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第十七章 第二話 新しい日常 加速する世界 止まる平和

 不機嫌そうなルカをそのままに、俺は空音の追いかけて家を飛び出した。

 家を出ると既にそこに空音の姿はなく、辺りを見回す。一体、アイツはどこに行くんだ……。考えてみれば、アイツが個人的に向かう場所を俺は一切知らなかった。

 何も知らなかった自分に怒りを覚えつつ、一緒に行った頻度の多い場所から向かう。

 近所のスーパー、公園、学園までの道、学園……。その他にも一度でも行った場所は探したが、見つからない。この都市のどこかにいるはずなのに、見つからない。

 流れる汗を拭けば、ある違和感が生まれる。行き通る人々の中、一人思考を巡らせる。

 ……空音も今の俺と同じ気分だったのかな。いきなり、俺はいなくなったんだよな。どこかにいる俺を空音はいつも探していたのか。今の俺と同じように。

 ここにいる人間の全ては知り合いのようで、一緒にいるわけではない。誰かと共にいるなら、他者のこともあまり考えずに済む。空音は誰かと一緒にいるようでずっと一人だったのだ。


 「ああ、くっそ……。どうしたら……あ……」



 俺は何をしていたんだ。こういう時に頼りになる人物がいた。便利な道具を扱うようで気が引けるが、今は気にしている場合じゃない。

 俺はヒヨカのいる学園長室へと足を運んだ。



                ※



 部屋の中では、紙をめくる音とペンが走る音だけがBGMとなっていた。

 ヒヨカは、未だに根深く被害を残すマルドックとの戦争の後処理に追われていた。この間までの戦争は何とか学園都市が被害になることは避けることができていた。しかし、いつかこうなるとは思ってはいたが、実際になってみるとかなりきついものであった……。

 住む場所をなくした住人達は、他の町や村に移ることになる。しかし、大勢の人間が人の輪に飛び込むというのは、非常に困難で、打ち解けることは難しい。

 混乱が混乱を招く。これがマルドックの見せた戦争の意味。

 ルカが火を放った町は、人的被害はゼロだった。調べる上で、これは唯一の朗報だった。ルカが火を放つ直前まで、住人のことを案じていたのは、自分の心を安心させた。


 「実王さん……。貴方の守ろうとした人は、守るべき人だったようですよ」


 書類の文字に指をなぞらせる。

 今回の戦争は、実王の優しさが勝利をくれた。

 マルドックからは一切のアクションはなく、もしかしたら第二、第三のヒルトルーンでも製作しているのではないかと嫌な想像がよぎる。――だけど、きっと大丈夫。今の私達の元には、人の想いを形にした英雄が三人もいるのだから。

 音。先程までの静かなBGMに飛び込んできたせわしない音。聞き覚えるのある忙しい音。

 私は来訪者のことに気づき、口元に笑みを浮かべれば、流れる汗もそのままに飛び込んでくる彼を待つ。


 「――どうかしたのですか、実王さん?」


 優しい顔をした彼は、心の底から心配だ。という感じに、想い人の名前を口にした。



               ※



 「また、みっともない……」


 一人、河原を歩く。飛び出してはみたものの、行くあてなどない。

 趣味もなければ、時間を潰すことも知らない。そんな自分が行けるところと言えば、知っているところをただのらりくらりと移動するのみ。

 この河原も本日三度目だ。ヒルトルーンとの戦いの直前に来たときは、ルカの犬と一緒に来ていた。自宅の隅で繋がれているのを目撃したので、仲良く生活はできているのだろう。……名前は何て言うのかな。

 ワガママと嫉妬。実に、愚かな二つの感情で私はここにいる。どうしていいのか気持ちの形にならない私には、どうやって帰ればいいのか分からないでいた。

 この河原もそろそろおしまいだ。次はどこに行こうかと思いつつ顔を上げる。――私は足を止めた。

 河原の終わりの道と道を繋ぐ大きな橋。それがこの道の終わり。そんな道の先で――息を大きく吐き続ける雛型実王がそこにいた。


               ※



 「やっと見つけた。――探したぞ、空音っ」


 全く落ち着こうとしない呼吸を放置して、驚きを含む呆けた表情の空音に言葉をかける。

 特に何も聞かずに空音の場所を教えてくれたヒヨカに感謝する。様子を見るにまたどこかへ行こうとしていた。こう次から次に移動していたら、見つけられるものも見つからないはずだ。

