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第十七章 第六話 新しい日常 加速する世界 止まる平和

 とんとん拍子で話は進み、すぐに飛び出したい気持ちを抑えてレオンの体調次第で明日にはメルガルへ向かうこととなった。そして、俺と空音は自宅に帰ってきた。

 時刻は夕方で、食事を用意をする空音。俺は決して無視することはできない少女の部屋の前に立つ。

 つい最近、ルカの私室になった部屋だ。今、彼女はどのような気持ちで、この空間にいるのだろう。家族を目の前で失ったルカ。俺は、そんな彼女にどのような言葉をかければいいのだろうか。……考えはするも、どれもこれも彼女の心を癒すには足りない物が多すぎる気がした。

 やはり引き返そうか。そうも考えるが、先ほどの空音の言葉を思い出せば引き下がる気持ちを中止させる。


 ――これは実王の仕事なんだから。今のルカはきっと実王じゃないと救えないんだよ。だから……ルカをお願い……。


 空音の心の底からの頼みごとだった。

 このまま声をかけないままで、時間が解決することは難しい。空音の言葉を今一度思い出して、強く自分に言い聞かせる。きっと、何もしないよりもいいのだ、と。

 二度、コンコンと部屋をノックする。


 「ルカ……。そこにいるのか」


 いるに決まっている。俺は何を言っているのだ。それでも、俺の口からやっと出てきたのは、そんな間の抜けた言葉。


 「ルカ……?」


 予想はしていたが返事はない。俺と空音がレオンのいる病院に向かう時にも声をかけたが、その時も全く返事はなかった。 

 もう一度、二度のノックをする。今度はもう少し強く。……当然のように返事はない。

 一呼吸をおき、意を決して扉へ手を伸ばす。


 「……ルカ、入るぞ」


 返事もない女の部屋に入るのは気が引けることだが、今ここで話をしていないと後悔してしまいそうな予感だった。

 扉を開く。物のない部屋はとてもすっきりしていて、角にルカの為に敷かれた布団がある。その上に小さく、体育座りをしているのがルカだった。

 少しずつルカの元へ近づく。ルカはその小さな体をさらに小さくさせて、雨に濡れた小動物みたいに体を丸めている。


 「……何か用なの」


 ルカは自分の膝に顔を埋めて、か細い声を漏らす。


 「もう知っているかもしれないが、メルガルもエヌルタの攻撃を受けた。……絶望的な状況だと思っていたけど、レヴィがメルガルで俺達の助けを待っているかもしれないんだ。だから、俺と空音とレオンで、メルガルにレヴィを助けに行く」


 エヌルタ、その大陸の名前に反応してルカの肩が小さく跳ねた。怒りで反応したのか、恐怖で反応したのかは表情が見えない分、余計に分からないが、それでもルカがエヌルタに対して特別な感情を抱いているのは間違いないことだった。


 「行っても、きっと助けられない……。どうやって、助けに行くの?」


 投げやり気味な声。


 「どこまで近づけられるかは分からないけど、ヒヨカの魔法でメルガルに途中まで飛ばしてもらう。まだメルガルはレヴィが巫女として活動しているから、直接視認されない限りは見つかることもないからな」


 「……行ったら、死ぬかもしれないよ」


 「ああ……そうかもしれない。この間戦ったヒルトルーンが量産されてわんさかいるらしいからな。……それでも、行かないといけない」


 ここで安易に大丈夫だと俺は言えなかった。身をもってヒルトルーンの恐怖を知っていることもあったが、この場の雰囲気でルカに嘘つくことを良しとすることはできなかった。


 「うん、それが実王だもの。……それを伝えるためにきたの?」


 「……ああ。それに、ルカのことが心配だからな」


 「まじめ、ね。今の私に言っても役に立たないのは分かっているのだから、無視しとけばいいのに」


 「――無視できるわけねえだろ」


 ルカの頭が揺れる。小さく、ふふっ、と笑い声が耳に届く。


 「まったく、空音も実王も本当にお人好しよね。……少し私の話聞いてもらえない?」


 こっちを見ないままに言うルカ。下がる後頭部に目を向けて、声は出さずに俺は頷く。ルカの隣に、俺も腰を落とす。俺がルカの言葉に耳を傾ける状態になったことに気づいたルカは、少しずつ言葉を紡ぎだす。


