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第十八章 第六話 レヴィ救出作戦

 ――それから、数分後。

 優位に立つべくして存在していたブルドガングは、先程と同じく――いや、先程以上に体を傷だらけにしたブルドガングが地に膝をついていた。その体には斜めに走る傷跡が血を流す。


 『無力とは罪なのですね』


 セトの声がレオンに降る。

 レオンはブルドガングの本来持つ以上の力を発揮して戦った。

 漂うザイフリートの体の一部達に、炎の玉をぶつけ、腕を刀に変えて薙ぎ払い、ハンマーにも変形させて押し潰し塵に変えた。

 戦況はブルドガングの圧倒的な優勢。玩具のようにただ一本だけ浮かんだ大剣を見れば、それは一目瞭然だった。まず間違いなく、レオンが敗北する未来など到底ありえないと思わせるほどに。……事実、目の前で戦闘を見ていたレヴィは早く終わるか時間がかかって終わるかの違いしかないと考えていた。

 ――レヴィは、自分の考えの狭さを思い知らされることになる。

 ブルドガングはただ一本の大剣によって、窮地に立たされることになった。

 そもそも、剣というのは扱う人間がいてこそ真価を見せることが出来る。しかし、ザイフリートの大剣はブルドガングの攻撃をかいくぐり、炎の矢を抜け、劫火の竜巻を貫通し、ブルドガングに到達することになる。それでも、レオンはそれを回避して、次の攻撃に移る体制が既に完了していた。敵の動きなど己が手の中のはずだった。

 レオンの思い浮かんだ数パターンの敵の行動を奴がとり、後は反撃をするだけだった。大剣がブルドガングの前に辿りつけば、見逃してしまいそうなほどの刹那の発光。そこには、大剣を手に握るザイフリートがいた。頭も右腕もない左腕だけ、しかし両足はしっかりと地面に足をついていた。

 驚くべき存在の出現に困惑したレオンは僅かばかりの思考の遅れを起こす。その一瞬を逃すことなく、ブルドガングの肩から下半身まで切り裂いた。それだけでは、終わらないといわんばかりにザイフリートは追撃し、もう一度横に一閃、そして倒れようとするブルドガングに蹴りを入れた

 膝をつくレオンを見れば、ザイフリートは悠々と空へ上がった。ブルドガングを見下ろすように、ザイフリートは片腕で大剣を振れば刃の先をブルドガング向けた。――これが、今の状況である。

 溢れ出す血液もそのままにブルドガングはふらふらと立ち上がる。


 『お前、何をしたんだ……』


 レオンは喉から搾り出すように声を出す。

 ザイフリートは確実にダメージを受けているのは確実だ。しかし、損傷が軽過ぎる。


 『特別なことは何も。ただ、戦闘を有利に運ぶ手数の多さが勝っただけの話ですよ』


 圧倒的な威圧感で空中に立つザイフリートを見上げていたレオンは、驚きで目を大きくさせる。


 『冗談、だろ……?』


 ついさっき見た光、それがザイフリートの周囲で小さく輝く。

 発光後、さも当然であるかのように消滅した頭部がそこに復活して目を光らせ、炎で燃やし尽くした右腕はザイフリートの胴に繋がり大剣に手を添えられていた。

 レオンは自身の背中に悪寒を感じた。

回復能力? それとも、分身でもできるのか? いや、俺に幻でも見せているのか。――レオンは考える。どこかに弱点があるのではないか、どこかにヒントが転がっているのではないか。視線をザイフリートに全身に走らせるが、逆転のきっかけが見つからない。

 レオンが状況を変えようと考えていることに気づいているのか、カイムは様子を楽しむように小さく笑みを浮かべると口を開いた。


 「冗談なものか。これが結果だよ、レオン。君はよくやってくれたし、君の後ろにいる三人が誰か一人でも生きていたら英雄として語り継がれることは間違いないよ。――ところで、提案なんだが……もう諦めてくれないか」


 やれやれ、という感じに大げさに両手を挙げてみるカイム。


 『諦めてくれ? この戦いを諦めれば、俺達を無事にイナンナに行かせてもらえるのか』


 「残念、そうも世界は甘くないよ。レオン君も冗談言えるなんて余裕あるじゃん」

 

 『……だろうな』


 諦め気味な自嘲を浮かべるレオン。


 「あ、でも、一つ提案があるすれば――。レオン、私の下に来ないか」


 レオンはカイムのその言葉に耳を疑い、反射的に声を出す。


 『なに……。何を言っているのだ、お前は』


 「おかしいことじゃないさ。イナンナも似たようなことしているだろ。まあ、魔法でいろいろと強制させるかもしれないけど、悪い提案じゃないはずだ。レヴィちゃんも、イナンナの二人も見逃してあげるよ。だから、私の協力者になってほしい。そうすればレオン君も生き永らえることができる。……今の状況からしてみれば、これ以上の話はないように思えるけど」