 空音にとってはちょっとした軽い気持ちで出て行ったのは俺で分かった。それでも、追いかける必要があった。どんな些細なことでも、泣き顔の彼女を放っておけるほど大人ではない。

 歩み寄れば、俺は大きく頭を下げた。


 「――ごめん!」


 「い、いきなり、何……?」


 驚き困った声。

 それでもとお構いなしに謝罪の言葉を繰り返す。


 「ごめん! ヒヨカに言われてもルカのことは空音に言っとくべきだった! それに、ルカの言っていたことは俺が寝ぼけてしていたことなんだ! 本当にごめん! 俺の謝りだけじゃ足りないなら、ルカにも謝らせるから! だから、帰って来てくれ、空音!」


 ごめん、ごめん、と馬鹿の一つ覚えのように頭を下げる自分はなんだか情けなく感じる。だが、それでも、俺はもうそう言うしかない。ケンカしたり、怒らせる人間を静める方法は謝罪だけなんだ。それが自分が原因で起こしたことなら、尚更のことだ。

 重いものに感じる静寂。俺は下げた頭を少しずつ戻しながら、空音の顔を見た。


 「別にそのことで怒っているわけじゃないよ……。頭はそのまま……下げたままっ」


 一瞬見えた空音の顔は陽の光でよく見えなかったが、何かもじもじとした様子だった。俺はすぐに上げかけた顔の向きを地面へと戻す。

 何か緊張している様子の空音を肌で感じつつ、俺はそのままの姿勢で次の言葉を待つ。


 「……謝らないで、お願い。全部、身勝手なワガママだから」


 強く叱られると思った。しかし、予想に反してその声はたどたどしくどこか弱々しい。

 俺は垂れていた頭を少し持ち上げた。


 「本当はただお礼を言いたかっただけなの。……たくさんのお礼を。それで、一緒に笑い合うことばかり考えていた。あの二人の家で。……そしたら、ルカがいて……なんか……なんだか……嫌だなって、思って……」


 「それって……」


 俺は下げていた頭を上げた。

 そこには恥ずかしそうに視線を地面に向ける空音。ずっと、俺の方を見ているかと思っていたが、彼女はただ恥ずかしさから視線を落としていたのだと気づく。

 腰を伸ばした視界には、竜機神の乗り手でも巫女の側近でもヒヨカの姉でもない空音がそこにはいた。そこにいるのは、篝火空音というただの女の子がいるだけ。

 空音は次の言葉を言うために、口を開いてはきつく閉じ、再び願うように口を開ければ我慢するように閉口。小さな動きでそうすれば、ゆっくりと声を上げた。


 「ただ……私は、ただね……。――ルカに嫉妬していただけなの……」


 消え入りそうな空音の声。恥ずかしそうに俯く視線。言ってしまった後に、下唇を噛む仕草。後ろに回した両手はもじもじと擦り合わせている。

 ドキリと鼓動が大きく高鳴る。空音の言葉に、こっちまで恥ずかしくなる。自然と熱くなる頬に、無意識に飲み込む生唾。目の前の空音から視線を外すことができない。

 空音は嫉妬したと言っている。いくら色恋に疎い自分でも分かる。これはそういうことなのだと、これはああいうことなのだと。そう、これは篝火空音が雛型実王を好きだということなのだと。


 「――何か言って、実王っ……。好きなの……実王のことが、ひたすらに好きなの……」


 空音は言ってしまった。認識してしまった。気づいてしまった。その事実に、視界が揺れる。頭の中に保っていたダムが決壊を起こしたのか、酷い眩暈が襲う。嬉しさか恥ずかしさか、自分の限界を超えているのだと知った。