 「……正直、よく分からないの。姉さんがあんな風に消えてしまって、生きてるかどうかも分からなくて……。最後に、姉さんがあんなことを言うなんて思いもしなくて……。最後の言葉を聞いて、私はこれで本当に一人ぼっちになってしまったんだなと思ったら……。急に辛くて、胸が空っぽになっていきそうで……満ちていた気持ちに穴が空いて、そこからたくさん抜けていくみたいに……。私の知らない気持ちばかりで、自分の気持ちなのに、どうしたらいいのか分からないの……。――ねえ、実王。私っておかしいのかな」


 この前戦ったバイルは、ルカのことを冷たく扱っていた記憶がある。実際のところ、ルカはバイルに姉として優しく接してもらってきたことがないのだろう。妹に別の人格を植え付けて、敵地に放つ女だ。それこそ……道具として扱ったきたのかもしれない。

 そのバイルが、最後に弱さを見せて、姉としての言葉を残した。ルカはその言葉だけでも、どうしていいか分からなくなっているのに、言った本人のバイルの安否も不明。……おそらく、今現在の状況全てに混乱しているのだろう。


 「おかしくないよ。……俺、偉そうには言えないけど……。たぶん、ルカは悲しいんだよ……」


 「本当に? ……私も姉だと思いもしてなかった。今さら、そんなの……」


 「今さらとか関係ないよ。だって、二人は姉妹なんだろ」


 それ以上、ルカから言葉が返ってくることはなく、肩に柔らかな感触が乗る。


 「……分からないよ、それでも。……分からないから、少しだけ……――このままでいさせて」


 ルカは自分の頭を俺の肩に乗せながら、小さな声で言う。一瞬だけ見えたその表情は泣きそうで、普段の大人びた口調のルカよりも東堂ルカよりもさらに幼く見せた。


 「……ああ。落ち着いたら、みんなでご飯にしよう」


 ルカの体は軽く、全身を傾けても俺は気にもならないだろう。それでも、その軽すぎる重さは、心に引っかかるには十分な重さだった。



                ※



 次の日の早朝。俺とレオンと空音、そしてヒヨカ。空音が前にメルガルに来た時と同じやり方で転送をするために、俺達は巫女の遺跡にやってきた。

 レオンの体はやはりまとも動ける状態ではなかった。ヒヨカと空音の魔法を使い、体が動ける状態になるまで治癒の魔法をかけた。それでも、完治することは難しかったようで、あまり無理のできない状態らしい。……当のレオンは口数は少ないものの、涼しい顔をしている。

 俺達三人は、ヒヨカの前に立つようにしてここにいる。初めて来た時と同じように、あの石柱の上で。


 「ルカさんは、来てないのですね……」


 ヒヨカが残念そうに顔を下げるので、俺は慌てて声をかえる。


 「違うよ、ヒヨカ。ルカにはあえて残ってもらったんだ。もしかしたら、俺たちのいない間にエヌルタの連中が侵攻してくるかもしれないしな。……ここで他の大陸の竜機神を使うことで、どんな影響があるかは分からないけど、ルカがいてくれれば安心だろ」


 「ルカさんが……。そうですかぁ」


 ヒヨカは少しホッとした声を上げる。

 年齢も近いこともあり、近頃のルカとヒヨカは仲が良かった。きっとヒヨカはレヴィのことも心配しながら、ルカのことも心配してたに違いない。イナンナは巫女に恵まれている、心底そう思う。

 疲れた表情を見せることが最近多くなったヒヨカだったが、ルカが残ったことに安心したのか、やんわりと顔をほころばせていた。

 ……いや、ヒヨカはただの女の子だ。中学生やそこらの少女が大陸を背負うなんて間違っている。この世界に来て結構経つ。元の世界での理不尽に思っていたことが、この世界に来たことで麻痺している気がする。だけど、しょうがないことなのだ。――それがこの世界のルール。