 レオンは考える。まるで、悪魔が自分と契約するように迫ってきているようだと。判を押せ、判を押せば願いは叶う。ただし、お前は奴隷なのだと。

 心を捧げて、命を守る。昔の自分の生き方のようだと、自嘲気味にレオンは笑う。


 ――レオン。


 レヴィが魔法の力で俺の名を呼ぶ。なんとなく、そういうことをするのではとレオンは思っていた。


 ――どうした、転送の魔法に集中しろ。


 ――こちらも大事なことです。……カイムの提案だけど、レオンが望むならあちら側についても構わない。レオンに判断は任せるわ。ま、まあ、私としては、レオンがカイムの下に行けばいいと思うのだけどっ……。


 魔法だというのに、レヴィの言葉が途中で詰まっていた。

 レオンは嬉しそうにため息をつく。


 ――それはどういう意味だ……?


 ――そ、それはっ……! 私達が生き残るための最善策だからよ。竜機神を失ったレオンがあちらについても大した脅威にはならないのからよっ。……で、でも、レオンを強要することは……できないから……。だから……。


 魔法での会話で、心の中で声だというのに、どもりながらも話をするレヴィの声を聞くレオン。ついには、吹き出すように笑ってしまう。


 ――確かに、お前達が助かるためには、俺が行くのが一番だよな。


 ――……そうよっ。


 レオンは操縦席で目を閉じれば、今までの出来事を思い出す。

 人生の大半は血と暴力の日々だった。それでも、レヴィと出会い、拳は殴るだけではないと知った。自然と知ることができた。世界というものを。

 満足だった。今のやりとりにレヴィの隠しても隠しきれない気持ちを感じたから。


 ――ありがとう、レヴィ。俺はもう迷いはない。気持ちは決まっている。……もうすぐで転送の準備ができるはずだ。急いでくれ。


 ――……そ、そう、好きになさい。


 ――愛している、レヴィ。


 ――え……!? レオン――。


 無理やり、レヴィの声を意識から外して、前方のザイフリートとカイムに集中する。


 「ねえ、もういいかしら。こっちもそんなに、時間があるわけじゃないの」


 わざとらしくカイムは、挑発するように語尾を延ばして言う。


 『……俺の気持ちは決まった。よく聞け、カイム。そのような提案など――』


 ブルドガングは右腕が熱く滾る。炎が最後の瞬間を彩るために、活性化を起こす。

 レオンは息を深く吸う。足元の地面を抉り、地面を蹴飛ばす。


 『――勝手にほざいてろッ!』


 蹴り上げて着地した右足が、大きく揺れる。振動が大きい。


 「――なるほど。こうなることは予想していたんだけどね、残念だけど。……やるんだ、セト」


 駆け出すブルドガングを見ながら、カイムが深くため息を吐けば後方へと下がる。

 ザイフリートの二歩目の足、地面が崩れたのかと思った。そうじゃない、足が震えて自身を支えられないのだ。ただ一度の攻撃で、これではとてもこれ以上は戦えない。レオンにはこれが最後なのだと承知の戦闘だった。


 『これ以上、お前の好きにはさせない!』


 二歩目で高く飛び上がるブルドガングはザイフリートと同じ位置まで接近する。視界の中には大剣を背後に引くザイフリートの姿。


 『貴方はもったいないことをしました。……後悔してください』


 セトがそう告げれば、轟音を立てながら大剣を横に振るう。


 『後悔などしない! 俺を……舐めるなぁ!』


 炎の腕の先が二つに分かれる。ぱっくりと開かれた上部と下部の手先がさらに変化し、太く長くなる。伸ばした手の先が変形した姿は、炎の獣。ブルドガングの右腕半分が炎の獅子に姿を変えていた。

 獅子が咆哮を上げながら、ザイフリートの頭から胴体にかけて飲み込んだ。


 『くっ……小癪な……』


 悔しげに声を上げるのはセトのものだ。

 横に振り切ったはずの大剣は、ブルドガングの胴に接触する直前で停止していた。刃と胴体の間を守るように、右手の炎の獅子から伸びた腕が大剣を受け止めていた。そこから先は全く動かず、獅子の差し出した炎の盾がそれを受ける。


