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第十八章 第三部 レヴィ救出作戦

 勝負は一瞬と言っても良かった。

 岩陰から飛び出した二機の竜機神。不意をつかれたヒルトルーンの懐に飛び込む二機、扉を中央に置き左右に立つヒルトルーン。

 まずバルムンクは両手に持ち替えた刀で首を切り飛ばした。そのまま向きを下方向にすれば、首のつけ根に刃を突き刺す。ヒルトルーンの足元に潜り込むように地面まで急降下。腹を裂かれた形になるヒルトルーンだったが、本来の強力な再生機能が回復を急ぐ。

 ――しかし、その回復を速度も本来のヒルトルーンには遠く及ばない。竜機神の前では遅く鈍い。竜機人が相手ならば、この治癒速度で十分に脅威だったかもしれない。それでも、今目の前に存在するのは大陸最強の竜機神なのだ。

 一ミリも回復する余裕を与えない。今、半分に裂かれようとするヒルトルーンを横から薙ぎ払うために渾身の横一閃で吹き飛ばす。

 衝撃波を纏う斬撃を受けたヒルトルーンは跡形もなく粉々に散る。――それはノートゥングも同じこと。

 バルムンクが最初の一撃を行う頃には、ヒルトルーンの腕を全て切り落とす。光速のノートゥングは、内部に飛び込むと内側から出現。×印の形で腹部に穴を作るヒルトルーン。

 それでは、終わらない。切り開き飛び出した宙の中で、体を半回転させれば再び内部に切り込む。――暗闇の空に血を吐くよう血液を散らし、体を大きくのけぞらせる。直後、背中に×印の穴が空間が出現する。

 弾丸のように飛び出すノートゥングはヒルトルーンの後方で着地。背中と腹部を切り裂かれたヒルトルーンは、ガチガチと自機を揺らせば、そのまま地面へと崩れ落ちた。回復も間に合わないほどの速度で内部を傷つけられたヒルトルーン。攻撃力の低いノートゥングの弱点をうまくフォローした戦闘方法だった。

 再び元の位置に戻った二機。バルムンクはレオンを乗せて、空音はレヴィを片手に乗せれば、竜機人が入るほど大きな扉をした遺跡の中に飛び込む。



               ※



 飛び込む遺跡の中はイナンナのそれと酷似しているものだった。

 まるで竜機神が入ることを想定していたかのような広い通路。それがまっすぐに下へと伸びている。狭くもかといって広すぎるわけでもない、実に丁度良い通路。外側をぐるりと囲む螺旋階段も苦にならないほどだ。


 『ね、実王。なんとかなったでしょっ』


 嬉しそうな声の空音。


 「まあな、凄いスピードで再生しようとした時はびっくりしたけど、あれならなんとかなりそうだ。思ったんだけどさ……空音。変わったな」


 『え!? うーん、私はそういう意識はないけど……』


 「悪い変化じゃなくてな、前よりも自分に自信を持っている感じがする。少し前までなら、ああいう強引な行動は絶対にやろうとしないだろ。それどころか、お前は無理にでも止めていそうな感じがする」


 俺は先ほどまでの空音の行動を思い出しながら言う。

 ああいう可能性に賭ける作戦は、俺が言っている気もするし、ましてや空音から提案するとは実に驚くべきことだった。これもきっと、俺が離れている間に起きた空音の変化なのだろう。その考えを補足するように空音が口を開く。


 『少し前までは、自分の行動が悪い結果を起こすんじゃないかな、とか。失敗したら取り返しのつかないことになるかもしれない……。なんて、自分に自信が持てなかったの』


 「……意外だな」


 俺は思ったままに口にする。


 『そう? 本当はね、最初から不安だったのよ。でも、少しずつ変わっていったの。目の前で無茶をする馬鹿を見て、自分を信じることを知ったの。それに、私にも大切な人がいることに気づき、私は一人じゃないことを知ったから。……だから、前よりも自分に素直になったのかもしれないわ』


