第十八章 第一話 レヴィ救出作戦
魔法の空間から出てきたその先。最初に巨大な瓦礫の山が見えた。あれは、何だと目を凝らして見れば、すぐに気づくべきだったと後悔した。
瓦礫の正体、それは……メルガルの学園都市。高くそそり立っていた工場の煙突達が崩れ落ち、さらにその崩れ落ちた瓦礫が周りの工業地帯を破壊して都市中から火を上げ、炎を巻き上げていた。
その巻き上がる炎を吸い取るように、空は黒く染まり、メルガルの時刻も明け方のはずだが、それを意識しなければ忘れてしまうほど、空は暗く圧迫感を与えるものだった。暗い空が都市から登った黒い煙を、また吸い上げた。
酷く凄惨な光景。都市にいた人達は避難をする時間があったのだろうか。……もし時間もなく攻撃をされたようなら、きっと大勢の人達が――。
「――実王。しっかりしてっ」
肩を揺らされて我に返る。
はっとして隣を見れば、心配そうにこちらを覗きこむ空音の顔。気が付けば、自分の手からとてつもない量の汗が出ている。流れ出た汗すら受け止めてくれるかのように、空音は俺の手を強く握る。空音の自然な優しさに感謝しつつ、その手を離した。
「……すまん」
俺は小さく謝ると、周囲を見回す。
レオンは少し離れた位置で辺りをキョロキョロと見渡し、空音は周囲を見ながらも、時折、心配そうな目線をくれる。
都市はよく見えるが、それほど近くはなさそうで、数キロは距離が開いている。前にも都市の近くまで来たことはあるが、過去の面影など感じられない。視線の先には、火の上がるメルガルの都市がそこにあるのみ。
視線を感じて、その方向を見ればレオンがこっちを見ている。その瞳はこの暗がりの中でも強く輝いているように見える。それはまだ彼が希望を捨ててないから、そう見えるのだろう。
大丈夫か、そう語りかけてくるレオンの視線に頷けば、俺はレオンの居る場所へと歩き出す。
「実王……」
俺は空音の前を歩き出す。小さく俺の名前を呼んだ空音が後を追いかけてくるのが分かった。
「もう歩けそうか?」
レオンの声に、再び深く頷く。
「ああ、行こう。俺がお荷物になるわけにはいかない」
「頼もしい言葉だな。――さて、行くか」
レオンは嬉しそうに笑えば、その鋭い瞳で前方を見据えて歩き出す。
空音が俺の隣に立てば、荒れた道を共に歩き出す。
メルガルは確かに自然があるというよりも荒野のイメージが強い大陸だった。それでも、大陸中に舗装された道が行き渡り、こういう道路を作る技術は全大陸の中でも一、二を争うほどだと聞いたこともある。
そのはずだが、都市が近くにあるはずなのに、道らしい道は無い。道路と思わしきものが見えたかもしれないが、抉れた地面から飛び出した鉄の棒や粉々に砕けたコンクリートが道の残骸かもしれない。なんにしても、道と呼ばれる道は全てエヌルタによって破壊されたようだ。
ガルバさんの劇団に入ってたときも、通行手段も行き届いたメルガルという大陸の勝手の良さもあって、あの半年間はメルガルから出ることもなかった。他の大陸なら大体半年で移るらしいが、メルガルには一年以上過ごす予定だったらしい。……ガルバさん達も無事だといいが。
山と呼べるかも分からない小さな山を登る。公園にあるジャングルジム三個分ほどの高さだろうか。そこにたくさんの金属の破片が積み上げられている。手元に気をつけつつ、金属の山を両手を掴み登っていく。
「こんな山、あったか……?」
緊張感からか独り言を呟く。俺としては何気なく呟いたつもりだった。手を伸ばし、何かぬめり気を感じつつ、また一つ上へ向かう。
「いや、ここ最近で……できたものだ」
低い声。レオンは、淡々としたものながら、重たくそう言う。
「――きゃっ!」
突然、背後から悲鳴が聞こえた。
「空音!? どうかしたか!」
振り返れば、少し離れた距離から続いて来ていた空音が足をへの字に曲げて座りこけていた。表情は困惑したもので、ジッと足元のほうを見ていた。
「……今、何かがこっちを見ていたの」
「何かが……」
周囲を見れば金属がそこら中に転がっているとしか思えない。元の世界でも機械に詳しい方ではなかったが、こちらの世界の機械もそう変わらないとはいえ、ただの金属もしくは機械の欠片にしか見えない。
「……竜機人だ」
先を進むレオンがその足を止めて言う。俺と空音はその返答に驚くと同時に辺りのものをさらに目を凝らす。
「……おそらく、篝火が見たものはゲイルリングの目だ。この山は何十ものゲイルリングの死骸だと言えば分かりやすいか。制限解除をしているものもあるから、この中にはまだ操縦者も眠っているだろう」
眠っている。レオンの言ったことは正しくも間違っている。ゲイルリングの死骸だと言うが、この俺達の踏みしめている足の下には人の死体も――。
「――考えるな。メルガルにたどり着くためには、ここを通るしかない。この先に通路がある。ここを登りきり、そこに向かうことだけ考えろ」
レオンの強い言葉。俺は止まりかけていた足に再び力を入れて立ち上がる。先程まで座り込んでいた空音も、両手で体を持ち上げて、両足で踏みしめる。
一番辛いはずのレオンから、こう言われれば、俺達に足を止めることはできない。命を懸けるということがどういう意味なのかを知っている俺と空音は、抗い生きる道を選びとるだけだ。命は無駄にしない、例え誰かの亡骸を踏み越えることになろうとも。
必死にただ上がり続けることだけを考えて、手を竜機人の血液と泥で汚しながら、山を登りきる。――そして、見えた。
「――ここだ、ここから入れるはずだ。もともとは、扉もあったが瓦礫が入り込んで流されてしまっている。……だが、メルガルの戦士達が守ってくれていた」
山を登りきる頃には、都市もかなり近づいていた。ゲイルリングの山の上から見下ろした先には、確かに小さな穴のようなものが見える。そこを隠すように、先程の山よりも小さなゲイルリング達の山が二つ三つ横並びにできていた。
足元の通路から顔を上げれば、その光景の先には相変わらず炎を上げるメルガルの都市。崩壊した煙突や建物が至るところに倒れ、内部での戦闘の影響か内側から折れたビルが、メルガルの城壁を壊して、様々な方向に道を作るように倒れている。
「命を懸けて、彼らは希望を繋いでくれた……。俺達はそれに報いるために来た。……ここまで接近すれば、気づかれる可能性も出て来る。――少し急ぐぞッ」
レオンがそう告げれば、その暗闇の見える穴へ向けて駆け足気味に動き出す。
俺も空音もその後ろに続くために、足早に地面を蹴る。
メルガルの乗り手達が全力で守ろうとしたからこそ、今俺達がここに居ることができる。ここに彼らの作った山がなければ、この通路も敵に発見されていただろう。希望を繋いでくれた彼らに感謝して、その想いに報いるためにも俺達は通路の暗闇へと滑り込むように飛び込んだ。