 『倒す! 倒す! 絶対に倒す! お前はここから先に行かせてなるものか! 進むな! ここから先は、俺の守るべき世界だ! これ以上……進ませてなるものか!』


 ザイフリートは体勢を崩し、体を傾ければ背中の壁に倒れこむ。その際も、ブルドガングは馬乗りになるようにがっしりと炎の牙で離すことはなかった。

 ――ズンッ。重い音が響けば、周囲の柱が次々に倒れていく。

 先程から続いた竜機神の戦闘で、既に遺跡は限界を迎えていたのだ。


 「やんなっちゃうねえ……。同時に時間切れみたいだし」


 カイムは落ちてくる瓦礫の中で、ゆったりと口にする。

 実王と空音の体が少しずつ透明になったかと思えば、瞬時にそこから姿を消した。

 レヴィの体も徐々に透明に変化していく。


 「レオン――! 準備は出来ました! 早くブルドガングから降りてくださいッ!」


 『ぐぅ……!』


 大剣を掴んでいたはずの炎の腕が揺らめけば、刃先がブルドガングの胴に入り込む。

 顔を上げてその光景を見ていたレヴィは、悲鳴に似た声を上げる。


 「ぁ……レオン!」


 『……行け、俺は助からない。それに、こいつらはここで俺が止めなければいけない』


 「何を言っているの!? 早く……行こう……レオン!」


 レヴィは手を伸ばす。それは魔法を使うためではない、愛しい家族に触れたくて守りたくて伸ばす小さな手。


 『――いいから行けッ! 俺の言いたいことは伝えたはずだ! だから生きろ、生きて生きて、コイツの情報を少しでも伝えろ。……雛型実王なら、きっと……コイツを止められるはずだ……! 行けッ、レヴィ! ここで、メルガルの意思を終わらせるなッ!』


 レオンは胸が苦しくなるのを感じた。

 もしも叶うなら、今手を伸ばしているレヴィに駆け寄り、その手を握りたい。そして、一緒に逃げようとその手を離すことはないだろう。守れるものなら、守り抜く。愛した少女を守り抜きたい。……だが、ここまでだ。

 レヴィはほんの数秒の間、ブルドガングを見つめれば、苦しげに下唇を噛むと視線を逸らした。そして、そのまま少しずつ消えていくレヴィの姿。


 「レオン……! 私も、貴方を愛しています――!」


 そして、レヴィは消えた。このメルガルから姿を消した。

 その光景に目を細めれば、満足気に口元に笑みを浮かべた。


 『私に恥をかかせたな』


 低く唸るようなセトの声。

 少しずつ、ザイフリートの大剣が体に深くめり込んでいく。

 落ちる瓦礫、崩れる地面、二体の竜機神を逃すまいと倒れてくる巫女の像達。

 レオンの視界は血で染まり、髪も血が固まり、操縦桿を握っているのか破損して飛び出したブルドガングの一部を握っているのか分からない。それでも、レオンは満足だった。とても、幸せな気持ちに溢れている。

 レオンは操縦桿から手を離せば、ブルドガングを労わるために周囲を撫でる。


 「ブルドガング、最後までよく付き合ってくれたな。……感謝する」


 右腕の炎は降りしきる瓦礫の中でも、しっかりとザイフリートを噛みつき離そうとはしない。カイムはザイフリートの足元で、魔法により障壁を張るのが見える。カイムを包むように光る球体の中で、銀髪の少女は愉しげにこちらを見ていた。

 ふん、と鼻を鳴らすレオン。


 『待っていろ、カイム。お前を止める奴が必ず現れる。――覚悟しておけよ』


 カイムは何を言うでもなく、小さく笑うだけだった。

 レオンは頭上を見上げる。降り注ぐ瓦礫が操縦席を突き破り、視界を埋めていく。

 レオンは想う。これが、自分の見る最後の光景になるのか、と。これが、この汚い世界で見る最後の光景か、と。……いいや、と振れなくなった首を動かす。

 

 「……世界は綺麗だ」


 最後に、レオンは子供のように無邪気に笑うと瓦礫の中に消えた。



                 ※



 死の間際。レオンは夢を見た。

 仲の良い両親が二人いる。父は学園都市で働き、母は専業主婦。……妹もいる。

 春は行楽地に行き、夏は海に行き、秋は山菜を採りに行き、冬は居間で家族四人で過ごすことが多かった。


 「兄さん、遅刻するよ!」


 誰かが体を揺さぶる。目を開ければ、活発そうな目の少女。

 ここは我が家の玄関ではないか。何をしていたのだ。そうだ、早く妹と一緒に学園に行かないと。そういえば、課題はどうなった。……ダメそうなら素直に謝ろう。


 「また、遅くまで勉強してたんでしょ! もう!」


 ぷんぷんと擬音が聞こえそうなほどに怒る妹。

 ごめんごめん、と俺は妹の頭を撫でる。この年齢で妹もここまでべったりだと、兄としていろいろと考えなければいけないな。と、できもしないことを考えながら、通学用の靴に足を入れる。


 「悪かったよ、行こうか。――レヴィ」


 玄関を開ければ、そこは眩しい世界。



                ※


 それはレオンが短い時間に見た夢。

 この日、メルガルは壊滅。巫女は生きているものの、生き残った人間達は脱出。メルガルのほぼ全ての人間達は、自分の住む大陸を捨てた。

 空に浮かぶシェルターを確認したイナンナの竜機人達は全て回収。

 ――この日、メルガルは崩壊した。

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