 もう遺跡の中だと言ってもいつ敵が出てくるか分からない状況だというのに、空音の声は時折楽しげに明るく語尾が延びる。

 空音の言葉に苦笑を浮かべる。


 「馬鹿って、誰のことだよ」


 『少なくとも、私は一人しか知らないけど』


 そうこう会話をしていると底の方が見えてくる。そこは、俺が初めてイナンナに来た時に見た円盤型の石柱。

 イナンナと似ているところは石柱だけでなく、周囲には巫女達の像が並ぶ。いくつも並ぶ巫女の白い像は、イナンナのものとは着ている物が違うものの、数はほぼ一緒に見える。



 「実王、空音! イチャイチャするのも、この辺にして! 大急ぎで、準備するわよ!」


 『イチャ……!? そ、そんなんじゃ……にゃい……』


 たぶん、耳まで顔を赤くしている空音。プルプルとノートゥングの手が揺れている。

 レオンはとても心配そうに、その手に掴まっている。


 「照れてる場合か……。さあ、すぐに二人を下ろすぞ」


 レオンが無事に降り立つ為にも、俺は急かすように言う。

 バルムンク、ノートゥングが着地すれば、すぐさま二人を足元に下ろす。そして、俺たちもすぐに竜機神を指輪に戻した。

 そのとき、レヴィは思い出したように小さくを声を上げれば、駆け足でレオンへと近づく。


 「レオン、コレを」


 レヴィがレオンに差し出したのは竜機神の指輪。それを指で摘み、自分の中指に滑り込ませる。


 「……どこまでやれる?」


 神妙な顔でレヴィが言う。


 「一回。メルガルの技術では、一回だけが限界よ。その一度きりの戦いでブルドガングは完全に崩壊するわ。次こそ、もう二度と修復は不可能ね。その指輪も完全に粉々に無くなると思うわ」


 レヴィの声は申し訳なさそうに沈んでいる。

 話を聞いてる内に分かった。ブルドガングは一度しか操縦できないこと、それに乗ってしまえばメルガルから完全に竜機神が存在しなくなること。

 レオンはとても自然な動きでレヴィの頭を優しく撫でた。


 「感謝する。レヴィ。それだけでも十分だ。――さあ、俺たちを転送する準備をしてくれ」


 レオンの口の端は持ち上がり、それは笑顔にしてはとても不器用で優しい表情に見えた。

 優しい表情を浮かべたレヴィはそっとレオンから体を離せば、俺たちを送り届けるために手を広げた。


 「とにかく、イナンナまで飛ぶことを考えるわ。これだけの人数を他の大陸に転送するためには、時間がかかるから。ちょっと待っときなさいよ。……都市までは行けないかもしれないけど、なるべく大陸の中央に行くことを意識するから――」


 「――レヴィ!」


 レオンがレヴィのところへ飛び込めば、抱きしめると地面に転がる。二人が折り重なるように倒れこめば、レヴィが今まで立っていた場所を一筋の光が流れた。


 「魔法の光!? まさか……!」


 俺は思考がその光景に追いつけないでいた。咄嗟に行動したレオン。そして、それにすぐに気づくことができた空音が、光の流れてきた方向を見る。


 「おしい、実におしいな。全員を塵に帰すぐらいの魔力の波動でもしとけば良かったかな」


 見覚えのある銀髪。漆黒の目が俺たちを楽しげに見つめていた。優雅に螺旋階段を降りて来るのは――カイム。


 「それをしてしまうと、これからの予定に支障が出ます」


 カイムの背後から、少し遅れて歩いて来るのはカイムの銀色の何十倍も大人しい灰色の髪。生真面目そうな鋭い目つきにさっぱりとしたテクノカットの髪型。

 十七か十八ぐらいである青年の格好は何故か執事服を着ており、腹部のところでは親指ほどの大きさの金色のボタンがスーツをキッチリと体を密着させて、その細身を強調させた。

 つまらなそうにカイムは返事をする。


 「冗談だよ、セト。今のは挨拶代わり。当たったなら、当たったで次を考えるさ」


 セトと呼ばれた執事服の男は、肯定するように瞬きを一度した。


 「相変わらず、無口だねえ」


 「――カイム!」


 薄笑いを浮かべるカイムに、レヴィは怒りを内包させた強い声を浴びせる。


 「やあ、元気にしていたかい。レヴィ」


 「ええ、おかげさまでね……! ここで一戦交えるつもり!?」


 「血気盛んな巫女だね。そんなに怒ってばかりだと、体に毒だよ」


 友人に談笑するよう語りかけるカイムをレヴィはきつく睨む。


 「お前! どこまで、私を馬鹿にする気だ!」


 「さあね。……レヴィ、そろそろこの舞台から退場してくれないか。もう君は役不足なんだよ。君みたいな奴がちょろちょろしていれば、ご覧になっている視聴者達が離れてしまう。お願いだ、どうかその血肉を私に捧げてくれ」


