなに面白いのか?」


 「違うわよ! もう、そういうことじゃないの! だから、そのね……。これから頼むのは特別なお願い、私の一生のお願いにしても構わないから。……それでも、足りないなら、私の全てを実王に差し出してもいいの……」


 「ばっ――!? 何、言っているんだよ!? 変な冗談ばかり言うなっ」


 レヴィのか細い声が余計にその言葉を盛り上げた気がした。

 

 ――私の全てを実王に差し出してもいいの。


 今一度思い出せば、頭が熱く頬に触れても非情に熱い。まるで、高温にうなされるような錯覚を受ける。

 すぐに、冗談よ。騙されたの。といつもレヴィとして言葉を続けると思った。だが、今回はそれとは違う。


 「――冗談なんかじゃないよ。私にとっては、それぐらい大切なお願い。大切な人だから、大切な実王だから頼むの。他の人じゃイヤ、代わりの人間なんていらない……実王がいいの、実王だからいいの」


 無意識に生唾を飲み込んだ。

 正直、扉があってよかったと思った。このまま普通に対面していたら、俺はレヴィを抱きしめていたかもしれない。

 普段のレヴィから考えられもしない小さな声、ところどころ呼気が震えているせいか今まで考えたことがないぐらいの可憐さを感じさせた。

 遠くに行きそうになる意識に気づき、頭を慌てて振る。


 「……落ち着け、レヴィ。いろんなことが起こりすぎて、今は少し変になっているんだ。だから、今日は一度部屋に戻って――」


 「――変じゃないの、ちゃんと考えて上での行動なの。これは、私が前に進むために必要なこと。だから……聞いて、実王」


 「レヴィ……」


 そこで確信した。いつものレヴィでなければ、今までのレヴィではない。悲しみを背負ったレヴィの真剣な考え。

 俺は一度彼女の名前を呼べば、今から告げるであろうレヴィの言葉を待った。


 「ちゃんと聞こうとしてくれてありがとう。じゃあ、言うね。――明日の一日、私の恋人としてデートしなさい」


 それは、二度目のデートの誘い。

 命令口調で言うところを見れば、少し前の調子が戻ってきたのかもしれない。なんにしても、このデートは前のものとは違ったものになりそうな気がする。

 俺はレヴィの提案をすんなりと受け入れた。


 「ああ。いいよ。……予定はどうしようか?」


 「……あ、えと、準備ができたら呼びいくわ。――く、首を洗って待ってなさい!」


 何が始まるのだろうか、と不安に思いながら遠ざかるレヴィの足音を聞いた。

 俺はやれやれと小さく息を吐く。


 ――……やった。


 どこかで声が聞こえた。ついさっき聞いたことがる少女の声。

 レオンの死から時間が経っていないのにこういうことになることに不信感も不安もあり、レヴィの元気な様子に嬉しくも心配でもある。しかし、俺にはレヴィの頼みを断ることはできなかった。

 不謹慎だと怒ることもできたが、それはレヴィが一番理解していると思う。レヴィが何故こんな提案をしたのか分からない。だからこそ、俺はレヴィの考えのその先を知りたいと思った。


 「明日、か……」


 ――……レヴィをよろしく頼む。


 レオンの言葉が脳裏に蘇る。

 任せてくれ、レオン。何ができるかはわからないが、俺はレヴィの笑顔を取り戻すよ。

 先程までとはまた違った気持ちで、俺は夜空を見上げた。

 夜空は相変わらずの輝きで、薄暗い部屋を淡く照らし続けた。

 

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