 何か言わなければ、何か言おう。難しく考えるな、自分の素直な感情を口にすればいい。喉に詰まった極太の骨を引っこ抜くように声を漏らす。


 「お、俺も……空音のことが――」


 次の瞬間、二人の空間を声が割いた。


 「――実王さん、空音!」


 「「ヒヨカ!?」」


 俺と空音は同時に声を上げた。

 そう遠くない距離、ほぼ自分達の間と言ってもいいぐらいの空間にヒヨカが突然出現した。


 「二人とも、探しましたよ! ちょっと、私と一緒に来てください! ていうか、見てください!」


 ヒヨカは俺と空音の手を握るとすぐさま魔法を念じる。

 俺と空音は驚きのままに目を合わせれば、その河原から姿を消した。



                 ※



 一瞬の浮遊感の後、すぐに地面に感覚が蘇る。

 気が付けば、そこは自宅の居間。何が起きたか分からないままで、その部屋の一角のテレビを凝視するルカの姿。そして、同じように困惑気味に周囲を見回す空音。


 「二人とも、テレビを見てください!」


 ヒヨカは俺と空音の手を離せば、ルカの隣に座り込めばテレビに視線を送る。俺と空音は視線を交わせば、互いに首を傾げて、とりあえずという形で自分達の靴を脱いで、テレビの見える位置で腰を落とす。


 「なあ、ヒヨカ。一体なにが……」


 テレビの映像は時々画面が乱れたり、ノイズが入ったりとまともな放送ではないことがすぐに理解できた。

 よく目をこらして見れば、どこかで見たことのある光景。たくさんの巫女の像が並ぶそこは、自分が最初にこの世界にやって来た時に出てきた巫女の遺跡。一つ一つの巫女の像はなんだか外見が違う気もするが、それでもあの遺跡と酷似していた。


 「これ、どういうことなの……?」


 驚愕の声を漏らすのは空音。映像は遺跡の内部から撮られたもの。

 画面に映るのは二人の女の子。モデルのような長い手足を地面に寝せる女が一人、一人はその女の髪を乱暴に掴むと画面へと顔を無理やり傾かせた。

 一人は黒い短髪を引かれたことに苦しげに顔を歪ませている。その表情とは反対に、髪を掴む少女は口元には愉しげに歪んでいる。

 髪を掴む女の髪色は目が痛むほどの銀色。流れる長髪は、まるで暗闇に蠢く刃物のカーテン。少女の目は肉食獣のように鋭く険しい漆黒の瞳。それは、人間の皮を被った銀の虎をも想像させる少女。

 ただ事ではないその光景に、俺は目を逸らせないでいた。そして、次のルカの声でより一層に目を外せなくなる。


 「姉さん……」


 その言葉に反応し、ルカの顔を見る。驚きで目を大きくさせたルカの視線が短髪の少女を捉えていた。一転を見つめて動かないその目が、嫌でも彼女に口にした言葉が真実味を帯びる。

 どうして、こんな状況になっている。

 その疑問をもう一人の画面に映る少女が回答をしてくれた。


 『ご覧いただけているかな、全大陸の甘い巫女の皆さん。並びに、乗り手の方々に住人の皆様。――いきなりの光景に驚かれているでしょう』


 芝居のかかる口調。銀髪の女は、声高らかに告げる。


 『ある人は朗報、またある方々には悲報、またまたある人達には情報。同時に、私は救世主であり破壊者であり創造主であり、希望であり憎悪であり異端である。――ご紹介が遅れて申し訳ない、私は第六都市エヌルタの巫女カイム。そして、この女性は第五都市マルドックの巫女バイル殿。ここは、エヌルタの巫女遺跡である』


 俺達は瞬時に悟る。今から行われるのは、俺達が避けてきた巫女の吸収を行おうとしているのだと。

 ルカは小さく震えて姉の名前を口にする。


 「バイル姉さぁん……」


 苦しげに発する声。ルカは冷静な子でどれだけ慌ててもエヌルタに辿りつけないことを知っている。それでも、目の前の肉親の苦しみに胸を痛め、ただその名前を口にすることしかできなかった。

 カイムは笑う。


 『――ここからお見せするのは、この世界の革命の第一歩である』


  カイムは挑戦的な視線を画面に向ける。それは、まだ戦っていない大陸への目線であり、この世界に対しての表情にも見えた。

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