 怪しく悪魔の笑みを浮かべるカイム。

 レヴィは何か言いたそうに口を開こうとする。それよりも早くレオンが口を開く。


 「――黙れ」


 短い声。しかし、低く獣の鳴き声に似たそれは、ここにいる人間を圧倒するには十分なもの。それでも、対峙するカイムとセトは気にする様子はない。

 レオンはレヴィに目線を送る。レヴィは頷けば、すぐに魔法の準備を始める。

 両手を広げ、レヴィは俺達三人に意識を集中させる。


 「いいね、レオン君かっこいいよ。……それでも、レヴィちゃんは逃がさないよ。――許すよ、セト。君の本分を全うしなさい」


 カイムは手を頭のところまで持ってくると、指を鳴らす。

 パチンと響く高い音に反応したセト、右手は清潔感のある手袋をしていたが、それを脱ぎ捨てるとすっと持ち上げた。まっすぐに揃った長い指がセトの顔の前で光を放つ。その指から放たれ眩い光に反射的に目を閉じる。

 一瞬の出来事、それは俺達のよく知っている残光。

 カイムの後ろには一体の竜機神が立っていた。


 『――ザイフリート』


 竜機神の名前を呼ぶセトの声とザイフリートの出現した衝撃で遺跡が振動する。

 パッと見れば、西洋の黄金騎士。両肩は広く、足や腰は重厚感がある。顔には赤い二つの目が強く輝き、頭部を守るように格子型になっているアーミットヘルムに似た形の兜。格子状の兜の隙間から、ザイフリートの目が俺たちを見下ろす。

 特別に目が行くところがあるならば、奴は己の巨体を支えるように両刃の大剣を地面に突き刺し、両手で掴む。柄の先を両手で握り、大きく足を広げた姿は、騎士でありながら王としての威厳を持っているようだった。


 「エヌルタの……竜機神……」


 未知数の敵に威圧される。――いや、何を言っている。いつだって、敵は未知数だったじゃないか。弱点も分からない、どんな攻撃をするかも分からない。それでも戦ってきたのだ。

 俺はバルムンクを呼び出そうと手に力を入れる。


 「行くぞ、バルム……あれ……?」


 視界が突然狭くなる。暗く、足にも力が入らない。視界が大きく揺れると、足腰に力が入らないままに俺は地面に転がる。力が入らず、強い眠気のような抗えない何かを感じる。

 必死に力を入れようと歯を食いしばるが、体が言うことを利かない。空音の方を見れば、空音も同じように地面に倒れこむところだった。

 なんだ、何が起きている。カイムの攻撃か。さっきの魔法が俺たちにも当たっていたのか……。


 「――悪いな」


 はっとなり、頭が動かないので視線だけ声の方向に向ける。

 レオンが俺を見下ろしていた。ここで倒れているのは、俺と空音のみ。レオンとレヴィは変わらずに、先ほどの場所に立つ。

 違う、この状況はカイムの仕業じゃない。――レオンたちがしたことだ。気がつかなかった。あの時、レヴィが手を広げたのは、転送させるための魔法を使うためではなく。俺達を眠らせるための魔法をかけていたのか。


 「な……んで……? レオン……」


 レオンの顔は申し訳なさそうに、その表情に暗いものを見せている。


 「ここで竜機神が四体も戦ったら遺跡諸共も押しつぶされてしまう。――それに、お前達にはここで戦ってほしくない。元は俺達の身から出た錆だ。……前は助けてもらったが、今度こそ……俺がお前達を助ける」


 レオンは俺にそう言えば、俺達を守るように前へ進む。

 

 「俺は、お前を友だと思っている。俺にとって初めて対等な友人ができた気がした。……友達というのが、どういうものかは分からないが、きっとこういうものなのだろ。お前はどうだか知らないが、少なくともお前は俺の友だ」


 レオンは俺に背中を向けたままで、先ほど受け取ったばかりの指輪を装着する。

 やめろ、そんなことを言うな。それじゃ、まるで……もう会えないみたいじゃないか……。


 「レ……オン……」


 レオンがふっと笑った気がした。


 「なんだ、まだ喋れるのか。しぶといのは相変わらずだな。俺もお前もお喋りする時間はもうない。今は眠っとけ、目覚めればイナンナにでもいるさ。――さらばだ、雛形実王。乗り手もメルガルも関係ない。お前の友としてアイツの兄として……レヴィをよろしく頼む」


 レオンの指が強い光り輝く。燃え尽きる前の炎は非常に大きく燃え上がる。何故だか、そんな不吉なイメージが頭に残る輝き。


 「俺達の最後の戦いだ。――飛翔し、燃え上がるぞ! ブルドガングッ!」


 目の中に強烈で、激烈な炎の輝きを残しながら、俺の意識はそこで絶えることになる。

 

 

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