 ひょこひょこ動くヒヨカの頭に手を伸ばす。優しく撫でてみれば、ニッコリと幸せそうな笑顔を見せた。


 「もう、どうしたのですかー? 急に撫でたりしたら、空音が嫉妬しますよー」


 近くにいた空音が顔を真っ赤にして反論する。


 「ち、違うわよ! し、嫉妬なんかするわけないじゃない!? むしろ、じゃんじゃん撫でなさい! 手の動きが残像で見えるぐらい!」


 「あ、あの、空音? ……そんな早さで撫でたら、頭がもげちゃうんですけど」


 たはは、と笑うヒヨカ。

 この穏やかな時間に苦笑を浮かべる。


 「なんかさ、頑張り屋のヒヨカを褒めてやりたくてな」


  俺は何気なく言ったつもりだったが、今度はヒヨカは驚きで目を大きくさせると、顔を仄かに赤くさせた。


 「もぅ、実王さん。……今度は、私まで落とそうとしているんですか」


 少し甘えた声でヒヨカがそう言えば、何故か空音が慌てた口調になる。


 「あ、アンタ! ヒヨカに何しようて言うの!? ――ヒヨカは私の妹なんだからね!?」


 暴走する空音に、俺は待ってくれとばかりに手をパタパタ振る。


 「誤解だから! 猛烈な勢いで誤解街道まっしぐらなの!?」


 「――誤解街道てなんだ?」


 触れなくても言いことに触れるレオン。


 「黙っといてあげてくださいよ。実王さんは、これが面白いと思って言っているんですから」


 「ごめんなさいごめんなさい! 俺が悪かったです! 本当すいません!」


 最終的には、何故か俺が謝る形になってしまう。前もこうして謝った気がするが、あの時よりも性質が悪い。

 俺達のドタバタとする姿を見てレオンは吹き出して笑う。


 「お前らはいつもこうなのか?」


 「いえ、基本シリアスです……」


 空音は恥ずかしげに頭を抱えた。


 「……お前らを見ているば分かる。このイナンナという大陸は、本当にいい大陸なんだな」


 レオンはどこか遠い目で言う。レオンの見ているものが何なのかは俺達にもなんとなくだが分かった。痛くない程度にレオンの肩を叩く。


 「――だから行くんだよ。行こうぜ、手始めにレヴィを救う。……だよな」


 俺とレオンは視線を合わせれば深く頷いた。


 「助かる、雛型実王。……お前には助けてもらってばかりだな」


 「いいんだよ、俺もいろんな人に助けてもらってここにいる。俺もお前もそう変わらないさ」


 ヒヨカは実に怪しくニタリと笑みを浮かべる。


 「レオンさんも落とす気ですか!?」


 空音が絶句する。


 「ど、どんだけ、幅広いのよ……?」


 「お前も引くなよ!? 嘘だから! 俺の性癖そこまで捻じ曲がってないから! ――いいから、メルガルに行くぞッ」


 俺はやめてくれと大きく手を叩く。この叩く手は、中断してくれの合図でもある。

 ヒヨカの顔つきはすぐさま真剣なものに変わる。先程よりかは、肩の力が抜けていると思う。各々の顔つきも力が程よく抜けているように見えた。


 「ええ、行きますよ。……三人とも、レヴィのことよろしく頼みます。レヴィの状態が無事なようなら、彼女の魔法の力でイナンナへ来てください。イナンナに来てくれれば、後はこちらの方でなんとかします。……それが難しい状況であれば、私に連絡をください。遺跡の力と空音の力で、こちらに送るようにします。……もしどちらも不可能なら、竜機神で突破してください」


 重たく最後の提案を話すヒヨカ。

 俺は笑って頷く。


 「大丈夫だ。きっと、レヴィと一緒に帰ってくるさ」


 ヒヨカは一瞬悲しそうな表情を浮かべれば首を振り、一瞬大きく頭を下げてすぐに顔を上げた。


 「――どうか、お願いします! では、メルガルへの転送を行います!」


 ヒヨカは魔法の力を使うために手を広げた。

 お願いします、に込めたたくさんの思いを胸の中で熱く感じ、俺は誓う。俺、空音、レオンは手を強く繋ぐと魔法の光の中に消えた。

 

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